リインカーネーション

たかひらひでひこ

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 ウチに帰ると、オヤジがやって来た。
「遼介、こないだの件だがな・・・」
オレは、こないだの件がなにを指すのか、分からないでいた。
「例の見合いの件だ」
「誰が、見合いすんの?姉貴?」
「いいや、お前だ」
「はあ?オレまだ高校生だし」
 そういや、こないだ課題解いてる最中に、オヤジとお袋と、姉貴がギャアギャア喚いてた件か。
「また、あんたは性懲りもなく」
お袋も、また口出ししてきた。いい加減勘弁してくれ。オレは今日は、いろいろと疲れた日だったのだ。くだらん口論は願い下げだ。
 「まあ、そう硬いこと言わず、聴くだけでもいいから、無理にとは言わん。父さんの立場も考えてくれ」
オヤジの立場など、オレの知ったこっちゃない。だいいち、オレには既に、魅力的なカノジョがいる。見合いなどする気は毛頭ない。
 「カノジョって、沙紀ちゃんのことだろ」
「ちげーよ。あいつとは、もうとっくに別れた。今のカノジョは別の娘だ」
「へえ、だれよ。新しいカノジョって」
姉貴の美咲が、興味を持ってやって来た。ヒトのカノジョの心配する前に、てめえのカレシをとっとと見つけろ。オレは、面倒だったが、ハッキリ分からせるために、ケータイの画像を家族に見せてやった。
 「おお、綺麗な娘だなー」
「え、この娘なんて名前?」
「武田夏実、武田春菜の妹だよ。その妹は武田秋穂と言って、今度アイドルデビューするんだと」
「武田春菜って、あのモデルの!?」
「へええ、道理でべっぴんさんなわけだ。すごい娘掴まえたんだな」
「だから、見合いとかありえねえから。夏実は、校内いちの美人で、スタイル抜群で、成績優秀で、スポーツもできて、性格も良くって友達も沢山いるって、いいとこだらけの娘なんだ。しかもオレにベタ惚れなんだぞ。告ってきたのは向うからだしな。そんな娘がいるのに、見合いなんてするわけねえだろ」
 「いや、それがな、父さんも仕事絡みで頼まれたものでなあ。断るにしても、一応お前の相手への感想を聴きたいんだと」
「嫌だね。見るまでもねえな。夏実以上の女なんていねえし。これ以上は、夏実に失礼だろ、他を当たれって言えよ」
「そのとおり。遼介、このお嬢さんを大切になさい。こんな娘さんは、あんたにとって一生に一度しかないチャンスなんだから。しっかり掴まえて、絶対に逃がしちゃだめよ」
 お袋の言い草も、あんまりだと思った。が、家族に見せつけてやるために、夏実を家に連れてくるいい機会かもしれない。
 翌日、世はクリスマス気分が続いていたが、オレは図書館で、夏実と落ち合った。ふたりで、例の如く、課題を片付けていった。夕方五時近くまでかかって、その日の予定をこなし終わった。
 「しかし、ウチの高校って、課題の量が半端ないな。入学するまで、こんなに膨大な課題を解かされるとは思わなかった」
「そうかな。問題の質は標準的だし、これだけやってれば、一応の実力は付くようになってるじゃん。あたしは、とっても親切だと思うけど?」
「お前みたいな秀才と、凡人を一緒にして欲しくないもんだ。お前、もしかして東都大とか狙ってね?」
「進路は、まだ未定だよ。でも大学はともかく、進学する場所は遼介と同じところが良いな。長距離は嫌じゃん?」
 オレたちは、図書館を出た。
「また、あそこに寄ってく?」
「うん、もし良かったらウチ来ない?家族にお前を紹介したい」
さすがに、突然の申し出に夏実は驚いたようだった。
「いいけど、いきなりは、恥ずかしいかな」
 「うん、実はな・・・」
オレは、先日からの見合いの話を夏実にした。その話を断るためにも、両親に夏実をキッチリ紹介しておきたいとも言った。
 「高校生で、お見合い?どうして?」
「分かんね、オヤジの仕事関係からの話らしいんだが」
夏実は、しばらく考えていた。
 「ねえ、その相手って誰?」
「知らねえよ、オレははなからお前がいるから、そんな話受ける気ないし、中身も見てない」
「一応、見てみたらどう?」
「はあ?断るって分かってんのに、見る必要ねえだろう」
「いいじゃん、どんなひとか見てみようよ」
 オレは、夏実の意図がさっぱり分からなかった。女の考えることは不可解だ。
 バスで、自宅の傍まで帰ってくると、夏実を連れて玄関を開けた。
「なんか、遼介のウチって、懐かしいね」
「懐かしい?来るのは初めてだろ」
「うん、そうだけど、家の雰囲気とか、匂いとか、とっても懐かしい気持ちになる。あたし、ここのおうち気に入った」
 オレが、夏実を連れてリビングに入っていくと、ちょうど帰宅していたオヤジと、お袋、姉貴が三人揃っていた。オレは、夏実を紹介した。彼女は、ニコニコしながら、如才なくウチの家族に挨拶をした。
 家族は、写真で見るより、綺麗な夏実に呆然としていたようだ。背も高くて脚が長く、スタイルも良いことに驚いていた。三人とも、慌てて挨拶を返した。
 その後は、オレそっちのけで夏実と話をし出した。家族どもは夏実の人懐っこさに忽ち虜になった。姉貴は、夏実の手を掴んでずっと話をしていたくらいだ。両親もすっかり夏実に魅せられたようだった。
「なんか、こんな良いお嬢さんがウチの娘になるなんて、夢みたいだなあ」
だから、オヤジは気が早すぎる。オレたちは、まだ高校生だっつうの。
「これで夏実がどんな娘か分かったろ、だからこないだの話はなしな」
 夏実が、オレをつついた。
「あ、ああ。ところで、見合いの写真だけどまだ返してないよな」
「ああ、御用納めまでにお返ししようと思ってる。心配するな、キチンとお断りしとくよ」
「それだけど、写真だけ見てもいいかな」
「?いいが、カノジョさんがいるのに、そんなわけには、いかんだろう」
「いや、ちょっと気になることがあって、夏実も了承してるから、見せて貰えないかな」
 オヤジは怪訝な顔をしながら、写真を取ってきた。それを広げて見せてくれた。
「このひとだ、取引先のお嬢さんだそうで、名前は・・・青崎」
「千華だな」
「知ってるのか?」
「やっぱこいつか、なんかそんな気がしたんだよな」
 オレは、青崎との見合いは、何かの意図に基づくものだと見当がついた。そこまで考えて、こないだから引っ掛かっていたことに思い至った。ちょっと前に、夏美の芸能界入り騒動があったが、あれも偶然ではなかったんじゃないだろうか?その時も、青崎はしきりに俺にコナかけてきてた。
 今回の見合いといい、一連に繋がった、オレたちの分断工作であるように思えた。その意図は、オレたちチームの結束を崩すところにあるんじゃないだろうか。突拍子もない考えであることは分かっていた。
 オレたちの存在は、そんな大層なものではない。それは、向こうも分かっている筈だ。では、目的はなんなのだろう。考えても分からず、夏美に訊いてみようと思った。
 なぜか、夏実は青崎の写真に見入っていた。しきりに首を傾げている。
「なんか見覚えあるんだよね、この娘・・・でも、まさかね?」
「どうした、何か気になるのか?そういやこないだも青崎見て変な顔してたな」
「うん、なんか見覚えがあって。でもそんなことあり得ないし」
 オレは、声をひそめた。
「もしかして、過去世絡みか?」
「そうなんだけど、似てるひとがいるんだよね。あんた気づかない?」
オレは改めて、その写真を見てみた。
「そういや、どっかで会ったことがあるような、ってか同じクラスじゃん。やっぱりこいつはなし。オレに絡んでくるやつだ。いけ好かないやつだよ」
 「あたしは、別にそうは思わなかったけど、なんか良さそうなひとだったじゃん」
姉貴が言った。勝手に弟の見合い写真見てんじゃねえよ。
「なんか、よからぬ意図があるということか」
「まあ、そうだな。どうせロクな奴じゃない、少なくともオレたちにとっては」
オレの言うことは、論理的にはともかく、感覚的に家族にも伝わったらしい。
 「そうだね、夏実ちゃんがいるのに、この話はお断りすべきよ」
お袋も賛成した。夏実は写真に、なお首をひねっていたが、それでこの話は終わった。
 オレは、ついでに夏美にさっきの自分の考えを述べてみた。
「確かにね、タイミングを考えると、青崎繋がりとも言えなくもないね・・・」
暫く考えていたが、もう少し情報が欲しい考えさせてくれ、と彼女は答えた。仕方ないまた、新美たちの意見も訊こうということで、話を打ち切った。
 ところで、夏実は、ウチの家族に、えらく気に入られたようで、晩飯を食って行けとまで勧められた。
「それは、また今度な、彼女も高校生だから、あまり遅くなるのはマズいよ」
「いいじゃないか、父さんがクルマ出すから、遼介と一緒に送って行くぞ。ウチには電話しておけばいいだろ」
「ホントに、いいんでしょうか?」
「勿論、いいに決まってるよ」
 何やら、夏実はウチの家族に溶け込み、全員と仲良く話をしていた。二時間ばかり、飯を食いながらウチで過ごし、オヤジのクルマにオレと同乗して、彼女のウチまで送って行くことになった。
「夏実ちゃん、またいらっしゃいね」
「はい、突然お邪魔したのに、今夜はご馳走様でした。ありがとうございました」
家族総出で見送った。夏実のウチに到着すると、今度は向こうのお宅のご家族も出て来て、運転していたオヤジも出て挨拶をすることになったのだが。
 「あれ、修ちゃんじゃないか!?」
「おお、秀ちゃん、久しぶりだなあ!」
なんと、オヤジ同士が、子供の頃からの親友なんだそうだ。
「やあ、秀ちゃん上がってけよ、一杯やろうぜ」
「いやいや、今夜は娘さんを送って来ただけだし、息子もいるし、クルマだから」
「いいじゃん、代行タクシー頼めばいいよ。ウチの家内は知ってるよな」
「勿論、べっぴんの和ちゃんじゃないか、一緒に遊んだ仲だよ」
「ホントに上がって行きなさいよ、秀ちゃんと会うのも久しぶりだし」
 呆れたことに、今度はオレたち親子が夏実のウチにお邪魔することになった。オレたちはリビングに通され、オヤジたちはそこで酒盛りを始めた。オレは未成年で飲めないからすることもなく、夏実の家族と話を合わせていた。
 ウチのオヤジと、夏実の両親は、幼稚園から、高校まで同じ学校だったそうだ。家も近所だったので、仲の良い遊び友達だったらしい。ウチのお袋のことも、よく知っている様子だった。
 「こんな偶然てあるんだな」
「そうだね、遼介のところと、こんなに仲良かったって、あたしも知らなかった。だけど、偶然とも言えないんじゃないかな」
オレはその言葉に、夏実を見た。
 「だって、前もあんたのご家族とは、良いお付き合いさせていただいてたのよ。確か親同士も友人だったと思う。だから、今生もその続きなんじゃないのかな」
「なるほど」
 オレは、テーブルの椅子に腰かけて、夏実とお互いの親の交流を眺めていた。互いに、相手の子供の褒め合いが始まった。
 「いや、夏実ちゃんが、修ちゃんと和ちゃんの娘さんとは知らなかったが、一目見てこれはウチの嫁には、勿体ない娘さんだと思ったね。まあ、別嬪さんで気立ては良いし、アンタたらが親御さんと分かって納得だよ」
「なに、言ってる。諒介君こそ、さすが秀ちゃんの息子さんだ。堂々としてて、頼りになりそうだし、武道の腕も立つんだろ」
 「お前、オレのことご両親になんて言ったんだ?まさか、話を盛ったりしてないよな」
「別に、普通に好い男だよって、話しただけだよ」
「なんか、勘違いっていうか、買い被られてるような気がするんだが」
 夏実は、お母さんから水を持ってくるように言われ、リビングから出て行った。
「ねえ、遼介君だっけ、君なにか武道やってるんだって?」
気が付くと、夏実の姉ちゃんが、傍にやって来て、オレに話しかけていた。これがいち大事であることは、オレにも容易に分かった。なんせ、あの武田春菜なのだ。年末で、芸能人も実家に帰るんだろうか。これを同級生に知られたら、ただではすむまい。
「は、はい、そうですねえ、本日はまことにお日柄も良く、はなはだ粗辞ながら・・・」
オレは、あがってしまって、自分でも何をしゃべっているか、分からなかった。これが、芸能人のオーラというやつなのだろう。
 夏美の姉ちゃんは、オレの反応が面白かったらしく、わざとオレに身体を近づけてきた。
「君、可愛いね。夏実の同級生だよね」
「はっ、夏実さんとは、清いお付き合いをさせて頂いてます」
姉ちゃんは、アハハハと笑った。にこやかにオレに話しかけてくる。
「ねえ、夏実のどこが気に入ったの?私より、夏実の方が好きなわけ?」
 身体を摺り寄せてきた。困った、オレはどうすればいいんだ。その時、水を持ってきた夏実が、姉ちゃんにダメ出ししてくれた。
「春ネエ、あたしのカレシに、なにチョッカイだしてんの!やめてくんない!」
「だあって、この子可愛いんだもん。あんたのカレシには勿体ないよ。私が貰っていいでしょ」
春菜姉ちゃんは、突然オレに抱き着いてみせた。起きてることが信じられなくて、オレの心臓はバクバクいっていた。
「遼介はモノじゃない。あたしのカレシだ。春ネエと言えど、許さねえから」
夏実は、普段見せないような、殺気を漲らせていた。これはマジだ。オレは武道をやっているせいか、こういった気には敏感なのだ。
 さすがに、春菜姉ちゃんも、夏実の気迫に押された感じで、オレから身を放した。
「冗談だよお、なに、マジでイキどおってんの。カレシ可愛いから、愛でてただけだよお」
「ウソこけ、マジで狙ってたくせに」
 オレは、姉妹のやり取りに、混乱して眩暈がしてきた。美人姉妹が、オレを取り合う図?ありえん、ありえないシチュエーションだ。これは陰キャの夢だ。よっぽどオレにはフラストレーションが溜まっているのだろう。だから、こんなファンタジーを夢描くのだ。
「なに、ぶつぶつ言ってるの」
夏実が、オレにも怖い顔を向けてきた。
 「相手が、美人だと、すぐデレデレするんだから」
「ご、誤解だ。オレは夏実一筋だ。誓って他の女性に手出しなんかしない」
「ふーん、このひとが、夏ネエのカレシなんだ」
 またひとり、美少女がやって来た。末の妹の秋穂ちゃんなのだろう。この娘も姉たちほどではないが、背は女性としては高い方で、やっぱり綺麗な顔立ちをしていた。アイドルとしてデビューするという話だが、さもありなん、と思わせる雰囲気をまとっていた。
 「うん、なかなか良いひとみたいじゃん、あたしのタイプだなあ」
夏実の、鋭い視線が走った。三姉妹とも、感じはよく似ていた。男性の好みも似ているのかもしれない。意外なことに三人の中で、カレシ持ちは夏実だけだった。それだけに、オレが姉妹の興味の対象となったのだろう。
 夏実は、オレの前に立ちふさがると、ふたりの姉妹からブロックした。
「あたしのカレシに色目を使うな」
「いいじゃん、ちょっとお話しするだけだよ」
「そうだよ、別に夏ネエから略奪したりはしないから」
「あんたら、眼付が信用ならん。春ネエ、よだれを拭け」
 マンザイチックなやり取りをやっている間に、気が付くと夜も十時を過ぎていた。
「オヤジ、そろそろ、失礼するぞ。いつまでも夜遅くまで、他人様のお宅にお邪魔してんじゃねえよ」
「お前なあ、父さんは修ちゃんとは久しぶりに会ったんだ、もう少し・・・」
「調子こいてんじゃねえよ。オレだって明日のスケジュールがあるんだ。オヤジもまだ仕事があるんだろ!」
「まあ、まあ、遼介君だっけ、そんなに堅苦しく考えなくてもいいよ。どうせ、君はウチの娘の誰かの婿さんになるんだろ、なら、ウチの義理の息子じゃないか。遠慮しなくっていいんだよ」
夏実のオヤジさんまで酔っぱらって、そんなことを言い出した。
 「誰か、じゃなくて、あ・た・し・の、カレシだから」
夏実がムキになって主張した。いやいや、突っ込みどころは、そこじゃないから。
 オレは、代行タクシーをお願いすると、まだ飲み続けようとするオヤジを引っ張って出て、強引にやって来たタクシーに押し込んだ。
「遅くまで親子で、大変失礼いたしました」
武田家のご家族に頭を下げると、夏実のお宅を後にした。
 ウチに帰ると、どこに行ってたのかと、母親が激怒していた。当たり前だ、女の子を送って行って、そのまま相手のお宅に上がり込んで酒まで食らっていたのだから、非常識と言われても仕方ない。
 事情を話すと、お袋も夏実のご両親のことはよく知っていたらしく、怒りも少し和らいだ。それでも、いきなり夜に相手のお宅にご迷惑でしょ、とオヤジは説教を受けていた。あんだけ調子こいてたオヤジも、お袋の前だと神妙にしていた。
「ねえ、夏実ちゃんちって、ウチから近いの?」
姉貴が訊いてきた。まあ、同じ市内のことだから、クルマで二十分もかからない距離だ。
「次はいつ連れて来るの」
えらく夏実のことが気に入ったらしい。
 「あんたは、どうでもいいから、夏実ちゃんともっと話がしたい」
あんな可愛い娘が、妹になるのがうれしくてしようがないそうだ。だから、気が早いっての。オヤジと同じ血が流れてやがる。夏実を連れてくるのは早かったかな、と反省した。お陰で家じゅうが舞い上がっちまってる。オレは溜息をついた。
 翌日、オレたちはまた図書館で、待ち合わせをした。課題がどっさり溜まっているので、朝からとっとと片付けよう、ということになった。
「昨夜はすまなかったな」
オレは、夏実に詫びを入れた。ウチもそうだが、武田家でもちょっとしたハプニングになったであろうことは、容易に想像できた。
「春ネエと秋穂が、どうもあんたのこと気に入ったらしくて、私らも連れてけって、うるさかったの。撒くの大変だったんだから」
 それがどうにも、さっぱり分からなかった。いったい、このブサメンの足軽男のどこに魅力があると言うのだろうか。オレは、自分の容姿に夢見るほど脳天気ではない。自らのことはよく、わきまえているつもりだ。女性にモテる、というスキルが極めて低いことは、これまでの体験上充分自覚していた。今までの人生で、女子のオレに対する対応を見て来てたから、それはよく分かっている。オレは女の子が夢見る王子様とは、縁もゆかりもない存在だった。
 「あんた、女性のこと、やっぱり分かってないよ」
それは確かに自覚している。
「王子様が、夢であることは、大抵の女子は分かってる。あれは、子供のころの夢だよ。だけど、それに代わる具体的に好い男のイメージが湧かないから、王子様なんて言ってるだけ。あたしにとって、好い男は最初からあんたって明確なイメージがあったから。男は、あんた一択だったよ」
 「じゃあ、オレは春菜姉ちゃんや秋穂ちゃんとも前世で何らかの縁があったのかな」
そう言うと、夏実は不機嫌な顔になった。
「そんなこと知らなくていい。あんたにとっても、あたしが一択なの!」
 これは、それ以上追及するなという、サインだ。これを見落とすと、えらいことになる。見かけに似合わず、夏実は意外にヤキモチ焼きとオレは睨んでいた。君子危うきに近寄らず、だ。
 オレは、夏実に尻を叩かれ、課題を解くことに集中した。こうやって書いていると、オレは勉強熱心と受け取られそうだが、実はそうではない。
 世の中には好きでなくても、生きていくうえで、やらなければならないことがある。オレにとって、勉強はそのひとつだった。社会人となれば、飯を食うためにしなければならない、仕事というものがある。勉強は、その仕事を処理するためのスキルを身につける、エクササイズなのだ。
 勉強なぞ、やらずに済めば、それに越したことはないが、それでは現代社会は生きていけない。どうせ、将来は夏実やその家族を養って行かなければならないのなら、怠けてばかりもいられない。
 オレは、頭は良くないから、一を聞いて十を知る、というわけにはいかないので、普段からせっせと得点稼ぎをやっておかないと、人並みの点は取れない。オレに似合う言葉は、継続は力なり、だ。
 文字どおり、昼飯を食う時間も忘れ、オレたちは、課題を解くことに追われた。気が付くと、カラータイマーの如く腹の虫が空腹信号を繰り返していた。オレは、急に脱力感に襲われた。エネルギー切れのウルトラマンだ。
「夏実い、オレ腹減った。昼飯食いに行こうぜ」
「腹減ったくらいで、そんな情けない顔すんな。でも、確かに空腹じゃ効率は落ちるよね。ご飯にしようか」
夏実は、弁当を作って来てくれてた。彼女の弁当の味はよく分かっているので、オレはご馳走に預かることにした。
 館内は、飲食禁止なので、外に出て近くの公園で弁当を広げた。冬だから当然ながら、冷たい風がピューピュー吹いていた。
「なあ、寒くないか?」
「虚弱だなあ、携帯カイロだよ。使いなよ」
 夏実は、カイロを手渡ししてきた。彼女は、寒がりなので、手放せないようだ。
「飯は美味いが、寒くてかなわん」
「風邪ひきそう?」
「はっはっはあ、オレはこう見えても、バカだから、風邪なぞひいたことはない」
「自慢げに言うことか」
「あんたら、こんなとこでなにやってるの?」
 くぐもった声の主を見ると、サングラスと帽子とマスクで顔を隠した、いかにも不審者という風体の人物が立っていた。
 怪訝な顔をするオレを見て、その人物は変装を解いた。春菜姉ちゃんだった。オレを見つけて嬉しそうだった。
「遼介君見っけ。もしかして、ここいらにいるんじゃないかなあ、と思ってたら、図書館でお勉強だったのね」
「何しに来た」
夏実の声には刺があった。
 「ちょっと、買い物があったんで出てきたの。ところで、なんでこんなとこでお弁当広げてんの?寒いでしょ」
「いや、館内は飲食禁止なもんで」
「えー?隣に休憩室があるよ、畳の部屋。あそこなら暖房も効いてるし、飲食もOKなんじゃないの?」
 オレと夏実は、顔を見会わせた。そこに移動しようとすると、なぜか、春菜姉ちゃんと、秋穂ちゃんまでついてきた。
「あんたら、なんでついてくんの」
「いや、あたし今日仕事ないしい、このままウチに帰ってもヒマだしい、あんたらの漫才も見てみたいしい」
「余計なお世話だ、邪魔しないでとっととお帰り!」
「いいじゃん、ねえ?」
 春菜姉ちゃんはニコニコしていた。確かに美女姉妹ふたりに見られていては、飯も食いにくい。それに、春菜姉ちゃんに気づいた、ひとたちが寄って来た。
 「おい、あれ武田春菜じゃないか?」
「ホントだ。隣のふたりも可愛いな。姉妹なんじゃね」
ざわざわするモブキャラたちに取り囲まれそうになった春菜姉ちゃんは、秋穂ちゃんの手を取った。
「しまった。遼介君に顔見せるために変装解いたのがまずかった!また会おう松澤君」
怪人二十面相のようなセリフを残し、サングラスと帽子とマスクで顔を隠すと、じゃあねえと言って急いで去って行った。オレたちも、休憩室に慌てて入った。
 「なんでオレ、お前の姉妹にロックオンされなきゃならないんだよ」
「・・・」
 夏実は、極めて不機嫌な顔になった。それ以上オレも言いようがないので、黙って飯を食った。
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