【完結】牧場で羊になりきっていたら、氷結の貴公子に夜のお供を命じられました

夜曲

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今ボクは、ジャコブの船室で監禁状態になっている。コイツは貴族の三男坊なだけあって、なんと部屋が2つ繋がっている部屋を一人で使っていたのだ。
だから、ボクを危険に晒したお詫びという形で、部屋を一つ占領させてもらっている。

あのツノがどうしてか本当に俺の身代わりになった様で、とやらは、あの後ボクの事を探さなかったし、処分しろという指示も出していない様だった。

ジャコブに聞いても、「僕の国についたら教えてあげるよ。」とまるで彼らの国に着いたら、ボクが何を知っても逃げ出せない、彼の所有物になるかの様な言い草だ。
それがまた、あの美しい黒豹に探されない事と同じく、ボクをイラつかせた。


何事も無かったかの様に過ぎていく日々。仕事をする気にはならなかったので、ボクがあれほど待ち望んでいた休暇だけが、充分すぎる程に与えられた。

船室でジャコブの部屋にあった本を片っ端から読んでも、何故か寂しさと焦燥だけが募っていく。


やがて、物資の補給の為に次の寄港地に停泊する日が来たらしい。ジャコブは、ボクを絶対に逃さない様にと、あの檻に入れる事に決めたらしく、ボクを最初の船室に連れて行った。

そこでは、羊花魁のオネエ様方が、相変わらずキセルよろしく草をハムハムしていた。


「ごめんね。僕は仕事があるから、今日は申し訳ないけど、ここでのんびりしててね。
逃げたら君をその……殺さなきゃいけなくなっちゃうから、絶対に逃げようとしないで、大人しくここにいてね。」

そう言ったジャコブは、随分とオネエ様方と仲が良さそうである。オネエ様方にあちこち服を引っ張られて、それぞれの寝床に連れていかれそうになっていた。
きっと、羊なら誰でも良いのだろう。この浮気者め。


寄港日は皆一様に忙しい上に、みな本物の女を買いに行くから、よほどのモノ好き以外は誰もここに近づかない。オネエ様方も一様に茶を引いていた。

ボクも檻の中で、窓から差し入れる一筋の光を頼りに、ジャコブから借りた本を読んでいるところだ。実に平和だ。


そんなところに、近づく足音が一つ。
だいぶ軽めだ。もしかしたら、女を買いに行くお金がない見習いの少年が、ジャコブの不在を狙って、こっそりとオネエ様に筆下ろしをお願いしに来たのかなと思って、ボクは内心クスクス笑っていた。
その声を聞くまでは。


「こんな所にいたのか。」


聞き覚えのある冷たい声。ボクの首が、まるで油を差し忘れた蝶番の様に、ギギギギッっと音を立てて声の主に向き合った。

「ふん。まだ調教中だと?随分とじゃじゃ馬な様だな。」

檻には、まだあの調教中の紙が貼ってあったらしく、男はそれを見るなり忌々しく顔を歪め、そんなに勢いをつけなくてよいのに…とついボクが思ってしまう程に荒々しく紙を破っていた。


「ライランド様…。」

つい、その名が口から漏れ、急いで自分の口を塞いだ。

ずっと商会長、商会長と呼んでいたはずなのに、なんでよりによって本人を目の前にして、下の名前で呼んでしまったのだろう。

「フン。元ツノ付きが、この俺を下の名前で呼ぶとは大分肝が据わっているな。
来い。」


その上からモノを言うのに慣れた声に、反射的に立ち上がってしまい、低い檻に頭をぶつけてしまった。

「イタタタ…。」

ライランド様は痛がっているボクを眉を顰めて無言で睨みつけている。


そりゃあ、普段接している軍人の皆さんと比べたら、ボクはおっちょこちょいでトロいかもしれないけど、何もそんな目で見なくても良いのに…。


歩くのが早い上に、極端に足音が軽いライランド様を追いかける。
黒豹というのは獣人姿の時でも身軽なんだなぁ。これなら、子供に間違えても仕方がないと思う。
するりと長いしっぽが弧を描いており、ボクはその尻尾を追うのに夢中で、他のものを見る余裕はなかった。


着いたのは、見覚えのある破れた扉。この扉、まだ直してなかったんだ。


「本が好きなのか?」

「え?」

予想外の質問に、ボクはすぐには反応出来なかった。

「本が好きなのかと聞いている。」

視線の先にはボクの手元の本。

「はぁ、まぁ。今までは読みたくても読む時間が無かったもので。
ここでは、時間だけはたっぷりとありますし。」


ライランド様は人に聞いておいて、何も反応を見せずに、そのままスタスタと歩いていったかと思うと、執務室の中にある扉を開け放った。


「ここにも本がある。好きなだけ読め。」


見ると、壁一面に本棚が造りつけてあった。
中身は地学書、戦略書、政治書、土木関係の本など、実にらしいラインナップだ。
草食獣人との恋物語ばかり置いてある、ジャコブの本棚とは真逆と言って良いその蔵書の数々に、ボクの胸は急激に高鳴った。

「これ!!全部読んでいいんですか!?!?」

「あぁ、物語の類いはないから少々退屈だろうが、時間潰しには…」

「嬉しいです!ボク、こういう実用的な本が大好きなんです!ありがとうございます!!」

「あ。あぁ…。」

ライランド様が少々気圧されている様だが、気にしない。だって、この蔵書の種類と数!宝の山だ!

ボクは生まれてすぐ親に捨てられた孤児で、教会で育ったから、普通の平民よりは本に触れる機会があったけど、子供向けの貴族のお古の本ばかりで、興味がある分野の本が揃っている訳ではなかった。

どうせ読むなら、何の役に立たない絵空事の恋愛物語よりも、確実に実になり金になる実用書だ!


ざっと背表紙を見ただけでも、ここにある本は、内容が難しくてきっと1回読んだだけでは到底全て理解出来ないだろうと解る。何回も何回も繰り返し読みたい。
そうなると、とてもこの航海中では足りない。一生ここで暮らしたいと思えるほどだった。

「とりあえず、気に入ってくれた様でよかった。
……。
その…悪かったな。」


「え?」
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