哀夜の滅士

内山 優

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1 縁罪

16 紅い目の秘密

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 昼の鐘が鳴った。充が昼飯をと思って界人の部屋に声をかけようとすれば、寮の外で旭と誰かの話し声がした。
 界人の部屋が開かないのを尻目に確認してから、充はそっと廊下へ出て聞き耳を立てた。

先生?」
「わ、成清なるせくんじゃないか」
「え、誰」
 ダンスレッスンに行っていた旭と実希みのりが、校内を回っていた成清なるせと鉢合わせをしたといった様子だった。
「お久しぶりですね」
「彼はね、成清なるせ葉月くん。とっても優秀で飛び級で卒業しちゃって寂しかったなぁ」
「あんた、その目」
 実希みのりの声が怒気を帯びる。

「そうだ。六つの時に俺は人を殺してる。その罪証だ」
「てっめ、成人前の犯罪は問われないからって開き直りやがって」
 「開き直るつもりはないが、一つ」と成清なるせは、実希みのりの噛みつく勢いをしている。

「お前、人を目で差別するの、止めろ」
「は? 前科持ちに説教されたかないね」
「お前、目から血を流すほど、泣いたことはあるか?」
「気持ち悪、何の例えだよ」
「生きながら、呪いで自我を縛られ続けたことは?」
「何が言いたいんだよ、あんた」
「この目の発現条件は人によってちがう。そもそも、罪を犯しただけじゃ、こうはならない」
「だって人殺しの罪でやみいの刀で縁を斬られればそうなるって」
「俺はやみいの刀で裁かれてない。人を殺して家族を失った日に、この目が染まった」
「自業自得」
「お前のその偏見のせいで誰かが傷つく。自覚しろって言ってんだよ」
「義父さん、何なの、コイツ」
 まくし立てても立てても、実希みのり成清なるせから反論を食らってしまう。実希みのりは旭に不機嫌さをぶつけていた。

実希みのり、彼の言う通りなんだ。これが真実。学園では絶対に教えてくれない、ね」
 実希みのりが「子ども扱いすんな」と怒鳴る。いつものように、旭に頭をなでられたんだなと充は思った。

「気を悪くさせてごめんね、成清なるせくん。実希みのりは学園の中で長いこと育ってあまり外の事情を知らないんだ」
「じゃ、今知れ。受け入れろ、常識を疑え。そんじゃなきゃ、ここ出たら偏屈で自分の首を絞めることになるぞ」
「う、うるせぇ」
「わー、成清なるせくん、立派になって先生うれしい」
「それなりに、修羅場くぐり抜けてきましたから」
「今日は私がお昼、頑張っちゃおうかなー」
「こんな奴と昼飯食べるのかよ」
 地面を蹴飛ばし、土を抉っている足音。実希みのりがよくやる、不機嫌なときの行動だった。実希みのりは舌打ちを鳴らして、地団駄を踏んでいる様子だ。
「いいんですか?」
「一人暮らしの成果、私に見せてくれる?」
「望むところですよ」

 学園の中でしか育っていない。外の事情を知らない。実希みのりが言われたくない言葉だろう。
 どんなに頑張っても、背伸びしても、実希みのりがまだ子どもで、親の庇護下に置かれる存在だという事実はくつがえらないが、独り立ちができてない駄々っ子のように思われるのも、実希みのりは我慢ならないはずだ。
 「行くよ」と言った旭よりも先に、実希みのりが寮に踏みこんでくる荒々しい足音がした。
 充は慌てて部屋に戻り、旭たちを出迎えた。

「お昼ですよね」
「うん。成清なるせくんも来てくれたことだし、せっかくだから、お昼、ご一緒しようかと」
 旭はうなずきつつも、「あれ、界人くーん?」と部屋を見回し出した。
 旭と成清なるせは、充たちの部屋へ入ってきたが、実希みのりはドア付近で仁王立ちで、立ち往生している。

「あの兄貴、さっきルカオ、じゃなくて郁と」
「誰だよ」
 実希みのりが床を足で踏み鳴らす。彼はますます不機嫌になっていく。
「ルカオのことか? 界人って奴の弟」
 成清なるせが捕捉するのも、実希みのりは無視を決めこんで聞いていない。

「それじゃあ、充君の部屋でお昼を~」
「やだ」
ゆうせい君も呼んでこないとー」
「仕方ねぇな」
 旭さんがこうと言ったら折れないのを実希みのりはわかっている。
 実希みのりは渋々向かいの部屋のドアを乱暴に開けて、乗りこんでいった。
 「またお邪魔しまーす」と成清なるせが充に頭を下げて言う。充も慌てて、「お構いなく」と返してから、「永野、呼びますね」と背を向けかけて、動きを止めた。成清なるせが台所に行こうとしたからだ。

「米は多めに永野が炊いたのであります」
「へー、あの兄貴、炊事できるんだ」
 充が声をかければ成清なるせの足が止まった。
「すごいんだよ、成清なるせくん。とても美味しいんだ、界人君の料理」
 旭はニコニコとして、話を続けてくれている。
「ハッ。俺、陽惟さんの飯を何年作ったと」
「もしや弥生堂の」
 充はハッとして口を噤んでしまった。
「あー、弥生堂、そうそう」
 成清なるせは特段気に留める素振りもなく、「飯はよそうだけでいっか」と腕を頭のうしろで組んで、伸びをしていた。
「私はテーブルを持ってくるよ」
 部屋を出る旭について、「俺も」と充が言いかけたところで、界人の部屋のドアが開く。

「いい匂いですね」
「お昼ご飯かな」
 月見郁と界人がそろって部屋から出てきた。
「俺も手伝います」
 界人がそう言って成清なるせの方へ行こうとするが、郁と腕を組んでいて、離れられなかった。界人と郁は二人で顔を見合わせ、気づく。
 郁が絡めた腕を解こうすれば、「いや、俺たちがやるから、ルカオとイチャコラしてやがれ」と成清なるせはぶっきらぼうに言い放って、ズカズカと寮の廊下へ行ってしまう。
「じゃあ、配膳の準備。お願いできるかな? 七人分」
 旭が充に目配せを送った。充は意図に気づいて背を正した。界人を一人で放置して部屋を出るなということだ。
「兄さま、僕もやります」
「うん。ありがとう」
 郁と界人は台所に、充はテーブルの位置を直す。
 旭と成清なるせが部屋を出てほどなくして、引きずる音がドアの向こうからした。

「タケオ、やさぐれんな、クソ人見知り。早くしろって」
 「いや、俺は胃の調子が」とゆうせいの悲痛な叫びが聞こえてくる。実希みのりは廊下でうんうんうなっていた。
「動けって。義父さんからおにぎり刑が執行されるから、こ、い!」
 「おや。今日は何の具がいいかなー。おにぎり、おにぎり」と旭がいつものからかいで、はやし立てている。
「ほら、早よ、せい!」
 テーブルとゆうせいを引きずりこみ、七人がそろってテーブルを囲んで開口一番、実希みのりが舌打ちをくれた。

「何、このカオス」
 先に自己紹介を始めたのは、紺桔梗の髪に、赤い目の──
「は、初めまして。月見 郁ですっ」
 充は目を見張る。充が事務室の前で顔を合わせたとき、彼は黒い目をしていたはずだった。
「目、え」
 静かに見定める充とは異なり、実希みのりは無遠慮に、界人と郁を見比べていた。成清なるせが刺すような視線を実希みのりに向けている。
 急いで界人が眼鏡をかけたのは、自分ではなく郁の方だ。

「あれ、またかな。たまに目の色がちがうねって言われるんだ」
 充は界人に目配せした。眼鏡をすべきなのは界人の方だと。
 眼鏡を外して透かし見る郁から、「まちがえちゃって、ごめんね」と界人は眼鏡を受け取ってかけ直す。
 「ルカオとおそろいなんだから、隠すことねぇだろ」と成清なるせが言うが、界人は肩を内に寄せて、充に向かって頭を下げていた。
おぎさん、ごめん、うっかり」
「兄さまは僕のとちがって誰かにやられた呪印だから!」
「いいよ、郁。これはきっと罰なんだから」
 界人は郁の手を取って、あいまいに微笑んでいた。

「兄弟そろって気持ち悪ぃなあ、胸張って生きろよ、罪証にやられても死んでねえんだから」
 成清なるせが〝罪証〟と言い出すので、充は肝を冷やした。実希みのりがボソッと「きょうだ、い……家族とかキモ」と言ったのが充には聞こえた。
 無理やり連れ出されたゆうせいは、実希みのりの隣で顔面蒼白でうつむいている。場の空気が悪い。どうにかして緊張を解かねば。充が何か言おうとしたとき、「さーて、そろそろかな」と旭が手を叩いた。
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