書庫『宛先のない手紙』

中村音音(なかむらねおん)

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漱石と猫と夏目坂。

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珍野苦沙弥ちんのくしゃみには、奇異な嗜好しこうがありました。
イチゴジャムをすくっては、不二家のペコちゃんよろしくペロリ。
トムが、ジェリーの盗みとった食べ物を横取りして飲み込むみたいにゴクリ。

類は友を呼ぶ、の見本みたいな珍野宅には、勝手に上がり込んで無駄話をしては帰っていく迷亭や、カエルの目玉の研究に没頭する寒月など、変わり者があとをたちません。

みんなで酒盛りをしたある夜のこと。
客がひとり減り、2人減り。

残されるとだんだん寂しくなってまいります。
しん、とした夜が、底なし井戸に落ちてくみたいに寂しさを募らせてまいります。

キュッと絞られた切なさが、「魔がさす」の「魔」を呼び寄せたのでしょう。
悪戯いたずらのつもりで、飲み残しのびいるに口をつけてしまいます。

うぃっ。

庭に出てさますつもりが、足を滑らせ水甕みずがめにドボン。
「飲んだら(庭に)出るな」だったのです。


吾輩は溺れてしまいました。

物語はここで終わります。

最期まで名前はつけてもらえませんでした。

明治の秋のことでした。




ご存じのように、これは夏目漱石先生の処女作『吾輩は猫である』の顛末てんまつです。


用事で夏目坂を通るとき、決まって夏目坂命名の由来を、必要もなく思い起こしてしまいます。
幅をきかせていた夏目漱石さんのお父さんが元あった地名を押さえ込み、力技で「夏目坂」としてしまった坂です。
その、遠慮なしというか、強い意志というか、近所迷惑というか、役所泣かせというか、なんというか、ばかりだったので、今日は息子さんのほうにスポットを当ててみました。

ちなみに夏目坂は、東西線早稲田駅から新宿方面に伸びる上り坂です。

言っときますが、なにも夏目漱石を毛嫌いしているわけではありません。
かえって、です。
『草枕』を読んだときなんかは、その描かれた世界観に息を呑み、溢れる知性、豊富な知識を巧みに操って繰り出される表現力に言葉をなくし、昂揚に鳥肌がたちました。
電子辞書のお供がなければ最後まで歩き切れなかったレベルの違い。
とてもじゃないけどかないません。
あたりまえだけど。
今でも忘れ得ぬ名作として刻まれていることを追記させていただきます。
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