ブラッディ・クイーン

たかひらひでひこ

文字の大きさ
11 / 13

10

しおりを挟む
 「おい鹿野、思った通り一二師団司令部から通達が来た。例の、ペク・ソンヒと言う女性兵士だが、味方の隊士を二名殺害した後、行方をくらましたそうだ」
「あれほど中隊長が、注意を怠らないように言っていたのに」
美浦の言葉に、鹿野は思わず溜息を付いた。
 「で、どうすんです?我々も人探しに駆り出されるんですか?」
石塚がうんざりしたように言った。
「まさか。自衛軍の展開地全部を探し回るわけにもいかんだろう。六中隊方面から脱出する怖れもあるから、見つけ次第、できる限り捕らえろ、とのお達しだ」
「できる限り、ですか」
いつもの建前だけの指令に、鹿野も石塚も呆れ気味だ。
 「司令部はいつも、現場の現状を無視した命令を出しやがる。こんなの、警備隊の失態でしょうが、我々は知らん顔しててもいいんじゃないですか。正直、スパイごっこに付き合ってる暇は無ぇつうの」
また、石塚のぼやきが始まった。この男はブツブツ文句は言うが、やるべき事はキチンと心得ている。
 鹿野は、そんな石塚を、好ましく思っている。石塚に任せておいて、間違いはほとんどない、と言って良かった。安心して、側面を任せられる人物だ。
 「今頃は破壊活動でもやってるんじゃないでしょうか、例えば武器庫の破壊とか、給油施設の爆破とか、あるいは、破壊活動と見せかけて、こっそり司令部に帰って、こちらの情報を抜き取ったうえ、情報システムにウィルスを入れるとか・・・」
「そうだな、いずれも可能性はある。私からも、最初の当事者として今鹿野が言った事は、司令部に警告して置いた」
さすがに美浦だった。
 「とにかく、今我々ができる事は限られている」
「敵を逃がさない事ですね」
鹿野は、いつものように生真面目な顔で、答える。
「その通りだ」
続けて美浦は言った。
 「相手はひとりだ。食料の備蓄はない。せいぜい二、三日が限度だ。山越えはないだろう。道がないし、夜間であってもドローンに捕捉されてアウトだ。後方への浸透スパイでもなさそうだ。そうすると・・・」
「クルマでしょうね。幾らでも奪取できるでしょうから。恐らく夜、電磁波迷彩を施した自動車を盗難し、一気に前線を突破する」
「正解だろうな。問題は、幹線道路がふたつあり、両方に検問がある。警備部隊も配置しているはずだ。そこをどうやって突破するか、だな」
「味方に化けるしかないでしょうね」
鹿野は至極もっともな意見を述べた。
 美浦は、諜報員狩りの班を、編成した。班長は、美浦自ら買って出た。経験豊富な、島本曹長、スナイパーの杉山三曹、それに何を思ったのか、鹿野三尉を加えた。
 「石塚三尉の方が適任じゃないですか?」
鹿野が美浦に異議を唱えた。
「石塚には、中隊長代理という重要な任務がある。しっかり頼むぞ」
「アイアイサー。わかってますよ」
 美浦たち四人を乗せた、二分の一トントラック通称パジェロは、二四号線に向かった。検問で身分証を提示し、投降兵に見せかけた諜報員が来る可能性を説明した。
「方面軍司令部からも、通達が来てます。女性みたいですね」
「油断するな。相手は手練れだ。こういった訓練を受けている奴だろう。もしかしたら、六中隊の美浦に化けて来るかも知れんぞ」
 「やだなァ、貴女が美浦一尉でしょ」
「わからんぞ。万事警戒を怠るな」
美浦は脅かすような事を言って、クルマに戻った。
 「次は、三号線だ」
その時、クルマの無線が、一二師団の補給地で、爆破さわぎがあった事を伝えた。
 「補給地から逃走するとなると、二四号線を来ますね」
「いや、そっちは陽動じゃないですか」
考えながら、鹿野が言った。
「補給地を爆破したところで、損害は知れてます。すぐに、失われた物資は、補給されるでしょう。だとすると、司令部のネットに何かウィルスを仕掛けるか、情報を盗み出すか。そっちの方が我が軍の損害は大きいし、可能性も高いと思います」
「爆破時間は、時限装置で自由に設定できるからな」
美浦が賛同した。
「とすると三号線ですか」
島本が確認する。
      *
 ペク・ソンヒ上士は、一二師団司令部に難なく侵入する事に成功した。一二師団の支援連隊の物資倉庫の爆破は、うまくいった。
 隣にあった給油施設にも引火したため、遠くからも見えるほどの火柱が立ち、消火のため、多くの隊士が現地に向かった。当然、司令部の警戒は緩くなる。
 司令部内の端末をいじり、必要なデータを見つけた。日本の方面軍の部隊データだ。これにより、レーダーでは探知できない、細かな状況を把握する事ができる。データを、大容量のSDカードにダウンロードした。
 その途端、何かのアラートが作動した。高速のSDカードではあるが、大容量のデータはダウンロードにある程度の時間を要する。
 今にも警備の隊士がやって来るのではないかと、気が気ではなかった。ダウンロードが終了するまでの十数秒が、こんなに永く感じた事はなかった。
 廊下に何者かの足音が聞えた。それも複数の人数だ。
 ペクは、ダウンロードの終了を告げる表示が出ると、SDカードを慌てて引き抜き、端末を終了する暇もなく、反対側のドアから、急いで外へ脱出した。
 本当は、データを抜き取ったあと、別のSDカードでウィルスソフトをアップロードする予定だったのだが、その暇はなかった。
 司令部の警備隊士に忠告の連絡を入れたのは、六中隊の美浦だった。
「パソコン端末に気を付けろ」
そう言われて、慌てて本部の作戦室に飛び込んだのだ。
 警備担当は、あたりを探索し、情報担当は、付けっ放しの端末を操作し、被害状況をチェックした。
       *
 「鹿野、お前の言っていた事が的中したな。もう少し、警備が来るのが遅れてたら、ネットワークに、ウィルスをばら撒かれるところだったそうだ」
「つまり、敵は三号線に来る確率が高いという事ですね」
鹿野もニヤリと笑った。
 三号線の検問所に、美浦が連絡を入れている間に、島本曹長は道路の右側にクレイモアを数発仕掛ける。
 杉山三曹は、レミントン社特注のスコープを取り付けた、愛用のM二四対人狙撃銃を装備している。
 対諜報員班は、道路の両側に隠れ、目標がやって来るのを待った。ここらは、前線近くであるから、自衛軍の車両が往来する事もこの時間は、ほとんどない。
 時計は、二十二時半を示した。遠方からクルマの音が響いて来た。
 美浦と、島本は、高性能の狙撃用双眼鏡で、やって来るクルマを観察した。ヘッドライトが逆光になるが、ふたりの持つ電子双眼鏡は、光の波長を自由に取捨選択し、人間に見やすい画像として写し出す事ができるのだ。見ると、運転席に乗っているのは、あの女だった。
 クルマが丁度こちらの罠の前を通過する瞬間を捉えて、島本がクレイモアを操作した。
 近距離で、クレイモアを喰らったクルマは、道路の左側に吹っ飛ばされ横転した。右側は穴だらけとなり、ガラスも粉々になっている。
 しばらくすると、クルマから女が出て来た。間違いない、ペク・ソンヒだ。彼女は、血だらけだった。
「まだ撃つな」
美浦は、杉山に命じた。逆方向の島本と、鹿野に射撃命令を出す。鹿野はペクを殺したくはなかったから、わざと外して、至近弾を放った。
 ペクは銃を振り上げて、鹿野や、島本の方へ銃口を向けた。
「今だ、撃て!」
美浦が命じた。杉山の、M二四対人狙撃銃が火を噴いた。距離は約四百メートルだ。
 七・六二ミリライフル弾は見事に頭部に命中し、脳髄の大半を吹っ飛ばされたペクは、衝撃で前のめりに斃れた。
 七・六二ミリNATO弾は、対人狙撃銃から秒速八百六十八メートルの初速で撃ち出される。音速の二倍以上だ。
 これぐらいの距離であれば、腕の良いスナイパーにとっては、必中と言っていい距離だ。銃声が届いた時には、ターゲットは既に殺されている。
 美浦は、即死した女兵士に近づくと、その屍体を何枚か写真に収めた。そして、銃や、武器、持ち物を検査する。
 鹿野は、その様子を苦い想いで見つめていた。あの状況で、万にひとつもペクに勝ち目はなかったのだ。なぜ中隊長は、わざとペクを刺激して銃を構えさせ、その瞬間に殺したのだろう。
 「SDカードがあったぞ。こいつを盗み出すのが目的だったわけだ」
美浦は満足そうに言った。他のふたりも笑顔でうなずいている。その後、駆け付けた警備隊にSDカードを渡し、後始末を託して、美浦班はお役御免となった。
 六中隊への帰りの、パジェロの中では、島本と杉山は興奮気味で、手柄話をしきりに喋っていた。
「またひとつ、ブラッディ・クイーンのトロフィーが増えたな」
「鹿野三尉のヨミもなかなか鋭かったですよ」
「・・・」
鹿野は何かを考え込んでいて、ふたりの会話に乗っては来なかった。
 六中隊へ帰り着くと、隊士みなに歓迎を受けた。
「まあ、事の発端は、ウチの中隊が投降兵として、確保した奴だったからな、自分の隊で始末を付けられて良かったよ」
美浦は満足気だったが、沈んでいる鹿野に気づいた。
「どうした、何か気に入らない事でもあるのか」
と声をかけた。鹿野は思い切って言った。
 「あの場合、女兵士を射殺する必要があったんでしょうか?」
「何が言いたい?」
「あの時、あの女兵士には、万にひとつも勝ち目はありませんでした。投降を呼びかけ、武装解除すれば、無闇に殺さずに済んだと思いますが」
鹿野の言葉にあたりはシンとなった。
 「私の壕に来い」
美浦はそれだけ言って、スタスタと歩いて行った。鹿野は美浦の後をついて行った。中隊長専用の塹壕に入る。
「私の措置に、納得できないか」
「はい」
「それでは指揮官失格だ。いいか、私たちが責任を負うのは部下の命で、敵兵じゃない。現にあの兵士は、お前たちの銃撃に対し反撃しようとした。投降する気があるなら、その時点で降伏すれば済む事だ。だがあいつはそうはしなかった。だから、杉山に狙撃させたんだ」
鹿野は反論できなかった。
 「いいか、お前は法律家だが、戦場では、一般社会での規範は忘れろ。殺すな、盗むな、傷づけるな、これは、少なくとも敵兵に対しては、適用されない。そんな呑気な事を言っていれば、こちらが殺されるからだ」
鹿野は、美浦の塹壕で小一時間話をした。説教を受けた、と言うべきか。塹壕から出て来た、鹿野を石塚が待っていた。
 「納得できたかい」
「・・・」
「まあいいさ。だがひとつだけ、言ってもいいか」
鹿野が黙っていると、石塚は続けた。
 「俺がまだルーキーだった頃、やっぱり投降して来た敵兵を保護した事があった。あの頃は、俺も半人前だったからな。情けをかけたわけよ。そのために戦友五人を失った。それ以来、投降兵、捕虜の別なく、武器を持たず、戦意をなくしていると確認できない限り、戦闘兵と同様に扱うようにしてる」
石塚は言葉を切った。鹿野は俯いていた。
 「中隊長の話は聞いたが、俺としては彼女が間違った選択をしたとは思わない。なぜなら、彼女もいつも言っているが、俺たちの責任は、部下を守る事だからだ。あそこでもし、お前さんがヘマをして、味方に損害が出てたら、自分を一生許せなかったろうよ。中隊長は、お前さんにそんな想いをさせたくなかったんだよ」
そこで石塚はハアと息を吐いた。
「石塚さんも、そんな経験をされていたんですね」
「俺なんて、後悔だらけだよ。まあ、そのうち借りはまとめて返す事になるだろうがね」
そう言って石塚は笑った。
 鹿野は、自分の塹壕にたどり着いたが、眠る事はできなかった。美浦と石塚の言葉が頭に残った。一晩中考え続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

リアルメイドドール

廣瀬純七
SF
リアルなメイドドールが届いた西山健太の不思議な共同生活の話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...