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しおりを挟む数日後のこと。友人の大石航汰に、家の近所でばったり顔を会わせた。そいつはオレと家が近く、ガキの頃からのツレだったので、久しぶりの機会に話し込んだ。一緒に道場に通った仲だった。高校の話、近況などを語り合っていたのだが、ふと航汰が切り出した。
「そういえば遼介、田中沙紀な、こないだの週末、他の男と手を繋いでショッピング街を歩いてるの見たぞ」
突然の話で、オレはビックリした。
「週末は、沙紀は法事があるっていう話だったぜ。親戚とかじゃね?」
「いいや、あれは同じ平盆高校の奴だ。オレも高校同じだから知ってる。イケメンぶった嫌な野郎だよ。お前、もしかして浮気されてるんじゃないのか?」
航汰の話は、晴天の霹靂だった。すぐにその場で、沙紀に電話を掛けた。暫くコールしてやっと相手が出た。
「お前、こないだの週末、男と手を繋いで歩いてたそうだけど、どういうことだ?」
「ああ・・・」
「ああ、じゃねえよ。お前週末は法事とかで、オレの誘い断ったろ?」
「あたし、好きなひとができたの」
沙紀はあっさりと、浮気を認めた。
「だって、遼介は逢えないし、今のカレのほうが優しいし、イケメンだし」
「だからって、ふた股かけても良いってことにはならないだろう。良識疑うぞ」
「うるさいな、だったらあんたと別れればいいんでしょ」
「浮気しといて、その言い草はなんだよ!」
沙紀は面倒くさくなったのか、ガチャ切りしやがった。
「くっそお・・・」
「やっぱり、浮気だったか。ひでえ奴だな」
航汰も気を使って慰めてくれたが、正直オレは呆然として何をどうすればいいのか、考えがまとまらなかった。初めてできたカノジョに、初めて浮気されたのだから、当然だったかも知れない。
次の日、登校したオレは、傍から見ても腑抜けのツラであったようだ。授業中当てられても、当てられたことにすら気づかず、教師に体調悪いのか?と心配された。
放課後の部活では、簡単な約束組手の練習中、相手の突きを顔面で受けてひっくり返ってしまった。鼻血が止まらないので、保健室に連れて行かれた。
養護教諭の手当てを受けていると、夏実が部活で高跳びの際、足を捻ったと言ってやって来た。
足首に湿布をしてもらっていた夏実は、オレをじっと見つめていた。手当てが終わったオレたちは、大事をとって部活を早退することにした。
オレは、駅まで夏実を送って行くことになった。駅に着くと、夏実はこの前の喫茶店に寄って行こうと誘ってきた。正直オレは気もそぞろで、コーヒーどころじゃなかった。
「いいから、行こう。ね?」
乗り気でないオレは、強引に夏実に引っ張られて、例のマギーという喫茶店に拉致された。前と同様に、夏実は紅茶、オレはアイスコーヒーを注文した。
オーダー品が並ぶと、夏実が口を開いた。
「どうしたの松澤?今日は様子が変だよ?」
「そんなに変か?」
自分の声が、地下の墓場から響いてくる、亡者のそれのようだった。
「うん、朝から心ここにあらず、ていうか。もしかしてカノジョと何かあったの?」
黒い大きな瞳で、心配そうにオレの顔を覗き込んできた。カンの鋭い奴だ。とぼけてみせたが、隠しても調子悪そうなの分かるよ、と言われた。仕方ない、オレは沙紀との一部始終を、夏実に話すことにした。
「なに、それ?ひどすぎる話ね」
夏実は、カンカンになって怒った。
「仕方ないよ。気持ちが離れて行った奴を引き留めても、しようがない」
「そんな女、さっさと別れなさい。付き合ってたってロクなことないよ」
別れるもなにも、オレはすでにフラれているのだが。
「もういいよ、簡単にフラれるなんて、オレが男として魅力ないということなんだろう」
「そんなことない!あんたは魅力的な男だよ、こないだもあたしを助けてくれたじゃない」
「ありがとうな。そう言ってくれるのはお前ぐらいだ」
「なに言ってるの、あんた、結構ウチの高校の女子に人気あるんだよ。自分じゃ気づいてないみたいだけど」
夏実は、意外なことを言い出した。
「あんたのことが気になるって娘は、あたしの知ってるだけでも、片手ぐらいにはなるんだって。だから機先を制そうと思って、告ったんだよ。まさか既にカノジョがいるとは気づかなかったけど」
夏実はそこまで言うと、黙って何かを考え出した。
「その浮気ペアに仕返ししてやらない?」
「はあ?何をするんだ?」
「あたしに考えがある、そいつらにしっぺ返ししてやろうよ」
「別にいいよ。もう顔も見たくないし」
「なによ、あんたムカつかないの?人を裏切ることがどういうことか、キッチリ教えてやらないと、そいつのためにもならないよ」
「なんで、お前がそこまでムキになるんだ?お前の知らない連中じゃないか」
「だって、傷つけられたのは、あたしの大切なひとだもん。松澤が好きだっていうから身を引いたのに、そんなひどい奴は許せない」
ありがたい言葉ではあったが、そこまで夏実にしてもらう理由はない。だいいち大切なひとって、いつからオレたちそういう関係になったんだっけ?
「あんたにとってはともかく、あたしにとってあんたは大切なひとなの、それでなんか文句ある?」
いえ、ノープロブレムオールです。
「・・・そうだな。確かに後々のことを考えると、一度連中と話をして、キッチリさせといた方が良いかもな」
オレがなにげに洩らした言葉に、夏実はニヤリと笑みを浮かべた。夏実は、声をひそめるように自分のプランを話し出した。
その日沙紀には、週末に会って話をつけよう、と連絡した。新しいカレシも連れて来るよう伝えた。拒否するかもと思ったが、案外あっさりと同意してきた。おおかた、オレとカレシを比較して自慢したいのだろう。
当日の午後三時、指定したファミレスにオレはいた。連中は約束の時間を、三十分も過ぎてから現れた。
沙紀は、新しいカレシとやらを見せつけるように腕を組み、オレの正面に座った。男の方を見て、確かにイケメン風だが、大した奴じゃないなってのが第一印象だった。ふたりはオレを指さし、何か小声で耳打ちをし笑っていた。それを見ながら切り出した。
「沙紀って確か記憶じゃ、オレのカノジョだったはずだよな。これってどういうこと?」
「は?見てわかるでしょ。あんたよりカレの方が素敵じゃん。だから付き合ってるの」
「はーん、要するにふた股ってことだよな?あんたもそれで平気なのか?」
オレはカレシとやらに向かって言った。
「別に、オレはお前と違ってモテるもんで。沙紀がオレを選ぶのは分かってたから」
そいつはオレを見下したように嗤った。
「そうか、じゃあ沙紀は、オレと別れてこいつと付き合うということか?」
「いちいち説明しなきゃ、分からないの?あんたバカ?」
オレは、沙紀の言い草に腹が立ったが、それはおくびにも出さずに続けた。
「すると、オレたちの付き合いも、これで終了ということで、いいんだな?」
オレは念を入れて、訊いてみた。
「別に、わたしはいいけど?ま、あんたの好きにすれば?」
ふたりはニヤニヤして、オレを見下したような態度をとり続けた。それを見ていたオレの気持ちも冷たく醒めていった。
なんで、こんな女と今まで付き合ってきたのか、沙紀を大切に想っていたのが、アホらしくなってきた。憎々し気な表情から、かつて感じた可愛らしさは微塵もなかった。
「よおく分かった。じゃあ、これでオレはフリーというわけだ」
そう言うと、近くのコンビニのイートインで待機していた夏実に、ケータイで連絡した。
暫くして、ファミレスのドアを開けて夏実が入って来た。途端に店の雰囲気が一瞬で変わったようだった。会話が途絶え、ファビュラスとでも形容すべき容姿の夏実に、客の視線が一斉に集まった。
本日の夏実は、プロ仕様のエステを施していた。端正な顔に美しくメイクをし、髪も綺麗にセットしている。長い脚を強調し、肩と胸元を露出した、シンプルだがセンスの良いミニのワンピースを着こなしていた。
プロのモデルと言っても誰もが納得する、芸能人のような美貌とスタイルだった。パンプスでの歩き方からして、そこいらのポテトガールとは明らかに異なっている。
「遼介、ここにいたの」
夏実がオレに声をかけてくると、前のふたりは仰天していた。沙紀の新しいカレシは、一般人離れした夏実の姿から、目が離せないようだ。夏実はオレの隣に腰かけてきた。
「やあ、夏実。やっぱりオレ、フラれちゃったみたいだよ」
「へえ、このひとが遼介をフったひと?ふうん、男を見る目がないのねえ。でも良かった、これで私と付き合ってくれるよね?」
「沙紀がいたから、夏実からの申し込みも遠慮してたけど、もう別れたしな」
オレと夏実の会話にイラついたのか、沙紀が喚きだした。
「この女だれよ?なんでここにいるのよ!」
「夏実はオレの高校のクラスメイトだよ。武田春菜ってモデルがいるだろう。彼女はその妹で、ウチの高校でもいち番の美女といわれてるんだ」
武田春菜といえば、美人モデル兼タレントとして、超のつく有名人だ。地元出身ということをここいらで知らない者はいない。
その妹が目の前にいる、という事実は、沙紀たちにも衝撃を与えたようだった。
「実はさあオレ、夏実には前から告られてたけど、一応お前と付き合ってたし、ふた股なんて嫌だから断ってたんだよな」
この美女を、武田春菜の妹をフった?一連のやり取りを聴こえないフリをして、ずっと聴いていた、周りの席の連中に驚愕の空気が広がった。
それは、こいつバカ?バカなの?とオレを非難するが如き、まあ当然の反応だった。オレは、かまわず続けた。
「だけど、お前に浮気された話をしたら、そんな女とは別れて自分と付き合って欲しいと、再度夏実が言ってくれたんだよ」
オレは、悔しそうな顔をする、沙紀を見ながら言ってやった。
「それで今日は白黒つけるために、夏実にも来て貰ったわけだ。ふた股かけるような女とは、オレもこれ以上ご免だからね。ありがとう沙紀、はっきりさせてくれて」
オレは、改めて夏実に向き直った。
「ということだから、これからはオレのカノジョになってくれるか?夏実」
「勿論だよ、うれしい!」
夏実は満面の笑顔で、俺に抱き付いてみせた。ちょっとやり過ぎ、とも思ったが、目の前のふたりは予想もしない展開に、声もなく呆然としていた。まさか、こんな凄まじい美人が現れるとは思ってもみなかったろう。
オレは、わざとバカップルモードのまま、夏実を促して立ち上がった。
「じゃあな。これからオレは夏実と付き合うことにするから、お前らも仲良くなあ」
笑顔で捨てゼリフを残すオレに、夏実は腕を絡め、ピッタリと身体を寄せて甘えてきた。店を出るとき、チラとふたり組のほうを見やると、沙紀は怒りの目で、こちらを睨みつけていた。男の方は沙紀そっちのけで、夏実を食い入るように見つめている。
オレは、店を出ると気が抜けたのか、脱力感に覆われた。何か途方もなく虚しかった。
「どっか、遊びにでも行く?」
夏実が優しく語りかけてきた。首を横に振るオレを引っ張って、駅西口の例のマギーという喫茶店に入った。注文はいつもの紅茶と、アイスコーヒーだ。
夏実は気を使って、恋愛とは関係のない話をしてくれた。彼女の趣味の本と料理のこと、スポーツのこと。姉や家族のこと、自分の生い立ち。気が付くと、オレも自分のことを夏実にいろいろ話していた。随分長いこと話をしていた。すでに夕飯の時刻になっていた。
店を出たオレは、夏実に礼を言った。
「今日はありがとう、おかげで吹っ切れた。武田のおかげだ」
「ねえ、松澤、ホントに私と付き合ってくれるよね?」
女はもうコリゴリという思いもあったが、反面夏実なら良いんじゃないか、という気がした。オレは笑顔で答えた。
「勿論。武田みたいな美人に告られて、断ることはできないよ。これから宜しくな」
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