日陰者の暮らし

阪上克利

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担当者会議

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 担当者が家に集まるというのはもう少し大仰なものなのかと思っていたが、思っていたよりこじんまりした感じだった。

 担当者は……
 ケアマネジャーの佐藤絵里子。
 訪問介護の富田喜久子。
 通所介護の古橋大輔。戸部陽子。
 福祉用具の海山香奈枝。今村千景。

 そしてこのボク、辺見康彦と母の辺見初子だ。

 8人の人間が集まっても案外、部屋は狭くは感じない。
 通所介護の戸部という看護師は初めて見る顔である。よく通所介護の記録の最後に余計なことを書いてくる人であることは覚えている。記録にはデイに行っているときの様子がいちいち書かれているのだが……。

『バイタルが安定せず、入浴は中止しました。午後からの体操もできていません。家での様子はどうでしょうか?様子を見て調子が悪いようならデイサービスをお休みすることも検討していただけると幸いです』

 というような記録なのだ……。
 デイサービスをお休みすることも?
 調子の良し悪しなんかは、ボクのような素人よりも看護師の方がよっぽど分かるのではないか?むしろデイに行ってる方がボクは安心できる、というのが本音だ。

 家での様子?
 いいよ。
 いつもと変わらんよ。
 だからデイに行かしているんだよ。

 そんなことも分からんかねえ……。
 とまあ……いつもボクはこの戸部陽子の書いた書類を見ながらそう思っているわけだが、本人の顔を見るのは初めてだった。

 ボクが思っているイメージより、戸部陽子は話し方もソフトで感じのいい女だった。
 福祉用具の海山に関しては前のむさい男の担当に比べれば、こういう美人が来てくれるのは嬉しいのだが、こいつの話し方は佐藤に近いものがあって嫌だ。人間、顔が良ければいいというものではないな。
 海山にくっついてきた今村千景という女。
 ボクは名前を覚えていなかったのだが、以前の担当の時にも一緒にうちに来たことがあるらしい。名刺を渡してくれたときに話してくれた。おずおずと名刺を手渡す姿を見る限りは、事務方ばかりやってきて現場をあまり知らないのかもしれない。要するに場慣れしてない感があるのだ。
 まあ……ごく普通のどこにでもいる若い女の子、という感じだろうか……。
 会社の制服っぽいスーツを着ているので普段は事務員なのかもしれないな。

『今日お集まりいただいたのは初子さんの状態が悪化している中で各事業者さんの意見をいただいて、できる限り良い状況に持っていきたいなと思いまして集まっていただきました』

 通常こういう場ではなかなか意見がでない。前にやったときもそうだったと記憶している。だから今回も忙しいからやらなくていい、と言ったのだ。

『通所介護からいいですか?』通所介護の古橋が言った。

 こいつは少し苦手だ。
 介護業界というのは女が多いのだが、たまに古橋のような男も見かける。
 いつも汗をかいている少し太り気味の男だ。
 口調こそ柔らかいが、有無を言わせない迫力がある。こういう男が一番厄介なのだ。

『以前から康彦さんには申し上げていることではあるのですが、朝のお迎えの際に初子さんの準備が全く整っていないんですね。できれば……いや……この件に関しては確実に、通所介護に行く木曜日の朝は外出用の服に着替えておいていただきたいのですが……』

『やってますけど』ボクは言ってやった。

 そりゃ、たまには忘れることもある。
 しかしボクはその件に関してはちゃんとやっているではないか。
 前日にはヘルパーが準備をしてくれているはずだ。ちゃんとその件もヘルパーに伝えてある。

『いや。この件に関しては大変失礼とは思いますが、まったく改善がなされておりません』
『そりゃ、たまには忘れますよ』
古橋は困った顔をして何も言わなかったが、佐藤が横槍を入れてきた。
『たまにでも忘れられたら困るんです!』
余計なことをいう女だな。こいつは。
『じゃあ、忘れないようにします』
ボクは言った。

 てゆうか、ボクがやらなくても前日にヘルパーがやっているからいいじゃないか。
 ボクは夜遅くまで仕事しているから、疲れて朝が起きれない時もあるのだ。

『すみませんね。夜遅くまで仕事をしているもので、朝、起きれない時もあるもので。でもそういうことをがあってもいいようにヘルパーを入れているはずなんですけど』
ボクは富田喜久子の方を見て言った。

 こいつは何も言い返さないだろう……。
 というかボクが言っていることは正論なんだから、言い返せるわけもないのだ。

『前日の午前中にはできる限りの準備はしています。ですが、ヘルパーが退室する時間が前日の午後12時30分で、それから次の日まで何もしないとなると、正直、わたしたちには責任が持てない範疇です』
『責任の持てない範疇?』
『そうです。ヘルパーが入室させていただいているサービス時間は責任をもって仕事させていただいてますが、退室してから12時間以上経過しているものには、こちらとしても責任が持ちかねますね』
『それどういうこと?こっちはお金払ってるんだけどな』
『お金をいただいているのは朝の10時~12時30分までの間です』
『アフターサービスという考え方はないのか?そういう責任のない仕事をされると困るな』
『アフターサービスも何も……入ってない時間に起こったことで責任をとれと言われてもそれはできないでしょう!!』

 また佐藤絵里子だ。
 富田喜久子が答えられないと見るや否や、またもや横槍を入れてきた。
 それにしても……こいつはなんでこんなにうるさいんだ。

『佐藤さん、ボクは富田さんに聞いてるんですが』
『一般論です。以前にも言いましたけどね、康彦さんって12時半から翌朝の8時まで何回トイレ行きます??富田さんが『責任がとれない』って言ってる理由、これでもわかりませんか?!』

 ボクがトイレに何回行くかということと、母のデイサービスの準備がどう関係があるというのだ。
 何回説明されてもよくわからない論理だ。
『6回か7回か……そんなもんですけど』
『6回か7回……てことはお手洗いに自分で行けない人が6回か7回、オムツの中で排泄したらどうなるか分かりませんか?』
『だからそのためにヘルパーをお願いしているんじゃないですか』
『ヘルパーは四六時中お宅にいるわけじゃないですから!!』
『じゃあどうすればいいんですか?』

 なんなんだよ。
 こいつらは。
 まるでボクが母の世話は何もしていないと決めつけて話している。
『朝、通所介護の前にヘルパーを入れることですね。康彦さんが朝は起きれないというなら』
 今度は古橋が言った。
 古橋の言葉に重ねるように、戸部が発言する。
『自立支援の観点から考えると、トイレ誘導をするか、もしくはポータブルトイレを使用した方がいいと思います。四六時中オムツ、というのはよくありませんよ。』
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