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数十両のトラックが、縦一列となって道とも言えない悪路を走っていた。
鹿野優斗は、隊列の真中あたりを走っているトラックの後部の荷台に腰掛け、大きく揺さぶられながら、砂煙を上げる六輪駆動の二九式七トントラックの群れを眺めていた。
同じトラックには二十数名の自衛軍隊士が乗り込んでいるのだが、過度の緊張のためか、私語のたぐいも少ない。
鹿野の身長は百八十センチほどあるが、身体の線は細く、兵士向きには見えない。二重まぶたの眼に、鼻筋も通り、美男子と言っていい顔立ちだった。だが、その表情にはどこか、暗い翳りがあった。
トラックの隊列の中には、二四式装輪対空機関砲が二両、護衛に就いてはいる。しかし、本格的な敵の空爆をたった今受けたなら、それらの対空砲は気休め程度にしかなるまい。
もっともPRCとDPKの対地航空戦力は、緒戦においてUSA、THM、日本の連合航空戦力によって壊滅的な打撃を蒙っているはずだから、敵の空爆を受ける可能性は、そう多くはないであろう。
だが、前線に近づけば、敵襲を受ける可能性は高まり、何より前線では確実に敵と相対する事となる。
朝、宿営地を出てからもう五時間以上が経つが、隊士たちの緊張は高まる一方だった。青い顔で小刻みに震えている者がいる。しきりにチェーンスモークを繰り返す者もいる。みな、二十代前半の若い者たちばかりだ。
鹿野は、タブレット端末で情報収集に余念がなかった。これから自分が行く処を知っているか否かが、生死を分けるかもしれない。もっとも、端末で表示されたのは、自衛隊士の募集広告が主だった。馬原という防衛大臣が、しきりに、入隊を呼びかけている。
前線が近づいて来た事は、匂いでわかった。硝煙と血と有機物の腐敗臭が混然となった、一種独特の、だが戦地なら世界中どこでもおなじみの匂い。もっともそれを感じるのは滅多に戦場を訪れる事のない軍高官か、新任の将兵たちだけだ。数日も戦場に留まれば、特に何も感じなくなる。生き残る事に忙しくなると、それどころではなくなるのだ。
しばらく走って、トラックの列は停車した。
「到着だ。ここからは、それぞれの任官部隊に徒歩で行ってもらう」
警備士が各トラックに声をかけて回っている。
トラックから一斉に隊士たちが降りて来た。鹿野もトラックの後ろの荷台から、いち早く地面に降り立った。銃とバックパックを手に持ち、あたりを見回す。
曇天だった。初夏の気候らしく、湿気が多くむし暑い。今にも降り出しそうな、暗く厚い雲が重く垂れこめ、空一面を覆っていた。
遠雷の如く、腹に響くような砲声が聞こえる。見渡す限りあたりに樹木のたぐいはなく、単に無彩色の平地と丘陵が遠くまで続いているだけだ。風に吹かれて砂埃が舞っていた。
警備士が、各部隊のおおよその方角と距離を大声でがなり立てていた。鹿野は、第一三連隊第六中隊の展開地を警備士に尋ねた。
「六中隊?ああ、ブラッディ・クイーンか」
意味不明の言葉を口にし、目的地を教えてくれた。それによると、鹿野の目的地はここから更に三キロ離れた場所らしい。
同じ方角を目指す隊士たちと共に鹿野は歩き出した。GPSで現在地と方角はわかるが、行けどもいけども何もない風景が続いていた。風情もへったくれもなかった。
「敵襲!」
いきなり、大声が響いた。荷物を放り出し、伏せの体勢を取るのと、砲弾が降って来るのが同時だった。不気味な風切り音と爆風がセットになって襲って来た。砂と小石がバラバラと降り注ぐ。
爆音は聞いた事もないような大音量の轟音だった。たまらず絶叫をあげたのだが、その自分の声すら聞こえなかった。永遠にも思える時間の中で、爆音は続けざまに起きていた。
鹿野の脳裏には、ミサイルで吹き飛ばされた、街の光景がフラッシュバックで蘇っていた。ビルが崩壊し、窓ガラスが爆風で粉々になる。人々は、血にまみれて逃げまどう。瓦礫と死が街中に散乱していた・・・。
実際の砲撃は数分間だったようだ。砲撃は始まった時と同様に唐突に終わった。
砲撃が終了して、こわごわ周りを見回すと、負傷者が何人か出ていた。砲弾で片足を吹っ飛ばされた隊士が、呻き声をあげていた。戦地に到着と同時に後送が決定的だ。幸か不幸かはわからないが、少なくともその隊士の戦争はこれで終わりだ。
「おそらくこれは敵の準備射撃だろう。本格的に敵の攻勢が始まるぞ」
傍らにいた隊士が言った。三曹の階級章を付けていた。
鹿野は愕然とした。
「それは本当ですか」
「間違いないでしょう。早く本隊に合流された方が良いと思われます」
彼の階級に気づいたその三曹は、改まった口調で言った。現地到着早々、間の悪い事だ。これでは先が思いやられる。
「六中隊に向かう者は誰か!」
鹿野は大声をあげた。それに答えて、十数名の隊士が手を挙げた。
「よし、私は今度六中隊に配属となった、鹿野三尉です。私が臨時の班長として、みなさんと共に六中隊に向かいます」
十数名は、急ぎ足で六中隊がある、と思われる方角に向けて移動を始めた。
だが、砲撃は間もなく再開され、砲弾がボツボツと臨時の班の近くにも着弾した。その度に頭を竦めながら、前進を続けていた鹿野班だったが、前線に近づくにつれ、徐々に着弾の数が増え始めた。
何とか、目の前に現れた土手に張り付く事ができた。幸い班の隊士たちに、重傷を負った者はいなかった。しかしその土手から頭を出そうとすると、いきなり敵の銃弾が飛んで来た。そっと土手から覗き見ると、数十名の敵兵がこちらに銃撃を加えて来ている。
鹿野は、敵の迫撃砲の煙に気づいた。土手に伏せていた隊士たちに、土手から降りて、下の平地に身を伏せるように指示した。隊士たちがその指示に従ったのと同時に、敵の迫撃砲弾が土手のこちら側に着弾し始めた。
鹿野が指示しなければ、隊士たちの多くは、敵の迫撃砲の餌食になっていたに違いない。敵の迫撃砲の位置は、発射煙からだいたい想像がつくが、こちらにはそれに対抗できる重火器がなかった。
「こちらにも迫撃砲があれば」
周りを見渡すが、見える範囲で味方の部隊はいない。鹿野班十数名のみの戦力で、しかもほとんどが新米隊士だ。
「みな弾はあるか」
鹿野が尋ねると、口々にあります、との返事が返って来た。だが隊士たちの五・五六ミリライフル弾だけでは火力不足だ。数のうえでも明らかに劣勢だ。こんな後方にまで敵に侵入を許すとは、鹿野の腋に冷汗が滲んだ。
敵の迫撃砲による砲撃が、一段落したのを見て、鹿野は土手を駆け上がった。最小限頭を出して敵の様子をうかがうと、敵はこちらの右手に回り込もうとしていた。
鹿野は片手を挙げた。土手の下に伏せていた隊士たちが、一斉に駆け上がって移動している敵兵に銃撃を加えた。
しかし、敵のお返しも強力であった。九五式自動歩槍、八八式機関銃をバリバリ撃ち返して来る。敵のグレネード弾が頭をかすめて後方で爆発した。命中していたら、首が吹っ飛んでいたところだ。
敵の縦射は益々激しくなり、こちらの応射に対して、その何倍もの銃弾が返って来る。考えまいとしても、最悪の事態が頭に浮かぶ。
「三尉、中隊に火力支援を要請されてはどうですか」
隊士のひとりが進言した。
鹿野はケータイ端末を取り出すと、まずGPSで現在の班の位置を確認した。それから中隊本部を呼び出そうとした。だが、雑音だらけでまったく通じない。
「ジャミングを受けてるな」
当然、予想できた事だった。だが、初陣の緊張から鹿野は冷静さを失っていた。端末に登録されたチャンネルを片端からコールしてみるが、どこにも繋がらない。万事休すか?鹿野が絶望感に捕らわれた時、援軍が現れた。
敵が回り込もうとしていた、右翼後方から一六式装輪装甲車数両と約二十名の部隊が現れ、どこからか、鹿野たちのいる土手にも十数名の戦闘班が到着した。
援軍の班はグスタフC八十四ミリ無反動砲を装備しており、早速敵陣めがけて榴弾を撃ち込んだ。九六式オートグレネード、ミニミ軽機関銃など、火力は飛躍的に強化された。
右手の敵は、一六式装甲車の百五ミリ砲を受けて、慌てて後退を始めた。
正面の敵もここが頃合いと見計らったか、それ以上は無理押しせず、撤退を始めた。戦闘開始から約二時間が経過していた。
結局、大事には至らずに終わったか、鹿野はやっと溜息を付く事ができた。
その時、左腕に痛みを覚えた。見ると服が裂けて血が噴き出ている。先ほどの戦闘中に喰らった迫撃砲弾の破片であろう。戦闘中はアドレナリンのせいか何も感じなかった。
止血しようと、左腕をぎこちなくいじっていると、目ざとくそれを見つけた衛生士がやって来た。
衛生士は、素早く傷口に食い込んだ、砲弾の破片を除去すると、慣れた手つきで、傷口の消毒と止血をやってくれた。痛みに顔をしかめながら、その衛生士をふと見ると、まだ若く、可愛らしい女性だった。治療の最後にでっかいバンソウコウを貼ってくれた。
「一応抗菌剤と、痛み止めを塗っておきましたけど、痛みが続くようなら、衛生隊でもう一度、薬を貰って下さい」
鹿野がげんなりした表情をしていると、軽く背中を叩きながら、
「大丈夫、軽傷ですよ」
その衛生士は笑顔で言った。魅力的な笑顔だった。さぞかし隊士からモテるであろう。
「重傷者でも同じ事を言うんでしょ」
つい軽口が出た。彼女はいたずらっぽい目つきとなった。
「見て下さい、左腕はきちんと身体にくっついてますよ」
痛みは和らいだが、左腕は動かしにくく、バンソウコウにも血が滲んでいた。しかし、化膿さえしなければ元通り動かせるようになるだろう。
「私を助けてくれた衛生士殿のお名前は何と仰るのでしょう。ちなみに私は、新任の鹿野優斗三尉です」
鹿野が敬礼をしながら言うと、大仰な名乗りに吹き出しそうになりながら、返礼してくれた。
「私は浅倉香織一士です」
「ところで、我々は補充隊士でして、六中隊に行きたいのですが、どちらの方角かわかりませんか」
浅倉一士は首を傾げながら、
「ここが一三連隊六中隊の展開地ですけど。私も六中隊所属ですから」
と答えてくれた。首を傾げる仕草も可愛いい。
その言葉に鹿野はほっとした。やっと目的地にたどり着けたのだ。
「中隊長はどちらにいらっしゃいますか」
「あっちが中隊本部です」
浅倉が指さした方角は、先程正に敵が撤退していった方角だった。
「え?」
さすがに鹿野は驚いた。敵の侵攻ルートに当たるという事は、中隊本部は壊滅しているのではないのか。
「大丈夫です。ウチの中隊長はヤリ手ですからね。敵に簡単に殺られるようなヘマはしてないでしょう」
彼女は、その表情から察したのか、可愛い顔に似つかわない、物騒なセリフを口にした。
「お前ら補充隊士か」
不意に無精ヒゲを生やした隊士が、口をはさんで来た。がっちりとした体格の男だった。階級章を確認すると三尉だ。三尉にしては老け込んでいるようにも見えた。
「オレは、第六中隊第一小隊長の石塚武史三尉だ」
跳ね起きた鹿野は、敬礼をしたうえで、官姓名を名乗った。
「あんたが新米の見習いさんか、以後宜しく」
と手を差し伸べて来た。武骨で大きな手だった。気さくな印象の男だ。握手を交わすと、石塚三尉は、補充隊士たちに自分について来るよう指示を出した。
石塚と四名ほどの手勢は二列になり、左右に銃を構えながら、補充隊士を中隊本部とおぼしき場所へと送って行った。
あたりは円形塹壕だらけだ。それぞれ一定の距離を保って掘られている。
鹿野優斗は、隊列の真中あたりを走っているトラックの後部の荷台に腰掛け、大きく揺さぶられながら、砂煙を上げる六輪駆動の二九式七トントラックの群れを眺めていた。
同じトラックには二十数名の自衛軍隊士が乗り込んでいるのだが、過度の緊張のためか、私語のたぐいも少ない。
鹿野の身長は百八十センチほどあるが、身体の線は細く、兵士向きには見えない。二重まぶたの眼に、鼻筋も通り、美男子と言っていい顔立ちだった。だが、その表情にはどこか、暗い翳りがあった。
トラックの隊列の中には、二四式装輪対空機関砲が二両、護衛に就いてはいる。しかし、本格的な敵の空爆をたった今受けたなら、それらの対空砲は気休め程度にしかなるまい。
もっともPRCとDPKの対地航空戦力は、緒戦においてUSA、THM、日本の連合航空戦力によって壊滅的な打撃を蒙っているはずだから、敵の空爆を受ける可能性は、そう多くはないであろう。
だが、前線に近づけば、敵襲を受ける可能性は高まり、何より前線では確実に敵と相対する事となる。
朝、宿営地を出てからもう五時間以上が経つが、隊士たちの緊張は高まる一方だった。青い顔で小刻みに震えている者がいる。しきりにチェーンスモークを繰り返す者もいる。みな、二十代前半の若い者たちばかりだ。
鹿野は、タブレット端末で情報収集に余念がなかった。これから自分が行く処を知っているか否かが、生死を分けるかもしれない。もっとも、端末で表示されたのは、自衛隊士の募集広告が主だった。馬原という防衛大臣が、しきりに、入隊を呼びかけている。
前線が近づいて来た事は、匂いでわかった。硝煙と血と有機物の腐敗臭が混然となった、一種独特の、だが戦地なら世界中どこでもおなじみの匂い。もっともそれを感じるのは滅多に戦場を訪れる事のない軍高官か、新任の将兵たちだけだ。数日も戦場に留まれば、特に何も感じなくなる。生き残る事に忙しくなると、それどころではなくなるのだ。
しばらく走って、トラックの列は停車した。
「到着だ。ここからは、それぞれの任官部隊に徒歩で行ってもらう」
警備士が各トラックに声をかけて回っている。
トラックから一斉に隊士たちが降りて来た。鹿野もトラックの後ろの荷台から、いち早く地面に降り立った。銃とバックパックを手に持ち、あたりを見回す。
曇天だった。初夏の気候らしく、湿気が多くむし暑い。今にも降り出しそうな、暗く厚い雲が重く垂れこめ、空一面を覆っていた。
遠雷の如く、腹に響くような砲声が聞こえる。見渡す限りあたりに樹木のたぐいはなく、単に無彩色の平地と丘陵が遠くまで続いているだけだ。風に吹かれて砂埃が舞っていた。
警備士が、各部隊のおおよその方角と距離を大声でがなり立てていた。鹿野は、第一三連隊第六中隊の展開地を警備士に尋ねた。
「六中隊?ああ、ブラッディ・クイーンか」
意味不明の言葉を口にし、目的地を教えてくれた。それによると、鹿野の目的地はここから更に三キロ離れた場所らしい。
同じ方角を目指す隊士たちと共に鹿野は歩き出した。GPSで現在地と方角はわかるが、行けどもいけども何もない風景が続いていた。風情もへったくれもなかった。
「敵襲!」
いきなり、大声が響いた。荷物を放り出し、伏せの体勢を取るのと、砲弾が降って来るのが同時だった。不気味な風切り音と爆風がセットになって襲って来た。砂と小石がバラバラと降り注ぐ。
爆音は聞いた事もないような大音量の轟音だった。たまらず絶叫をあげたのだが、その自分の声すら聞こえなかった。永遠にも思える時間の中で、爆音は続けざまに起きていた。
鹿野の脳裏には、ミサイルで吹き飛ばされた、街の光景がフラッシュバックで蘇っていた。ビルが崩壊し、窓ガラスが爆風で粉々になる。人々は、血にまみれて逃げまどう。瓦礫と死が街中に散乱していた・・・。
実際の砲撃は数分間だったようだ。砲撃は始まった時と同様に唐突に終わった。
砲撃が終了して、こわごわ周りを見回すと、負傷者が何人か出ていた。砲弾で片足を吹っ飛ばされた隊士が、呻き声をあげていた。戦地に到着と同時に後送が決定的だ。幸か不幸かはわからないが、少なくともその隊士の戦争はこれで終わりだ。
「おそらくこれは敵の準備射撃だろう。本格的に敵の攻勢が始まるぞ」
傍らにいた隊士が言った。三曹の階級章を付けていた。
鹿野は愕然とした。
「それは本当ですか」
「間違いないでしょう。早く本隊に合流された方が良いと思われます」
彼の階級に気づいたその三曹は、改まった口調で言った。現地到着早々、間の悪い事だ。これでは先が思いやられる。
「六中隊に向かう者は誰か!」
鹿野は大声をあげた。それに答えて、十数名の隊士が手を挙げた。
「よし、私は今度六中隊に配属となった、鹿野三尉です。私が臨時の班長として、みなさんと共に六中隊に向かいます」
十数名は、急ぎ足で六中隊がある、と思われる方角に向けて移動を始めた。
だが、砲撃は間もなく再開され、砲弾がボツボツと臨時の班の近くにも着弾した。その度に頭を竦めながら、前進を続けていた鹿野班だったが、前線に近づくにつれ、徐々に着弾の数が増え始めた。
何とか、目の前に現れた土手に張り付く事ができた。幸い班の隊士たちに、重傷を負った者はいなかった。しかしその土手から頭を出そうとすると、いきなり敵の銃弾が飛んで来た。そっと土手から覗き見ると、数十名の敵兵がこちらに銃撃を加えて来ている。
鹿野は、敵の迫撃砲の煙に気づいた。土手に伏せていた隊士たちに、土手から降りて、下の平地に身を伏せるように指示した。隊士たちがその指示に従ったのと同時に、敵の迫撃砲弾が土手のこちら側に着弾し始めた。
鹿野が指示しなければ、隊士たちの多くは、敵の迫撃砲の餌食になっていたに違いない。敵の迫撃砲の位置は、発射煙からだいたい想像がつくが、こちらにはそれに対抗できる重火器がなかった。
「こちらにも迫撃砲があれば」
周りを見渡すが、見える範囲で味方の部隊はいない。鹿野班十数名のみの戦力で、しかもほとんどが新米隊士だ。
「みな弾はあるか」
鹿野が尋ねると、口々にあります、との返事が返って来た。だが隊士たちの五・五六ミリライフル弾だけでは火力不足だ。数のうえでも明らかに劣勢だ。こんな後方にまで敵に侵入を許すとは、鹿野の腋に冷汗が滲んだ。
敵の迫撃砲による砲撃が、一段落したのを見て、鹿野は土手を駆け上がった。最小限頭を出して敵の様子をうかがうと、敵はこちらの右手に回り込もうとしていた。
鹿野は片手を挙げた。土手の下に伏せていた隊士たちが、一斉に駆け上がって移動している敵兵に銃撃を加えた。
しかし、敵のお返しも強力であった。九五式自動歩槍、八八式機関銃をバリバリ撃ち返して来る。敵のグレネード弾が頭をかすめて後方で爆発した。命中していたら、首が吹っ飛んでいたところだ。
敵の縦射は益々激しくなり、こちらの応射に対して、その何倍もの銃弾が返って来る。考えまいとしても、最悪の事態が頭に浮かぶ。
「三尉、中隊に火力支援を要請されてはどうですか」
隊士のひとりが進言した。
鹿野はケータイ端末を取り出すと、まずGPSで現在の班の位置を確認した。それから中隊本部を呼び出そうとした。だが、雑音だらけでまったく通じない。
「ジャミングを受けてるな」
当然、予想できた事だった。だが、初陣の緊張から鹿野は冷静さを失っていた。端末に登録されたチャンネルを片端からコールしてみるが、どこにも繋がらない。万事休すか?鹿野が絶望感に捕らわれた時、援軍が現れた。
敵が回り込もうとしていた、右翼後方から一六式装輪装甲車数両と約二十名の部隊が現れ、どこからか、鹿野たちのいる土手にも十数名の戦闘班が到着した。
援軍の班はグスタフC八十四ミリ無反動砲を装備しており、早速敵陣めがけて榴弾を撃ち込んだ。九六式オートグレネード、ミニミ軽機関銃など、火力は飛躍的に強化された。
右手の敵は、一六式装甲車の百五ミリ砲を受けて、慌てて後退を始めた。
正面の敵もここが頃合いと見計らったか、それ以上は無理押しせず、撤退を始めた。戦闘開始から約二時間が経過していた。
結局、大事には至らずに終わったか、鹿野はやっと溜息を付く事ができた。
その時、左腕に痛みを覚えた。見ると服が裂けて血が噴き出ている。先ほどの戦闘中に喰らった迫撃砲弾の破片であろう。戦闘中はアドレナリンのせいか何も感じなかった。
止血しようと、左腕をぎこちなくいじっていると、目ざとくそれを見つけた衛生士がやって来た。
衛生士は、素早く傷口に食い込んだ、砲弾の破片を除去すると、慣れた手つきで、傷口の消毒と止血をやってくれた。痛みに顔をしかめながら、その衛生士をふと見ると、まだ若く、可愛らしい女性だった。治療の最後にでっかいバンソウコウを貼ってくれた。
「一応抗菌剤と、痛み止めを塗っておきましたけど、痛みが続くようなら、衛生隊でもう一度、薬を貰って下さい」
鹿野がげんなりした表情をしていると、軽く背中を叩きながら、
「大丈夫、軽傷ですよ」
その衛生士は笑顔で言った。魅力的な笑顔だった。さぞかし隊士からモテるであろう。
「重傷者でも同じ事を言うんでしょ」
つい軽口が出た。彼女はいたずらっぽい目つきとなった。
「見て下さい、左腕はきちんと身体にくっついてますよ」
痛みは和らいだが、左腕は動かしにくく、バンソウコウにも血が滲んでいた。しかし、化膿さえしなければ元通り動かせるようになるだろう。
「私を助けてくれた衛生士殿のお名前は何と仰るのでしょう。ちなみに私は、新任の鹿野優斗三尉です」
鹿野が敬礼をしながら言うと、大仰な名乗りに吹き出しそうになりながら、返礼してくれた。
「私は浅倉香織一士です」
「ところで、我々は補充隊士でして、六中隊に行きたいのですが、どちらの方角かわかりませんか」
浅倉一士は首を傾げながら、
「ここが一三連隊六中隊の展開地ですけど。私も六中隊所属ですから」
と答えてくれた。首を傾げる仕草も可愛いい。
その言葉に鹿野はほっとした。やっと目的地にたどり着けたのだ。
「中隊長はどちらにいらっしゃいますか」
「あっちが中隊本部です」
浅倉が指さした方角は、先程正に敵が撤退していった方角だった。
「え?」
さすがに鹿野は驚いた。敵の侵攻ルートに当たるという事は、中隊本部は壊滅しているのではないのか。
「大丈夫です。ウチの中隊長はヤリ手ですからね。敵に簡単に殺られるようなヘマはしてないでしょう」
彼女は、その表情から察したのか、可愛い顔に似つかわない、物騒なセリフを口にした。
「お前ら補充隊士か」
不意に無精ヒゲを生やした隊士が、口をはさんで来た。がっちりとした体格の男だった。階級章を確認すると三尉だ。三尉にしては老け込んでいるようにも見えた。
「オレは、第六中隊第一小隊長の石塚武史三尉だ」
跳ね起きた鹿野は、敬礼をしたうえで、官姓名を名乗った。
「あんたが新米の見習いさんか、以後宜しく」
と手を差し伸べて来た。武骨で大きな手だった。気さくな印象の男だ。握手を交わすと、石塚三尉は、補充隊士たちに自分について来るよう指示を出した。
石塚と四名ほどの手勢は二列になり、左右に銃を構えながら、補充隊士を中隊本部とおぼしき場所へと送って行った。
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