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88 心を無にする時間
セヴリーヌの育て方が良かったのだろう、ロジェはセヴリーヌの最高傑作と言ってよいほどの男前に育っていた。
元来の優しさもあり女性に対して紳士的に振る舞えるし、身嗜みも整えられる。
しかし、そんなイケメンにも短所はあるもので、怒ると手が付けられないらしいことと、女性に興味を示さないことだった。
一度、ロジェの部屋に捜査が入った時にはセヴリーヌは心底驚いた。
なんでもアカデミーで二人ほど重篤な状態になった者がいるらしく、その犯人としてロジェが疑われたのだ。
普段温厚で声を荒げることすらないロジェが、そんなことをするわけがない。
セヴリーヌはそう思っていたけれども、部屋に戻ったロジェのもとにエリオットがやってきて、玄関口で「証拠がないこと自体、お前がやったという証拠」だとか「気持ちはわかるがやり過ぎだ」と注意している言葉が聞こえてきて、不安が募った。
『ロジェ、怒らないから本当のことを話して。本当にあなたがやったの?』
セヴリーヌが聞くと、ロジェは少し硬い表情をしたまま頷いた。
『どうして?』
「……奴らが、セヴリーヌ様を壊すって言ってきて」
このアカデミーで、ロジェが自分の命よりセヴリーヌを大事にしていることは、誰でも知っている。
セヴリーヌにどう思われたかとロジェは恐怖し、ぎゅうと瞳を閉じ、拳を握った。
『そう。ロジェをそんなに怒らせるなんて、自業自得だわ』
セヴリーヌは心からそう思った。
他人の心の中が読めるのだからある程度は人間不信になっても仕方ないが、ロジェは対話ができない愚か者ではないのだ。
俯いていたロジェは、セヴリーヌの言葉に顔を上げる。
『でも、ロジェも知っている通り、私を壊せるものなんてあまりないのよ。だから、私の為に犯罪者にはならないで欲しいわ』
セヴリーヌはそう優しく諭したが、ロジェは唇を噛み、返事はしなかった。
『私はあなたの幸せを祈っているだけよ』
育ての親として想像以上にロジェに情が移ってしまったことをセヴリーヌは自覚する。
『おやすみなさい、私の可愛いロジェ』
「おやすみなさい、僕の愛しいセヴリーヌ様」
十八歳になったロジェはセヴリーヌにおやすみなさいのハグをしながら、その冷たい頬に口付けた。
やめろと言ってもやめてくれないのでもう諦めているが、実際にロジェからのスキンシップがなくなり子どもの巣立ちを感じた時は一抹の寂しさを感じるのだろうか、とセヴリーヌはぼんやり考える。
リーヌアカデミーに入学した頃は、ロジェが眠る時、ケイドシウスに歌っていた子守唄を歌ってとせがまれる時もあった。
小さな一室でセヴリーヌの見守る中眠りについたロジェも、今はひとり寝室へと移動して眠りにつく。
「……ま、……っ」
寝室からわずかに聞こえるロジェの掠れた声に、セヴリーヌは引っ越しの疲れで体調を崩したのかと一瞬心配した。
『ロジェ、大丈夫?』
しかし、セヴリーヌの言葉に寝ていないはずのロジェは返事をすることなく、耳を澄ませたセヴリーヌに衣擦れの音と荒い吐息を代わりに届けた。
『……』
セヴリーヌは、過去に宝物庫に潜り込んでいた貴族の令息がセヴリーヌを崇め奉りながら自分の息子を扱いていたことを思い出す。
ロジェももう十八歳。
自慰に勤しむのに、家族は邪魔である。
セヴリーヌは心を無にして、ロジェの艶かしい声を聞かないことにした。
元来の優しさもあり女性に対して紳士的に振る舞えるし、身嗜みも整えられる。
しかし、そんなイケメンにも短所はあるもので、怒ると手が付けられないらしいことと、女性に興味を示さないことだった。
一度、ロジェの部屋に捜査が入った時にはセヴリーヌは心底驚いた。
なんでもアカデミーで二人ほど重篤な状態になった者がいるらしく、その犯人としてロジェが疑われたのだ。
普段温厚で声を荒げることすらないロジェが、そんなことをするわけがない。
セヴリーヌはそう思っていたけれども、部屋に戻ったロジェのもとにエリオットがやってきて、玄関口で「証拠がないこと自体、お前がやったという証拠」だとか「気持ちはわかるがやり過ぎだ」と注意している言葉が聞こえてきて、不安が募った。
『ロジェ、怒らないから本当のことを話して。本当にあなたがやったの?』
セヴリーヌが聞くと、ロジェは少し硬い表情をしたまま頷いた。
『どうして?』
「……奴らが、セヴリーヌ様を壊すって言ってきて」
このアカデミーで、ロジェが自分の命よりセヴリーヌを大事にしていることは、誰でも知っている。
セヴリーヌにどう思われたかとロジェは恐怖し、ぎゅうと瞳を閉じ、拳を握った。
『そう。ロジェをそんなに怒らせるなんて、自業自得だわ』
セヴリーヌは心からそう思った。
他人の心の中が読めるのだからある程度は人間不信になっても仕方ないが、ロジェは対話ができない愚か者ではないのだ。
俯いていたロジェは、セヴリーヌの言葉に顔を上げる。
『でも、ロジェも知っている通り、私を壊せるものなんてあまりないのよ。だから、私の為に犯罪者にはならないで欲しいわ』
セヴリーヌはそう優しく諭したが、ロジェは唇を噛み、返事はしなかった。
『私はあなたの幸せを祈っているだけよ』
育ての親として想像以上にロジェに情が移ってしまったことをセヴリーヌは自覚する。
『おやすみなさい、私の可愛いロジェ』
「おやすみなさい、僕の愛しいセヴリーヌ様」
十八歳になったロジェはセヴリーヌにおやすみなさいのハグをしながら、その冷たい頬に口付けた。
やめろと言ってもやめてくれないのでもう諦めているが、実際にロジェからのスキンシップがなくなり子どもの巣立ちを感じた時は一抹の寂しさを感じるのだろうか、とセヴリーヌはぼんやり考える。
リーヌアカデミーに入学した頃は、ロジェが眠る時、ケイドシウスに歌っていた子守唄を歌ってとせがまれる時もあった。
小さな一室でセヴリーヌの見守る中眠りについたロジェも、今はひとり寝室へと移動して眠りにつく。
「……ま、……っ」
寝室からわずかに聞こえるロジェの掠れた声に、セヴリーヌは引っ越しの疲れで体調を崩したのかと一瞬心配した。
『ロジェ、大丈夫?』
しかし、セヴリーヌの言葉に寝ていないはずのロジェは返事をすることなく、耳を澄ませたセヴリーヌに衣擦れの音と荒い吐息を代わりに届けた。
『……』
セヴリーヌは、過去に宝物庫に潜り込んでいた貴族の令息がセヴリーヌを崇め奉りながら自分の息子を扱いていたことを思い出す。
ロジェももう十八歳。
自慰に勤しむのに、家族は邪魔である。
セヴリーヌは心を無にして、ロジェの艶かしい声を聞かないことにした。
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