黒き荊の檻

兎守 優

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1.楔

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 胸のつかえが少しだけ取れる。鬱蒼とした森の中を歩かされたときは、魔女の家にでも辿り着いてしまうのではと、心臓が縮み上がっていたのだが。
 血の涙で憂う瞳から目が離せない。そいつの目を見てはいけないと言われていたのに。

「いらっしゃい」
 手招かれるままに、俺の足はそちらへ吸い寄せられる。診察台の上に座るように導かれて、押し倒された。
 吐息が首筋にかかって心臓が跳ね上がる。
 お願い、それが欲しい。
 たまらなくなってしまう。
 その牙が沈められたとき、恍惚が脳髄を突き抜けて、全身が弛緩した。
 ダメなのに、欲しい。もっと奥まで暴いて欲しくて、彼の背中にすがりついてねだった。

「おい」
 いつだって、誰かの罵声が、俺の膨らんだ思考を叩き割る。聞き間違いでない。そう呼ばれるのはこの課では俺以外にいない。
「この場所に行って捜査協力を仰いでこい。資料はこれだ」
 夢の一課に配属が決まってよろこんだのもつかの間、末席の烙印を押された俺はすぐに、奴隷としてこき使われはじめた。囮として使われ、重傷を負ったことも数知れず。
 だから目覚めたとき、また病院に運ばれたのだと思った。消毒臭にしては甘ったるい、チョコレートに似た香りが鼻をくすぐる。

「目が覚めたか」
 椅子から立ち上がった男は診察台の俺を見下ろす。彼は俺を見ているはずなのに、彼と目が合わなかった。
「なぜ、俺の目を見た?」
「目を見て話すのは基本……」
 そういうマナーの話ではない。目を合わせるなと資料には書かれていた。それでも、俺は見てしまった。
「対価はもらった。返事はそこに」
 腹の上に資料がぱらりと落とされた。こんなに薄い紙切れ一枚に、上司の求めたものが記されているというのだろうか。
「もっと情報が欲しいなら、それなりの代償を支払ってもらわないと」
「は、払う! だから、完璧な資料が欲しい。頼む」
 完璧でないものは意味がない。すがるような懇願に、男は愉快げに喉を鳴らした。

「俺は楠城くすのき 七星しちせい。君は?」
 名前なんて聞かれたのは久しぶりだった。自分が何者なのか、長らく忘れていた。
 捜査一課の奴隷係を誰も名前でなんて呼ばなかったから、自分のことを語ろうとすると舌がもつれた。
「おれ、は……篠垣ささがき 泰生たいき
「では、タイキ。先に報酬をもらおう。心配するな。君が眠っている間に、資料は仕上がる」

 楠城くすのきの赤い目が俺の視線と合わさる。彼の口から細い牙が見えた。恐怖を感じる間もなく、首元に噛みつかれていた。
 俺の穢れた血がすべて吸い尽くされていく感覚。彼の喉から、全身に行き渡り、糧となる。ゴミ扱いされる俺でも、誰かの役に立っているという心地がして、たまらなく気持ちがよかった。
 抑えられないあられもない声も、恥ずかしいとは思わない。終いには脱力しきってしまい、我慢ができず、イッてしまう。
 頭が急にグンと重くなり、そのまま意識が沈んでいった。
「さあ、君はどこまで、正気でいられるか、楽しみだ」
 誰かが何かを言った。放たれた言葉の意味は、酩酊したこの頭ではもう理解できなかった。ただ、俺を見下ろすその瞳が、ひどく心を捉えて離さない感覚だけ覚えて、夢に落ちていった。


 俺が寝落ちている間に、楠城くすのきが仕上げた資料には、正に穴一つないぐらいの完璧な見解が書き記してあった。一課の者たちですら皆、舌を巻き、焼き回されたコピーをえらく読みいっていた。
「一週間……ずいぶんと早いお手上げのようだ」
 また血なまぐさい複雑怪奇な事件が上がった。早期解決のために、俺は楠城くすのきの元に行けと言われ、こうして彼の元を訪れた。
 薄暗い部屋の真ん中に置かれた無機質な台。ここで俺は彼に対価を差し出すのだ。すべては事件を速やかに解決に導くために。

「タイキ。ここに仰向けに」
 つまずきそうになり、前のめりになった。運よく台に手をつけたから、頭を打ちつけるような事態にはならなかった。
 思ったよりも診察台は背が高い。台というよりは、大きなロッカーを倒したような箱型に近いものだった。
 こんな台の段差一つで手間取るなんて、倦むほどひどく疲れているせいだろう。
 みっともなくとも、手をついたそのまま格好で診察台に乗り上げ、台の中央に座った。

 ネクタイを抜き去り、首元をくつろげる。冷たい台の上に横たわると体が跳ねる。俺の情けない反応など構わず、楠城くすのきが覆い被さってきて、知らぬ間に首元に吸いつかれていた。
 甘い匂いに嗅覚が支配され、頭がボーッとしていく。
 喉が鳴る音がよく聞こえた。吸われる感覚はひどく心地よく、満たされるだけでは終わらない。ジクジクとした疼きが迫り上がってくる。
 力が抜けきって、それなのに熱がくすぶり、体を捩ることさえままならない。
 逃れられない快楽が止めどなく押し寄せて、気持ちがよくてどうにかなりそうだった。

 もっと欲しい。そう思ってしまう。口の端から冷えた無価値な唾液が伝って、頬を流れていく。
 ベロリとそれを舐め上げられて、這い上ってきた唇が唇と重なる。触れる熱に高揚を覚えた。ゆっくりと唇が、俺の唇を撫でる。

 何をしているのか、分からない。でも、与えられるそれは、俺が欲している、〝もっと〟に違いなかった。
 唇を舐められて、滑りのよくなった俺の唇は、エサを待ち望むヒナのように、滑りこんでくる舌を受け入れて、口を開けた。
 価値の低い俺の唾液と、有用な彼のそれが口内で混ざり合う。ひどく胸が高鳴った。
 舌を吸われる度に、甘い疼きがジンと広がっていって、下着がぬれていくのを感じた。

 悦が弾けて、意識が飛び、次に目を覚ましたときには、俺のモノが生暖かいものに包まれていた。ただ擦って出すだけの、味気ない性処理とはちがう。
 ねっとりと這う舌に竿を舐め上げられ、ぬるつく口内に扱かれて、亀頭を吸い上げられる。だらしなく足を広げて、意味のないうめきを吐き、迫り上がる射精感に耐えることなく、腰を浮かせて俺はイッた。
 後ろの窄まり、そこは何をする場所だっけ。そのひだを舐められて、ごつごつした質量のある何かが何度もナカを行き来して、される行為の意図もよくも分からないまま、俺の性器はまた硬度を取り戻していた。

 程なくして、太くて熱い楔が打ち込まれた。何度も何度も、質量のある硬くて長いモノの抽挿が繰り返される。
 擦れるナカは、質量の増すそれで突かれて苦しくて焼けるように熱いのに、トロトロとしていて、たまらなくなる。
 覆いかぶさる彼にしがみつく直前、俺は彼を見た。その赤い目は熟れるように膨れ上がって、今にもこぼれんばかりだった。

「タイキ」
 甘い囁きが脳を支配していく。快楽があふれて、歯止めが利かない。熱いモノを突き入れられて、全身を揺さぶられ、名前を呼ばれる気持ちのいい──この行為は対価なのか?


「聞いてんのか!」
 また、思考がパシンと爆ぜた。声のした方へ、顔を向ければ、皮膚がヒリつく衝撃がまた走る。
南場なんば 綾史あやふみはどうしたと聞いているんだ」
「あ、うえ……あぅ?」
 相手に答えたつもりなのに、舌がもつれて、言葉にならなかった。

「一課のエースの、南場……」
 騒がしい声は遠ざかっていった。
 誰とは口にせず、「アイツに触れるな」「早くつまみ出せ」とみんなが俺を煙たがっていた。
 俺みたいなお荷物のこと、なんで、楠城くすのきは名前で呼んでくれるんだろうか。

 ──南場先輩。急に頭が割れんばかりに、俺の声に似たその言葉が脳内に鳴り響いた。
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