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鹿野は、寝苦しさで眼を覚ました。時計を見ると午前四時過ぎだ。
(昨夜は飲みすぎたな)
水を飲もうと身じろぎすると、肘に柔らかいものが当たった。
驚いて横を見ると、ベッドの隣に誰かが同衾していた。
「えっ!?」
顔をよく見ると、美浦一尉だった。スヤスヤと眠り込んでいる。思わず声が出た。
「なんで中隊長がここに?」
その声に美浦も眼を覚ました。
「どうした、何かあったのか」
「いやいやいや、どうしたもこうしたもない、なぜ中隊長が同じベッドで寝てるんですか?」
鹿野はやおら上体を起こした。
「何だお前、覚えてないのか」
美浦は眠そうに不平をこぼした。
「まだ、四時過ぎじゃないか、今日はオフなんだから、もっと寝かせろ」
「そうじゃありません。どういったわけで、私と中隊長が同じベッドに寝てるのか、と訊いているんです」
美浦の表情が険しくなった。
「お前なあ、女を自分の部屋に連れ込んどいて、何で寝てる、はないだろう?」
「この私が、美浦一尉を連れ込んだと?」
「そうだ、ここは、お前の部屋だろう」
見回すと、確かにその通りだった。
「そして、酔った私にあんな事や、こんな事をしたじゃないか。それで、自分は覚えてないから、知らないよか?それでも男か、検察官か?まさか、他に女がいたりは、しないだろうな?」
思わず鹿野は首を横に振った。
目を剥いて愕然となった。酔った自分が、中隊長相手にそのような不埒な振る舞いに及んでいたとは。言われてみれば確かにこんな時、覚えていないは、弁解にならない。
「うう・・・わかりました。男として責任は、取らせて頂きます」
暗い顔で鹿野は言った。こんなヘマは初めてだ。その答えに美浦は破顔した。
「おかげで、眼が覚めたじゃないか。朝まで時間あるから、その分も責任取ってくれ」
嬉しそうに言いつつ、擦り寄って来た。服は身に着けていない。一糸も纏わない全裸だ。
仕方なく、鹿野は美浦を抱きしめた。彼女も背中に手を回して来て、ふたりは密着した。女性の体臭とぬくもりが鹿野の男性の本能を動かした。
柔らかな身体と滑らかな肌が、手に心地よかった。鹿野は改めて、美浦が魅力的な女性である事を感じた。彼女の求めに応じて、キスをした。その唇と舌の感触もまた、鹿野を夢中にした。
事が終わった後、鹿野は訊いてみた。
「なぜ、私なんかに抱かれたんですか」
「お前に抱かれたいと思ったからだ」
そしてクスッと笑った。
「お前は可愛いからな。私のタイプだ」
「可愛い・・・」
「いつか、敵の迫撃砲から、私を庇ってくれたろう。あれが直接のきっかけかな」
美浦の言葉に、鹿野は当惑した。
「失礼ですけど、中隊長には・・・」
「プライベートで中隊長はやめてくれ。玲奈と呼んでくれないか」
「玲奈?」
「私のミドルネームだ。親しい人間しかそう呼ばない」
「じゃあ玲奈さんには、恋人とか、そういった人はいないんですか」
美浦の顔が曇った。
「さん付けはいらない。かつてはいた、それでいいじゃない。今は、好意を懐いている男性は鹿野、いや優斗だけだよ」
「でも、さすがにこれは急展開すぎませんか」
「何がよ、作戦も、男も、目標の攻略には、ブリッツクリークが一番なんだよ。それとも、お前は私では嫌か?」
美浦はつい、口を滑らせた。
「いや、そうじゃないけど、もうちょっと時間をかけて付き合うとか、お互いの事もろくに知らないわけですし・・・」
美浦は、天井の一点をじっと見つめながら、答えた。
「時間はあるかどうかわかんないだろう。今度、部隊は再編されるって言ったよな」
「はい」
「うちの部隊からも、確実に何人かは、別の中隊に移動になる。新人だけで中隊を組ませるわけにはいかないからな。お前も私も移動になるかもしれない。そうすると、それが今生の別れともなりかねない」
美浦は鹿野の顔を見た。
「それでは悔いが残る。どうせ長生きはできない。だから私は、やって置きたい事は、できる時にする事にしてるんだ」
そこで、彼女は目を伏せた。
「カレシになってくれ、なんて面倒な事は言わない。ただ、時々こうやって一緒にいてくれるとうれしい」
美浦にも、かつての恋人との間に何か、思い残す事があったのかもしれない。
鹿野は、急に美浦の事をいじらしく想った。彼女を抱き寄せると、耳元で囁いた。
「わかりました。こちらこそお願いします。・・・ところで怜奈、もう一度良いですか?」
美浦はクスッと笑ってうなずいた。
*
本日から五日間の休暇が、一三連隊全体に与えられる。四日後の午後八時までに連隊に帰営すれば良く、外出も許された。
朝には、鹿野と美浦の事は、六中隊の隊士たちみなに知れ渡っていた。
「昨夜はどうだった?」
麻生二尉に朝っぱらからとっ捕まった。いかにも、興味津々といった態だ。
「私が、自分の部屋に、中隊長を連れ込んだらしいんですが、酔っぱらってて覚えてなくて」
「そりゃ逆だよォ」
麻生はニヤニヤしながら言った。
「お前を抱きかかえて連れてったのは、美浦の方だ。介抱する、とか言っちゃってさァ。あいつ、男日照りだったからなァ。あ、こいつお持ち帰りで捕食するつもりだなって思ったね。前からお前、目を付けられてたんだろ」
美浦の話とは、だいぶ異なっていたが、鹿野は別にどうとも思わなかった。何か、なるようになったという気がしていた。
「鹿野ぅ、お前、ハメたつもりが、逆にハメられてた、ってわけだな、ギャッハッハ」
麻生はひとりで品のないギャグを飛ばし、悦に入っていた。鹿野の視線が宙を泳いだ。
「今度はアタシとどうかね?」
鹿野はマジ顔で、丁重にご遠慮申し上げた。
「冗談だよお」
麻生は、ニタニタと笑いながら、鹿野の背中をバシバシ叩いた。
「鹿野三尉、早速、美浦中隊長をモノにしたそうで」
今度は隊士のひとりだった。次々といろんな奴が声をかけて来る。
この手の話題の伝播力は、凄まじい事が大変よくわかった。よっぽどみな、こういった話題に飢えていたのだろう。
「月夜の晩ばかりじゃない、なんて言われてますよ」
物騒な奴もいるものだ。
「あなたたちだって、カノジョを作れば良いじゃないですか。ここは、後方地ですよ。連隊以外にも、色んな人がいるでしょう」
「ところが、俺らは鹿野三尉みたいなエリートで、ハンサムってわけじゃないですからね、なかなかそんな風には・・・」
鹿野は、隊士たちの不満に気づいた。前線から帰って来たのは良いが、溜まったストレスを発散する場が欲しいのだ。
無理もない、先日までは、任務の遂行に神経を注いでいたのだ。突然、休暇だから、楽しめと言われても、何をどう発散すればいいのかわからない、というのが本音であろう。
鹿野は、その足で中隊本部を訪ねた。美浦中隊長は自室で寝ているそうだった。
「何か隊士たちに対する、慰問というか、ストレス発散のイベントをやりたいんですが」
「鹿野三尉が、美浦中隊長の処で、直接話された方が早いのではないですか」
並河曹長まで、そんな事を言った。
「私は、真面目ですよ。隊士たちの不満は溜まっている。何か、それを発散させてあげるイベントでも開催しないと」
本気で鹿野は声をあげた。鹿野三尉の気迫に、並河曹長も、気圧されたようだ。
「わかりました。ちょっとそんなイベントが、この辺でないか、当たってみます」
並河曹長が、ネットで検索してみると、すぐにヒットした。
「ラクセルメスというユニットが近くまで来る予定です」
ラクセルメスといえば、国内でも大人気を誇っているクインテットのトップアイドルユニットだ。
「連絡先はわかりますか?」
「はい、こちらが、プロダクションの担当者の連絡先ですが」
鹿野は、迷う事なく連絡した。鹿野の交渉により数分ののち、四日後にこのキャンプへ、ラクセルメスが公演に来る事が決定した。
しかし、並河曹長には不安があった。一三連隊のイベントを、六中隊だけで勝手に決めて良いのだろうか、という当然の懸念だ。
「六中隊のイベントにすれば良いじゃないですか。そのうえで、連隊本部が協力したいと仰るのなら、ありがたくご協力いただければ良いのでは?」
「さすがは知恵が回りますね、鹿野三尉、そうさせて頂きます」
事情を聞いた、美浦も早瀬も異存はなかった。
「そんなイベント、隊士たちも久しぶりですからね、みんな喜ぶと思いますよ」
早瀬が珍しく乗り気だ。美浦も請け負った。
「よし、連隊本部の方には、私が掛け合っておこう」
一三連隊本部も異存はなく、六中隊が中心となって、連隊挙げてのライブとなった。
近くに駐屯していた、第一九施設群から、施設中隊がやって来て、たちまちホールにステージを作り上げた。
「当日は、私たちもステージを聴きに来て良いでしょうか」
施設中隊の中隊長が言った。もちろん、どうぞ、どうぞ。
何やら、大ごとになって来た。ラクセルメスだけでなく、前座として、何か一芸のある者は、予め申し出れば、受け付ける事ともなった。事務局が必要になりそうだ。
先ず隗より始めよ、というわけでイベント責任者には、鹿野が任命された。鹿野は、急遽六中隊幹部に隊士を加えた、事務局を立ち上げた。
プロダクションとの交渉は、鹿野が行ったが、何分素人が行う事なので、こういったイベントの経験者も集めて、何とか四日間で準備を整える事ができた。
ところで、なぜか、六中隊長の美浦は、準備に積極的に参加してはくれなかった。
「私は、私でやる事あるから、裏方はよろしく頼むな」
裏方?彼女も何か、やるつもりなのだろうか。
隊の食堂や、国内で飲食店を運営していた隊士たちも参加して、屋台が幾つか出る事にもなった。まるで、学園祭の如きノリだ。
当日の朝になった。ラクセルメスは、午後から到着予定であるので、十時前頃から前座の連中が、歌や演奏や漫才などを披露した。
大半の連中は、素人芸の粋を出ない物ではあったが、客席からもヤジが飛び、隊士たちは、それなりに楽しんでいるようだった。
十一時半になった、そろそろ素人芸もネタが尽き、昼休憩を挟んで、十三時から本番のラクセルメスのライブとなる。
いつの間にか、ホールは満員となっていた。立ち見までいて、観客はぎっしりだ。会場に入れない連中のために、カメラをセットして、食堂にもディスプレイを用意してある。
前座の最後として、ファイブセンスと言う名のバンドが出て来た。五人編成のバンドだ。
驚いた事に、リードボーカルは美浦だった。楽器も本格的で、どこで調達して来たのであろう、レスポールだのストラトキャスターだのといった、鹿野でも知っているブランドギターを下げていた。
美浦は、ギターを構え、ボーカルマイクを手にした。
「前座の最後としては、物足りないかも知れないけれど、まあ、気楽に聴いて下さい。曲は私たちのオリジナルで・・・」
ファイブセンスの演奏が始まった。物足りないどころではなかった。プロ並みの腕前を持ったメンバーが揃ったロックバンドだった。観客たちはそのプレイに熱狂した。
それよりも鹿野は、美浦のボーカルを耳にして、数年前の事を思い出していた。
あれはまだ、鹿野が、東都大学に在籍していた時の事だ。大学時代は、司法試験の予備試験と本試験で勉強三昧だった。試験に合格した後で、友人に誘われ唯一参加した学祭が、四年生最後のものだった。
その時、学祭のステージでリズムギターを弾き、ボーカルを担当していたのが、美浦エリスだった。
当時の美浦は、ヘアスタイルはボブカットにメッシュを入れて、マイク付きヘッドセットを被っていた。
トップスは派手なショッキングイエローのブラウスの上に、黒の革ジャンを引っ掛け、ボトムスはミニのデニム地のタイトスカート。
ゴタゴタとメタルアクセサリーを身に纏い、膝の部分がほつれさせた白のストッキングに、ショートブーツを履いていた。
化粧も濃かったから、歌声を聴くまで同一人物とは気づかなかったのだ。
しかし、あの伸びやかな声、高音でも低音でも良く通り、声量も迫力もある歌声には聴き覚えがあった。声域も四オクターブぐらいはありそうだ。素人としては桁外れ、プロのロックボーカリストのような歌唱力だ。
そうだったのだ、鹿野は、美浦と同じ大学に、同時期に在学し、顔まで合わせていたのだ。道理で、初対面の時、見覚えがある気がしたわけだ。もっとも美浦の方では覚えてはいないだろうが。
ファイブセンスの予定は、六曲だったが、大歓声のアンコールもあって、結局カバー曲も含めて九曲を披露する破目になった。
予定より二十分ばかり押していた。ラクセルメスのメンバーは、すでに到着していた。ラクセルメスのプロデューサーは、眼鏡を掛けた若い人物だった。
「申しわけありません。予定が詰んでしまいまして」
「いやいや、こんな所で、良いものを聴かせて頂きました。ときに、あのボーカルの方はどなたですか?」
仕方なく鹿野が説明すると、プロデューサーは積極的だった。
「中隊長さんですか。ぜひご挨拶を」
美浦のボーカルは、ラクセルメスのメンバーにも、強い刺激を与えたようだった。
「あの女の人、凄いの」
「ほんとに上手ですう」
「くっ、負けてはいられないわね」
確かにリードギターは、プロのセッションギタリストだそうだし、他のメンバーもそれなりのキャリアがありそうで、とても即席のバンドとは思えない出来だった。
軍隊も色々な人間の集まりだから、中には、ミュージシャン経験者が、複数いてもおかしくはない。
その後は、ラクセルメスのライブで盛り上がり、挙句の果てに、ファイブセンスとのセッションライブまで行われ、六中隊主催のイベントは大成功に終わった。
「ぜひ、また来てくださいね」
美浦も、ラクセルメスのメンバーに、エールを送った。
「ほんとに凄い歌でしたね、ボクもびっくりしました」
「真、風雅な歌声かと」
ラクセルメスのメンバーからも、美浦の歌はベタ褒めされた。
「もしその気がおありなら、是が非でも、うちのプロダクションへお越し下さい」
担当プロデューサーからも名刺を渡され、熱くスカウティングを受けた。が、美浦は笑って、やんわりとお断りをした。
一三連隊の隊士たちの大歓声に見送られて、アイドルたちはロケバスで帰って行った。
*
その日の夜、やっとイベントの後片づけを終えた鹿野は、人もまばらな食堂で、冷たくなった弁当を、ひとり食べていた。食堂のテレビが点けっ放しで、馬原という名の防衛大臣がしきりに演説していた。
「総理も仰る通り、国民の生命と財産を守るため、この際、更に防衛体制を見直し、自衛軍の強化を推し進める所存でございます」
鹿野は、ボンヤリとその演説を眺めていた。箸は動いていない。
「いたいた。今日の一番の殊勲者が、こんな処で何ひとり寂しくたそがれてるんだ」
ビールを持った美浦がやって来た。鹿野を探していたらしい。
「後片付けの事務がありまして、さっき、ようやく終わったところです」
「オフだというのに、みんなのために働いて、ご苦労な事だな」
美浦は、一杯機嫌らしい。
「ほっといて下さい。性分ですから」
「あれ、これでもお前の事、褒めてるんだよ。自分の苦労は見せず、人のためにひっそりと働く。そういう奴、私は好きだな」
美浦は、鹿野の隣に腰を降ろした。
「おかげで、私も久しぶりに楽しい思いをした。礼を言うよ。ありがとう」
「大学祭以来でしたか?」
鹿野が弁当を食べながら訊いた。
「えっ、お前、もしかして、学祭の時のライブを聴いてたのか」
「あれで、玲奈の事を想いだしましたよ。今よりずっと派手でしたね」
鹿野は美浦の方を見た。
美浦は、珍しく恥ずかしそうな表情を見せていた。
「そ、そうか。あれを聴いてたのか」
「それで、玲奈が同じ東都大の出身だったって気づいたんです」
「なに?お前、今まで気づかなかったの?」
美浦は意外そうに言った。
「玲奈は気づいてたんですか?」
「当たり前だ。自分の中隊の部下の履歴ぐらいは見てる。それだけじゃない、学内でお前とは、何回か遭遇してるぞ。話をした事もあったな」
「ええっ、それはいつの事ですか」
思わず、顔をあげて美浦を見た。
鹿野は覚えていなかったが、ひとことふたこと、言葉を交わしていたらしい。考えてみれば、同じ大学に通っていたのだから、そんな事があってもおかしくはない。
「それで、貴女は、医学部に通ってたんですか」
「そうだ、私は、優斗が法学部だって事は、当時から知ってたぞ。六法全書とか、法律専門書を抱えてたからな。すぐ、こいつ法学だなって、見当がついた」
鹿野は、美浦の観察力や記憶力に、改めて瞠目した。思いもよらず、当時の学内の話題を語り合えた。
「さて、休暇は、今日で終わりか」
「明日から、新隊士が来るんですね」
「ああ、新しい部隊の所属も発表される」
沈黙が訪れた。テレビでは、馬原防衛大臣が、まだ喋っている。
「このため、陸上自衛軍では部隊の規模を改編し・・・」
鹿野はテレビのスイッチを切ると、イスから立ち上がった。
「じゃあ、お先に私はこれで。風呂入って寝ますよ」
弁当の包みを片付けようとすると、美浦がはにかんだ表情で言った。
「よかったら、今夜も部屋に行っていいかな」
「え、しかし、休暇は今日まででは?」
「明日の朝までに、自分の部屋にいればいいだろう」
鹿野は、ふと笑みをもらした。
「風呂に入って来ますんで、適当な頃合いに来て頂けますか」
美浦も笑顔でうなずいた。
*
真夜中、鹿野は誰かの声で、目が覚めた。ベッドの隣には美浦が寝ていた。腕を鹿野の胸に回し、肩に顔を付けるようにして眠っている。
「うう・・ん、ううっ」
美浦が、眉間にしわを寄せて、呻いていた。悪夢でも見ているのだろうか。
「シロウ、ごめんね・・・」
つぶやくように言った。男性の名前のようだ。元カレの名かも知れない。美浦は涙を流していた。
「玲奈」
鹿野は、彼女の名を呼んでみた。
「うう、血液が足りないよ・・・」
美浦は目覚める事もなく呻き続けている。鹿野は再度、耳元で名を囁いた。美浦が目を開けた。鹿野の顔を見すえている。鹿野がそっと尋ねた。
「どうしたの?」
「・・・怖い夢を見たの」
美浦は鹿野の顔をじっと見ながら、半覚醒状態で囁いた。鹿野は、柔らかく美浦を抱き寄せると、髪を撫でて囁き返した。
「大丈夫、大丈夫」
「うん」
安心したのか、美浦は目を閉じると、そのまま寝息を立て始めた。
鹿野は、しばらくそうしていたが、そっと離れると、頬杖を付いて美浦の寝顔を見つめた。涙の痕が、頬に残っていた。そのまま飽きる事なく、いつまでも美浦の寝顔を見続けていた。
気が付くと、夜が白々と明けていた。隣で寝ていた美浦の姿は、いつの間にかなかったが、彼女の残り香が漂っていた。時間を見ると五時半だ。
本日からは、週六日の訓練が日課となる。鹿野は、ベッドに横になったまま、六時の起床時間を待った。
(昨夜は飲みすぎたな)
水を飲もうと身じろぎすると、肘に柔らかいものが当たった。
驚いて横を見ると、ベッドの隣に誰かが同衾していた。
「えっ!?」
顔をよく見ると、美浦一尉だった。スヤスヤと眠り込んでいる。思わず声が出た。
「なんで中隊長がここに?」
その声に美浦も眼を覚ました。
「どうした、何かあったのか」
「いやいやいや、どうしたもこうしたもない、なぜ中隊長が同じベッドで寝てるんですか?」
鹿野はやおら上体を起こした。
「何だお前、覚えてないのか」
美浦は眠そうに不平をこぼした。
「まだ、四時過ぎじゃないか、今日はオフなんだから、もっと寝かせろ」
「そうじゃありません。どういったわけで、私と中隊長が同じベッドに寝てるのか、と訊いているんです」
美浦の表情が険しくなった。
「お前なあ、女を自分の部屋に連れ込んどいて、何で寝てる、はないだろう?」
「この私が、美浦一尉を連れ込んだと?」
「そうだ、ここは、お前の部屋だろう」
見回すと、確かにその通りだった。
「そして、酔った私にあんな事や、こんな事をしたじゃないか。それで、自分は覚えてないから、知らないよか?それでも男か、検察官か?まさか、他に女がいたりは、しないだろうな?」
思わず鹿野は首を横に振った。
目を剥いて愕然となった。酔った自分が、中隊長相手にそのような不埒な振る舞いに及んでいたとは。言われてみれば確かにこんな時、覚えていないは、弁解にならない。
「うう・・・わかりました。男として責任は、取らせて頂きます」
暗い顔で鹿野は言った。こんなヘマは初めてだ。その答えに美浦は破顔した。
「おかげで、眼が覚めたじゃないか。朝まで時間あるから、その分も責任取ってくれ」
嬉しそうに言いつつ、擦り寄って来た。服は身に着けていない。一糸も纏わない全裸だ。
仕方なく、鹿野は美浦を抱きしめた。彼女も背中に手を回して来て、ふたりは密着した。女性の体臭とぬくもりが鹿野の男性の本能を動かした。
柔らかな身体と滑らかな肌が、手に心地よかった。鹿野は改めて、美浦が魅力的な女性である事を感じた。彼女の求めに応じて、キスをした。その唇と舌の感触もまた、鹿野を夢中にした。
事が終わった後、鹿野は訊いてみた。
「なぜ、私なんかに抱かれたんですか」
「お前に抱かれたいと思ったからだ」
そしてクスッと笑った。
「お前は可愛いからな。私のタイプだ」
「可愛い・・・」
「いつか、敵の迫撃砲から、私を庇ってくれたろう。あれが直接のきっかけかな」
美浦の言葉に、鹿野は当惑した。
「失礼ですけど、中隊長には・・・」
「プライベートで中隊長はやめてくれ。玲奈と呼んでくれないか」
「玲奈?」
「私のミドルネームだ。親しい人間しかそう呼ばない」
「じゃあ玲奈さんには、恋人とか、そういった人はいないんですか」
美浦の顔が曇った。
「さん付けはいらない。かつてはいた、それでいいじゃない。今は、好意を懐いている男性は鹿野、いや優斗だけだよ」
「でも、さすがにこれは急展開すぎませんか」
「何がよ、作戦も、男も、目標の攻略には、ブリッツクリークが一番なんだよ。それとも、お前は私では嫌か?」
美浦はつい、口を滑らせた。
「いや、そうじゃないけど、もうちょっと時間をかけて付き合うとか、お互いの事もろくに知らないわけですし・・・」
美浦は、天井の一点をじっと見つめながら、答えた。
「時間はあるかどうかわかんないだろう。今度、部隊は再編されるって言ったよな」
「はい」
「うちの部隊からも、確実に何人かは、別の中隊に移動になる。新人だけで中隊を組ませるわけにはいかないからな。お前も私も移動になるかもしれない。そうすると、それが今生の別れともなりかねない」
美浦は鹿野の顔を見た。
「それでは悔いが残る。どうせ長生きはできない。だから私は、やって置きたい事は、できる時にする事にしてるんだ」
そこで、彼女は目を伏せた。
「カレシになってくれ、なんて面倒な事は言わない。ただ、時々こうやって一緒にいてくれるとうれしい」
美浦にも、かつての恋人との間に何か、思い残す事があったのかもしれない。
鹿野は、急に美浦の事をいじらしく想った。彼女を抱き寄せると、耳元で囁いた。
「わかりました。こちらこそお願いします。・・・ところで怜奈、もう一度良いですか?」
美浦はクスッと笑ってうなずいた。
*
本日から五日間の休暇が、一三連隊全体に与えられる。四日後の午後八時までに連隊に帰営すれば良く、外出も許された。
朝には、鹿野と美浦の事は、六中隊の隊士たちみなに知れ渡っていた。
「昨夜はどうだった?」
麻生二尉に朝っぱらからとっ捕まった。いかにも、興味津々といった態だ。
「私が、自分の部屋に、中隊長を連れ込んだらしいんですが、酔っぱらってて覚えてなくて」
「そりゃ逆だよォ」
麻生はニヤニヤしながら言った。
「お前を抱きかかえて連れてったのは、美浦の方だ。介抱する、とか言っちゃってさァ。あいつ、男日照りだったからなァ。あ、こいつお持ち帰りで捕食するつもりだなって思ったね。前からお前、目を付けられてたんだろ」
美浦の話とは、だいぶ異なっていたが、鹿野は別にどうとも思わなかった。何か、なるようになったという気がしていた。
「鹿野ぅ、お前、ハメたつもりが、逆にハメられてた、ってわけだな、ギャッハッハ」
麻生はひとりで品のないギャグを飛ばし、悦に入っていた。鹿野の視線が宙を泳いだ。
「今度はアタシとどうかね?」
鹿野はマジ顔で、丁重にご遠慮申し上げた。
「冗談だよお」
麻生は、ニタニタと笑いながら、鹿野の背中をバシバシ叩いた。
「鹿野三尉、早速、美浦中隊長をモノにしたそうで」
今度は隊士のひとりだった。次々といろんな奴が声をかけて来る。
この手の話題の伝播力は、凄まじい事が大変よくわかった。よっぽどみな、こういった話題に飢えていたのだろう。
「月夜の晩ばかりじゃない、なんて言われてますよ」
物騒な奴もいるものだ。
「あなたたちだって、カノジョを作れば良いじゃないですか。ここは、後方地ですよ。連隊以外にも、色んな人がいるでしょう」
「ところが、俺らは鹿野三尉みたいなエリートで、ハンサムってわけじゃないですからね、なかなかそんな風には・・・」
鹿野は、隊士たちの不満に気づいた。前線から帰って来たのは良いが、溜まったストレスを発散する場が欲しいのだ。
無理もない、先日までは、任務の遂行に神経を注いでいたのだ。突然、休暇だから、楽しめと言われても、何をどう発散すればいいのかわからない、というのが本音であろう。
鹿野は、その足で中隊本部を訪ねた。美浦中隊長は自室で寝ているそうだった。
「何か隊士たちに対する、慰問というか、ストレス発散のイベントをやりたいんですが」
「鹿野三尉が、美浦中隊長の処で、直接話された方が早いのではないですか」
並河曹長まで、そんな事を言った。
「私は、真面目ですよ。隊士たちの不満は溜まっている。何か、それを発散させてあげるイベントでも開催しないと」
本気で鹿野は声をあげた。鹿野三尉の気迫に、並河曹長も、気圧されたようだ。
「わかりました。ちょっとそんなイベントが、この辺でないか、当たってみます」
並河曹長が、ネットで検索してみると、すぐにヒットした。
「ラクセルメスというユニットが近くまで来る予定です」
ラクセルメスといえば、国内でも大人気を誇っているクインテットのトップアイドルユニットだ。
「連絡先はわかりますか?」
「はい、こちらが、プロダクションの担当者の連絡先ですが」
鹿野は、迷う事なく連絡した。鹿野の交渉により数分ののち、四日後にこのキャンプへ、ラクセルメスが公演に来る事が決定した。
しかし、並河曹長には不安があった。一三連隊のイベントを、六中隊だけで勝手に決めて良いのだろうか、という当然の懸念だ。
「六中隊のイベントにすれば良いじゃないですか。そのうえで、連隊本部が協力したいと仰るのなら、ありがたくご協力いただければ良いのでは?」
「さすがは知恵が回りますね、鹿野三尉、そうさせて頂きます」
事情を聞いた、美浦も早瀬も異存はなかった。
「そんなイベント、隊士たちも久しぶりですからね、みんな喜ぶと思いますよ」
早瀬が珍しく乗り気だ。美浦も請け負った。
「よし、連隊本部の方には、私が掛け合っておこう」
一三連隊本部も異存はなく、六中隊が中心となって、連隊挙げてのライブとなった。
近くに駐屯していた、第一九施設群から、施設中隊がやって来て、たちまちホールにステージを作り上げた。
「当日は、私たちもステージを聴きに来て良いでしょうか」
施設中隊の中隊長が言った。もちろん、どうぞ、どうぞ。
何やら、大ごとになって来た。ラクセルメスだけでなく、前座として、何か一芸のある者は、予め申し出れば、受け付ける事ともなった。事務局が必要になりそうだ。
先ず隗より始めよ、というわけでイベント責任者には、鹿野が任命された。鹿野は、急遽六中隊幹部に隊士を加えた、事務局を立ち上げた。
プロダクションとの交渉は、鹿野が行ったが、何分素人が行う事なので、こういったイベントの経験者も集めて、何とか四日間で準備を整える事ができた。
ところで、なぜか、六中隊長の美浦は、準備に積極的に参加してはくれなかった。
「私は、私でやる事あるから、裏方はよろしく頼むな」
裏方?彼女も何か、やるつもりなのだろうか。
隊の食堂や、国内で飲食店を運営していた隊士たちも参加して、屋台が幾つか出る事にもなった。まるで、学園祭の如きノリだ。
当日の朝になった。ラクセルメスは、午後から到着予定であるので、十時前頃から前座の連中が、歌や演奏や漫才などを披露した。
大半の連中は、素人芸の粋を出ない物ではあったが、客席からもヤジが飛び、隊士たちは、それなりに楽しんでいるようだった。
十一時半になった、そろそろ素人芸もネタが尽き、昼休憩を挟んで、十三時から本番のラクセルメスのライブとなる。
いつの間にか、ホールは満員となっていた。立ち見までいて、観客はぎっしりだ。会場に入れない連中のために、カメラをセットして、食堂にもディスプレイを用意してある。
前座の最後として、ファイブセンスと言う名のバンドが出て来た。五人編成のバンドだ。
驚いた事に、リードボーカルは美浦だった。楽器も本格的で、どこで調達して来たのであろう、レスポールだのストラトキャスターだのといった、鹿野でも知っているブランドギターを下げていた。
美浦は、ギターを構え、ボーカルマイクを手にした。
「前座の最後としては、物足りないかも知れないけれど、まあ、気楽に聴いて下さい。曲は私たちのオリジナルで・・・」
ファイブセンスの演奏が始まった。物足りないどころではなかった。プロ並みの腕前を持ったメンバーが揃ったロックバンドだった。観客たちはそのプレイに熱狂した。
それよりも鹿野は、美浦のボーカルを耳にして、数年前の事を思い出していた。
あれはまだ、鹿野が、東都大学に在籍していた時の事だ。大学時代は、司法試験の予備試験と本試験で勉強三昧だった。試験に合格した後で、友人に誘われ唯一参加した学祭が、四年生最後のものだった。
その時、学祭のステージでリズムギターを弾き、ボーカルを担当していたのが、美浦エリスだった。
当時の美浦は、ヘアスタイルはボブカットにメッシュを入れて、マイク付きヘッドセットを被っていた。
トップスは派手なショッキングイエローのブラウスの上に、黒の革ジャンを引っ掛け、ボトムスはミニのデニム地のタイトスカート。
ゴタゴタとメタルアクセサリーを身に纏い、膝の部分がほつれさせた白のストッキングに、ショートブーツを履いていた。
化粧も濃かったから、歌声を聴くまで同一人物とは気づかなかったのだ。
しかし、あの伸びやかな声、高音でも低音でも良く通り、声量も迫力もある歌声には聴き覚えがあった。声域も四オクターブぐらいはありそうだ。素人としては桁外れ、プロのロックボーカリストのような歌唱力だ。
そうだったのだ、鹿野は、美浦と同じ大学に、同時期に在学し、顔まで合わせていたのだ。道理で、初対面の時、見覚えがある気がしたわけだ。もっとも美浦の方では覚えてはいないだろうが。
ファイブセンスの予定は、六曲だったが、大歓声のアンコールもあって、結局カバー曲も含めて九曲を披露する破目になった。
予定より二十分ばかり押していた。ラクセルメスのメンバーは、すでに到着していた。ラクセルメスのプロデューサーは、眼鏡を掛けた若い人物だった。
「申しわけありません。予定が詰んでしまいまして」
「いやいや、こんな所で、良いものを聴かせて頂きました。ときに、あのボーカルの方はどなたですか?」
仕方なく鹿野が説明すると、プロデューサーは積極的だった。
「中隊長さんですか。ぜひご挨拶を」
美浦のボーカルは、ラクセルメスのメンバーにも、強い刺激を与えたようだった。
「あの女の人、凄いの」
「ほんとに上手ですう」
「くっ、負けてはいられないわね」
確かにリードギターは、プロのセッションギタリストだそうだし、他のメンバーもそれなりのキャリアがありそうで、とても即席のバンドとは思えない出来だった。
軍隊も色々な人間の集まりだから、中には、ミュージシャン経験者が、複数いてもおかしくはない。
その後は、ラクセルメスのライブで盛り上がり、挙句の果てに、ファイブセンスとのセッションライブまで行われ、六中隊主催のイベントは大成功に終わった。
「ぜひ、また来てくださいね」
美浦も、ラクセルメスのメンバーに、エールを送った。
「ほんとに凄い歌でしたね、ボクもびっくりしました」
「真、風雅な歌声かと」
ラクセルメスのメンバーからも、美浦の歌はベタ褒めされた。
「もしその気がおありなら、是が非でも、うちのプロダクションへお越し下さい」
担当プロデューサーからも名刺を渡され、熱くスカウティングを受けた。が、美浦は笑って、やんわりとお断りをした。
一三連隊の隊士たちの大歓声に見送られて、アイドルたちはロケバスで帰って行った。
*
その日の夜、やっとイベントの後片づけを終えた鹿野は、人もまばらな食堂で、冷たくなった弁当を、ひとり食べていた。食堂のテレビが点けっ放しで、馬原という名の防衛大臣がしきりに演説していた。
「総理も仰る通り、国民の生命と財産を守るため、この際、更に防衛体制を見直し、自衛軍の強化を推し進める所存でございます」
鹿野は、ボンヤリとその演説を眺めていた。箸は動いていない。
「いたいた。今日の一番の殊勲者が、こんな処で何ひとり寂しくたそがれてるんだ」
ビールを持った美浦がやって来た。鹿野を探していたらしい。
「後片付けの事務がありまして、さっき、ようやく終わったところです」
「オフだというのに、みんなのために働いて、ご苦労な事だな」
美浦は、一杯機嫌らしい。
「ほっといて下さい。性分ですから」
「あれ、これでもお前の事、褒めてるんだよ。自分の苦労は見せず、人のためにひっそりと働く。そういう奴、私は好きだな」
美浦は、鹿野の隣に腰を降ろした。
「おかげで、私も久しぶりに楽しい思いをした。礼を言うよ。ありがとう」
「大学祭以来でしたか?」
鹿野が弁当を食べながら訊いた。
「えっ、お前、もしかして、学祭の時のライブを聴いてたのか」
「あれで、玲奈の事を想いだしましたよ。今よりずっと派手でしたね」
鹿野は美浦の方を見た。
美浦は、珍しく恥ずかしそうな表情を見せていた。
「そ、そうか。あれを聴いてたのか」
「それで、玲奈が同じ東都大の出身だったって気づいたんです」
「なに?お前、今まで気づかなかったの?」
美浦は意外そうに言った。
「玲奈は気づいてたんですか?」
「当たり前だ。自分の中隊の部下の履歴ぐらいは見てる。それだけじゃない、学内でお前とは、何回か遭遇してるぞ。話をした事もあったな」
「ええっ、それはいつの事ですか」
思わず、顔をあげて美浦を見た。
鹿野は覚えていなかったが、ひとことふたこと、言葉を交わしていたらしい。考えてみれば、同じ大学に通っていたのだから、そんな事があってもおかしくはない。
「それで、貴女は、医学部に通ってたんですか」
「そうだ、私は、優斗が法学部だって事は、当時から知ってたぞ。六法全書とか、法律専門書を抱えてたからな。すぐ、こいつ法学だなって、見当がついた」
鹿野は、美浦の観察力や記憶力に、改めて瞠目した。思いもよらず、当時の学内の話題を語り合えた。
「さて、休暇は、今日で終わりか」
「明日から、新隊士が来るんですね」
「ああ、新しい部隊の所属も発表される」
沈黙が訪れた。テレビでは、馬原防衛大臣が、まだ喋っている。
「このため、陸上自衛軍では部隊の規模を改編し・・・」
鹿野はテレビのスイッチを切ると、イスから立ち上がった。
「じゃあ、お先に私はこれで。風呂入って寝ますよ」
弁当の包みを片付けようとすると、美浦がはにかんだ表情で言った。
「よかったら、今夜も部屋に行っていいかな」
「え、しかし、休暇は今日まででは?」
「明日の朝までに、自分の部屋にいればいいだろう」
鹿野は、ふと笑みをもらした。
「風呂に入って来ますんで、適当な頃合いに来て頂けますか」
美浦も笑顔でうなずいた。
*
真夜中、鹿野は誰かの声で、目が覚めた。ベッドの隣には美浦が寝ていた。腕を鹿野の胸に回し、肩に顔を付けるようにして眠っている。
「うう・・ん、ううっ」
美浦が、眉間にしわを寄せて、呻いていた。悪夢でも見ているのだろうか。
「シロウ、ごめんね・・・」
つぶやくように言った。男性の名前のようだ。元カレの名かも知れない。美浦は涙を流していた。
「玲奈」
鹿野は、彼女の名を呼んでみた。
「うう、血液が足りないよ・・・」
美浦は目覚める事もなく呻き続けている。鹿野は再度、耳元で名を囁いた。美浦が目を開けた。鹿野の顔を見すえている。鹿野がそっと尋ねた。
「どうしたの?」
「・・・怖い夢を見たの」
美浦は鹿野の顔をじっと見ながら、半覚醒状態で囁いた。鹿野は、柔らかく美浦を抱き寄せると、髪を撫でて囁き返した。
「大丈夫、大丈夫」
「うん」
安心したのか、美浦は目を閉じると、そのまま寝息を立て始めた。
鹿野は、しばらくそうしていたが、そっと離れると、頬杖を付いて美浦の寝顔を見つめた。涙の痕が、頬に残っていた。そのまま飽きる事なく、いつまでも美浦の寝顔を見続けていた。
気が付くと、夜が白々と明けていた。隣で寝ていた美浦の姿は、いつの間にかなかったが、彼女の残り香が漂っていた。時間を見ると五時半だ。
本日からは、週六日の訓練が日課となる。鹿野は、ベッドに横になったまま、六時の起床時間を待った。
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