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化け猫の憂鬱
職業倫理
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「エリーゼのために」というベートーベンの優しくて軽快な曲が電子音になって病棟に響き渡る。
場にそぐわない明るい曲だな…と思いながら看護師であるあたしは病室に向かう。
ナースコールである。
あたしの務めるホスピスという病院は患者が病気を治す病院ではない。
患者が安らかに死を迎えるための病院である。
「どうしたの?どこか痛む?」
「ううん。痛いのには慣れてきちゃった。」
ナースコールを押したのはカンナだった。
「慣れてきた」なんて言っている割にはカンナの表情は少ししんどそうだった。
それもそのはずだ。
癌も末期になると体中に転移するから、その痛みは恐らく想像を絶するものだからだ。
あたしはここで痛みに耐えてしんどい顔をしている患者をたくさん見てきた。痛みを緩和するために、ホスピスでは麻薬を使うのだが…麻薬は劇薬である。四六時中使うわけに行かないから痛い時の方が多いはずなのだ。
それにとくに肝癌の末期になると身の置き所がないほど身体がだるくなり、話すのもつらくなってしまう。
あたしにできることと言えば、足や手をさすりながら声をかけることぐらい…。
あたしはカンナの足をさすりながら言った。
「強すぎない?」
「うん。大丈夫。ありがとう。アヤコちゃんは彼氏いるの?」
カンナは息も絶え絶えに消え入りそうな声で言った。
やっぱり年頃の女の子だ。もし元気ならきっと年が同じぐらいの男の子に恋している頃だろう。
もしかしたら男の子から告白されていたかもしれない。
カンナは丸顔で色白でかわいいからもてると思う。
「残念だけどいないの。」
「えー。アヤコちゃんけっこうかわいいのに。」
「ありがとう。カンナちゃんは好きな男の子いるの?」
「いないなあ…。あたしの周りにはいい男がいないのよ。」
なかなか言うなあ…あたしもそうよ。
周りには足の短いウェルッシュコーギーしかいない。
それに化け族は恋愛をしない。
恐らく寿命が長いせいだろう。
「ねえ。」
「ん?」
「彼氏ができたらメールとかするのかな?」
「そうねえ。あたしもいないからなあ。」
「あたしもだれかとメールしたいなあ。」
カンナは遠い目をして言った。
病気が病気だけに、今までいた友達からも疎遠になってしまったのだろう。
治らない病気…しかも余命宣告までされている…。
こんな重い空気のところに生きる力があふれている十代の子供たちが疎遠になってしまうのは仕方ないことだろう。
それにしてもカンナは孤独だ。
人は一人で生まれ、一人で死んでいく…という言葉をどこかで聞いたことがあるが、14歳の女の子にそれを理解しろというのはいささか酷な話だ。
「アヤコちゃん。メアド教えてよ。」
「え…。」
あたしは一瞬迷った。
本来はいけないことだからだ。
患者や家族と医療従事者との立ち位置は、距離を置き、一線を引いていなければいけないという倫理観がある。
いわゆる…「職業倫理」と言うやつである。
ただなんの気まぐれか…。
あたしはカンナを前にしてその職業倫理というやつに反抗したくなった。
「いいわよ。」と言ってあたしはカンナに自分のメールアドレスを教えた。
ばれなきゃいい。
それにもしばれたらばれたで、まさかこの看護師不足の折にクビにはならないだろう。
場にそぐわない明るい曲だな…と思いながら看護師であるあたしは病室に向かう。
ナースコールである。
あたしの務めるホスピスという病院は患者が病気を治す病院ではない。
患者が安らかに死を迎えるための病院である。
「どうしたの?どこか痛む?」
「ううん。痛いのには慣れてきちゃった。」
ナースコールを押したのはカンナだった。
「慣れてきた」なんて言っている割にはカンナの表情は少ししんどそうだった。
それもそのはずだ。
癌も末期になると体中に転移するから、その痛みは恐らく想像を絶するものだからだ。
あたしはここで痛みに耐えてしんどい顔をしている患者をたくさん見てきた。痛みを緩和するために、ホスピスでは麻薬を使うのだが…麻薬は劇薬である。四六時中使うわけに行かないから痛い時の方が多いはずなのだ。
それにとくに肝癌の末期になると身の置き所がないほど身体がだるくなり、話すのもつらくなってしまう。
あたしにできることと言えば、足や手をさすりながら声をかけることぐらい…。
あたしはカンナの足をさすりながら言った。
「強すぎない?」
「うん。大丈夫。ありがとう。アヤコちゃんは彼氏いるの?」
カンナは息も絶え絶えに消え入りそうな声で言った。
やっぱり年頃の女の子だ。もし元気ならきっと年が同じぐらいの男の子に恋している頃だろう。
もしかしたら男の子から告白されていたかもしれない。
カンナは丸顔で色白でかわいいからもてると思う。
「残念だけどいないの。」
「えー。アヤコちゃんけっこうかわいいのに。」
「ありがとう。カンナちゃんは好きな男の子いるの?」
「いないなあ…。あたしの周りにはいい男がいないのよ。」
なかなか言うなあ…あたしもそうよ。
周りには足の短いウェルッシュコーギーしかいない。
それに化け族は恋愛をしない。
恐らく寿命が長いせいだろう。
「ねえ。」
「ん?」
「彼氏ができたらメールとかするのかな?」
「そうねえ。あたしもいないからなあ。」
「あたしもだれかとメールしたいなあ。」
カンナは遠い目をして言った。
病気が病気だけに、今までいた友達からも疎遠になってしまったのだろう。
治らない病気…しかも余命宣告までされている…。
こんな重い空気のところに生きる力があふれている十代の子供たちが疎遠になってしまうのは仕方ないことだろう。
それにしてもカンナは孤独だ。
人は一人で生まれ、一人で死んでいく…という言葉をどこかで聞いたことがあるが、14歳の女の子にそれを理解しろというのはいささか酷な話だ。
「アヤコちゃん。メアド教えてよ。」
「え…。」
あたしは一瞬迷った。
本来はいけないことだからだ。
患者や家族と医療従事者との立ち位置は、距離を置き、一線を引いていなければいけないという倫理観がある。
いわゆる…「職業倫理」と言うやつである。
ただなんの気まぐれか…。
あたしはカンナを前にしてその職業倫理というやつに反抗したくなった。
「いいわよ。」と言ってあたしはカンナに自分のメールアドレスを教えた。
ばれなきゃいい。
それにもしばれたらばれたで、まさかこの看護師不足の折にクビにはならないだろう。
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