夕凪と小春日和を待つ日々

阪上克利

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 働きながら自動車の免許をとるというのは案外大変なことだった。
 仕事が終わり、すぐに自動車学校に向かうことが週に1回ほどあるのだが、その時には夕凪ゆうなを延長保育してもらうか、両親に預けるか……もしもその両方ができないときは自動車学校の保育室に預けるかして、あたしは教習を受けていた。

 何度も痛感することだけど……こういう時に、あたしは自分一人では生きていけないと痛感する。

 仕事して、家事をして……車の教習に行って……。
 あたしの生活は以前にもまして忙しくなった。
 疲れるには疲れる。だけど、一人ではないと思うのでなんとかなるような気がする。
 以前より仲が良くなった両親は、あたしのことを喜んで助けてくれる。隣の二階堂さんや大家さんも時々気遣ってくれる。職場でも新木さんをはじめとして、良い相談相手がいる。
 そしてあたしには夕凪ゆうながいる。

 3月も終わりに差し掛かり、卒業式も終わった。
 なんとなく卒業式の様子などをテレビで見たり、街を歩いている時に見かけたりすると、やはり少し寂しい気持ちにもなる。夕凪ゆうなには罪はないが、あたしは一時の感情に身を任せて、大事なものを失くしてしまい、多くの人に悲しい思いをさせてしまったのだなあ……と改めて思い、少し涙が出たりもした。

 でも後ろをふり向いても仕方ない。
 卒業できなかった高校はいつか自分の力で卒業しようと思う。

 携帯電話が鳴ったのは桜の花が満開になった頃のことだった。
 鳴った……と言っても着信があったわけではない。
 メールが入っていた。
 最近はメールよりLINEで連絡を取る人が多い。
 でもあたしはスマートフォンを持っていない。
 子供が一人いるシングルマザーにスマートフォンを持つ余裕などない。携帯電話はちゃんと連絡さえ取れればいいと今は思っている。調べ物は職場のパソコンを使わせてもらっている。もちろんそんなにしょっちゅう調べることがあるわけでもないから使わせてくれているのだろうけど……。
 調べ物をするときに、スマートフォンがあるといいなあ……と思う時はあるが、いずれにせよそれは夕凪ゆうながもう少し大きくなってからだ。

『お久しぶり。元気ですか?』

 メールの内容は短い内容だった。
 送り主は高校の頃の友人で赤山美織あかやまみおりだ。
 美織とはそんなに仲は良くない。と言っても仲が悪いというほどではない。
 あまり付き合いがなかったというのが適切な表現かもしれない。

 なんで……急に?
 あたしはいぶかしげにメールを見つめたが、そのままにしておくのもなんだか気持ちが悪いので返事をした。
『お久しぶりです。なんとかやってますよ。生まれた子供もそろそろ1歳です』と書いて、夕凪の写真を添付してメールした。
 ちょっと他人行儀かな……とメールの文面をみて思ったが、元からそんなに付き合いがあったわけではないのだからこのぐらいの距離感で話をした方が良いだろう。

 返事は意外に早く帰ってきた。

『元気そうで良かった。赤ちゃんかわいいね。ちょっと相談があるんだけど時間とれる?』

 彼女は夕凪ゆうなのことはどうでもいいのだろう。
 もちろん悪意はないのだろうけど、なんだかこういう物言いはあたしはそんなに好きにはなれない。
 相談とはなんだろう。
 あたしに相談して問題が解決することなどあるのだろうか。
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