哀夜の滅士

兎守 優

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1 縁罪

19 指導

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 止まらないカウント。タイミングに遅れていた手足がそろっていく。乱れていた息は数カウントの間に、正常に戻っていった。
 カウントが終わる。その場が静まり返った。
「詰め甘すぎ。ダッサ。各自来週までに自主練に励め。以上、解散」
 放心状態の生徒たちがひとり、またひとり、夢見心地の状態から目覚め、界人に畏敬のまなざしを向けていく。大人しくなった生徒たちの視線の中心で界人はひとりだけ、息も切らさずに立っていた。
「永野」
 人がけていくと実希みのりが、界人の前まで、跳び舞うような足取りで歩いてきて、ペットボトルを差し出した。

実希みのりさん?」
「やるじゃん、中々の出来。経験者?」
「踊りの経験? あいにく舞踊は女性のお稽古だから……」
 押しつけられるがまま、界人はペットボトルを受け取る。
「いつの時代の考えだよ」
「だからみんな男性ばかりなのに踊れてびっくりしましたよ」
 実希みのりがガーッと頭をかく。
「はー、だいぶズレてんな、アンタって」
実希みのりさんは、ダンスの先生みたいですよね。すっごく上手」
 界人が褒めれば、実希みのりは観念してため息をついた。
「体動かすのに良くてハマったらこうなっただけ。まぁ、やるからには極めるからさ」
 「洞察力も鋭いですよ」と界人がさらに褒めれば、実希みのりはほんの少しだけ下唇を噛んだ。
「洞察力よりかはリズムと形の記憶の方かな。ダンスの型をイメージで繋げて連想していく感覚」
先生の遺伝子じゃないかな」
「義父さんは型と流れを考えるのは得意だけど、実際に再現するのは向いてない」
「ずい分はっきり言いますね」
 実希みのりのまぶたが落ちる。開かれたときには、その目は遠くを見つめるまなざしで、どこかを睨んでいた。

「だってさ、本当の親子じゃないし」
 本当の親子。界人の胸がトクンと鳴る。
「血縁が、大事?」
「そうは思ってない。大切にしてもらってる。でも」
 どこかを見つめ、険しい顔をする実希みのりから、界人は目を逸らせずにいる。
「いつか、義父さんに結婚したい人ができたら、俺、邪魔になるなって」
先生はそんなこと」
 「人の心配ばっかだけど、まぁ、ここの生徒としては、俺はからっきしなんだけどな」と実希みのりは暗い顔をして、舌打ちを鳴らした。
 界人は実希みのりの頭に手を伸ばしかけて、その手を下ろした。

「怒りで感情を隠さない方が、君には似合っている」
 しんとした二人だけの空間に、界人の声はよく響く。外の喧騒が入ってくれば、実希みのりはパッと顔を上げた。驚きで満ちた目をして、実希みのりは界人を見上げ、「なんで、アンタが驚いてんだよ」と苦笑した。
「それさ、養父さんにも言ってやりたいよ」
 ペットボトル飲料に口をつけ、実希みのりは一口含んだ。界人も実希みのりにならって見よう見まねでキャップを開けて、ボトルを傾けた。
「らしくない事、言った。義父さん戻ってくるまで、ダンスしようぜ」
「ご教授願います」
 実希みのりの身がくるりと舞うようにひるがえる。界人は一礼をしてから、実希みのりと向き合い、ステップを踏んだ。


 白いカーテンが風に揺らめき、躍っている。保健室は鼻をつく薬品臭が漂っていて、旭に支えられている生徒はケホッと咳きこんだ。
先生、ありがとうございまーす」
「私の生徒だもの。お礼なんて必要ないよ」
 旭は奥のベッドのカーテンを引いた。生徒を寝かせ、笑みを浮かべる。
お札こっちは必要みたいだけど」
「ヒッ」
 生徒ののどが鳴る。旭は人差し指を手に当てて、生徒の体に手をかざしていく。
「じっとしてて。うっかり手を滑らせてしまったら大変だ」
「やややだ。先生、ごめんなさい」
「どうしたの。ほら暴れないで」
「先生、からかって申し訳あり」
「私は平気だよ、ほら」
 ひらりと旭が手を翻せば、生徒は飛びのいて、ベッドの奥へ身を寄せた。
「なが、のせんせひっ、をからかって申し訳ありませんでしたっ」
「私の生徒がそんなことする訳ないよね、うん、きっとない」
 旭は生徒との距離を詰めていった。部屋の角に位置するベッドの端に、逃げ場はない。旭を見上げるその顔は絶望に染まっていく。

「すっかり良くなったみたいだね。しばらく安静にしておけば大丈夫。お大事に」
 パッと旭が身を引けば、生徒の悲鳴が上がった。旭は保健室を出るなり、歩幅を広げて風を切り、体育館へ向かった。
 声を出そうとして、旭は引っこめた。実希みのりと界人はまるで鏡合わせのように息ぴったりで、何よりもその表情は覇気に満ちていたからだ。
 入り口にもたれる旭に、先に気づいたのは界人で、旭は手を叩いた。
「わー、ブラボー。二人とも見事なダンスだね」
 二人しかいなくなった体育館で、ダンスに興じていた実希みのりと界人が動きを止めて旭を見た。
「重しぐらい食らわせといた?」
「んー、私はケガした生徒にそんな事するほど非道な人間ではないよ。それにすぐ使えるようなじゅの素質は、生まれつき持ち合わせていないからねー」
 「その顔でどの口が」と言う実希みのりへ近づいていき、旭はその頭をなでる。

「永野君。上手。初めて、じゃないよね?」
「今日初めて教えてもらいました。おもしろいですね、ダンスって」
「永野、動きを読んで合わせてるんだって。チートじゃん」
 「これからは永野君も一緒に……」と言いかける旭の手を実希みのりは払い除けて、キッと睨んだ。
「新任で土曜の休み返上とか鬼畜なの?」
 「そ、そうだよねー」としぼむ旭に、界人の声がかかる。
「お役に立てるなら、協力します」
「お人好しかよ」
 実希みのりが舌打ちする横で、旭はニコニコと笑いながら、両手を合わせた。


 紅葉寮へ戻る道すがら、界人は心配ごとを口にした。
おぎさんと梅津さん。大丈夫でしょうか……」
「そうだったね。ゆうせい君は私が見てこよう」
「ほんと胃が弱いの変わんないな、アイツ」
実希みのり。永野君と一緒に充君を労ってあげてよ」
「何。充、落ちこんでんの」
「何かショックなことでもあったのかな」
 心配を引きずる界人を実希みのりとともに、部屋に押しこんだ旭は向かいの部屋の戸を叩く。

「もしもーし。入るよ、ゆうせい君」
 「あれ。居ないのかな。入っちゃうよー」と旭は実希みのりゆうせいの部屋に足を踏み入れる。手前は実希みのりの部屋。ドアは半開きの状態だ。
 奥はゆうせいの部屋で、固く閉ざされていた。もう一度、部屋の主を呼んでから、「えい」と旭は部屋の鍵を開けてしまった。
 ドアが開くなり、「ひっ」と悲鳴が上がった。
「わっ、居るなら返事してよ」
 ゆうせいの体はベッドの隅で縮こまり、頭ごと布団で覆われてしまった。

ゆうせい君、話があるんだ」
「ひ、ああの、おれ」
「実はね……」
 布団をかぶって怯えるゆうせいを前に、旭は表情を押し殺した真顔で人差し指を口に当てる。
「永野君に一目ぼれしちゃったんだ」
「へ、?」
 ゆうせいの布団がずるりと落ちた。
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