日陰者の暮らし

阪上克利

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辺見康彦と担当者会議

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 うちに集まってまで話し合うことなんてない。

 ボクは十分に母の世話は見てるはずだ。
今回のことで分かったことは、介護職と呼ばれる連中は全く、顧客の心をつかめない奴らばかりだということが分かった。とくに腹立たしいのは、ボクが何もしていないような言いぐさを口をそろえてするところだ。

 まあ……
 ボクは大人だし、いちいちそんなことで口やかましく言い争うのも面倒な話だから何も言わないでやってるのだが、顧客はボクのように温厚で大人な奴らばかりではなかろう。まったくこいつらは商売のなんたるかが分かっていないのだ。
 
 今回の件もそうだ。

 担当者会議??
 はっきり言ってボクも暇じゃないんだ。
 忙しいんだ。

 今度、コンテストに出す新しいデザインの洋服を作ることで頭がいっぱいなんだ。
忙しい中でも少し空き時間を作って息抜きぐらいはしたい。そんな中、こいつらがやってきたらボクは息抜きさえできないじゃないか。

『一度、担当者全員が集まって話し合いをさせてほしいんです。とくに各担当者さんごとに希望とかもあるでしょうから、同じ方向を向いてケアを進めていくためにも必要なことなんですよ』

 例の佐藤絵里子というケアマネジャーがボクにそう言った。
 
 担当者に希望がある?
 おかしいだろ。
 希望というものは顧客が出すものであって、業者の担当者はその希望に答えるよう努力するものだろう。なぜ、業者の希望を聞くためにボクが時間をとらなければならないのだ。
それに話し合いって何の話し合いをするんだ?

『褥瘡もできかけてますし、朝の失禁のこともありますので、今後のことを考えてみんなで話し合いたいんです』
『はあ……。話し合う?何を??なんで??』

 ボクは皮肉をこめて言ってやった。

 褥瘡ができかけてる?
ちょっと赤くなってるだけじゃないか。
何をそんなに大騒ぎする必要があるんだ。

 朝の失禁?
そりゃ、たまたまボクも疲れて朝、母の様子を見に行けないことはあるのは認める。だが問題になるほどではないはずだ。それにそういうときのためにヘルパーを頼んでいるのだ。なのに、なぜそのヘルパー派遣の会社が顧客であるボクに何を意見するというのだ。

『初子さんの調子がここのところあまり良くないことは分かりますよね?』
『はあ……』
『分かりますよね!』

 佐藤というケアマネージャーは少しいらついた口調で言った。
 この女、とくに短気なのがとても嫌だ。

 大体、顧客の前でいらいらするなんてビジネスの基礎を知らないよな。
プライベートでもこんな調子なのだろう。

 いつもつまらないこと言っては怒ってそうな女だ。ボクがもっともキライなタイプの女だな。こういう女に限ってさほど美人でもないのにプライドだけは高いのだ。
まして、こうやって『ケアマネジャー』なんて資格があれば、なおのことだろう。

『調子ですか……確かにあまり良くないですね。デイサービスに行っているのに……』
『週1日ぐらいのデイサービスにすべてを求めるのは無理だと説明したはずですがお忘れでしょうか?』
『忘れてはいないですけど……』

 母の調子が悪いというのはなんとなくわかる。
 ただ、ものすごく悪いというわけではないと思うのだ。

 それにこの言い方。
『お忘れでしょうか?』って。こういう言い方が嫌なんだ。皮肉たっぷりで、しかも相手を威嚇するような言い方で追い詰めていく……。言っている方はまったくそういうことは気づいていないんだ。

 大体、おかしいじゃないか。
もし母の調子が非常に悪い状態だとして、どうしてそれがボクだけの責任になるのだ。
毎日のように介護サービスを入れて、決して安くはない金を払っているのに、ボクだけの責任にするのはどう考えてもおかしいだろう。

 ボクだけ?

 否。

 ボクにはなんの責任もないのだ。
ボクはちゃんと母の面倒を見ているではないか。
だからこそこうやって介護サービスを入れているのだ。必要に応じていろんな調整もすべてボクがやっているじゃないか。
何が言いたいんだ。
この女は……。

『前から思ってたんですけど、ほとんど毎日ヘルパーが入ってるのになんで褥瘡ができるんでしょうか?』

 さすがに温厚なボクも頭にきて言ってやった。

 てゆうかこの女。
 ホントに可愛くない女だな。

 仕事云々は置いておいても、女としての魅力もゼロに近い。

『ヘルパーが入ってるのは朝だけですよね。康彦さんは一日何回お手洗いに行きますか?』
『はあ……。いちいち数えてないですけど、複数回行ってますね。それがなにか?』
『てことは初子さんのお世話もそのぐらい必要ってことです。ヘルパーが入るのは朝の時間だけですから……。あたしには逆に、あれほど康彦さんにヘルパーのいない時間は初子さんを起こしたり、お着替えをさせてくださいとお願いしていたのに……どうして調子が悪くなるのか……。本当に不思議です』

 この女。
 言うに事欠いて、自分らの仕事の不備を顧客のせいにするというのか!?

 まったく信じられない。

 確かにヘルパーが入るのは朝だけだ。
 しかし朝入って、あとは何とかできるようにするのが奴らの仕事ではないのだろうか。

 それを顧客が仕事するのがさも当たり前のように言うというのはいくらなんでもないだろう。ボクはみるみるうちに頭に血が上っていくのを感じた。誤解のないように言っておくが、ボクはこの女に何も言えないわけじゃない。むしろ言わないでやったのだ。そのことをこの女は分かっていない。
 この際だから肝心な点をしっかり分からせてやる必要がありそうだ。

『ボクのせいだって言うんですか!』
『ボクのせいじゃないんですか?』
『しっ失敬な!!』
『自分の落ち度を認めずに他人のせいにする方がよっぽど失礼です』

 自分の落ち度?
 落ち度なんかない。
 まったくこの女は自分の仕事ができないことを人のせいにしているのか。

『帰れ!!』
『帰りませんよ。結論、何もでてないじゃないですか』
『結論なんか知るか!!』

 結論?
 大体……結論ってなんだ?
 何の話だ?

 母の今後なら、お前らが与えられた範囲でやるのが筋だろ?!

『そういうわけにはいきませんね。あたしは康彦さんの担当じゃないんです。あくまで初子さんのケアマネなんです』
『ボクは母の代理人だ!!』

 母の担当?
 だからなんだ。
 だったら人の生活にずかずかと踏み込んでもいいというのか?

『分かりました。いずれにしても担当者会議はしますよ。日付はいつでもいいですよね。康彦さん、特に外出の予定もないみたいですから。』

 そういうと佐藤絵里子は玄関から出ていった。

 外出の予定がない?
 なぜわかる?

 ボクが外出しないのは仕事が多忙だからに他ならない。今の仕事が一段落すれば外出だってする。
 それに仕事の合間に一息つくためにファミレスに行ったり、アイデアが煮詰まったときには、レンタルDVDを借りに行ったりするのだ。

 決めつけで物を言うわ、人の生活に土足で踏み込んでくるわ……ケアマネジャーとはこういう生き物なのか?

 否。おそらくこの女だけだろう。
 まったくずうずうしい女だ。

 もしかしたらこいつはこうやって頼まれてもいないことをボクに言うことによって押しかけ女房の気持ちを疑似体験しているのかもしれないな。ボクは佐藤絵里子が出て行った玄関をみてそう思ったらなぜかニヤリと笑えてきた。

 担当者会議か……。
 まあ……この際だからやってもいいか。
 うちに来られるのは少々面倒だけど、会議で事業者がもう少しいいサービスをどのように展開できるのか話しあう姿を見るのも悪くないだろう。
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