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連休明けは、身体がダルい。それが、大型連休となれば尚更だ。オマケに雨まで降ってやがる。
オレは、嫌々登校した。連休といっても特に遠出したわけでもない。オレには、田中沙紀という名の中学から付き合っているカノジョがいるが、連休中は彼女の家の都合とかで、デートもできなかった。
他に、特に予定もなかったので、ずっと家に閉じこもって、ゲームとマンガと勉強三昧の日々を送っていただけだ。
ダルいのは肉体的にではなく、多分に精神的なものなのだろう。学校に行ったところで、気分が晴れる様なことは、なにも期待できなかった。これが、五月病というものなのだろうか?
自己紹介がまだだった。オレは松澤遼介という名の、高校一年生だ。自分で言うのもなんだが、成績は中学時代から割と良い方だった。あとは、格闘技オタクと言ってもいいか。
オレは、この四月に今通っている修博学園高校に進学したのだ。修博は、地元では進学校として知られており、毎年のように東都大合格者を十名前後輩出している。
授業も結構なレベルで進むので、真面目に予習復習をしないと、たちまち落ちこぼれとなってしまう。
だがオレは、ただ授業を受けて帰宅部となるのは嫌だったので、空手部に所属することとした。本当は、別の格闘技を やりたかったのだが、修博には格闘技といえば、柔道部と空手部しかなかった。剣道部もあったが、剣道は武道であっても、格闘技とは言えまい。柔道のような柔術系は、中学で合気道部だったので、違うことをやってみたかったのだ。
朝、半透明のクラゲのようなビニールの傘の群れが、ゆっくりと校門へ向かって動いていた。そこここで、朝の挨拶の声が行き交う。元気な声を張り上げているのは、女子生徒が多いようだ。
オレは、陰気な気分のまま、ひとりで登校していた。見知った顔もあるが、声をかけようという気にもならない。雨は、しとしとと降り注ぎ、湿気の苦手なオレはウンザリしていた。靴は勿論、制服までジメジメと濡れている。
いきなり、後ろから肩をポンと叩かれた。振り返ると、同じクラスの武田夏実だった。スタイル抜群で、学年いちの美人といわれる女子だ。聞くところによると、夏美の姉は、名の知れたモデル兼タレントなんだそうだ。有名雑誌の表紙を飾ったりもしている。
確かに夏美は、鋭角的な濃い眉に二重まぶたのアーモンド形の目が印象的で、顔立ちは端正だし、セミロングにおろした髪型が似合っていた。胸もかなり出ていて、身長は百七十センチ近くあるから脚も長い。モデルの素質は充分だろう。
「いよ!シケたツラしてるな、松澤。元気出せや、連休疲れか?」
こいつは、オレと席も近いが、入学以来なにかと絡んでくる。別の中学出身だから、高校が初対面だったのだが、どういうわけか、親しげに話しかけてくるのだ。
まあ夏実は、根が明るくて人懐っこい性格だから、男女問わず人気があるのだが、特にオレは気に入られているようだ。正直オレも、夏実のことは嫌いではない。話も合うから、修博では最も親しい女子生徒のひとりだ。
その時、夏実はそっと手のひらをオレにむけて、折りたたんだ紙切れを見せると、それを胸ポケットに差し入れた。
「後で、読んで」
声を落として囁くように言うと、さっさと先に行ってしまった。なんなんだ、いったい。
オレは、傘を左手に持ち替えると、紙切れを引っ張り出し、読んでみた。
『放課後、駅西口のマギーという喫茶店に来て下さい。お話ししたいことがあります』
来週から中間テストが始まるので、今日からテスト期間となって部活動は休みとなり、夕方早い時間に帰宅することになる。それを見越しての呼び出しだろうが、手紙とはまた今時古風なやり方だ。まさか、学年いちの美人から告りはないだろうが。
オレは、残念ながら、容姿にさほどの自信はない。女子からモテたためしもない。前にも言ったように、沙紀というカノジョがいるが、その娘以外には告られた経験もない。だから、沙紀のことは大事にして、二年間付き合ってきた。
沙紀は、別の高校に進学したので、中学時代に比べると、逢える機会はぐっと減った。その分、毎日ラインやメールでやり取りはしているが。
休み明けは、頭の回転も鈍くなっていたようで、授業で当てられた時も、オレは満足に正解を答えることはできなかった。
一日はのろのろと過ぎて行き、放課後はさっさと帰宅するよう担任からは通告され、オレたちは授業から解放された。
ホームルーム後、なにげなく夏実を見ると、かすかにこちらを向いて頷いている。
彼女とは別々に教室を出て、話しかけてくる中野というルームメイトに適当に相槌を返しながら玄関を出た。帰宅時には、雨はあがっていた。空を見上げると、雲が切れて鮮やかな虹が懸かっているのが見えた。
「すげえ虹だなあ」
中野が言った。傍にいた鈴木という奴も同意している。こいつらの頭の中も、虹色なのだろうか。だとしたら、羨ましい限りだ。
中野も、鈴木も同じ駅に向かう。二人は電車通だが、オレはバス通だ。最寄りの駅で、二人と別れると、オレは西口にあるマギーに向かった。ちょっと路地を入った場所にある、落ち着いた喫茶店だ。
うちの生徒と鉢合わせする可能性は低いだろう。まして、今日はテスト休み期間だ。他校の生徒ならともかく、うちの生徒はみな真面目な連中だから、こんなところで油を売っている奴はいるまい。
路地を曲がると、店の近くで夏実がいかにも、という手合いに囲まれていた。チンピラとかDQNという言葉を絵に描いて、額に入れたような連中だ。いわゆるひとつのナンパ、という行為をしていた。
「姉ちゃん、美人だなあ、モロ好みなんだけどお、これからオレたちと遊びに行こうぜ。楽しいからよお」
三人組でリーダーっぽいのが、夏実に絡んでいる。オレは溜息をついた。
「兄さん悪いが、彼女はオレと先約があってね」
オレは、リーダー格の男の肩を、人差し指でつついた。
「ああ?なんだてめえは!」
まったく、予想どおりの反応だ。これで凄んでいるつもりなのだろう。ほかのふたりもオレを囲んできた。
「男なんぞに用はねえんだよ、ケガしないうちにおウチに帰んな」
DQNどもは、こっちがひとりで、しかも高校生相手だから、脅せば簡単に逃げ出すとでも思ったのだろう。確かに一般の生徒なら、そうだったかもしれない。相手がオレだったのが奴らの不運だった。
「お前らホント頭悪いな。セリフがいちいちテンプレどおりなんだよ。どいつもこいつも、たまには気の利いたセリフ吐いてみろよ」
オレの嘲笑に、リーダー格のやつが、なんだとコラアとか反応して殴りかかってきた。まるで、スローモーションのような、大仰で間延びしたパンチだった。
オレは無表情で、相手より迅く、踏み出した足の向う脛を蹴飛ばしてやった。
蹴り自体は小さく素早かったから、素人目には何が起こったのか分からなかっただろう。無論手加減はしてやった。
「ぐがはっ!」
妙な声を上げて、そいつはひっくり返った。足を抱えて動けない。見掛け倒しもいいところだ。ほかの二人も明らかにビビっていた。
「いいか、オレはガキの頃から武道で鍛えてる。その気になれば、お前らなんぞ素手であの世に送れるんだよ」
ブルース・リーのようにこぶしを握って、精一杯恐ろし気な表情を作ってみせた。
「わかったら、そいつを連れてさっさと失せろ。後刻まだこの辺りをうろちょろしてるようなら・・・」
「わ、分かりましたあ」
二人は、大急ぎで首を縦に振ると、リーダーを抱えて、すたこら逃げ出した。あの様子なら反撃に戻ってくることはあるまい。
オレは三歳の頃から拳法の道場に通っていた。道場が家のすぐ傍にあったからだ。近所の友人数名と連れ立ってやっていたから、実戦稽古もたっぷり積んでいて、ケンカでは負けたことがなかった。
高校では、夜の稽古の時間がとれないので、いったん道場はやめたが、替わりに部活は似たような空手部に入部した、というわけだ。
唖然としている夏実を促し、ドアを押し開けて店内に入ると、隅の席に着いた。やって来た店員にオレはアイスコーヒー、夏実は紅茶を注文した。夏実は興奮していた。
「松澤、強いんだね。驚いちゃった」
「ガキの頃から、武道をやってて、DQNのたぐいとは散々ケンカしてたからな。あまりやり過ぎると、道場を破門になるんで、力をセーブするのが逆に難しいんだ」
「ありがとう、変なのに掴まってどうしようかと困ってたの」
「お前美人だから、絡まれることも多いんじゃね?」
間もなく、夏実の紅茶とオレのアイスコーヒーがテーブルに並んだ。夏実は、ひとくち紅茶を飲み込んで唇を舐めた。そして短く息を吸うと、おもむろに用件を切り出した。
「ねえ、松澤、あたしと付き合わない?」
こんなストレートな告りとは思わなかったオレは、思わず飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになった。
「はあ?これ何のモニタリング?そこらにカメラでも隠れてるの?」
オレの反応に、夏実はムッとした表情になった。怒った顔も可愛い。
「モニタリングでもドッキリでもないよ、あたしは、真面目にあんたと付き合いたいと言っているの」
その時、オレは間抜けな顔をしていたに相違ない。暫くは開いた口が塞がらなかった。
「なんで、学年いちの美人との誉れ高き武田姫が、オレ如き足軽男と付き合おうってことになるんだ?お前どうかしてるぞ。ほかに好い男はいくらでもいるだろう?」
「あたしはあんたが好いの。入学式で最初に逢った時に、このひとだと思った。あたしの旦那になるひとだって」
オレは絶句した。夏実の言うことはオレの予想の遥か斜め上を行っていた。
「ねえ、いいでしょ。あたしと付き合おう?」
夏実は顔を近付け、上気した顔で熱心に迫ってきた。その言葉で、オレはある現実を思い出した。
「悪いが、オレはすでに付き合っているカノジョがいるんだ。お前とは付き合えない」
率直に言って、オレが付き合っている沙紀と夏実では、容姿に圧倒的な差がある。一般人と芸能人の差と言っていい。成績でも、沙紀の高校とオレたちの高校ではレベルに格差があった。性格も、陰気なところがある沙紀に対し、夏実は明るく裏表がない。
沙紀には悪いが、世間一般的には月とスッポン、提灯に釣り鐘、まさに雲泥の差と言われるレベルかも知れない。
普通の男子ならどちらを選ぶ、と問われれば十人中十人が夏実と答えるだろう。沙紀もまあ、可愛い娘ではあるが、夏美の美貌はケタが違う。だが、オレは二年間付き合ってくれた沙紀を、裏切る気持ちはサラサラなかった。そのことを、率直に夏実に話した。
話を聞いた夏実は、暫く黙り込んでいた。
「分かった。松澤はやっぱり、ふた股なんてしないひとだよね。そこが良いとこなんだけど。そうかあ、残念だけど今回はあきらめる。さっきの話はなかったことにして」
夏実はフラれたにも拘らず、にっこり笑って言った。オレは平身低頭するしかなかった。
「ごめんな、せっかくオレなんかに好意を寄せてくれたのに。お前に恥をかかせるつもりはないんだ。今日のことは、誰にも言わないから、気を悪くしないでくれよ」
「いいよ、あたしが勝手に言い出したことだし、まさか松澤にカノジョがいるとは、思いもしなかったから」
随分な物言いだ、とは思ったが、夏実がそんなに気分を害していないらしい様子で、正直ホッとした。告られて断った相手が同じクラスでは、この先気詰まりにならないか、心配だったからだ。
その日は、それで夏実とも別れて家に帰った。翌日、顔を会わせた夏実は、普段どおり振舞ってくれた。誰にも、オレと夏実の間にあったことを感づかれた様子はなかった。
しかし後で気づいたが、夏美は『今回はあきらめる』と言った。あれはどういう意味だったのか。ちょっと引っ掛かるセリフだったが、後にその意味を思い知ることとなる。
一週間後の中間テストは滞りなく終了し、オレは学年で三割程度の順位に潜り込むことに成功した。夏美は十番以内に名前があった。成績上位者二十名は掲示板に名前が張り出されるから、得点も一目瞭然だ。
明るくて、人当たりも良く、スタイル抜群ですごい美人で、陸上部では走り高跳びで県内有数の記録を持っており、しかも修博で上位成績とくれば、三拍子も四拍子もそろっている。オレも夏美が、何人もの男子生徒から告られたというウワサを耳にした。
だが、夏美はそのことごとくを断ったそうな。まさかとは思うが、オレに告ったことで、変な気兼ねとかしてないよな。
ところで、週末は時間ができたので、沙紀にデートの誘いをメールした。だが返事は芳しいものではなかった。週末は法事があるからとか、親戚が集まるのでとか、後から考えると、何となくオレを避けているとも思える態度だった。だが、アホなオレは、深く考えることもせず、用事があるなら仕方ないか、ぐらいに思っていた。
オレは、嫌々登校した。連休といっても特に遠出したわけでもない。オレには、田中沙紀という名の中学から付き合っているカノジョがいるが、連休中は彼女の家の都合とかで、デートもできなかった。
他に、特に予定もなかったので、ずっと家に閉じこもって、ゲームとマンガと勉強三昧の日々を送っていただけだ。
ダルいのは肉体的にではなく、多分に精神的なものなのだろう。学校に行ったところで、気分が晴れる様なことは、なにも期待できなかった。これが、五月病というものなのだろうか?
自己紹介がまだだった。オレは松澤遼介という名の、高校一年生だ。自分で言うのもなんだが、成績は中学時代から割と良い方だった。あとは、格闘技オタクと言ってもいいか。
オレは、この四月に今通っている修博学園高校に進学したのだ。修博は、地元では進学校として知られており、毎年のように東都大合格者を十名前後輩出している。
授業も結構なレベルで進むので、真面目に予習復習をしないと、たちまち落ちこぼれとなってしまう。
だがオレは、ただ授業を受けて帰宅部となるのは嫌だったので、空手部に所属することとした。本当は、別の格闘技を やりたかったのだが、修博には格闘技といえば、柔道部と空手部しかなかった。剣道部もあったが、剣道は武道であっても、格闘技とは言えまい。柔道のような柔術系は、中学で合気道部だったので、違うことをやってみたかったのだ。
朝、半透明のクラゲのようなビニールの傘の群れが、ゆっくりと校門へ向かって動いていた。そこここで、朝の挨拶の声が行き交う。元気な声を張り上げているのは、女子生徒が多いようだ。
オレは、陰気な気分のまま、ひとりで登校していた。見知った顔もあるが、声をかけようという気にもならない。雨は、しとしとと降り注ぎ、湿気の苦手なオレはウンザリしていた。靴は勿論、制服までジメジメと濡れている。
いきなり、後ろから肩をポンと叩かれた。振り返ると、同じクラスの武田夏実だった。スタイル抜群で、学年いちの美人といわれる女子だ。聞くところによると、夏美の姉は、名の知れたモデル兼タレントなんだそうだ。有名雑誌の表紙を飾ったりもしている。
確かに夏美は、鋭角的な濃い眉に二重まぶたのアーモンド形の目が印象的で、顔立ちは端正だし、セミロングにおろした髪型が似合っていた。胸もかなり出ていて、身長は百七十センチ近くあるから脚も長い。モデルの素質は充分だろう。
「いよ!シケたツラしてるな、松澤。元気出せや、連休疲れか?」
こいつは、オレと席も近いが、入学以来なにかと絡んでくる。別の中学出身だから、高校が初対面だったのだが、どういうわけか、親しげに話しかけてくるのだ。
まあ夏実は、根が明るくて人懐っこい性格だから、男女問わず人気があるのだが、特にオレは気に入られているようだ。正直オレも、夏実のことは嫌いではない。話も合うから、修博では最も親しい女子生徒のひとりだ。
その時、夏実はそっと手のひらをオレにむけて、折りたたんだ紙切れを見せると、それを胸ポケットに差し入れた。
「後で、読んで」
声を落として囁くように言うと、さっさと先に行ってしまった。なんなんだ、いったい。
オレは、傘を左手に持ち替えると、紙切れを引っ張り出し、読んでみた。
『放課後、駅西口のマギーという喫茶店に来て下さい。お話ししたいことがあります』
来週から中間テストが始まるので、今日からテスト期間となって部活動は休みとなり、夕方早い時間に帰宅することになる。それを見越しての呼び出しだろうが、手紙とはまた今時古風なやり方だ。まさか、学年いちの美人から告りはないだろうが。
オレは、残念ながら、容姿にさほどの自信はない。女子からモテたためしもない。前にも言ったように、沙紀というカノジョがいるが、その娘以外には告られた経験もない。だから、沙紀のことは大事にして、二年間付き合ってきた。
沙紀は、別の高校に進学したので、中学時代に比べると、逢える機会はぐっと減った。その分、毎日ラインやメールでやり取りはしているが。
休み明けは、頭の回転も鈍くなっていたようで、授業で当てられた時も、オレは満足に正解を答えることはできなかった。
一日はのろのろと過ぎて行き、放課後はさっさと帰宅するよう担任からは通告され、オレたちは授業から解放された。
ホームルーム後、なにげなく夏実を見ると、かすかにこちらを向いて頷いている。
彼女とは別々に教室を出て、話しかけてくる中野というルームメイトに適当に相槌を返しながら玄関を出た。帰宅時には、雨はあがっていた。空を見上げると、雲が切れて鮮やかな虹が懸かっているのが見えた。
「すげえ虹だなあ」
中野が言った。傍にいた鈴木という奴も同意している。こいつらの頭の中も、虹色なのだろうか。だとしたら、羨ましい限りだ。
中野も、鈴木も同じ駅に向かう。二人は電車通だが、オレはバス通だ。最寄りの駅で、二人と別れると、オレは西口にあるマギーに向かった。ちょっと路地を入った場所にある、落ち着いた喫茶店だ。
うちの生徒と鉢合わせする可能性は低いだろう。まして、今日はテスト休み期間だ。他校の生徒ならともかく、うちの生徒はみな真面目な連中だから、こんなところで油を売っている奴はいるまい。
路地を曲がると、店の近くで夏実がいかにも、という手合いに囲まれていた。チンピラとかDQNという言葉を絵に描いて、額に入れたような連中だ。いわゆるひとつのナンパ、という行為をしていた。
「姉ちゃん、美人だなあ、モロ好みなんだけどお、これからオレたちと遊びに行こうぜ。楽しいからよお」
三人組でリーダーっぽいのが、夏実に絡んでいる。オレは溜息をついた。
「兄さん悪いが、彼女はオレと先約があってね」
オレは、リーダー格の男の肩を、人差し指でつついた。
「ああ?なんだてめえは!」
まったく、予想どおりの反応だ。これで凄んでいるつもりなのだろう。ほかのふたりもオレを囲んできた。
「男なんぞに用はねえんだよ、ケガしないうちにおウチに帰んな」
DQNどもは、こっちがひとりで、しかも高校生相手だから、脅せば簡単に逃げ出すとでも思ったのだろう。確かに一般の生徒なら、そうだったかもしれない。相手がオレだったのが奴らの不運だった。
「お前らホント頭悪いな。セリフがいちいちテンプレどおりなんだよ。どいつもこいつも、たまには気の利いたセリフ吐いてみろよ」
オレの嘲笑に、リーダー格のやつが、なんだとコラアとか反応して殴りかかってきた。まるで、スローモーションのような、大仰で間延びしたパンチだった。
オレは無表情で、相手より迅く、踏み出した足の向う脛を蹴飛ばしてやった。
蹴り自体は小さく素早かったから、素人目には何が起こったのか分からなかっただろう。無論手加減はしてやった。
「ぐがはっ!」
妙な声を上げて、そいつはひっくり返った。足を抱えて動けない。見掛け倒しもいいところだ。ほかの二人も明らかにビビっていた。
「いいか、オレはガキの頃から武道で鍛えてる。その気になれば、お前らなんぞ素手であの世に送れるんだよ」
ブルース・リーのようにこぶしを握って、精一杯恐ろし気な表情を作ってみせた。
「わかったら、そいつを連れてさっさと失せろ。後刻まだこの辺りをうろちょろしてるようなら・・・」
「わ、分かりましたあ」
二人は、大急ぎで首を縦に振ると、リーダーを抱えて、すたこら逃げ出した。あの様子なら反撃に戻ってくることはあるまい。
オレは三歳の頃から拳法の道場に通っていた。道場が家のすぐ傍にあったからだ。近所の友人数名と連れ立ってやっていたから、実戦稽古もたっぷり積んでいて、ケンカでは負けたことがなかった。
高校では、夜の稽古の時間がとれないので、いったん道場はやめたが、替わりに部活は似たような空手部に入部した、というわけだ。
唖然としている夏実を促し、ドアを押し開けて店内に入ると、隅の席に着いた。やって来た店員にオレはアイスコーヒー、夏実は紅茶を注文した。夏実は興奮していた。
「松澤、強いんだね。驚いちゃった」
「ガキの頃から、武道をやってて、DQNのたぐいとは散々ケンカしてたからな。あまりやり過ぎると、道場を破門になるんで、力をセーブするのが逆に難しいんだ」
「ありがとう、変なのに掴まってどうしようかと困ってたの」
「お前美人だから、絡まれることも多いんじゃね?」
間もなく、夏実の紅茶とオレのアイスコーヒーがテーブルに並んだ。夏実は、ひとくち紅茶を飲み込んで唇を舐めた。そして短く息を吸うと、おもむろに用件を切り出した。
「ねえ、松澤、あたしと付き合わない?」
こんなストレートな告りとは思わなかったオレは、思わず飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになった。
「はあ?これ何のモニタリング?そこらにカメラでも隠れてるの?」
オレの反応に、夏実はムッとした表情になった。怒った顔も可愛い。
「モニタリングでもドッキリでもないよ、あたしは、真面目にあんたと付き合いたいと言っているの」
その時、オレは間抜けな顔をしていたに相違ない。暫くは開いた口が塞がらなかった。
「なんで、学年いちの美人との誉れ高き武田姫が、オレ如き足軽男と付き合おうってことになるんだ?お前どうかしてるぞ。ほかに好い男はいくらでもいるだろう?」
「あたしはあんたが好いの。入学式で最初に逢った時に、このひとだと思った。あたしの旦那になるひとだって」
オレは絶句した。夏実の言うことはオレの予想の遥か斜め上を行っていた。
「ねえ、いいでしょ。あたしと付き合おう?」
夏実は顔を近付け、上気した顔で熱心に迫ってきた。その言葉で、オレはある現実を思い出した。
「悪いが、オレはすでに付き合っているカノジョがいるんだ。お前とは付き合えない」
率直に言って、オレが付き合っている沙紀と夏実では、容姿に圧倒的な差がある。一般人と芸能人の差と言っていい。成績でも、沙紀の高校とオレたちの高校ではレベルに格差があった。性格も、陰気なところがある沙紀に対し、夏実は明るく裏表がない。
沙紀には悪いが、世間一般的には月とスッポン、提灯に釣り鐘、まさに雲泥の差と言われるレベルかも知れない。
普通の男子ならどちらを選ぶ、と問われれば十人中十人が夏実と答えるだろう。沙紀もまあ、可愛い娘ではあるが、夏美の美貌はケタが違う。だが、オレは二年間付き合ってくれた沙紀を、裏切る気持ちはサラサラなかった。そのことを、率直に夏実に話した。
話を聞いた夏実は、暫く黙り込んでいた。
「分かった。松澤はやっぱり、ふた股なんてしないひとだよね。そこが良いとこなんだけど。そうかあ、残念だけど今回はあきらめる。さっきの話はなかったことにして」
夏実はフラれたにも拘らず、にっこり笑って言った。オレは平身低頭するしかなかった。
「ごめんな、せっかくオレなんかに好意を寄せてくれたのに。お前に恥をかかせるつもりはないんだ。今日のことは、誰にも言わないから、気を悪くしないでくれよ」
「いいよ、あたしが勝手に言い出したことだし、まさか松澤にカノジョがいるとは、思いもしなかったから」
随分な物言いだ、とは思ったが、夏実がそんなに気分を害していないらしい様子で、正直ホッとした。告られて断った相手が同じクラスでは、この先気詰まりにならないか、心配だったからだ。
その日は、それで夏実とも別れて家に帰った。翌日、顔を会わせた夏実は、普段どおり振舞ってくれた。誰にも、オレと夏実の間にあったことを感づかれた様子はなかった。
しかし後で気づいたが、夏美は『今回はあきらめる』と言った。あれはどういう意味だったのか。ちょっと引っ掛かるセリフだったが、後にその意味を思い知ることとなる。
一週間後の中間テストは滞りなく終了し、オレは学年で三割程度の順位に潜り込むことに成功した。夏美は十番以内に名前があった。成績上位者二十名は掲示板に名前が張り出されるから、得点も一目瞭然だ。
明るくて、人当たりも良く、スタイル抜群ですごい美人で、陸上部では走り高跳びで県内有数の記録を持っており、しかも修博で上位成績とくれば、三拍子も四拍子もそろっている。オレも夏美が、何人もの男子生徒から告られたというウワサを耳にした。
だが、夏美はそのことごとくを断ったそうな。まさかとは思うが、オレに告ったことで、変な気兼ねとかしてないよな。
ところで、週末は時間ができたので、沙紀にデートの誘いをメールした。だが返事は芳しいものではなかった。週末は法事があるからとか、親戚が集まるのでとか、後から考えると、何となくオレを避けているとも思える態度だった。だが、アホなオレは、深く考えることもせず、用事があるなら仕方ないか、ぐらいに思っていた。
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