【完結】牧場で羊になりきっていたら、氷結の貴公子に夜のお供を命じられました

夜曲

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実際、その小袋の効果は絶大で、生まれた時から肌身離さず持っている小袋は、相当ライランド様の匂いが染み付いており、それを首から下げて歩くだけで、ボクを見る視線は敵対的な視線から、驚愕の視線に変わった。
普段コワモテの肉食獣人達が驚いている顔は正直可愛い。ボクの陣中での過ごしやすさは、だいぶ改善された。


2日目の夜、意外な来客があった。ジャコブである。

ジャコブは、てっきりボクがトイレ中に肉食獣人達に攫われたと勘違いしており、今度こそライランド様から首を刎ねられる前提で謝罪兼報告に来たのだが、ボクを見た瞬間馬上から崩れ落ちた。

そのままボクに抱きついてワンワン泣くものだから、ライランド様に睨まれ、ロムニーの狼部隊に引き剥がされていた。

だいぶ心配させてしまった様で、申し訳ない……。


ジャコブには、ボクから目を離した罰として、ボクの護衛兼お世話係が命じられた。
だが、なんだか嬉しそうである。

またもや発端は潜り込もうとしたボクなので、今回ばかりかは、余り罰らしい罰にならなくてよかった。ジャコブはボクに出会ってから災難続きなのである。


ボクのお仕事の時間になっても、ジャコブがボクから離れようとしないので、ロムニー達狼部隊に天幕から摘み出されていたが。


翌日、ライランド様に向けられたジャコブの憐憫を含んだ目は、一体なんなのだろうか。
戦況はそれほど良くないのだろうか。


戦地が少しずつ近づいて来るにつれ、ボクはどんどん不安になっていった。

ボクは、戦争を見たことはもちろんないし、人が死ぬ所も、死んでいるところも見たことがない。
ボクにとって戦争とはすっかり過去のものだ。肉食獣人と草食獣人と人間。多少の差別は残っていても、全ての種族が共存している平和な大陸で、ぬくぬくと大人になった。


今では、ボクがライランド様の抱き枕になるのではなく、ボクの方がライランド様にすがりつく様な形で寝ている。だって、この先どんな悲惨な光景がボクを待っているのか、とてつもなく怖いのだもの。


@@@@


一行は、無事に海軍の待つ港町に着いた。
そこで、軍船に乗って数時間。陸が遥か遠くに見えるだけになったところで、事態は急変した。

なんと、ロムニー率いる狼部隊が、その圧倒的な統率力と集団の狩りの能力を以てして、今回初参戦の兵士たちを甲板の一角に追いやったのである。

落ち着いているライランド様と、ジャコブ。兵士たちと同じく、一体何が起きたのか解らず、両者を交互に見ることしかできないボク。

動揺している兵士たちに、ライランド様の氷のような冷たい声が響き渡った。

「この船に乗ったからには、君たちには今から私が言うことを忠実に守ってもらう。
私の命令が守れないものは、今すぐここから落とされて、海の藻屑となるだろう。」

ライランド様が氷結の王子と呼ばれるその由縁を垣間見た気がした。


「なに、心配する事はない。
私からの要求は三つだけだ。

一つ、ロマノフ人に一切の危害を加える事を禁ずる。
二つ、ロマノフ人からの掠奪を禁ずる。
三つ、国に戻った後も、現地の状況を口外する事を禁ずる。

それが守れるものは、各隊の隊長の元に並べ。
今回の進軍中の日頃の行いから、三つ目が守れないと判断されたものは、残念ながら生きては家に返せない。
解ったか!」

「「「イェッサー!!」」」

ロマノフ人とは、今回侵略をしているロマノフ王国の民のことだ。
どんな命令をするのかと思ったら、想定外の内容で、ボクは拍子抜けした。


守秘義務も、騎士道からの掠奪禁止も解るが、これから侵略戦争の前線に行くのに、危害を加える事を禁ずるとはなんだろうか……。

謎は深まるばかりである。だが、部外者のボクが何かを聞く訳にはいかない。

ボクは悶々としながらも、今日も今日とて従軍娼夫のお仕事を頑張った。


ふぅ。今日もボクの安全なお口で、沢山搾り取れたぞ。満足満足。

手とお口を使うこのお仕事なら、あんなにとんがってて危ない爪とキバを持つ肉食獣人よりも、確かにボクの方が適任だよなぁ。

30代を過ぎてからの転職で、一体どうなる事かと思っていたが、ボクのキャリアは思いの外順調である。


@@@@


その謎は、前線に着いたらすぐに解けた。

なんと、ロマノフ王室の使者がライランド様を出迎えて、大歓迎していたのだ。

「これはこれは、ライランド様、よくご無事にお戻りで。」

「あぁ。また火薬と大砲を沢山積んできた。これでまた暫くはドンパチできるぞ。」

「それは良うございました。やはり火薬がなくては迫力が出ませんからね。
こちらは、お約束の右のツノ、千本でございます。」

「あぁ。よくやった。
それから、国王の誕生日祝いに見目が良い草食獣人を30人送らなければならない事になった。すまんが用意してくれないか。」

「承知いたしました。では、監獄から見目が良い死刑囚を何人か選んで献上しましょう。」

「あぁ。よろしく頼む。」


なんと、船がないと戦場まで来られない事を良い事に、ライランド様はロマノフ王国を侵略するフリをしていたのである。

ツノ付きを殺した証明として、ツノを切り落として王様に送っており、積んできた大砲と火薬も、いかにも戦闘してますよと煙を起こす事に使われるらしい。


なるほど。あの時慣れた手つきでボクのツノを切り落としたロムニーさんが、これで絶対に身代わりになるからと言った意味がわかった。
ツノを切り落とす事が、殺した証明になるのか。


でも、実際問題、ツノを切り落としたってボク達草食獣人には何のダメージもない。せいぜいカッコよさが半減する位である。

どうして腕や足ではなく、ツノが証明になるのだろうか。その質問には、ジャコブが答えてくれた。
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