3 / 71
第一章
あるはずのないもの
しおりを挟む
二日目。
ここで方向を変えるのは更に悪手だろうと、陽向は引き続き東にむかって歩き続けた。
一晩中夜風に当たり、朝の湿った冷たい空気を吸い込んだ身体は冷え切って、手足が細かく震えている気がする。力が入りづらい。
昨日から何も口にしていない身体は限界で、何度立ち止まろうと思ったか知れない。でも、一度座り込んでしまったらもう二度と起き上がれない気がした。
陽向が気力だけで足を動かしていると、かすかに水の流れる声が聞こえてきた。
微かな音を頼りに木々をかき分けると、そこには細い湧き水が豊かな土壌から溢れ出ている場所があった。
「沢だ!」
その先はいつ途絶えるともしれない細い沢になっている。
『この沢を辿っていけば、川があって人がいるに違いない』
陽向は、水の流れる方向へと歩いた。
先ほどまでもう一歩も歩けないと思っていたのに。
逸る気持ちが抑えきれず、陽向はつい少し早歩きになってしまう。
しかし陽向の期待をよそに、歩けども歩けども一向に川には着かない。それどころか、水辺を求めてさまよう動物の足跡が増えてきた。
『頼むから、熊は出てくれるなよ』
歩き過ぎて、足がずっとガクガクと痙攣している。
熊よけの鈴もスプレーもない状態では、出会ったが最期。決して逃げられないだろう。
ふと、陽向は泥地に残った一つの足跡に目を奪われ、ついしゃがみこんでしまった。
そこには、ここにあるはずのない足跡が。陽向は息を呑んだ。
突然だが、陽向は恐竜マニアである。両親が離婚して父親に親権が渡ったは良いものの、僅か数か月で音を上げた父親に養護施設に預けられた陽向。その施設の数少ない蔵書の中に、恐竜図鑑があったからだ。
陽向はその恐竜図鑑を眺めながら、現実逃避の一環として恐竜の世界に想いを馳せるのが好きだった。
巨大な体躯。強そうな牙や爪。カッコいい姿形。
その爪と牙を使って、どんな風に狩りをするのだろう。太古の森の中をどんな風に駆けぬけるのだろう。本当に羽毛に包まれていたのだろうか。それとも竜やドラゴンのような鱗があったのだろうか。
少年だったころの陽向は、そういったことを想像するのが大好きだった。
恐竜であるだけでも『全ての男児の心を掴んで離さないもの』なのだが、それに拍車をかけたのは恐竜を相棒にして大冒険をするアニメの存在だった。
強い恐竜を常に侍らせ、時に戦い、時にまたがって世界を旅する少し年上のお兄ちゃんたちの物語は、拠り所がない少年に一筋の希望を見せた。
『自分も強い恐竜を飼いならしたい。恐竜と共に暮らしたい』
いつしか陽向は恐竜に夢中になり、小学校に入ると、学校の図書室のありとあらゆる恐竜に関する本を貪り読んだ。
「陽向くんは恐竜博士だねぇ~」
そんな何気ない大人の誉め言葉が、それに拍車をかけていく。
施設の他の子と違って、取り立てて何かに秀でているわけでもなく、目立たない自分。そんなまだ何者でもない自分を構成するパーツの一つを、陽向はやっと見つけた気になった。
そしてそれは大人になっても変わらず、恐竜は常に陽向と共にあった。
上司からクビの電話を貰って茫然自失となった時も。Headbookを覗き込んで寄る辺ない想いをしていた時でさえも、陽向は恐竜のぬいぐるみを抱きしめていたほどだった。
ここで方向を変えるのは更に悪手だろうと、陽向は引き続き東にむかって歩き続けた。
一晩中夜風に当たり、朝の湿った冷たい空気を吸い込んだ身体は冷え切って、手足が細かく震えている気がする。力が入りづらい。
昨日から何も口にしていない身体は限界で、何度立ち止まろうと思ったか知れない。でも、一度座り込んでしまったらもう二度と起き上がれない気がした。
陽向が気力だけで足を動かしていると、かすかに水の流れる声が聞こえてきた。
微かな音を頼りに木々をかき分けると、そこには細い湧き水が豊かな土壌から溢れ出ている場所があった。
「沢だ!」
その先はいつ途絶えるともしれない細い沢になっている。
『この沢を辿っていけば、川があって人がいるに違いない』
陽向は、水の流れる方向へと歩いた。
先ほどまでもう一歩も歩けないと思っていたのに。
逸る気持ちが抑えきれず、陽向はつい少し早歩きになってしまう。
しかし陽向の期待をよそに、歩けども歩けども一向に川には着かない。それどころか、水辺を求めてさまよう動物の足跡が増えてきた。
『頼むから、熊は出てくれるなよ』
歩き過ぎて、足がずっとガクガクと痙攣している。
熊よけの鈴もスプレーもない状態では、出会ったが最期。決して逃げられないだろう。
ふと、陽向は泥地に残った一つの足跡に目を奪われ、ついしゃがみこんでしまった。
そこには、ここにあるはずのない足跡が。陽向は息を呑んだ。
突然だが、陽向は恐竜マニアである。両親が離婚して父親に親権が渡ったは良いものの、僅か数か月で音を上げた父親に養護施設に預けられた陽向。その施設の数少ない蔵書の中に、恐竜図鑑があったからだ。
陽向はその恐竜図鑑を眺めながら、現実逃避の一環として恐竜の世界に想いを馳せるのが好きだった。
巨大な体躯。強そうな牙や爪。カッコいい姿形。
その爪と牙を使って、どんな風に狩りをするのだろう。太古の森の中をどんな風に駆けぬけるのだろう。本当に羽毛に包まれていたのだろうか。それとも竜やドラゴンのような鱗があったのだろうか。
少年だったころの陽向は、そういったことを想像するのが大好きだった。
恐竜であるだけでも『全ての男児の心を掴んで離さないもの』なのだが、それに拍車をかけたのは恐竜を相棒にして大冒険をするアニメの存在だった。
強い恐竜を常に侍らせ、時に戦い、時にまたがって世界を旅する少し年上のお兄ちゃんたちの物語は、拠り所がない少年に一筋の希望を見せた。
『自分も強い恐竜を飼いならしたい。恐竜と共に暮らしたい』
いつしか陽向は恐竜に夢中になり、小学校に入ると、学校の図書室のありとあらゆる恐竜に関する本を貪り読んだ。
「陽向くんは恐竜博士だねぇ~」
そんな何気ない大人の誉め言葉が、それに拍車をかけていく。
施設の他の子と違って、取り立てて何かに秀でているわけでもなく、目立たない自分。そんなまだ何者でもない自分を構成するパーツの一つを、陽向はやっと見つけた気になった。
そしてそれは大人になっても変わらず、恐竜は常に陽向と共にあった。
上司からクビの電話を貰って茫然自失となった時も。Headbookを覗き込んで寄る辺ない想いをしていた時でさえも、陽向は恐竜のぬいぐるみを抱きしめていたほどだった。
110
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
【完結】スパダリを目指していたらスパダリに食われた話
紫蘇
BL
給湯室で女の子が話していた。
理想の彼氏はスパダリよ!
スパダリ、というやつになったらモテるらしいと分かった俺、安田陽向(ヒナタ)は、スパダリになるべく会社でも有名なスパダリ…長船政景(マサカゲ)課長に弟子入りするのであった。
受:安田陽向
天性の人たらしで、誰からも好かれる人間。
社会人になってからは友人と遊ぶことも減り、独り身の寂しさを噛み締めている。
社内システム開発課という変人どもの集まりの中で唯一まともに一般人と会話できる貴重な存在。
ただ、孤独を脱したいからスパダリになろうという思考はやはり変人のそれである。
攻:長船政景
35歳、大人の雰囲気を漂わせる男前。
いわゆるスパダリ、中身は拗らせ変態。
妹の美咲がモデルをしており、交友関係にキラキラしたものが垣間見える。
サブキャラ
長船美咲:27歳、長船政景の年の離れた妹。
抜群のスタイルを生かし、ランウェイで長らく活躍しているモデル。
兄の恋を応援するつもりがまさかこんなことになるとは。
高田寿也:28歳、美咲の彼氏。
そろそろ美咲と結婚したいなと思っているが、義理の兄がコレになるのかと思うと悩ましい。
義理の兄の恋愛事情に巻き込まれ、事件にだけはならないでくれと祈る日々が始まる…。
【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。
村松砂音(抹茶砂糖)
BL
第13回BL大賞で奨励賞をいただきました!
ありがとうございました!!
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い
<あらすじ>
魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。
見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。
いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。
ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。
親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。
※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。
└性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。
捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?
めがねあざらし
BL
役立たずと追放されたΩのリオン。
治癒師の家に生まれながら癒しの力もないと見放された彼を拾ったのは、獣人国ザイファルの将軍であり、冷徹と名高い王太子・ガルハルトだった。
だが、彼の傷を“舐めた”瞬間、リオンの秘められた異能が覚醒する。
その力は、獣人たちにとって“聖なる奇跡”。
囲い込まれ、離されず、戸惑いながらも、ガルハルトの腕の中で心は揺れて──偽りの関係が、いつしか嘘では済まなくなっていく。
異能×政治×恋愛。
運命が交錯する王宮オメガバースファンタジー。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
救世の神子として異世界に召喚されたと思ったら呪い解除の回復アイテムだった上にイケメン竜騎士のツガイにされてしまいました。
篠崎笙
BL
剣崎勝利の家は古武道で名を馳せていた。ある日突然異世界に召喚される。勇者としてではなく、竜騎士たちの呪いを解く道具として。竜騎士ゲオルギオスは、勝利をツガイにして、その体液で呪いを解いた。勝利と竜騎士たちは悪神討伐の旅へ向かったが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

