黒き荊の檻

兎守 優

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6.求愛


 目が覚めれば最近はいつも一緒だった南場先輩の姿がない。
篠垣ささがき。今日は貴様と話をしてやろう」
 「なんでも聞いていいぞ」と起きがけの俺に向かって、楠城くすのきは唐突に切り出した。

 なんでもと言うので、椅子に座って足を組んいる彼を見上げて、まずは先輩の居場所を聞く。
「南場先輩は大丈夫なんですか」
 俺が座る棺を楠城くすのきは指さす。
「情けないことに撃たれたぐらいの傷の修復に手こずっているようだから、眠らせてある」
 「抜いてやったら、人間でない者にも有効な弾丸だったから、大目に見てやる」と楠城くすのきはふんぞりかえった。「刑事は聖職者の真似事も働くのか、忌々しい」と彼はため息をつく。

 そうだった。楠城くすのきをかぎ回り、南場先輩を追ってきたアカヤという男、彼はそのあとどうなったのか。おそるおそる聞いてみる。
「アカヤという男は……どうしたんですか」
「道端に転がしてきた。が、俺の知る道端・・・・・・だからな。発見されるまでに原型を留めていれば幸運だ」
 彼の言いぶりからして命は奪っていないようだが、タダで帰してやる気はさらさらないようで、これ以上追求することは断念した。あわよくば無事で帰れますように。願うことしか俺にはできない。

 代わりに俺は刑事としての職務を引き継ごうと、俺と南場先輩が吸血鬼に襲われた夜の話を聞く決心をした。
「あなたと同行した、補佐役と言っていましたが、その方を殺害したのはなぜですか」
「あやつはホシの眷属だったからだ。眷属の契約は絶対だ。主には逆らえん。邪魔になる。だから息の根を止めておいたんだ」
 そういうことか。吸血鬼の眷属というものがいかに強制力を持つか、俺は楠城くすのきと南場先輩の関係をそばで見て感じていた。
 口で命令するだけで、自分の手を汚すことなく、言うことを聞かせることができるのだ。あの場で眷属の力を使われていたら、より一層被害が広がっていたのではないか。考えるだけでゾッとした。

 だとすると。ホシと同じ吸血鬼である楠城くすのきはなぜ、人間である俺たちに手を貸したんだ?
 ホシを楠城くすのきと勘違いしたぐらいには、楠城くすのきはあの吸血鬼とさほど変わらない、言動や残忍さをふるっているのに。
「なぜ、俺たちを助けてくれたんですか」
 聞けば楠城くすのきの目が笑った。
「一つは俺が当時所属していた、特殊案件処理係の職務としてだ。もう一つは、貴様らの思い合う姿に興奮を覚え、捕らえておきたいと思ったからだ」
 特殊案件処理係というのは初耳だ。先輩も吸血鬼絡みの事件だと知らなかったと言っていた。
 楠城くすのきは、当時はと言ったので、あの事件以来、もう席を置いていないのかもしれない。俺たちが知り得なかった特殊係や吸血鬼の存在については、もう聞くまい。

 楠城くすのきの気まぐれで俺たちは助けられたということだ。先輩は吸血鬼になってしまったが、銃で撃たれても死なず、生きている。
 生きて帰ってきてくれた先輩。会いたかった、好きだったと彼は泣きながら言う。
 必死に俺への思いを隠そうとしていたことは俺にも伝わった。楠城くすのきに命令されなければ、先輩は一生、文字通り墓までその思いを持っていったにちがいなかった。

「俺は……楠城くすのきと南場先輩と、生きることができますか」
 俺は知ってしまった先輩の気持ちにどう応えたらいい。
 今考えられるのは、単純に生きて会えてうれしかった、生きている限りともにいたいという思い。これが俺の素直な気持ちだった。
「俺は構わんが、南場は望んでいない。俺が命じれば、叶えてやれないこともないぞ?」
 少しだけ胸が痛んだ。先輩は俺との関係性が変わってしまうことを望んでいないのだ。
「ただ、貴様にも俺の望みを聞いてもらう」
 楠城くすのきに頼めばすべて解決してしまうだろう。だが先輩の心はどうなる。
 俺の胸はさらに痛む。泣きながら抵抗していた先輩を強制力で従わせるなんて、二度と嫌だ。

「俺は愛を永遠にものにしたい。吸血鬼はあらゆるものを未来永劫縛りつける、漆黒の荊を有している。しかし、愛する者同士でなければ、その荊で絡め取ることができない」
「永遠とか、荊とか、よく分からないんだが、愛のために、そういう行為をすべきなのか?」
「吸血鬼は本能で花嫁を欲するものだ。花嫁と見定めたものを愉悦に浸らせ楽しませ、三十日ほど性器や体液を挿入し続けたあと……」

「待て。なんで、そんなひどいことを花嫁にするんだ。三十日もセックスし続けるなんて、体が保たない」
「うむ……吸血鬼は快楽を感じるまでに時間を要する。男の場合、精を放出するまでに三十日を要するものだ」
 「じゃあ、あの一回は三十日分の……」と俺は頭を抱えたくなった。楠城くすのきと俺とで根本的に、感覚がズレている。これでは話が合わないはずだ。

「花嫁と愛し合えば、俺の本能が満たされる上、荊による契約を結ぶことも可能になる」
「それでも、そんなんじゃ花嫁と結ばれる前に、花嫁が死んじゃうだろ」
「しかし、花嫁を楽しませるには、俺自身が楽しみ、美しいと思う行為を求め続ける、つまり本能に従った方がよいと言われたのだが……」
 誰だよ、コイツにそんな入れ知恵を仕込んだ奴は。いや、吹聴した奴もきっと、楠城くすのきがこうも解釈を歪めてしまうとは思っていなかったにちがいない。なにせ相手は、人間の常識が通用しない吸血鬼だ。

篠垣ささがき。俺と愛し合って欲しい」
 楠城くすのきが俺の手を取った。
 彼のことが嫌いなら、この手を振り払えばよかったのに。彼の感情を知ってしまったから、無下にできなかった。
 曲がりなりにも、楠城くすのきは命の恩人だ。興味本位で命を救ってくれたとはいえ、殺さずに生かしておいてくれている。
 そしてあろうことか、楠城くすのきに体を暴かれるのも、嫌というだけではなくなっていた。

 俺が先輩をあきらめて、楠城くすのきと結ばれたらそれでいいのだろうか。
 芽生えてしまった先輩への気持ちを消せるはずなどないのに。
 こんな宙ぶらりんなまま、俺が返事をしていいはずがない。「楠城くすのきは……」と俺は思い切って口にする。

「俺が南場先輩と生きたいと思っていて、俺の気持ちが先輩に向いていても、平気でいられるのか?」
「構わん」
「それだと、俺と愛し合ってることにはならないだろ」
「愛し合うとはセックスのことだろう?」
「ちが、わないけど、体だけじゃなくて、心もないとダメなんだろ。セックスだけなら、楠城くすのきは俺をもう手に入れられているはずだ」
「では他に何を?」
「愛し合いたい人のことをよく知って、距離を縮めていって」
 「貴様のことならすべて把握済みだ」と押し倒し、楠城くすのきは迫る。

楠城くすのきだけじゃなくて、俺にもそういう、相手を知りたい、好きって気持ちを持たせないといけないんだって」
「俺を知りたいのなら、血を飲ませてやる。それですべて分かるぞ」
 話もろくに聞かず、ことを性急に進め、楠城くすのきは馬乗りのまま、自分のシャツのボタンを全開にした。

 引き締まった体が惜しげもなくさらされる。楠城くすのきは目鼻立ちもおそろしく整っており、全身が目に毒だ。心臓が跳ねる。
 楠城くすのきは鋭い爪を伸ばして、自身の喉元を切りつける。首筋からたらりと、血が流れていった。
 そのまま楠城くすのきが俺に覆いかぶさろうとしたとき、銃声が耳をつんざいた。
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