ブラッディ・クイーン

たかひらひでひこ

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 翌朝早々に、鹿野は、美浦に前夜の相談を持ち掛けた。中隊長の人脈で、方面軍本部の法務、ないし警備の高官にツテはないだろうか。それと、数日間この任務に専念させて欲しい旨も申し出た。
 美浦は、少し考えていたが、ケータイ端末を取り出すと、機密モードで、どこかへ連絡を取った。相手に事情を説明する。
「わかりました。方面軍法務部長木戸一佐ですね。はい、よろしくお願い致します。ありがとうございました」
メモを取りながら、普段の美浦一尉とは別人のように、丁寧に応対している。相手は一体誰なのだろう。鹿野は少なからず、興味を懐いた。
 「方面軍司令部法務部長の、木戸健介一佐を訪ねろとの事だ。法曹界では、名の通った人物らしいが、お前知ってるか」
木戸健介、聞き覚えのある名前だった。確か、どこかの高等裁判所あたりに、そういった名前の判事がいた気がする。
「よくわかりませんが、ともかく方面軍司令部に出頭して来ます」
 美浦は運転手付きで、パジェロを用意してくれた。
 遣半島方面軍司令部は、前線から百キロ以上も離れたS市の郊外にあった。昔、ドラマで日本でも有名になった地らしいが、鹿野には何の興味もなかった。
 つい先日、前線へとたどり着いた道を逆にたどって行く。道路が空爆で痛んでおり、ろくな補修も行われず、まる一日かけての移動となった。
 道路沿いは荒廃が著しかった。農地だったと思われる地域は、爆発痕だらけで、荒れ野となっていた。建物もみな崩壊している。
 住民らしい人々がなす術もなく、道路わきに呆然と佇んでいた。
 司令部に到着したのは、陽も傾いた夕刻近くだった。やたらと夕陽が紅い。
 司令部といっても、空爆を避けるために、各部署は分散して配置されており、法務部を探すのに小一時間ばかり、手間を取られた。
 電磁波迷彩を施したテント群の外れに、目的の部署はあった。法務部と書かれたテントの中には、数人の人間がいた。もちろん、受付などないから、テント内にいた人物のひとりに取次ぎを頼んだ。
「私が、木戸一佐だ」
取次ぎを頼んだ、当の人物が本人だった。
「失礼致しました。私は・・・」
「わかっている。一三連隊の鹿野三尉だな。早速だが、事情を聞こう」
 木戸とは、確かに法廷で出会った記憶があった。
「君とは一度法廷で会った事があるね」
木戸もそう言った。裁判所の判事という記憶は正しかったわけだ。
 鹿野は、テントの中に通された。奥まった場所にテーブルが並べられ、もうひとりの男性が、椅子に座ってノート型端末を操作していた。
「山倉君、君の後輩が来たよ」
木戸一佐の声に振り向いた人物は、検察庁で鹿野の上司だった、山倉将司だった。階級は二佐だ。司令部所属の警備隊長だった。
 「山倉さん!」
思ってもみなかった、意外な場所で会う旧知の人物に、鹿野の声も高ぶった。
「やあ、久しぶりだね、鹿野君も元気そうで何よりだな」
親しげに話しかける山倉とは、およそ一年ぶりの再会だった。
「山倉さんこそ、よくご無事で」
「まさか、こんな処で再び会えるとはねえ」
 ひとしきり挨拶を交わしていると、木戸が口をはさんで来た。
「久闊を叙しているところを申しわけないが、そろそろ本題に入らせて貰っていいかな」
      *
 「・・・以上が私どもの把握している、永川一尉に関する事実です。これ以上の捜査は、中隊の有する権限を逸脱する事になりますので、上部機構である、方面軍司令部に告発するものです」
鹿野は、六中隊が調査した事がらについて説明し、収集したデータをふたりに提示した。
 「なるほど、確かに、これは司令部の警備で捜査すべき事案だな。だが、これは・・・」
山倉が木戸の方を見やった。
 「まあ、捜査してみないと断定はできないが、ふん、これはクロだろうな」
木戸も同意見のようだ。
「師団の警備も買収されているか、片棒を担いでいる線が濃厚だ。これは、ちょっと気合を入れて捜査しないといかんな」
木戸も山倉に目線を返した。
「時間が掛かりますでしょうか?」
 山倉は、鹿野の持ち込んだデータを見ながら、感心したように言った。
「いや、現状でもよく状況証拠を押さえてある。後は、師団司令部内のデータと突き合わせてみる、永川と接触している警備隊士を調べる、横流ししている業者から事情を訊く、これで、全容は明らかになるんじゃないか」
 鹿野は、思わず立ち上がってテーブルに手を付くと、ふたりに頭を下げた。
「ウチの中隊は、永川の嫌がらせで、深刻な補給不足に陥っているんです。一刻遅れれば、それだけ隊士に損害が出ます。どうか、宜しくお願いします」
中隊の存亡が懸かっているだけに、鹿野の懇願は必死だった。美浦一尉の期待を裏切るわけにもいかない。
 「わかった。後は任せておけ。できるだけスピーディに捜査をさせる。ウチには警視庁出身の元刑事や、電子捜査の専門家がそろっているからな」
山倉二佐は、請負った。
 「しかし、私情を作戦任務に持ち込むとは、士官の自覚に欠ける事、甚だしい奴だな。しかも、軍需品の横流をするなど、自衛軍隊士としてあるまじき行為だ。軍法会議でこってり絞ってやる」
山倉二佐は、早速その場にスタッフを呼び寄せると、鹿野を交えてミーティングを始めた。
 警備隊での会議が終わったのは、二十三時過ぎだった。鹿野はすぐ、中隊へ帰るつもりだったが、その前にひと言、美浦一尉に報告をする事とした。
 「・・・という事で、法務部と警備隊のトップに事情は説明しました」
「よくやった。詳しい報告は、お前が帰って来てから聞く。一晩休んで帰隊しろ」
「いえ、これからすぐに、帰ります」
「いいから、一晩休んでから帰れ。これは命令だ。宿泊の手配は、お願いしてある」
鹿野が、六中隊赴任以来、ろくろく休んでいない事を見通していた。こういった、細かい部下に対する気遣いが、彼女の指揮官として優れた部分のひとつなのだろう。
 山倉二佐の好意で、鹿野は久しぶりにシャワーを浴びる事ができた。
 炊事部隊が作った温かい食事を食べ、柔らかいベッドの上で、ぐっすり眠れた。国内にいた時は、当たり前だった日常が、ここでは最大の贅沢だった。
 酒まで勧められたが、さすがに、前線の隊士たちの事を考えると申しわけなくて断った。後で聞くと、それらはみな、美浦一尉の依頼によるものだったそうだ。
 翌朝、鹿野は、法務部と警備隊を回って木戸一佐と、山倉二佐に挨拶をした。警備隊は、既に昨夜から六中隊の事案の捜査を始めていた。ふたりに念入りに後事を託した。
 他にもう一個所、木戸一佐に是非に訪ねろと紹介を受けた、軍司令部直属の後方支援団の幹部をも訪ねた。
 お陰で、中隊の補給事情について、然るべき筋に説明する機会が持てた。それに付いて、後方支援団から、ある支援を取り付ける事にも成功した。
 全ての用を済ませ、帰路に付いたのは、昼前だった。六中隊に帰着したのは、やはり夕刻だった。早速、中隊本部に行き、美浦中隊長に報告をした。
 「警備隊の隊長が、元上司で、親身に相談に乗って下さいました。昨夜からすぐに捜査に取りかかって貰っています」
美浦は、鹿野の報告を黙って聞いていたが、うなずくと、ひと言慰労した。
「ご苦労だった」
 「補給の状態はどうです」
「相変わらずだ。どうやら、永川は本気で六中隊を潰すつもりらしい」
「昨夜はどうだったんですか」
 美浦の表情が曇った。
「また敵襲があった。小競り合い程度だが、こちらにも数名の損害が出た。隊士たちの疲労も、そろそろ限界だろう」
 陣地内を見回すと、迫撃砲によるものと思われる弾痕が、増えていた。
 最前線にいる兵士は、常に緊張を強いられる。いつ、敵の砲爆撃があるかわからないし、敵が襲撃して来れば、命を懸けた殺し合いをしなければならない。休みも交互に穴を掘った、塹壕のテントで仮眠を取るだけだ。
 戦いが長期に渡ると、兵士たちは、段々と肉体的にも、精神的にも追い込まれていく。食料や、弾薬、医療品が充分に揃わないと、それは更に深刻度を増す。そのためには、定期的に前線部隊を予備部隊と交替させ、補充と休息を与えなければならない。
 だが、一三連隊は、ここひと月以上、前線に貼りついたままだった。
 師団司令部からは、そろそろ、後備の連隊と交替させては、との声も出ているらしいが、肝心の一三連隊幕僚の永川が、損害を過少に報告し、強硬にその必要はない、との主張をしていた。
 多分後退すれば、横流しという、甘い汁を吸う事ができなくなるからなのだろう。
 「永川一尉の罪状の裏付けを取るのに、ある程度の時間は要すると思います。おそらく数日以上。それまで六中隊がもつか、という事でしょう。しかし、もしも六中隊が突破されたら、前線全てが崩壊する危険もあると思うのですが、永川一尉はどう考えているんでしょうか」
「何も考えてないさ。あの馬鹿の頭にあるのは、自分の事だけだ」
 美浦一尉は何かを考えていた。
「こうなると、自分たちで補給も何とかしなければならんな」
美浦の表情も顔色も冴えなかった。心労が溜まっているせいであろうか。
 美浦は早瀬准尉を呼び出すと、何事かを命じた。いつも冷静で表情を変えない早瀬が、驚いた顔を見せた。
「電子戦担当の、横田二曹にやらせろ。奴なら尻尾を出さずにうまくやるだろう」
早瀬は何か言いたげだったが、結局は黙って電子戦部門の壕に向かった。
「どうするんですか?」
不穏な空気を察した、鹿野が美浦に尋ねた。
「お前の言う、緊急避難という奴だ。カルネアデスの板だな。背に腹は代えられん。私には六中隊についての責任がある」
まさかと思った。
 「正規のルートを通さず、補給を受けるわけですか。それだと、永川の思うつぼなのではないですか?」
「仕方ない。私には自分の地位よりも、部下の命が大事だ。だが、お前はこの事については、何も知らない。いいな、私の言っている意味がわかるな」
鹿野は考えた。山倉二佐は、すぐに動いてはくれているだろうが、容疑が固まり、永川の逮捕まで至るには、しばらくの時間が必要だろう。
 美浦のやる事は、軍法に反する事となるだろうから、早晩永川も気づくだろう。その場合の危険は、美浦自身がすべて負うつもりなのだ。問題は、どちらが、早く動けるかに懸かっている。
 「連隊長に直訴してはどうですか。事実を知れば、指揮官として黙ってはいないでしょう」
「鈴木連隊長は、半月前に砲弾で片足を吹き飛ばされて、野戦病院に入院中だ。連隊長代行の三木三佐は、一般人から入隊した人物で、戦争はズブの素人と言っていい。他の連隊幕僚も、似たり寄ったりだ。だから、永川がそれを良い事に、勝手に振舞っているんだ。他の中隊も、自分の隊の事で精一杯で、連隊の指揮系統をどうするかなんて、構ってはいられない」
なんと理不尽な事か。世の中、生きて行くためには、ある程度の理不尽は仕方がない。
 しかし、いち幕僚の手前勝手な思惑で、連隊が動かされていたのでは、前線で実際に戦っている者は堪ったものではない。自分の命が懸っているからだ。
 何故、このように連隊本部にも人材がいないのか。
 防衛のため、戦力の拡大を強いられた日本国は、自衛軍を急激に拡張した。だが、徴兵制は憲法違反となるうえ、隊士の質も落ちる事となるので、志願制を採用せざるを得なかった。
 そのため、慢性的に兵力は不足し、ことに幹部及び陸士が深刻だった。数合わせのため、一般の組織でそれなりの職務に付いていた者を、大量に士官として採用したおかげで、今回のような事が起きたのだった。
 理屈はさておき、鹿野も熟考の末、ある結論に達した。いざという時は、美浦一尉だけに責任を押し付けるわけにはいかない。
 決意が固まると、気が楽になって、自分が腹の減っている事に気が付いた。そういえば、朝、司令部を出た後、何も食べていなかった。
「中隊長、腹が空きました。飯はありませんか?」
美浦は一瞬、鹿野を呆れたような目で見たが、苦笑いをしながら、補給処を指差した。
 その翌日、第一二師団所属の後方支援連隊補給大隊から、大量の食物、弾薬、医療品がトラック数台分届けられた。隊士たちはようやく届いた補給物資に、元気づけられた。笑顔で配分している。
「後は、補充隊士だな」
美浦は、その光景を眺めながら言った。
 「大丈夫なんですかい」
やって来た、石塚三尉が何やら不安そうに補給物資の山を眺めている。
 永川と美浦の角逐を知る石塚としては、すんなり補給が届いた事に、何か不穏な空気を察したようで、素直に喜べないらしい。
「これ、正規に連隊本部を通しているんでしょうね」
「じゃないのか、補給物資の発注は、連隊本部の専権事項だからな」
美浦は知らん顔で答えている。
 午後遅くには、補充隊士約五十名が、六中隊本部へ到着した。野戦病院からも、十名ばかりの軽傷者が帰って来たので、中隊戦力は、約百四十名と一応の数は揃った。
 その夜、鹿野は志願して、前線の哨戒任務に就いた。もうひとりの士官は、麻生二尉だった。兵器マニアである麻生は、鹿野が兵器に対して、最低限の興味しかない事を知ると、話しかけてこなくなった。
 それは、鹿野にとってもありがたかった。八十四ミリ無反動砲の弾頭各種の威力について、延々聞かされるのは、ご免蒙りたい。
 二時には交替が来る事になっていたが、鹿野は、それも断った。一昨夜は、ベッドでたっぷり眠らせて貰ったのだ。他の士官たちも、休ませてあげたかった。
 真夜中の二時に交代要員として、やって来たのは、美浦一尉だった。一小隊の島本曹長を連れていた。
「石塚の右腕だ」
美浦は島本を紹介した。
「中隊長自ら恐縮です」
「なに、お前と例の話の今後について、話をして置きたくてな」
島本の班はそつなく散らばり、哨戒任務に就いた。
 六月とはいえ、このあたりは高地になっているせいか、夜ともなると気温がぐっと低くなる。おまけに雨も降りだし、吐く息が白くなるほどだった。
 疲れた顔の美浦は、小刻みに震えていた。具合が悪そうだ。
「中隊長、寒いんですか?」
「大した事はない、それよりも、法務や警備の捜査方針や目途を聴かせてくれ」
声も枯れ気味だった。
 鹿野は、かいつまんで、司令部でのやり取りを話した。
「私が知りたいのは、いつ永川を逮捕できるのか、という事だ」
美浦一尉は憂つそうに言った。
「それは、近日中にとしか言えません。だが、それまで黙っているつもりもありません」
美浦は、怪訝な顔つきで、鹿野を見つめた。
「今日の補給は、連隊本部の預かり知らないところで、行われたという事でしょう」
鹿野は尋ねた。美浦は何も言わなかった。
「中隊長だけの責任では終わらせませんよ。相手が理不尽な手を使うなら、こちらもそれに見あった手を使うまでです」
 「?お前、何を考えてる」
美浦は不審げに訊いた。
「実は、方面軍司令部の後方支援団に第一二師団第一三連隊への、戦闘物資の直接補給を申請しました。一三連隊の担当幕僚永川一尉は、軍事訴訟の被告人であり、幕僚としての資質に欠けるとして、私が代行者としての申請です」
話を聞いた、美浦は驚くと共に、訝しそうな表情になった。
 「一介の新米三尉風情の権限でできる事じゃないぞ。それに永川は、まだ軍事被告人というわけではないだろう」
「だから、それが適当か否か、判断するのは軍司令部の後方支援団です。永川に事が露見するまでに、軍事被告人となるかどうかは、まあ一種の賭けですが」
 美浦は、じっと考えていた。
「道理で、昨日の補給申請がすんなり通ったと思った。おおかた、方面軍の警備か、法務あたりが、口添えしてくれたんだろう。まさか、そんなウラがあったとはな」
美浦は改めて、鹿野をじろじろ見た。
 「しかし、お前は補給担当という事でもないのに、よく言い分が通ったな」
「軍法に、補給担当者が職務を遂行できない場合の処置、という条文があるんです。それこそ、緊急避難という法理から出た規定ですよ。それを法務部の木戸部長から、支援団の司令官に説明して頂いたんです」
 その時だった。遠くでポンと音がした。隊士たちは一斉に身を伏せた。迫撃砲の砲弾が、前線の哨戒線近くに落下する。続いて、数十発の迫撃砲弾が、美浦たちの傍にも着弾した。鹿野は、美浦に覆い被さり、砲弾の破片から彼女を必死で抱き締め庇う。
 砲撃が一時止むと、鹿野はゆっくり身を起こし、敵の発射地を確認した。レーザー測距儀で約四百メートルばかり向こうだ。
 庇って貰った美浦は、驚いたような表情になり、黙ってじっと鹿野の姿を見ていた。
 「反撃しましょう」
鹿野の具申に美浦はうなずいた。
「ウチの隊にいる、FO(監視員)に連絡し、師団特科部隊のFDC(射撃指揮所)へデータを送るように要請しろ」
しばらくすると、敵の砲撃位置付近に、百五十五ミリと二百五ミリ重砲の砲弾が、着弾し始めた。
 何十発目かが落下したと思った時、突然大音響と共に、百メートル以上はあると思われる高さの火柱が立ち昇った。凄まじい爆風が、こちらの陣地まで吹き寄せて来る。
 「どうやら、敵の弾薬集積場にでも誘爆したようですね。運の悪い事だ」
おおかた、こちらを砲撃するため砲弾をかき集めた場所に、重砲弾が命中した、という事なのだろう。
 「今夜は、これで終わりでしょう。しかし、毎晩これでは、堪りませんね」
「後ろにも敵がいるしな」
 軽口を叩いているが、美浦は、明らかに具合が悪そうだった。顔が赫い。思わず鹿野が額に手を当てると、かなり発熱していた。三十八度以上はありそうだ。
「中隊長、風邪と疲労ですよ。本部で休んで下さい。熱がありますよ」
「薬は飲んだ。前線にいる方が安眠できる。寒気がするから、鹿野、私を暖めてくれ」
美浦は潤んだ眼で、鹿野を見つめた。
 「ええっ?」
その頃合いから降り続いていた雨足が、激しくなって来た。
 鹿野は美浦と自分のポンチョを二枚重ねて迷彩シートを被せ、下には雨用のシートを敷き、近くの塹壕から、毛布を一枚頂いて来た。毛布を美浦に掛けるが、なおも寒がった。
「抱いてくれないか」
ガタガタ震えながら、美浦は言った。仕方なく、鹿野はシートに潜り込み、美浦の横に身を横たえると、美浦がすり寄って来た。
 肩を抱くと、鹿野の背中に手を回した。
「ああ、暖かいな」
満足そうな声を出す、美浦の身体は熱かった。
「随分と熱が高いじゃないですか。衛生士に診てもらわなくてもいいんですか?」
「大丈夫だ。風邪やインフルエンザじゃない、扁桃腺炎だ」
鹿野の心配を察したように美浦は言った。
「お前に感染りはしないよ、安心しろ」
美浦は、鹿野の胸に顔を埋めた。荒い息を吐きつつ、寝入ってしまう。
 鹿野は、しばらくして、迷彩シートから顔を出すと、哨戒任務を続行した。美浦と共に寝入っているわけにもいかない。
 周りの隊士たちは、ふたりに気づいているのか、いないのか、前線の方を見つめて、知らん顔をしていた。美浦は、鹿野に抱きついたまま、眠り込んだ様子だった。鹿野は結局、朝まで哨戒を続けた。
 陽が昇ると、交替の隊士たちがやって来た。鹿野は、美浦を衛生班のテントに連れて行き、衛生士に中隊長の面倒を託した。
 テントを出た所で、昨夜同じく哨戒を担当した、島本曹長と顔を合わせた。
「お疲れ様です」
島本曹長は、それしか言わなかったが、笑顔でウインクをした。
 薬が効いたのか、美浦の熱は朝には下がり、二日もすると、体調も回復した様子だった。
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