ブラッディ・クイーン

たかひらひでひこ

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 初夏の、久々に雲のない晴天の日だった。
鹿野が、六中隊にやって来て、はや、ひと月が経とうとしていた。
 早朝、鹿野が横臥している塹壕に据え付けられた、通信用パソコン端末が反応した。
 暗号通信だ。コピー不可のSDカードに暗号コードが転送され、指揮官専用の端末でなければ、解読できないようになっている
 「鹿野三尉、中隊長を探して来て頂けませんか。ケータイ端末に応答がなくて」
 美浦一尉にしては、珍しい事だった。常に連絡をやかましく言っている本人が、行方がわからずとは。鹿野は塹壕を這い出し、美浦一尉を捜しに出かけた。
 途中で、何人かの隊士を見かけたが、中隊長の行方を知っている者はいなかった。
そのうち、ひとりが、陣地の外れで美浦を見かけたと、証言した。
「しかし、あのあたりは・・・」
鹿野はその隊士の言葉をみなまで聞かず、
「わかった」
と言って、その方向へ向かった。
 そこは、陣地から少し外れた場所だった。あたりは、敵の砲撃の跡が整地されておらず、大小の穴がそのままになっていた。
 よく考えれば、わかりそうなものだったが、その時、鹿野の頭には、暗号通信の事しかなかった。敵の動向に、何か異変があったのだろうか?何か、緊急を要するような・・・。
 「美浦一尉!」
とうとう、鹿野は大声で美浦の名を呼んだ。
「美浦中隊長いらっしゃいませんか?緊急の通信です」
 平地から少し窪みになった所に、臨時の幕に蔽われた場所があった。
「鹿野、大声を出すな」
抑えた美浦の声が聞こえた。
「中隊長、師団司令部から、先ほど緊急通信がありました・・・」
「お前なあ、ここがどこだか知らないのか。お前も覗きが目的か?」
 そう言われて、初めて鹿野はそこが、女性用のトイレである事に気が付いた。男子用は全然方向が違うので、わからなかったのだ。
 自分がしている事は、痴漢行為と間違えられても仕方がない。顔を真っ赤にして、しどろもどろになった。
「い、いえ。し、失礼致しました」
あわてて、その場所を立ち去ろうとする。
「まあ、丁度いい。もう少し離れて、人が来ないように見張っててくれ。時々、覗きに来る奴がいるからな」
「ええっ、そうなんですか」
「お前も、覗くんじゃないぞ」
カチッと撃鉄をあげる音がした。
 「とっ、とんでもない、そんな恐ろしい事しませんよ」
鹿野には、美浦とわかっていて、覗きに来るような、そんな命知らずがいるとは思えなかった。
 鹿野は少し離れた場所で、美浦が〝化粧を済ませる〟のを、待っていた。しばらくすると、小振りのスコップを手にした、美浦が現れた。
 「何だ」
不機嫌そうに言う。
「これです」
鹿野が差し出したSDカードを、自分の端末に差し込んだ。そこに、表示される英数記号を更に解読ソフトに通した。
 音声を聞く美浦は、聞き終わってしばらく考えると、一三師団の高射特科大隊の本部を呼び出した。
 「こちら六中隊の美浦だ。情報は聞き及んでいると思うが、師団の高射特科戦力では、不足と思われる。方面軍の、高射特科団の支援を要請する」
何やら相手と話していた。
「せめて、午前中までにはお願いしたい・・・。そうか、制空戦闘機隊も来るのか。それは心強い。宜しく頼みます」
 美浦は、ケータイを仕舞うと鹿野を見た。
「今日は一戦あるかもしれない。敵も、気合を入れているらしい。航空攻撃もあるようだ。さあ、腹ごしらえだぞ」
呆然とする、鹿野を尻目に、美浦は中隊本部に向かった。
 六中隊本部では、朝飯のレーションを食べながらの作戦会議が開かれていた。
 「敵が航空作戦の準備をしているらしい」
と美浦が切り出した。
「当然、対地支援でしょうな」
石塚が応える。
「だろうな。航空機まで投入するからには、それなりの規模の作戦だろう」
「よくまあ、飽きない事で」
石塚は他人事のように言った。
 「こちらの支援態勢はどうなんですか?」
珍しく、金子三尉が口を開いた。
「中隊戦力は、まあ七割程度で最近では最も充実してますが。問題は火力支援で・・・」
「その点は大丈夫だろう。一番の問題は鹿野が解決してくれたしな。航空機支援も、対空支援も要請してある」
 みなが、一斉に鹿野の方を見た。
「まったく、あの永川がいなくなった途端、中隊の補給事情が一変しましたからねぇ」
 士官たちが笑顔を見せるなか、ひとり大林二尉だけが仏頂面でレーションを不味そうに食べていた。
「補給事情が良くなったと言っても、飯は不味いままだ。たまには、美味い物でも出ないのか」
「何言ってる。前線では、缶詰でも食えるだけマシだ」
美浦が大林をたしなめた。
 「太平洋戦争当時の旧軍に比べれば、餓死の心配がないだけ、ありがたいと思え」
美浦は、ひとしきり、ガダルカナルや、インパール作戦の事を語った。
「ええっ、そんなに酷かったんですか」
「そうだ、士官養成所で講義を受けたろう」
「そんなのありましたっけ。俺ぁまた、中隊長はいつの時代の生まれかと、思いましたよ」
 石塚が軽口を叩いて、美浦に睨まれた。
「美浦一尉は、勉強家なんですね」
鹿野が言うと、美浦は笑顔になった。
「うん、お前には私のカラ揚をひと切れやろう」
とおかずを分けてやった。
 「中隊長、最近若いもんに贔屓のし過ぎじゃないですか」
その光景を見て、石塚はニヤニヤしている。
 突然、空の彼方から、爆音が響いて来た。
「みな、持ち場につけ!」
六中隊の士官たちは、レーションを放り出すと、それぞれの小隊へ、一目散に駈けて行った。
 鹿野の持ち場は、前線の哨戒だ。壕に入ると間もなく、敵の空爆が始まった。爆発が起きる度に頭を下げるが、前線の哨戒は怠らない。
「敵兵の姿は見えるか?」
「いえ、今のところどこにも」
 双眼鏡を通常モード、遠赤モードと切換えるが、敵兵は見当たらない。電磁波迷彩を使っていれば、確かに発見はしにくくなるが、こちらの陣地を空爆中に、敵もやっては来ないであろう。同士討ちの危険があるからだ。
 敵の空爆は思ったより雑であった。高射特科部隊が発射した地対空誘導弾をかわす事に忙しく、空爆の精度を保つ余裕がないのだろう。落下した爆弾の量にしては、効果は挙げていないようだった。
 敵の空爆が一段落した頃、味方の制空戦闘機隊が飛来した。F三五EJだ。たちまち空戦が始まった。敵味方の機体が空いっぱいに爆音を轟かせて、飛び回っている。
 飛行機雲が、複雑に入り組み、空戦の過程を青空へ克明に記録してゆく。
 隊士たちは、思わず顔をあげ、その光景に見入った。実戦でしか見られない、凄まじい空中ショーだった。数分の戦闘の後、敵機は撃退された。
 「衛生士!」
その時、大声で叫ぶ声が聞こえた。
「中隊長がやられた!」
 鹿野は、自分でも意識せずに走り出していた。中隊本部にたどり着くと、ヘルメットを外した美浦が、頭から血を流して倒れていた。顔面蒼白で、意識はない様子だった。
 鹿野は自分の顔から、血の気が失せるのを自覚した。膝が、ひとりでにガクガク震えだす。隊士たちが集まって来た。
「容体は!」
 石塚三尉が怒鳴っていた。衛生士は、冷静に頭の止血をした。
「意識はありません。脳震盪なのか、脳内に出血とか損傷があるのかは、野戦病院で医官に診て貰わないと、判断できません」
 その時、美浦が薄目を開いた。
「どうした?」
「中隊長は、さきほど、爆風で飛ばされて、頭を打ったんですよ」
「頭が痛い」
見るところ意識は清明ではなく、目つきはうつろで、動くとめまいがすると言う。
「検査のため、野戦病院で早く診て貰った方がいいでしょうね」
衛生士の言葉に、鹿野も同意した。
 しかし、石塚や早瀬は困った顔をしていた。正直、気乗り薄のようだ。
「どうしてですか。万一を考えると・・・」
鹿野が異議を述べる。
「中隊長が、隊を離れると、次席指揮官が問題になるんだよ。事あれば、中隊長のポジションが欲しい奴がいるからな」
 本来なら、中隊長に事あるときは、次席の階級のうち、先任格の者が、後を引き継ぐのが一般的だ。しかし、問題がある者が引き継いだのでは、部隊の存亡に係わる事もあるので、軍法にも明定されているわけではない。
 「そんなの、連隊本部へ連絡して事情を話し、石塚三尉を中隊長代行に任命して貰えばいいじゃないですか。連隊本部の命令なら、みんな従うでしょう」
鹿野が強く提案した。
「なるほど、そうか。お前さん頭良いな」
 「それよりも今は、中隊長の具合が心配です。早瀬准尉、後送の手配をお願いします」
「わかりました」
 間もなく、救急車仕様のパジェロがやって来た。後部座席が取り外され、負傷者の担架が載せられるようになっている。若い衛生士が一名付き、ドアを閉めると、野戦病院へ向けて出発した。鹿野と、石塚が見送った。
「やれやれ、後は中隊長の回復を待つのみですね」
 そこへ、早瀬准尉が息せき切ってやって来た。
「あの、大林二尉が自分が中隊の指揮を執ると、息まいてますが」
「はァ!?」
三人は急ぎ中隊本部へ帰った。そこには麻生二尉がいた。
 「どうなってんのォ?あんな奴がァ、中隊長代行なんて中隊を全滅させる気?」
「連隊には、報告したんですよね」
鹿野は、早瀬に聞いた。
「それが、連隊本部も忙しくて、中隊の事情は、中隊で解決しろとの事で」
 それを聞くと、石塚は、苦虫を噛み潰したような表情になった。
「まずいな、よりによって、最悪の野郎が名乗り出たか」
大林二尉は中隊内の士官としての評判は、決して良くない。
 無闇と部下を怒鳴りつけるし、そのくせ、自らの状況判断能力は、無能と言っていいレベルだ。おまけに、筋金入りの方向オンチときている。
 大林に、中隊全体の指揮を任せれば、部隊を混乱に導いたうえ、挙句の果てに、味方陣地に向かって射撃命令を出しかねないような男だった。
 なぜこの男が、任官試験をクリアしたのか大きな謎だった。自衛軍の、人材不足を象徴する人事と言えるかもしれない。
「なんとかしなきゃな」
石塚が言った。ともかく、大林を止めなければならない。だが、肝心の大林二尉は、自らの二小隊を率いて、どこかへ行方をくらましたとの事だった。
 石塚は、二小隊付きの田中信雄二曹を、ケータイ端末で呼び出た。
「田中、お前たち今どこにいる」
「前線です。小隊長が、中隊の指揮を執るとおっしゃって。前線の視察だそうです」
そんな事は、哨戒班に任せておけば済む。わざわざ、一個小隊数十人を繰り出す話でもないであろう。だいいち、各小隊の配置はどうするのか。
 「大林二尉に替われ」
しばらくすると、大林自身がケータイに出た。
「大林二尉第二小隊を前線に出して、どういうつもりかね。敵の襲撃があった時、第一小隊、第三小隊、火力支援小隊は、どう展開すればいいんだ」
「お前たちがいつもいる場所にいれば済む事だ。ちっとは、自分の頭で考えろ。俺は今敵情を調べているところだ。邪魔をするな」
 言いたい事だけ言って、ケータイは切れた。
「思った通りだ。奴は舞い上がっちまって、中隊全体の事を考える余裕はない。と言うか、もともとそんな能力のある奴じゃないがな」
「自分の頭で考えろってェ?そりゃ、こっちのセリフだワ」
麻生も毒づく。
 「しかし、このままにはしておけません。敵はいつ、襲撃して来るかわからない状況です」
早瀬准尉が珍しく、深刻そうな声で言った。
 突然、石塚のケータイ端末が鳴った。二小隊の田中二曹からだった。
「どうした・・・何だとっ!?わかった」
 石塚はケータイを切ると早瀬に怒鳴った。
「すぐに中隊全部の電子機器の電源を切れ!大林の馬鹿が、サンダーボールの発射をFDCに要請しやがった!」
すぐさま、事態を飲み込んだ、早瀬と麻生は急ぎ、自分の持場に連絡を入れた。
 「あの、サンダーボールって何ですか」
不穏な空気を察しながら、鹿野が尋ねた。後ろの方で、幹部たちの話を聞いていた、並河曹長が答えた。
「強力な電磁波バーストを起こさせる、一種の電子兵器です。敵の電磁波迷彩を無効にさせる事ができますが、こちらの電子機器も影響を受けます。ですので、よっぽどの事情がない限り使いません」
 石塚が並河にも怒鳴った。
「講釈はいいから、近隣の他中隊にも連絡しろ。早く!」
隣の四中隊、五中隊にも連絡は届いてなく、通報した並河は、罵声を浴びせられた。
 間もなく、砲弾が上空を通過する擦過音が聞こえたと思ったら、前線の約一キロメートル向こうに、強力な電荷の球が、雷のようなプラズマを飛ばしながら発生した。
 強力な電磁場の発生で、文字通り髪の毛も逆立つ。続いて、二発、三発と着弾する。
 中隊の機器は、いち早く電源を切った物は別として、その多くが沈黙してしまった。これでは、通信にも大きな影響が生じる。
「糞ったれ!何て事しやがる」
石塚は大林に悪口雑言の限りを浴びせ、罵っていたが、鹿野に向き直って言った。
「何とかあいつを排除しなけりゃならん。鹿野三尉、何か良い手立てはないか」
 鹿野はそれに対して言った。
「それより、気懸かりなのは、敵の動向です。こちらを攻撃して来る気配はないですか」
それには、早瀬が代って答えた。
 「サンダーボールを、三発も見舞わられれば、敵の前線も混乱しているでしょう。仮に敵が攻撃態勢にあったとしても、たぶん今は攻勢どころではないと思いますよ」
「大林隊はどうしてます」
石塚が田中にケータイ端末でコールした。
「出ない。単にスイッチを切っているだけなのか、端末がイカレたのかはわからん」
「ふん・・・」
      *
 田中信雄二曹は、暗澹たる気分でいた。ケータイ端末は繋がらない。暗視装置を含む、二小隊の電子機器のほとんどが作動しなくなったのだ。
 本来、サンダーボールは敵の後方深くに撃ち込み、敵の情報網を攪乱させるために開発された、電子戦弾だ。こんな前線近くの、しかも味方もその被害範囲内にある場所で使うような兵器ではない。
 被害は六中隊だけではなく、近接する四中隊や、五中隊にも及んでいる事は、容易に推察された。
(これは責任問題になる)
損害の程度によっては、軍法会議モノかもしれない。
 そんな、田中二曹の思惑など、考える事もせず、大林二尉は得意気であった。
「これで、敵の電磁波迷彩は無力化できたな」
 ひとり悦に入って、双眼鏡であちこちを眺めている。まさか、美浦中隊長という重しが取れた途端、自分の小隊長がこんな無茶をやらかすとは田中は思ってもみなかった。
「どうだ、こんな戦法、美浦一尉も思いつくまい」
(そりゃ、美浦一尉は有能ですからね。こんな馬鹿はやりませんよ)
喉まで出かけたセリフを田中は飲み込んだ。
 ひとりの隊士が息せき切って、大林と、田中の所へ駈け込んで来た。
「た、大変です。敵が六中隊の側面に回り込もうとしています」
「何!」
大林が大声をあげた。
「敵の規模は?どっちの方角だ?」
「わ、私にも詳しい事は・・・たぶん、あっちの方角じゃないかと」
その隊士が指差したのは、前線とは全く見当違いの場所だった。
 田中二曹は、すぐにおかしいと感じた。六中隊の後方といってもいい方角で、そんな場所に敵がいるのなら、隣の四中隊は突破されていなければならない。だが、そんな兆候はない。
「よし、敵に攻撃を仕掛けるぞ」
「しかし、他の小隊と連絡が取れません。我々の小隊が、持ち場を離れると。中隊の序列がわからなくなります。前線に敵が現れたら、どう対処するおつもりですか」
「そんなの一小隊か、三小隊か、近くにいる小隊に対応させれば済む事だ」
要は、大林は、自分が敵と遭遇し撃ち合いをしたいだけなのだ。
 田中は、絶望的な気分になった。せめて一小隊か、三小隊か、中隊本部でもいい、情報が欲しかった。
 丁度その際、二小隊が向かう方向とは、逆の方向で、銃撃音が響いた。グレネードか、迫撃砲らしき、爆発音も聞こえる。
「小隊長、銃撃音です」
「わかっとる。それよりも俺の事は今後中隊長代行と呼べ、いいな」
周りの隊士たちもうんざりしたのか、
「はいはい」
気のない返事だ。
 今度は、また別の場所で、銃撃音が響いて来た。まるで、六中隊は敵に包囲されているかのようだ。
 田中は、情報が入って来ない事に狼狽した。今後どう動けばいいのだろうか。二小隊の動き次第では、六中隊は窮地に陥らないとも限らない。田中は途方に暮れた。
「何を、うじうじ考えてる。我々は、伝令の知らせた方角へ、向かえばいいのだ」
しかし、その肝心の伝令として、情報を伝えて来た隊士の姿が見えない。情報を確認しようとしても、その術がなかった。いったい敵はどこにいるというのだ。
 そんな田中にお構いなしに、大林二尉はサッサと隊を前進させた。GPSにも反応はないから、自分たちがどこにいるかも把握できていないというのに。
 六中隊の展開地の外れと思われる、場所に出た。六中隊の東側にあたる場所だ。
 敵兵の姿は、見当たらなかった。だいたい、情報の出所をロクに確認もせず、小隊を動かすからこんな事になるのだ。
 田中二曹は、現状把握のため、一小隊と三小隊との連絡を取るべきと考え、伝令を各小隊へ差し向けるよう、大林に提案した。
 中隊長代行としても各小隊の事が不明では、指揮の取りようがないと、付け加えるのを忘れなかった。
「わかった、お前の思うようにしろ」
大林は鷹揚に答えた。田中は自ら志願し、中隊の幹部連中と、意見交換するつもりだった。
 田中二曹が、小隊を出発しようとした時、いきなり銃声が鳴り響いた。驚いた田中が振り返ると、大林二尉が、数十メートル先の人影に向かって、M九サブマシンガンをぶっ放しているところだった。
 よく見ると、相手は敵ではない、味方の四中隊の隊士だった。相手方も気づいているらしく、必死に大きく手を振っている。
「撃つな!撃つな!」
周りの隊士に大声で声をかけ、急いで大林の元に走った。
 「二尉!大林二尉!」
大林のサブマシンガンを手で押さえつけ、必死で制した。
「相手は味方です!四中隊です!」
大声で大林に怒鳴った。銃声が止んだ。
 「バカヤロー!敵と、味方の区別もつかんのか!」
四中隊の連中が、叫んでいる。
「怪我人はいるか!?」
田中も大声で叫んだ。死傷者が出たなら、またひと騒動あるに決まっている。
 が、幸い四中隊にもこちらにも怪我人はいなかった。銃器をぶっ放したのが、大林二尉だけで、それがM九マシンガンであったのが幸いした。
 M九は集弾率が悪い事で有名だ。九ミリパラべラム弾を使用し、発射速度は速い。それが逆に災いし、銃口の跳ね上がりが大きいため、有効射程距離はせいぜい三十メートル程度だ。それ以上では弾がバラけ、よほど腕のいい射手でも、命中させるのは難しい。
 結局、この日は、一三連隊以外の正面では、多少の戦闘があったようだったが、六中隊正面に敵が攻めてくる事はなかった。
 数日後、美浦は脳震盪との診断で、無事に六中隊に帰ってきた。
 当然、この騒ぎの真相が調査された。大林は、各方面で銃声が聞こえたので、敵が襲撃して来たものと受け止めた、と抗弁した。
 確かに、それは一小隊の石塚や、早瀬、鹿野が、三小隊の金子を焚き付けてあちこちで、敵側に向けて銃を撃たせた事によるものだった。彼らは、大林を混乱させ、前線の指揮から引き離すために、偽の伝令を大林に送った事を認めた。
 もちろん美浦も大林も激怒したが、そもそもの発端は、サンダーボールなどという代物を、中隊のすぐ近くに撃ちこんだ事によるものだ。 
 お陰で、中隊の電子機器は粗方ブラックアウトし、大林が右往左往したのも元はと言えば、そのせいである。そのうえ、味方部隊をキチンと確認せず、銃を発砲したのも大林だった。一番の責任は、大林にある事は、明白だった。
間もなく、連隊本部からお達しがあり、大林は、指揮官不適格と判断され、後方任務に配置転換された。二小隊の後任小隊長は、鹿野と決まった。
 だからと言って、他の士官たちのワルサが咎められなかったわけではなかった。石塚、鹿野、早瀬の三人の首謀者は、こってりと美浦から油を絞られた。
「まったく、大林の奴が、あれほど阿呆だとは思わなかったぜ」
思わず石塚はぼやいた。
「まあ、人的損害が出なかっただけ、良しとしましょうよ。もっとも電子機器は、かなりの損害がありましたが」
鹿野は石塚を慰めた。
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