3 / 12
化け猫の憂鬱
職業倫理
しおりを挟む
「エリーゼのために」というベートーベンの優しくて軽快な曲が電子音になって病棟に響き渡る。
場にそぐわない明るい曲だな…と思いながら看護師であるあたしは病室に向かう。
ナースコールである。
あたしの務めるホスピスという病院は患者が病気を治す病院ではない。
患者が安らかに死を迎えるための病院である。
「どうしたの?どこか痛む?」
「ううん。痛いのには慣れてきちゃった。」
ナースコールを押したのはカンナだった。
「慣れてきた」なんて言っている割にはカンナの表情は少ししんどそうだった。
それもそのはずだ。
癌も末期になると体中に転移するから、その痛みは恐らく想像を絶するものだからだ。
あたしはここで痛みに耐えてしんどい顔をしている患者をたくさん見てきた。痛みを緩和するために、ホスピスでは麻薬を使うのだが…麻薬は劇薬である。四六時中使うわけに行かないから痛い時の方が多いはずなのだ。
それにとくに肝癌の末期になると身の置き所がないほど身体がだるくなり、話すのもつらくなってしまう。
あたしにできることと言えば、足や手をさすりながら声をかけることぐらい…。
あたしはカンナの足をさすりながら言った。
「強すぎない?」
「うん。大丈夫。ありがとう。アヤコちゃんは彼氏いるの?」
カンナは息も絶え絶えに消え入りそうな声で言った。
やっぱり年頃の女の子だ。もし元気ならきっと年が同じぐらいの男の子に恋している頃だろう。
もしかしたら男の子から告白されていたかもしれない。
カンナは丸顔で色白でかわいいからもてると思う。
「残念だけどいないの。」
「えー。アヤコちゃんけっこうかわいいのに。」
「ありがとう。カンナちゃんは好きな男の子いるの?」
「いないなあ…。あたしの周りにはいい男がいないのよ。」
なかなか言うなあ…あたしもそうよ。
周りには足の短いウェルッシュコーギーしかいない。
それに化け族は恋愛をしない。
恐らく寿命が長いせいだろう。
「ねえ。」
「ん?」
「彼氏ができたらメールとかするのかな?」
「そうねえ。あたしもいないからなあ。」
「あたしもだれかとメールしたいなあ。」
カンナは遠い目をして言った。
病気が病気だけに、今までいた友達からも疎遠になってしまったのだろう。
治らない病気…しかも余命宣告までされている…。
こんな重い空気のところに生きる力があふれている十代の子供たちが疎遠になってしまうのは仕方ないことだろう。
それにしてもカンナは孤独だ。
人は一人で生まれ、一人で死んでいく…という言葉をどこかで聞いたことがあるが、14歳の女の子にそれを理解しろというのはいささか酷な話だ。
「アヤコちゃん。メアド教えてよ。」
「え…。」
あたしは一瞬迷った。
本来はいけないことだからだ。
患者や家族と医療従事者との立ち位置は、距離を置き、一線を引いていなければいけないという倫理観がある。
いわゆる…「職業倫理」と言うやつである。
ただなんの気まぐれか…。
あたしはカンナを前にしてその職業倫理というやつに反抗したくなった。
「いいわよ。」と言ってあたしはカンナに自分のメールアドレスを教えた。
ばれなきゃいい。
それにもしばれたらばれたで、まさかこの看護師不足の折にクビにはならないだろう。
場にそぐわない明るい曲だな…と思いながら看護師であるあたしは病室に向かう。
ナースコールである。
あたしの務めるホスピスという病院は患者が病気を治す病院ではない。
患者が安らかに死を迎えるための病院である。
「どうしたの?どこか痛む?」
「ううん。痛いのには慣れてきちゃった。」
ナースコールを押したのはカンナだった。
「慣れてきた」なんて言っている割にはカンナの表情は少ししんどそうだった。
それもそのはずだ。
癌も末期になると体中に転移するから、その痛みは恐らく想像を絶するものだからだ。
あたしはここで痛みに耐えてしんどい顔をしている患者をたくさん見てきた。痛みを緩和するために、ホスピスでは麻薬を使うのだが…麻薬は劇薬である。四六時中使うわけに行かないから痛い時の方が多いはずなのだ。
それにとくに肝癌の末期になると身の置き所がないほど身体がだるくなり、話すのもつらくなってしまう。
あたしにできることと言えば、足や手をさすりながら声をかけることぐらい…。
あたしはカンナの足をさすりながら言った。
「強すぎない?」
「うん。大丈夫。ありがとう。アヤコちゃんは彼氏いるの?」
カンナは息も絶え絶えに消え入りそうな声で言った。
やっぱり年頃の女の子だ。もし元気ならきっと年が同じぐらいの男の子に恋している頃だろう。
もしかしたら男の子から告白されていたかもしれない。
カンナは丸顔で色白でかわいいからもてると思う。
「残念だけどいないの。」
「えー。アヤコちゃんけっこうかわいいのに。」
「ありがとう。カンナちゃんは好きな男の子いるの?」
「いないなあ…。あたしの周りにはいい男がいないのよ。」
なかなか言うなあ…あたしもそうよ。
周りには足の短いウェルッシュコーギーしかいない。
それに化け族は恋愛をしない。
恐らく寿命が長いせいだろう。
「ねえ。」
「ん?」
「彼氏ができたらメールとかするのかな?」
「そうねえ。あたしもいないからなあ。」
「あたしもだれかとメールしたいなあ。」
カンナは遠い目をして言った。
病気が病気だけに、今までいた友達からも疎遠になってしまったのだろう。
治らない病気…しかも余命宣告までされている…。
こんな重い空気のところに生きる力があふれている十代の子供たちが疎遠になってしまうのは仕方ないことだろう。
それにしてもカンナは孤独だ。
人は一人で生まれ、一人で死んでいく…という言葉をどこかで聞いたことがあるが、14歳の女の子にそれを理解しろというのはいささか酷な話だ。
「アヤコちゃん。メアド教えてよ。」
「え…。」
あたしは一瞬迷った。
本来はいけないことだからだ。
患者や家族と医療従事者との立ち位置は、距離を置き、一線を引いていなければいけないという倫理観がある。
いわゆる…「職業倫理」と言うやつである。
ただなんの気まぐれか…。
あたしはカンナを前にしてその職業倫理というやつに反抗したくなった。
「いいわよ。」と言ってあたしはカンナに自分のメールアドレスを教えた。
ばれなきゃいい。
それにもしばれたらばれたで、まさかこの看護師不足の折にクビにはならないだろう。
0
あなたにおすすめの小説
竜華族の愛に囚われて
澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
近代化が進む中、竜華族が竜結界を築き魑魅魍魎から守る世界。
五芒星の中心に朝廷を据え、木竜、火竜、土竜、金竜、水竜という五柱が結界を維持し続けている。
これらの竜を世話する役割を担う一族が竜華族である。
赤沼泉美は、異能を持たない竜華族であるため、赤沼伯爵家で虐げられ、女中以下の生活を送っていた。
新月の夜、異能の暴走で苦しむ姉、百合を助けるため、母、雅代の命令で月光草を求めて竜尾山に入ったが、魔魅に襲われ絶体絶命。しかし、火宮公爵子息の臣哉に救われた。
そんな泉美が気になる臣哉は、彼女の出自について調べ始めるのだが――。
※某サイトの短編コン用に書いたやつ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
お疲れOLあかりの、今日のごほうびスイーツ
鈴樹
キャラ文芸
ルート営業OL・あかり(表示名:お疲れOL)が開設したピンスタグラムのアカウント。
ローカルコンビニ「39ストア」のスイーツ情報を中心に投稿。
頑張った自分へのごほうび✨日々の小さな幸せスイーツをお届け!
――と、見せかけて、実は甘い匂わせ満載⋯⋯!?
※本作は「お疲れOLと無愛想店員」シリーズの、あかりの架空SNS風スピンオフです。
※登場するコンビニやスイーツ情報はすべて架空です。実在するコンビニや商品とは一切関係ありません。
※本編の作中時間と連動して、随時投稿。
※未読でも、本編ストーリーの理解に支障はありませんが、読むと二度美味しい仕掛けです
※横書き表示推奨
【シリーズ作品リスト】
●本編1作目《短編集・3作品収録/完結》
『お疲れOLと無愛想店員〜雪の夜の、コンビニで』(本編/哲朗編/余話)
※あかりと哲朗、始まりの物語&黒歴史の秘密
●本編2作目《短編・全8話/完結》
『お疲れOLと無愛想店員〜春の嵐と、まわり道』
※上京とドライブデート(?)のロードムービー風のお話
●本編3作目《短編・4月上旬より作中時間と連動して公開予定》
『お疲れOLと無愛想店員〜初夏のきらめき、風のざわめき』
※全7話執筆済み。慶介メインのライトな謎解き風のお話
●本編4作目《現在構想中》
シリーズ作品タグ:
#お疲れOLと無愛想店員
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる