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3.お願い
しおりを挟むぽたり、ぽたり。血が滴っている。
どうしよう。俺はどうしたらいいんだ。
覚えている、悲鳴、俺を呼ぶ声。消えない叫びが、真相の待つ方へ行けと俺の足を動かす。
俺は今から、過去のとある事件のホシの元をたずねる。しかし、彼は数々の難事件を解決に導いた協力者だ。
思い出した。思い出してしまった。俺の仲間がみんな殺された日のことを。
南場先輩は俺の憧れだった。そんな彼から運よくかわいがってもらい、一課の刑事として使えるよう、育ててもらった。先輩は死んだ、俺の目の前で。
みんなを先輩を殺したのは──楠城七星だ。
「頼む。自分はどうなってもいいから、もうみんなには手を出さないでくれ」
楠城の元をおとずれ、開口一番、切に頼みこみ、俺はすがりついた。
「面白い見解だ。篠垣」
赤い目、牙、妖術を使う人ならざる者──吸血鬼。楠城は吸血鬼だ。敵わないのはとうに分かりきっていた。
楠城の手が俺のあごを押し上げ、指が唇をなぞる。見上げれば彼は薄ら笑いを浮かべて、舌なめずりをしていた。
「俺が頼みを聞く義理はないが、そうだな。興が乗った。そこに横になれ」
いつもの診察台を彼はあごで指した。
楠城が約束を守る補償はない。だが、言うことを聞かなければ、さらに俺の仲間たちを手をかけるだろう。
大人しく言うことを聞こうとした振り向きざまに、体をさらわれた。次の瞬間には、台の上に押しつけられ、首筋を噛まれていた。
気持ちのよい行為ではなかった。痛みで脳が焼きれそうになる。今までこの感覚を悦と勘違いしていたのではと、空おそろしくなる。
恐怖や痛みを感じるのに、頭は重く、夢の膜が張っているようで、思考が鈍い。
ボーッとしている間に、いつの間にか体を暴かれていた。無理やり突き入れられて、下半身に痛みが走る。
「あ、ぅあ……」
「もっと悦べ、タイキ。南場に聞かせてやれ」
あの惨劇の再演のように楠城は、そう声高に俺をなじり、辱める。
敵わない者が願う。釣り合わない願いの代償は、現実にはない痛みをひどく生む。繰り返される悪夢に心身が冒されていく。
何度も何度も。乱暴な行為は冷たい台の上で繰り返される。後ろから激しく揺さぶられ、俺の張りつめていたモノは、何度目かの精を放ち、無機質な台を白濁で汚した。
ひどく興奮した息づかいと笑い声が聞こえる。それきり、俺の正常な感覚と思考は、ほとんど機能しなくなった。
痛みの中に、ときおり走る、悦楽。漂う甘い香り。タイキ、タイキと切に呼ぶ声。行為の羽休めのようなゆっくりとした抽挿。触れられた場所から甘い疼きが生まれて、溶けてしまいそうな心地よさに、はしたない声が止まらなくなる。
「ぁ……んぁ、あっ、イイ、あン」
「タイキ、タイキ……っ」
「ンんッ、はぁ……せんぱい」
鎖の音が鳴り、ぱちんと夢が弾ける。俺は熱に浮かされながらも、振り向いて相手の顔をのぞき見た。向こうも顔を火照らせながら、驚いたような顔をした。
精悍で男らしい、あの人の顔。俺をかわいがって、育ててくれたあの人の顔だ。そして、血を吐き泣き叫ぶあの人の顔、いつも甘くていい匂いがしていて、甘いもの好きがバレたくなくて隠れて飴を口に入れていたり、知られてからはたまにこっそりくれたり、ぜんぶ、ぜんぶ、押し寄せてきて、何が現実で夢なのか分からなくなる。
「なんば、せんらい?」
「ち、がう。俺は」
「おい。何を勝手に止めている」
どこからかした鋭い声に呼応して、先輩の目がケガをしたように赤く熟れた。
先輩は歯をギリギリと食いしばり、首をぎこちなく左右に動かしていたが、やがて腰の動きを再開させた。
「ぁ……せんらい、せんぱい、よかった、れす……あんっ」
「ダメだ、タイキ。頼むから、見ないでくれ」
「せんらっ、んんッ」
甘くとろける口づけに、言葉は飲み込まれる。絡み合う舌は火傷しそうなほど、熱い。
「もうイきそうじゃないか。そうだな、果てると同時に噛め。凄まじい絶頂を味あわせられるぞ」
そうだ、これは確か、楠城……の声だ。
声のした向こうへ意識を向ければ檻が見えた。俺の手足には錠と鎖がついている。
捕まったのは、俺だ。後ろで荒く呼吸を繰り返し、腰を打ちつけて、俺を呼ぶのは、確かに先輩の声で。
どうして、死んだはずの南場先輩が生きていて、楠城が言うと先輩は言うことを聞くのか。
悦は体の中で膨れ上がるばかりで、もう考えられない。
先輩が生きていて、俺を可愛がってくれて、気持ちよくて、楠城の声がして。たまらなくなって、わけも分からず、精を吐き出していた。
出しながら、吸われている。先輩が首筋に牙を突き立てて、一心不乱に血を啜っている。
──俺の血が彼らを生かしている。強い陶酔が胸に落ちた。
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