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それからしばらくは、敵の攻勢に関する情報は、入って来なかった。
「最近敵は攻めて来ませんね」
例の朝のレーションを食いながらの、ミーティングが開かれていた。
「敵の、PRCは、国内での権力闘争が激しさを増しているそうだ。戦争遂行派と、休戦派に分かれて、激しくやりあっている。暗殺のたぐいもしょっちゅう起きてるようだな。お陰でこちらは一息つける」
美浦が、現在の情勢について解説した。
「だったら、こっちも、それに乗じて攻勢に出ないんですか。航空優勢は確保してるんでしょう」
「何時までも、ここに貼りついてるのもいい加減ウンザリだぜ」
「それがなあ、各国の足並みが揃わないんだ。USA軍は中東地域での対テロ作戦に追われて、二正面作戦は避けたい。従って北進には積極的ではない。THM軍は最も攻勢を主張しているが、その士気は流動的で、気まぐれだ。勝っている時は強気だが、負け戦となると途端に意気地がなくなる。勝ったり負けたりを繰り返しているのはそのせいだ」
美浦は箸を置いて続けた。
「我ら、日本自衛軍はといえば、祖国防衛が主任務だ。その必要がありという事で、半島に進出したが、あくまでも、防衛が主任務で、三八度線を超えての侵攻は、侵略に当たるのではないか、という政府与党内にも慎重意見が多い。で、ここに留まっている、というわけだ」
美浦は、前線にいながら、国内情勢についてもよく把握していた。
「結局は、政府が現地の作戦指揮に、掣肘を加えているという事ですか。太平洋戦争前に、統帥権干犯という主張がありましたが、あれは、統帥権の意義を軍部が勝手に拡大解釈して、自らの権力を高めるために利用したんですよね。しかし、本来の意味での、前線の立てた作戦指揮に、後方の政治家が余計な口出しをしないと言う事は、戦争における基本的なルールと考えますが」
鹿野が論理的に反論した。
「前線での戦術作戦については、お前の言う通りだろうが、戦略規模となると、どうしても政治は絡んでくる。防衛出動を命じるのは首相だし、国会の承認も不可欠だ。戦争とは、他の手段を以ってする、政治の継続に外ならないって奴だ」
「クラウゼヴィッツ、ですね。うーん、結局は政治が、前線にどこまで容喙してくるのか、という問題になるわけですね。確かに自衛軍の最高指揮官は首相ですから、国会の意向は無視できませんよね・・・」
鹿野は考え込みながら言った。
「まあ、それは統合幕僚本部と官邸に任せておけばいい。我々は、与えられた任務を遂行するまでだ」
「おい、あんた等はさっきから、なに小難しい理屈を並べてんだ?どうも、鹿野が来てから、中隊長まで理屈っぽくなっていけねぇ」
石塚がぼやいた。
「てことはァ、あたしたち当分、ここで暮らさなきゃならないってわけェ?」
麻生二尉は、ルックスは決して悪くないと思われるのだが、独特の言動と、その趣味から、男性隊士からも敬遠され気味だ。
なんせ、思った事をズケズケと言うし、自分の好き勝手に振舞う。遠慮、という文字は彼女の辞書にはないのだろうか。男からすると、色気を感じる余地もなかった。
「ろくすっぽ風呂にも入れず、もうふた月近くよ。身体を拭こうにも水はなし、下着の替えもないときてる。何時になったら、代わりの部隊と交替させて貰えるのお。まわりはケダモノ臭い男だらけだし」
「それはみな同じだ。命があるだけ、マシと思え。重傷を負うか、仏様にでもなれば、後退できるがな」
相も変わらず、美浦の口調は辛辣だ。
「麻生二尉だって、臭い女だろ」
石塚がニイと笑ってみせた。
美浦のケータイが、突然鳴った。前線にいる早瀬からだ。
「どうした。えっ、投降兵?男か、女か?・・・うんうん、そうかわかった、すぐ行く」
美浦はケータイを切った。士官たちが美浦を注視している。
「みんなは、持ち場へ付け。鹿野、お前は私と一緒に来い」
美浦は鹿野を従えて、前線に向かった。
「最近、中隊長は鹿野三尉にえらく、ご執心だね」
その様子を見ながら、石塚が言った。
「まだ、経験不足だから、手元に置いて、指導したいんじゃないですか」
珍しく、金子三尉が発言した。
「ふーん」
石塚は顎ひげを引っ張り、ふたりの後姿を見ながら相槌を打った。
確かに、美浦が特定の任務に、鹿野を重用するのは事実だが、それは彼の能力を買っての事であるのはわかる。
夜の哨戒任務は、各小隊順番で均等に行っているし、誰が担当でも、美浦は毎晩のように必ず夜回りにやって来た。連日の作戦任務でも、鹿野を特に優遇するという事もない。
もちろん、美浦エリスも女性だから、特定の男性の部下に個人的な好意を懐いてもおかしくはない。しかし、その事と、部下全員に対する責任は、別の事だ。
個人的な想いが、えこひいきに繋がっては、部隊の士気にも影響しかねない。隊士たちは上官の、そういった態度には敏感なのだ。それを石塚は懸念していたのだが・・・。
「まあ、あの中隊長なら、それはわかってるだろうしな」
石塚は、レーションの空き缶を片付けると、自分の担当部署へ向かった。
美浦と、鹿野が前線へ出ると、ひとりの女兵士が、早瀬によって尋問を受けていた。
美浦に気づいた早瀬が敬礼して言った。
「DPK軍の兵士です。階級は上士、日本での曹長に相当します。どこの部隊の所属だったのかは答えません。ペク・ソンヒと名乗っています」
目つきの鋭い女兵士だった。
こいつ、油断ならない、というのが、鹿野の第一印象だった。
「身体検査はしたか?」
「はっ、並河曹長が致しました。武器、爆薬類は認められませんでした」
「投降して来たのは、お前だけか?」
美浦の質問を、現地語の達者な隊士が通訳する。
女兵士が、美浦を指差し、何やら言った。通訳の隊士が、語気を強めて何か喋った。
すると、美浦が現地語で話し出した。鹿野は言葉がわからないので、意味は良く把握できなかったが、自分がこの中隊の隊長であると言ったらしい。
美浦が、現地語を流暢に喋る事にみな、驚いた様子だったが、DPK軍の女兵士ペク・ソンヒは、何か見下したような口調で言い返した。
その言葉に、隊士が反応し、銃を構えた。だが、女兵士は動ぜず、続いて何かを喋った。
それに対して、美浦もいつもの静かだが辛辣に切り捨てる様な口調で返した。女兵士は、鋭い目付きで美浦を睨んだ。
そこへ、一二師団所属の警備隊がやって来た。前任の佐藤二尉は、例の事件で更迭されているので、山本という、別の二尉が数名の警備隊士を連れていた。
「あの女、どう思う?」
敬礼する、警備隊士を前にして、美浦は鹿野に質問した。
「投降兵には見えませんね」
「どうして」
「保護を求めて、投降して来たのなら、態度はもっと従順なんじゃないでしょうか。何か、意図があって投降して来たような気がします」
「例えば?」
「諜報目的とか、破壊活動とか・・・」
美浦はニヤリと笑った。
「いい線いってるぞ。私もそう思う。山本二尉、今聞いた通りだ。こいつはどうも臭い。諜報活動しないように、よく見張っててくれ」
美浦の言葉に、山本二尉は、
「わかりました」
と言って、その女兵士を連れて行った。
よく観察していると、女兵士は連行される途中でも、あたりをキョロキョロと見まわし、なんとなく不自然な態度だった。美浦はその様子をじっと見つめていた。鹿野もまた、何か、不吉な感じをその女兵士に懐いた。
彼女は両手を警備隊士に抱えられ、警備車両に乗せられて、師団司令部へと向かった。
ペク・ソンヒ上士は、師団の警備隊へ連行された。ここで、正式な亡命希望者か否か、審問するためだ。
ペクは、個室に入れられた。自ら投降したというので、見張りの隊士はひとりだけだった。警備隊長は何かと忙しく、専門の通訳が来るまで、ペクは待たされる事となった。
「私、着替えが欲しい」
たどたどしい日本語で見張りの隊士に頼み込んだ。先程前線では日本語がしゃべれるそぶりも見せなかった。
見張りの隊士は女性の一士だったが、ペクの余りにみすぼらしい服装に哀れと思ったか、着替えを持って来るように、内線で要請した。間もなく、着替えが届けられた。
「ありがとう」
とペクは言いながら、ベルトに隠した、ポリマー製のナイフを取り出していた。これならX線検査にも引っ掛からない。もっとも、最初の切れ味は抜群だが、耐久性は金属製のナイフと比べると著しく落ちる。
ペクは、笑顔でその隊士に近づき、着替えを受け取る振りをしながら、彼女の肋骨の間から、ナイフを心臓まで突き刺した。悲鳴を上げないように口を押えた。刃が鋭かったせいか、出血は思ったより少なかった。
速やかにその隊士は死体となった。傷口に着替えを当てて、血が床にこぼれないようにする。
ペクは、全裸になると真新しい下着を身に着け、女性隊士の着ていた、自衛軍の戦闘服に手早く着替えた。
隊士の死体と、血の付いた衣服は、部屋にあったロッカーに押し込んだ。ただブーツと、戦闘ベストだけは、自分が身に着けて来た物を着用した。ベストはリバーシブルで裏地は、電磁波迷彩対応の生地となっている。
ペクは、そっと部屋を抜け出すと、まず武器を調達する事にした。
外に出て、警戒任務についている隊士に、後ろから音を立てずに近づくと、首筋に強烈な手刀を叩き込んだ。骨の砕ける感触があったから、その歩哨も二度と目覚める事はないであろう。
八九式アサルトライフルを奪取し、グレネード、弾倉類をバックパックに詰め込んだ。腰にはナイフと、ハンドガンを吊るしている。
刺殺した隊士の、血の付いた戦闘服も、二曹の階級を付けた物に着替えた。痙攣する隊士と、脱ぎ捨てた服を、物陰に隠した。
さしたる音も立てなかったから、他の誰にも気づかれた様子はなかった。
ペクは、ヘルメットを目深にかぶり、なるべく顔を見られぬようにして歩いた。顔には迷彩ペイントを塗ったので、一見して、自衛軍隊士と見分けは付かない。
師団司令部は忙しげに、多数の人が出入りしていた。現在は戦闘時である事もあり、いちいち出入りする人間をチェックしたりはしなかった。
ペクは、司令部の外に並べられた、軍用車両のうち、手頃な二分の一トントラックのパジェロを選んだ。これなら、日本の自衛軍ではありふれた車両であるし、目立たないであろう。
ブーツの踵を捻り、隠し持っていたクルマ用の電子万能鍵を出すと、それを使って車に乗り込み、車をスタートさせた。
バックミラーで確認した限りでは、誰も追っては来なかった。女の口元がVの字に歪み、笑い顔を形づくった。
パジェロは、師団司令部から五キロほど離れた、第一二支援連隊所属補給大隊の、補給拠点にたどり着いた。ペクは、予め潜入する際に、自衛軍の展開地図を頭に叩き込まれていたから、補給拠点の場所はすぐにわかった。
目立たないように、パジェロを止め、車の中に備品としてあった、双眼鏡で観察する。
トラックや、その他大型車両の出入りはひっきりなしだった。補給処のまわりは、二重のフェンスで仕切られ、よく見ると警報装置も設置されている。フェンスに触れるか、乗り越えれば、警報が作動するのであろう。
ペクは少し考えて、正面から侵入する事にした。
補給施設の入り口には、数十両の補給車両が順番待ちをしている。
最後尾に並んでいた、幌付きのトラックに近づくと、誰にも見られていない事を確認して、幌の中に潜り込んだ。
十数分待たされたのち、トラックは補給処に入り込んだようだ。幌の隙間から外をうかがい、トラックが物陰を通過する際を見計らって、荷台から飛び降りた。
当然監視カメラはあちこちに設置されているから、ペクの姿は丸見えであろうが、カメラを警備の者が常時確認しているわけではないだろうから、ペクの姿が確認されるのは、任務が終わった後の事となるであろう。
ペクは、まず、人目につかぬように、爆薬庫を探した。目的の場所は、すぐに見つかったが、警備隊士が数人いて、警戒は厳重そうであった。場所が、場所だけに銃器や爆薬は使えない。
それを確認したペクは、計画を変更する事にした。これは、陽動なのだから、騒ぎさえ起せれば良いのだ。
代りに、雑貨用品のある倉庫を探す。倉庫は補給処の外れにあった。鍵も掛かってはいなかった。
中に入り込むと、必要物資を探した。バッテリーとタイマー、ケーブルそれにシンナーや揮発性塗料などだ。後はマシンオイルか、食用油、ワックス等の油脂製品とスプレー缶が有れば完璧だ。
しばらく時間はかかったが、必要な物を手に入れる事に成功した。あとは、必要な物を組み立てて、設置すればいい。
約一時間後、目的を達したペクは同じ方法で、補給処の外に出る事に成功した。走るトラックの幌から飛び降り、何食わぬ顔をして、止めてあった、パジェロへ向かった。
「最近敵は攻めて来ませんね」
例の朝のレーションを食いながらの、ミーティングが開かれていた。
「敵の、PRCは、国内での権力闘争が激しさを増しているそうだ。戦争遂行派と、休戦派に分かれて、激しくやりあっている。暗殺のたぐいもしょっちゅう起きてるようだな。お陰でこちらは一息つける」
美浦が、現在の情勢について解説した。
「だったら、こっちも、それに乗じて攻勢に出ないんですか。航空優勢は確保してるんでしょう」
「何時までも、ここに貼りついてるのもいい加減ウンザリだぜ」
「それがなあ、各国の足並みが揃わないんだ。USA軍は中東地域での対テロ作戦に追われて、二正面作戦は避けたい。従って北進には積極的ではない。THM軍は最も攻勢を主張しているが、その士気は流動的で、気まぐれだ。勝っている時は強気だが、負け戦となると途端に意気地がなくなる。勝ったり負けたりを繰り返しているのはそのせいだ」
美浦は箸を置いて続けた。
「我ら、日本自衛軍はといえば、祖国防衛が主任務だ。その必要がありという事で、半島に進出したが、あくまでも、防衛が主任務で、三八度線を超えての侵攻は、侵略に当たるのではないか、という政府与党内にも慎重意見が多い。で、ここに留まっている、というわけだ」
美浦は、前線にいながら、国内情勢についてもよく把握していた。
「結局は、政府が現地の作戦指揮に、掣肘を加えているという事ですか。太平洋戦争前に、統帥権干犯という主張がありましたが、あれは、統帥権の意義を軍部が勝手に拡大解釈して、自らの権力を高めるために利用したんですよね。しかし、本来の意味での、前線の立てた作戦指揮に、後方の政治家が余計な口出しをしないと言う事は、戦争における基本的なルールと考えますが」
鹿野が論理的に反論した。
「前線での戦術作戦については、お前の言う通りだろうが、戦略規模となると、どうしても政治は絡んでくる。防衛出動を命じるのは首相だし、国会の承認も不可欠だ。戦争とは、他の手段を以ってする、政治の継続に外ならないって奴だ」
「クラウゼヴィッツ、ですね。うーん、結局は政治が、前線にどこまで容喙してくるのか、という問題になるわけですね。確かに自衛軍の最高指揮官は首相ですから、国会の意向は無視できませんよね・・・」
鹿野は考え込みながら言った。
「まあ、それは統合幕僚本部と官邸に任せておけばいい。我々は、与えられた任務を遂行するまでだ」
「おい、あんた等はさっきから、なに小難しい理屈を並べてんだ?どうも、鹿野が来てから、中隊長まで理屈っぽくなっていけねぇ」
石塚がぼやいた。
「てことはァ、あたしたち当分、ここで暮らさなきゃならないってわけェ?」
麻生二尉は、ルックスは決して悪くないと思われるのだが、独特の言動と、その趣味から、男性隊士からも敬遠され気味だ。
なんせ、思った事をズケズケと言うし、自分の好き勝手に振舞う。遠慮、という文字は彼女の辞書にはないのだろうか。男からすると、色気を感じる余地もなかった。
「ろくすっぽ風呂にも入れず、もうふた月近くよ。身体を拭こうにも水はなし、下着の替えもないときてる。何時になったら、代わりの部隊と交替させて貰えるのお。まわりはケダモノ臭い男だらけだし」
「それはみな同じだ。命があるだけ、マシと思え。重傷を負うか、仏様にでもなれば、後退できるがな」
相も変わらず、美浦の口調は辛辣だ。
「麻生二尉だって、臭い女だろ」
石塚がニイと笑ってみせた。
美浦のケータイが、突然鳴った。前線にいる早瀬からだ。
「どうした。えっ、投降兵?男か、女か?・・・うんうん、そうかわかった、すぐ行く」
美浦はケータイを切った。士官たちが美浦を注視している。
「みんなは、持ち場へ付け。鹿野、お前は私と一緒に来い」
美浦は鹿野を従えて、前線に向かった。
「最近、中隊長は鹿野三尉にえらく、ご執心だね」
その様子を見ながら、石塚が言った。
「まだ、経験不足だから、手元に置いて、指導したいんじゃないですか」
珍しく、金子三尉が発言した。
「ふーん」
石塚は顎ひげを引っ張り、ふたりの後姿を見ながら相槌を打った。
確かに、美浦が特定の任務に、鹿野を重用するのは事実だが、それは彼の能力を買っての事であるのはわかる。
夜の哨戒任務は、各小隊順番で均等に行っているし、誰が担当でも、美浦は毎晩のように必ず夜回りにやって来た。連日の作戦任務でも、鹿野を特に優遇するという事もない。
もちろん、美浦エリスも女性だから、特定の男性の部下に個人的な好意を懐いてもおかしくはない。しかし、その事と、部下全員に対する責任は、別の事だ。
個人的な想いが、えこひいきに繋がっては、部隊の士気にも影響しかねない。隊士たちは上官の、そういった態度には敏感なのだ。それを石塚は懸念していたのだが・・・。
「まあ、あの中隊長なら、それはわかってるだろうしな」
石塚は、レーションの空き缶を片付けると、自分の担当部署へ向かった。
美浦と、鹿野が前線へ出ると、ひとりの女兵士が、早瀬によって尋問を受けていた。
美浦に気づいた早瀬が敬礼して言った。
「DPK軍の兵士です。階級は上士、日本での曹長に相当します。どこの部隊の所属だったのかは答えません。ペク・ソンヒと名乗っています」
目つきの鋭い女兵士だった。
こいつ、油断ならない、というのが、鹿野の第一印象だった。
「身体検査はしたか?」
「はっ、並河曹長が致しました。武器、爆薬類は認められませんでした」
「投降して来たのは、お前だけか?」
美浦の質問を、現地語の達者な隊士が通訳する。
女兵士が、美浦を指差し、何やら言った。通訳の隊士が、語気を強めて何か喋った。
すると、美浦が現地語で話し出した。鹿野は言葉がわからないので、意味は良く把握できなかったが、自分がこの中隊の隊長であると言ったらしい。
美浦が、現地語を流暢に喋る事にみな、驚いた様子だったが、DPK軍の女兵士ペク・ソンヒは、何か見下したような口調で言い返した。
その言葉に、隊士が反応し、銃を構えた。だが、女兵士は動ぜず、続いて何かを喋った。
それに対して、美浦もいつもの静かだが辛辣に切り捨てる様な口調で返した。女兵士は、鋭い目付きで美浦を睨んだ。
そこへ、一二師団所属の警備隊がやって来た。前任の佐藤二尉は、例の事件で更迭されているので、山本という、別の二尉が数名の警備隊士を連れていた。
「あの女、どう思う?」
敬礼する、警備隊士を前にして、美浦は鹿野に質問した。
「投降兵には見えませんね」
「どうして」
「保護を求めて、投降して来たのなら、態度はもっと従順なんじゃないでしょうか。何か、意図があって投降して来たような気がします」
「例えば?」
「諜報目的とか、破壊活動とか・・・」
美浦はニヤリと笑った。
「いい線いってるぞ。私もそう思う。山本二尉、今聞いた通りだ。こいつはどうも臭い。諜報活動しないように、よく見張っててくれ」
美浦の言葉に、山本二尉は、
「わかりました」
と言って、その女兵士を連れて行った。
よく観察していると、女兵士は連行される途中でも、あたりをキョロキョロと見まわし、なんとなく不自然な態度だった。美浦はその様子をじっと見つめていた。鹿野もまた、何か、不吉な感じをその女兵士に懐いた。
彼女は両手を警備隊士に抱えられ、警備車両に乗せられて、師団司令部へと向かった。
ペク・ソンヒ上士は、師団の警備隊へ連行された。ここで、正式な亡命希望者か否か、審問するためだ。
ペクは、個室に入れられた。自ら投降したというので、見張りの隊士はひとりだけだった。警備隊長は何かと忙しく、専門の通訳が来るまで、ペクは待たされる事となった。
「私、着替えが欲しい」
たどたどしい日本語で見張りの隊士に頼み込んだ。先程前線では日本語がしゃべれるそぶりも見せなかった。
見張りの隊士は女性の一士だったが、ペクの余りにみすぼらしい服装に哀れと思ったか、着替えを持って来るように、内線で要請した。間もなく、着替えが届けられた。
「ありがとう」
とペクは言いながら、ベルトに隠した、ポリマー製のナイフを取り出していた。これならX線検査にも引っ掛からない。もっとも、最初の切れ味は抜群だが、耐久性は金属製のナイフと比べると著しく落ちる。
ペクは、笑顔でその隊士に近づき、着替えを受け取る振りをしながら、彼女の肋骨の間から、ナイフを心臓まで突き刺した。悲鳴を上げないように口を押えた。刃が鋭かったせいか、出血は思ったより少なかった。
速やかにその隊士は死体となった。傷口に着替えを当てて、血が床にこぼれないようにする。
ペクは、全裸になると真新しい下着を身に着け、女性隊士の着ていた、自衛軍の戦闘服に手早く着替えた。
隊士の死体と、血の付いた衣服は、部屋にあったロッカーに押し込んだ。ただブーツと、戦闘ベストだけは、自分が身に着けて来た物を着用した。ベストはリバーシブルで裏地は、電磁波迷彩対応の生地となっている。
ペクは、そっと部屋を抜け出すと、まず武器を調達する事にした。
外に出て、警戒任務についている隊士に、後ろから音を立てずに近づくと、首筋に強烈な手刀を叩き込んだ。骨の砕ける感触があったから、その歩哨も二度と目覚める事はないであろう。
八九式アサルトライフルを奪取し、グレネード、弾倉類をバックパックに詰め込んだ。腰にはナイフと、ハンドガンを吊るしている。
刺殺した隊士の、血の付いた戦闘服も、二曹の階級を付けた物に着替えた。痙攣する隊士と、脱ぎ捨てた服を、物陰に隠した。
さしたる音も立てなかったから、他の誰にも気づかれた様子はなかった。
ペクは、ヘルメットを目深にかぶり、なるべく顔を見られぬようにして歩いた。顔には迷彩ペイントを塗ったので、一見して、自衛軍隊士と見分けは付かない。
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ブーツの踵を捻り、隠し持っていたクルマ用の電子万能鍵を出すと、それを使って車に乗り込み、車をスタートさせた。
バックミラーで確認した限りでは、誰も追っては来なかった。女の口元がVの字に歪み、笑い顔を形づくった。
パジェロは、師団司令部から五キロほど離れた、第一二支援連隊所属補給大隊の、補給拠点にたどり着いた。ペクは、予め潜入する際に、自衛軍の展開地図を頭に叩き込まれていたから、補給拠点の場所はすぐにわかった。
目立たないように、パジェロを止め、車の中に備品としてあった、双眼鏡で観察する。
トラックや、その他大型車両の出入りはひっきりなしだった。補給処のまわりは、二重のフェンスで仕切られ、よく見ると警報装置も設置されている。フェンスに触れるか、乗り越えれば、警報が作動するのであろう。
ペクは少し考えて、正面から侵入する事にした。
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十数分待たされたのち、トラックは補給処に入り込んだようだ。幌の隙間から外をうかがい、トラックが物陰を通過する際を見計らって、荷台から飛び降りた。
当然監視カメラはあちこちに設置されているから、ペクの姿は丸見えであろうが、カメラを警備の者が常時確認しているわけではないだろうから、ペクの姿が確認されるのは、任務が終わった後の事となるであろう。
ペクは、まず、人目につかぬように、爆薬庫を探した。目的の場所は、すぐに見つかったが、警備隊士が数人いて、警戒は厳重そうであった。場所が、場所だけに銃器や爆薬は使えない。
それを確認したペクは、計画を変更する事にした。これは、陽動なのだから、騒ぎさえ起せれば良いのだ。
代りに、雑貨用品のある倉庫を探す。倉庫は補給処の外れにあった。鍵も掛かってはいなかった。
中に入り込むと、必要物資を探した。バッテリーとタイマー、ケーブルそれにシンナーや揮発性塗料などだ。後はマシンオイルか、食用油、ワックス等の油脂製品とスプレー缶が有れば完璧だ。
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