夕凪と小春日和を待つ日々

阪上克利

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免許

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 3月になると卒業シーズンだ。
 あたしも本来ならこの3月で高校を卒業するはずだったので、なんだか複雑な気分ではある。

 そんな複雑な気分ではあるものの、落ち込むこともない。
 最近では夕凪がつかまり立ちをするようになったので、これがとてもかわいくて嬉しい。嬉しいのは嬉しいのだが、はいはいができてつかまり立ちができるようになると問題も多くなる。要は目を離すことができなくなるのだ。
 確かに今まででも目を離すことはできなかった。
 しかし赤ちゃんが自分で動けるようになると怪我もつきものなので、新生児の頃に比べると手間はぐんと増えたような気がする。
 家事をやっているときはコンビラックにいてもらい、動けないのを確認しながらいろんな用事を済ますのだ。

 職場では、体力を使うきつい仕事を自主的に行うようになってから、家に帰ると疲れがどっと出るようになってきた。

 夕凪ゆうなと共に生活してきた約1年。
 あたしが覚えたのは一人では生きていけないということだった。
 夕凪ゆうなが一人では何もできないのと同じで、あたしも一人では何もできない。
 細かなところで人の手を借りながらなんとか生活が出来ているのである。
 そのことに感謝しつつ……自分の生活を成り立たせていくことが必要であることを学んだ。

 だからあたしは少し周りに助けを求めることにした。

 まずは母親に少し買い物をお願いした。
 そして休みの日に夕凪ゆうなの世話もお願いした。
 お願いするときには母親の好きな草餅やケーキなどの甘いものを持参するのを忘れないようにする。
『そんな気を使わなくていいわよ』
 母親は笑いながら言う。
 しかし家族であるからこそ気をつかわなければいけないような気がする。
 家族だからつい甘えてしまう。
 それが家族関係にひびを入れてしまうことがあるような気がするのだ。
『やってもらって当たり前』という気持ちになってしまうとそれがたとえ家族であっても気分は良くないだろう。
 母親には母親の生活がある。
 時間を奪っているのだから気を使うのは当たり前なのだ。

 あたしは仕事するようになってそういうことを肌で感じた。

 母親が手伝ってくれるので、あたしは体力的に楽になってきたのを肌で感じるようになっていた。
 実際には助けてもらったのはまだ数回なのだけど、体力的には本当に楽になった。
 最近では、家に着いてすぐにうとうとしてしまうことがなくなったのは大助かりである。

 それで……以前から考えていたあることを母親に相談することにした。

『ちょっと相談があるんだけど……』
 電話の向こうの母親に、夕凪ゆうなのことを一通り話したあと、あたしは意を決して言った。
『どうしたの?』
 母親は少し不安気な声で言った。
 ここのところはそんなに心配はかけていないのだが、やはり子供に対する不安は絶えないのかもしれない。
『あたし……車の免許をとろうと思うんだ。』
 免許をとろうとは思ったが、車の購入は考えていない。
 マイカーともなると中古でも数十万するし、新車になると100万以上必要になる。
 貯金はあるがそこまでのお金はない。
 ただ……車の免許があれば、仕事に役立つのだ。
 施設の車を使って利用者を病院に連れていくことになることが、けっこうちょいちょいあるのだが、だれが行くのか……もめることがある。あたしは免許を持っていないので論外なのだが、案外、免許を持っていない人は少なくない。それに持っていても運転に自信がないといってやりたがらない人もいる。
 もしあたしが免許をとったらそういう仕事も進んで行うことができる。
 どうせやるなら自分の中にプラスになる仕事がしたい。
 あたしは最近そう思うようになった。
 たまたまあたしは介護という仕事を選んだのだけど、基本的に仕事というものは、ただ漫然と目の前の仕事をこなすだけで毎日を過ごすこともできる。しかしそれでは新しい何かを学ぶことはできない。せっかく時間を提供して仕事をするのだから、給料以外にも自分のためになるようなものを得るようにしたい。

『大丈夫なの?』

 母親は反対だった。
 反対するのも分からないでもない。
 やはり事故は怖いし、母親には車を購入するつもりがないことは言っていないから、車を維持するのにお金がかかることも心配しているのかもしれない。
 駐車場代、車検、ガソリン代、それに車税もある。動かさなくてもお金がかかるのが車なのだ。
 それに教習所に通うのもお金がかかる。
 実はあたしは1年働いて貯金がある。
 わずかな貯金だが、車の免許をとるぐらいの貯金が出来たのは事実だ。
 もちろん貯金ができたのは両親のおかげ。
 両親が、特に父親が自分で働いたお金はちゃんと貯金した方がいいと言ってくれたからそれなりに貯金ができている。貯金にあてて生活費が足りなくなったところに関しては親が出してくれていた。
 だからあたしが夕凪ゆうなの母親でいられるのは、両親の支えあってのものであり、あたしは実家を出たもののまだまだ甘い子供のままである。
 自分でもそういう自覚はある。
 親に心配かけたくないという気持ちもあるが同時に自分一人ではまだ何もできない現実も知っている。

 実に悩ましい。

 車の免許をとりたいと言った時に開口一番反対した母親とは対照的だったのが父親だった。
『いや……仕事でも必要なら、それは価値ある投資だと思う』
 父親はそう言って母親を説得してくれた。
 こういうことに関しては母親より父親の方が話が分かるのかもしれない。

 そんなわけで父親の一言であたしは3月から自動車学校に行くこととなった。
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