隠居したい魔王様とその従者

イセヤ レキ

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魔王(ベルゼ)の回想

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「おい、カルラは見つかったのか?」
ベルゼは不機嫌に、傍にいた従者に聞いた。
「いえ、本日も収穫はございません」
その従者は、サラッと答えた。このやり取りは、ここ3年間毎日続いている。
「お前、カルラから直々に傍仕えの代理を頼まれたんだろう?何か連絡はないのか?」
「それも、ございません」
「カルラの連絡先は、本当に知らないんだな?」
「存じ上げません、申し訳ございません」
後半のやり取りは、一週間に一度の会話だ。


「全く、使えん奴らだ。おい、早く俺を隠居させてくれ」
「隠居して、どうなさるのですか?」
「直接、カルラを探しに行く。当然だろう?」
従者はぴしゃりと言った。
「失礼ながら、魔王様はコミュニケーションを取ることに長けているとは言えません。城にいたほうが、まだ情報も入りましょう」
最後にいつもの遣り取りを経て、従者は退場する。


一人残されたベルゼは、玉座に行儀悪く座りながら、消えた以前の従者であるカルラに、いつも通り想いを馳せた‥‥


☆☆☆


カルラは、ベルゼが生まれた時からその従者として傍にいた。母の様に、姉の様に、恋人の様に、ベルゼを大事に慈しんでくれていた。
この世界の事は、全てカルラから教わった。


この世界の全てである一つの巨大な大陸は、その上下を遮断するかの様に大陸の端から端へと山脈が連なっており、魔族の支配する北側の土地と、人間の支配する南側の土地とにしっかり分かれている。

魔族は、カルラの様な、その胎内から生み出されて生を受ける「血脈」と呼ばれる者達と、ベルゼの様な、空間の歪みからぽっと生まれる「異端」と呼ばれる者達とに分類される。
「血脈」は幼少期が存在するが、「異端」は生まれた時から身体的には成人している。


力がある事、が全てである魔族は、それぞれ性格的に個人プレイを好む。しかし、山脈が隔ててくれているとはいえ人間と共存する以上、長い歴史の中では流石に小競り合い程度は幾度となく起こった。その為、魔族それを束ねる者の存在も必要とされたのは必然だったと言えよう。

魔王とは即ち、この世界で一番力のある魔族である。
故に、魔王は世襲ではない。「血脈」で生まれる事もあれば、「異端」で生まれる者もいた。

魔王は、生まれた瞬間に定められる。そして、魔王の殆どが、新しく魔王となる者に殺されて代替わりをするのだ。
歴代の魔王の中でも、その寿命を迎えた事で死んだのは片手で数えられる程‥‥魔王が生きている間に、その魔王より強い魔族がたまたま生まれなかった場合だけだ。


魔王は、この世界に生まれ落ちた瞬間に、その従者も決まるという。従者がどの様に選ばれるのかは定かではないが、魔王と従者は一体と言われている。
カルラは、ベルゼに「呼ばれた気がして、そこに行ったら魔王ベルゼ様がいらっしゃいました。そして、魔王ベルゼ様を見た瞬間に、自分が魔王ベルゼ様の従者になったのだと、理解したのです」と言っていた。
カルラがベルゼの許に辿り着いた時には、既に前魔王と前従者は跡形もなかったらしい。
ベルゼにはカルラと初めて会ったところからしか記憶がないので、どうやって倒したのかは不明だ。

因みに、新魔王となる者に対して、現役の魔王が殺しに行くことはさして珍しい事ではなく、むしろそうしない事の方が珍しい。
むざむざ新魔王が殺しにくるまで待つ、‥‥という事をしないだけだが、力が全ての魔族であるからして、純粋に力比べをしたくなるものらしい。
勿論、新魔王になる筈だった魔族が殺され、今まで通りの魔王が玉座にとどまる事もある。
魔族の社会は本当に、力が全ての世界であるのだ。


カルラは薄紫色の瞳と、同色で腰まで届く長さの髪をした、歳の頃は人間で言うと25歳位に見える、とても魅力的な身体つきをした女性だった。
ベルゼを名実ともに魔王にするべく、この世界における様々な知識や教養を与えた美しいカルラに、ベルゼが惹かれるのは当たり前の事と言えた。
8年前から5年間、ずっと傍に居て、寝食をともにした。
「血脈」であるカルラは、「異端」であるベルゼに、家族の様な親愛を行動で示し、与えた。
そして、ベルゼがカルラを異性として愛している、と気付くのにさほど時間はかからなかった。


きっかけは、カルラが淫魔であるとたまたま知った事だった。
普段はベルゼにべったりのカルラが深夜、何日か置きにいなくなる事が気になり、いたずら心を起こしてカルラの部屋のクローゼットで彼女を見張っていたのだ。

カルラが部屋で変化へんげし、そのまま食事(性行為)をする為に魔族の街へと繰り出すのを見て、愕然とした。
同じ相手と食事をしないというこだわりを持ったカルラが知る事はないが、その後ベルゼが知りうる限りのカルラの食事相手は、男性のみ全て殺してまわっていた。
‥‥なぜ、カルラの食事相手が憎くてたまらないのか、最初はわからなかった。


ベルゼが聞くことはなんでも答えてくれていたカルラだが、自分が淫魔である事は話そうとしなかった。
ある日、焦れたベルゼが「カルラは淫魔だったんだな、知らなかった」と少し拗ねた口調で言うと、カルラはばつが悪い顔をして言った。
「申し訳ございません、魔王ベルゼ様には不快な思いをさせました‥‥」
どうやら、子供に閨を見られた大人の気分だったらしい。
「俺はもう、子供じゃない!」思わず声をあらげた時に、気付いた。
カルラの相手が、羨ましくて仕方なかったんだと。子供でなく、男としてカルラに見てほしいのだと。


自分の想いに気付いてからは、天国の様な地獄の日々だった。
カルラに認めてもらう為だけに魔王業を必死でこなしたが、カルラから賛辞は貰えても、性的な意味合いの愛の言葉は貰えなかった。
そこに想い人カルラがいるのに、触れられない。
女性を抱く知識も躰もあるのに、相手にされない。
こっちの気も知らずに、カルラは淫魔という性分からか露出の激しいドレスを平気で着る。
更に、成人した男性扱いをしながらも、さながら弟であるかの様に、カルラは平気で(純粋に眠るという意味で)ベルゼとベッドを共にしていた。


何度、カルラを性的な意味で襲おうとしたかわからない。
カルラの心が欲しいのに、躰も今すぐ手に入れたくて堪らない。
ベルゼは、自分の中の凶暴な感情をコントロールする事に疲れ果てていた。
よくも、5年間も手出しせずにいたものだと思う。
俺の忍耐力を、誰かに誉めて欲しい。


カルラは、自分が淫魔だとベルゼにバレて以降、きちんと食事前に「食事をしてきます」と頬を染めながらも言ってくれる様になった。
初めは嫉妬で胸が掻き毟られる様な痛みを覚え、見送るのが辛かったが、ある時思い立ってカルラにお願いをしてみた。
酒に酔ったふりをして食事相手は女性で賄う様にお願いしたのだ。すると、首を傾げながらもそれ以後は男性に変化してくれる様になった。


淫魔は、基本的に家族以外には「本来の姿」を見せず、性別や年齢を自在に操る。それは、性行為によって生命維持活動や運動機能を補わなければならない為に、いかなるターゲットでも食事にありつけるよう、進化した能力らしい。
必要以上の食事をすれば、過多の栄養はそのまま魔力へと変える事も出来る。

また、淫魔は睡眠中や気を失っている際には、「本来の姿」になるらしい。
変化するには、魔力を練り続ける必要があるので、少なくとも意識が保たれている時でしか、変化は続かない。
「本来の姿」を見せるのは、「普段バッチリメイクをしている女性がスッピンを見せる」以上の羞恥心を淫魔に与えるらしく、淫魔同士であっても、その姿を知ることはまずない。
ベルゼは何度もカルラの寝顔を見ているが、それは普段のカルラと何ら変わりはない。カルラの「本来の姿」を知っている優越感と、家族としか見られていないその事実に、ベルゼは嬉しい様な悲しい様などっちともつかない感情を持て余していた。


カルラがあまり自分の話はしない事も受けて、彼女が淫魔であると知ってから、淫魔の情報だけはベルゼ自ら夢中で掻き集めた。
そして、女性との性行為であればまだ何とか我慢出来ると思い、食事相手を女性に限定して貰ったのだ。


転機が訪れたのは、3年前。
いつも通り食事に行こうとするカルラの腕を、つい掴んで引き寄せた。
男性に変化したカルラは、薄紫色の瞳をキョトンとさせて、ベルゼを見遣る。


「どうか致しましたか?」
ベルゼは、投げ遣りに言った。
「なぁ、俺で食事してくれよ」
「え?」
「俺、まだ経験したことないだろ?それって、どーかと思って。カルラ、誰でも良いなら俺で食事してくんない?」
ダメ元で、聞いてみた。焼きが回っただけの、半ばどうとでもなれという投げ遣りな気持ちが多分に含まれていた。しかし、まさかの返事が来たのだ。
魔王ベルゼ様は、初めてが私でも良いのですか?」
取り立てて悩む様子もなく、ベルゼはそれでいいのかと逆に聞いてくる。
ドクンと、胸が期待に鳴った。
「俺?勿論。カルラがいい」
間髪を入れずそう答えると。
「そうですか。‥‥私と致しますと、魔力を吸い上げると思いますので、必要以上に疲れると思いますが‥‥それでもよろしいか?」


一も二もなく飛び付いたベルゼは、カルラを魔力が尽きるまで貪った。
一ヶ月は余裕だろうと高をくくっていたら、流石淫魔だ。たったの一週間しかもたなかった。
しかし、欲しくて堪らない、渇望していたものを与えられたベルゼは、枯渇していく魔力と反比例して、心が満たされていくのを感じていた。

こんな事なら、もっと早くに言えばよかった。
しかし、それはいくら考えても仕方がない。
これからは、じっくりゆっくり時間をかけてカルラを愛し、グズグズに溶かして心も手に入れればいい。
時間はたっぷりあるのだ。


‥‥カルラが姿を消したのは、その直ぐ後だ。


考えてもいなかった。
魔王から、従者が離れて行くなんて。
魔王と従者が一体である、と教えてくれたのは他でもない、カルラであったのに。
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