俺のスキル『AI』は、今日も世界を最適化する。

肯定ペンギン

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第十話 魔法学校調査依頼・後編

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 夜、レンとミールは許可を得たうえで学院地下にある資料庫を目指した。照明魔法が仄かに灯るだけの廊下は、不気味な静けさに包まれていた。

 地下への階段を降りて左に行くと、その突き当りに件の資料庫はあった。
 扉を開けると資料庫独特の少しカビ臭い紙の匂いが鼻をついた。

「なんか、雰囲気変わっとるな……」
「早速、調べてみましょうよ」

 レンとミールは手分けして、おかしなところはないか探し始めた。

(アイ。異常はないか?)

《周囲を探査中。今のところ、異変の兆候なし》

 アイに指示を出しながら、レンは考えた。

 学院の生徒が居なくなった。それも一人ではない。
 もし複数人が同じ場所に閉じ込められているならば、それなりの空間が必要だ。
 空間――この王都ディシアみたいに空間が歪められ、拡張しているとすれば?
 ひょっとしたら、針の穴ほどの空間でも人を閉じ込めておけるかもしれない。

「ミール先輩。ちょっといいですか?」
「なんや?」

 レンは自身が考えた内容をアイとミールの両方に言い聞かすように説明した。

「なるほど。おもろい視点やなあ。ほな、その方向で重点的に調べてみよか。うち、空間魔法得意やねん」

《レンの考えを尊重します。空間的な異常に焦点を当て、探査を開始》


 レンの閃きに基づいて、調査を始めて少し経った頃だった。

《微弱な魔力波、東側壁面から検出。空間の歪みを示す兆候あり》

「ミール先輩! 見つけました!」

 レンが叫ぶとミールはすぐに飛んできて、アイがレンに示した方に向かって杖を向けた。
 何もないハズの空間に揺らぎが走る。
 
「ここや……これ、うちが学生の時には無かった空間の層や。間違いなく、"どっかに繋がってる"」

 彼女が魔力をこめ、空間に干渉する呪文を唱える。

「閉じし空間、開かれし空間、同一の存在、その架け橋、我は望む、その実現を」

 きしむような音と共に、ぽっかりと異空間への入口が開いた。
 まるで巨大な魔物が口を開けたようだった。

「行くで、レン。心してな」

 今までのサッパリと明るい顔つきから一転、ミールの顔には危険に臨む冒険者特有の雰囲気があった。


 中は薄暗く、魔法の灯火がかろうじて照らす空間だった。そして──その中央にあったのは、等身大の人形たち。
 制服のまま硬直し、虚ろな目で一点を見つめている。
 思わずレンは息を呑んだ。

「これは……!」
「こいつら……本物や。生徒らが、人形にされてる」

《レン。奥に量子反応――これは……》

 珍しくAIであるはずのアイが言い淀んだ。
 まるで生まれて初めて、その事象に遭遇したかのようだった。

(どうした、アイ!?)

《いえ、問題ありません。ノイズが多すぎて判別できなかっただけです。この空間の奥に“悪霊”が居ます》

「悪霊!?」

 その言葉を待つまでもなく、空間の奥から黒い靄が渦を巻くように出現した。苦悶に歪んだ顔をした異形の霊──それが生徒たちを人形に変えていた元凶だった。

「出たな、こいつやッ! 炎よ、燃やせ、まっすぐに、敵を討て!」

 ミールがすぐさま攻撃魔法で迎撃するが、霊体ゆえにダメージは通りにくい。レンは剣を握って前に出るが、物理攻撃は通じず、逆に黒い波動を浴びてしまう。

「うぐっ……っ、手が……!」

 レンの右手が、まるで人形のように変質していく──肌は蝋のように白く、関節が固まり、感覚が薄れていく。
 それは生きたまま、自分の体の一部が自分のものではなくなっていく感覚だった。

「レンッ!」

 慌てるミールの叫びとは裏腹に、レンの頭の中にアイの冷静な言葉が響いた。

《……対策案、提案。ミールの魔法構造は、我々が用いるプロンプト命令に酷似。擬似的な詠唱を構築可能です》

「アイ!? な、何を言って──!」

《魔法使用の魔素は学院の施設により供給。レン、私の指示通り、唱えてください。“詠唱式魔法・プロンプト再現”開始》

 レンの目に、視界内に走る複雑な魔法構文が表示される。

「……ああ、これなら……いける……!」

 左手の指をわずかに動かし、口に出す。

「一つ所、敵を縛り、留め、自由を奪わん。《静止の鎖──ロックバインド》!」

 青白い光が迸り、霊体の動きを縛りつける。

「よっしゃあ! これでトドメや! 空間、歪み、即時、断裂。ディバイン・カッター!!」

 ミールがすぐさま追撃の魔法を放ち、霊を完全に消滅させた。


 やがて霊が消え、空間も穏やかになると、拘束されていた生徒たちは一人また一人と元の姿に戻っていく。レンの手も、やがて普通の人間の肌に戻った。

 ミールは訝しげな顔でレンを見つめた。

「お前……魔道士ちゃうのに……なんで魔法、使えたん?」
「ちょっと、特別な方法があって……。まあ、感覚というか。俺、意外と魔法の才能ありますかね?」
「ふーん……やるやん。ちょっと、惚れそうやで?」

 ミールがからかうように笑い、レンは少し困った顔をしながらも、肩の力を抜いた。

(この世界の魔法も、案外“情報”と同じかもしれない)

 彼は、また一歩、異世界での自分の立ち位置を確かなものにしていた。


 
 魔法学校の依頼を終えた翌日――。
 レンは久しぶりにゆっくりとした朝を迎えていた。王都の空は高く、宿の窓から差し込む光が、まだどこか重たさの残る右手を温かく包む。

 彼の手はすっかり元に戻っていたが、どこか微かな違和感が残っている。
 それは肉体の損傷というより、精神の奥に触れたもの――初めて放った魔法の余韻、そして悪霊の放った“量子の空洞”を見てしまった記憶だった。

 フエムが寝間着姿のまま部屋に入ってくる。

「レン、あさごはん! パンとスープ、もらってきた!」

 元気そうな笑顔に、レンも自然と笑みを返す。

「ありがとな。……フエムは、怖くなかったか? 最近の噂」

 実はあの事件、それなり広く伝わってしまい――まあ、被害者が学生だったというのが大きく、箝口令が完全には敷けなかったからなのだが――王都で怪談めいた話として話題になっていた。

 フエムはしばらく考え込み、それから小さく頷いた。

「こわかった。でも……学校にいた子たち、ちゃんと戻ってよかった。レンとアイがいてよかったね」

《それは光栄ですね》

 そんな何気ない会話に、レンは少しだけ胸をなで下ろす。


 学校側の確認も終わり、正式に依頼の報告を終えたレンは、ミールと共にギルドの食堂で軽食を取っていた。

「にしてもさー。魔法学校の中に悪霊出るとか、めっちゃシャレならんかったで?」
「こっちは初めての魔法体験だったんだ。しかも右手が人形になるとか……普通、トラウマになるでしょ?」

 ミールはからからと笑いながら、レンの右手を軽く突く。

「でも見事に止めてくれたやん。とても初めて魔法を使ったとは思えんわ。それにしても――」

 一拍おいて、ミールの声色が一段低くなった。

「あんた、普通の冒険者じゃ、あらへんな」

 レンは思わず口の中の物を噴き出しかけた。
 ゲホゲホとむせながら、反応する。

「な、何を言い出すんですか、急に?」
「これは後学のために覚えとき。魔法は完全に体系化された学問や。昔はともかく、今は未知の魔法なんて存在せえへん」

 その話にレンは思わず顔を引きひきつらせた。

「つ、つまり?」
「ロックバインドなんて魔法は“この世”に無いんよ。魔法を引き出す特別な方法もな」

 ミールはあえて“この世”の部分にアクセントを付けているようだった。
 魔法学院きっての才媛の名は伊達ではないようだ。

(アイ君? これってバレてるかな?)

《完全にはバレてはいないでしょうが、少なくとも初心冒険者ではないということ、そして魔法の引き出し方からこの世界の人間ではない可能性が高いと思われている確率:大です》

「え、えーと……」

 レンがしどろもどろになっていると、ミールの雰囲気がまたフワリと変わる。

「まあ、うちは、ええよ。別にそれでもってレン君を強請ゆすろうという気はないし。ただ、変に力を使い過ぎると目ぇつけられるよ、って話」
「はい、気をつけます」
「うん、素直でよろしい!」

 ミールはそう言うと元気よく立ち上がり、去っていった。
 その後姿を見ながらレンは「これは後輩に対する先輩からの優しいアドバイスだな」と思った。

《学習――怨霊の量子反応にノイズ、魂のデータ破損》
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