カラスの恩返し

阪上克利

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アパート

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 会社のアパートは会社からすぐ近くだった。
 すでに何人かの人間が暮らしているらしく、郵便受けには名前も書いてあった。
 アパートはキレイな建物で、オフェスを意識したようなデザインになっている。
 実家から持ってくる荷物もそんなに多くなかったので、引っ越しはそんなに時間はかからなかった。

 引っ越しは基本的には業者に頼んだのだが、姉の喜久子と妹の智美が面白がってついてきた。
 人の引っ越しを面白がるものどうかとは思うが女と言うのはこういうイベント的なことが好きなのかもしれない。

『キレイなアパートじゃん』
 智美は何も手伝わずに言った。
 そもそも妹というものは漫画などで良く語られるような可愛い存在ではない。
 あれは妹を他人目線から見ているからそう思うだけで実際の妹は生意気で要領がいいだけである。 
 それにあくまで妹なのでいくら外見が可愛かろうが、美人だろうがこちらには何の関係もない。
『ちょっと……何のために来たのよ。ちゃんと手伝いな!』
『え――。汚れんのいや――』

 じゃあ……何のために来た?
 と言いたい気持ちを義弘は我慢できるが……姉という存在はそれを我慢できないらしい。
『バカ、ちゃんと手伝いなよ。来た意味ないでしょ』
 姉というのは口うるさい。
 下手をすると母親よりもうるさかったりする。
 妹が生意気で要領がいいのであれば、姉は口うるさい。
 二人とも実家から出ていないから、一人暮らしのことは分からないはずなのに、なぜかいろんなことを知っている。

 まあ……必要なものはおいおいこちらでそろえればいいと思う。
 ありがたいことに家具一式はアパートにそろっていたから、持って行ったのは机と椅子、パソコン、テレビぐらいだろうか。
 自転車がないのは不便だが……どうにもこうにも上尾と違い横浜は坂が多いから自転車など役に立ちそうにもない。

 義弘の部屋は1階の真ん中だった。

 一人暮らしというのは不安もあるが、自由でもある。
 夕方になる前に、姉と妹は帰っていった。
 嵐が過ぎ去ったような感じだ。

 夕方になり食事は近くにお惣菜屋があったのでそこで買っておいた。
『こふうそう』というお店だった。なんかちょっと変わった名前だな……と義弘は思った。
 一人になり狭い部屋の中でお弁当を開くと、急に静かになった。

 一人というのはこんなにも静かなのか……。

 ちょっと寂しい気持ちはある。
 でもこれだけ静かなら……好きなライトノベルもゆっくり読める。
 考えてみれば夜もいくらでもゲームができるではないか。
 それに好きなものを食べて生活できる。
 
 もしかしたら遠い会社を選択したのは正解だったかもしれない。
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