元公女の難儀な復讐

イセヤ レキ

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10 兄と弟

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「きゃ……っ」
あまりの力強さに、私は彼の胸に飛び込んでしまう。
逞しい胸板に顔がぶつかり鼻が潰れ、地味に痛い。
そして今、短剣を持っていないことが、口惜しい。
折角懐に潜り込めたのに、どうすることも出来なかった。

「まだ軽すぎるな、エフィナ……出されたご飯はきちんと食べているのか?」
「……」
筋肉ダルマに言われ、私は半目する。
少なくとも、あのガリガリに痩せた公国の民に比べたら、十分過ぎる程食べている。

そう思って、私の胸が痛んだ。
知らなかったではすまされない程、城下町から離れれば離れる程に酷い有り様だった、公国。
物乞いをする民達の姿が忘れられず、目に焼き付いている。


「兄上、お帰りなさいませ。……父上、そんなに声を荒げてどうなさいました?」
私達がそんなやりとりをしているそこに、一人の優男が登場した。
脳筋のロイアルバと違って、知的な印象の第二王子だ。

「おや、その女が元公女ですか? 成る程、確かに……女性には全く興味を示さなかった兄上が娶ると言い出すだけのことは、ありますね」

優れた容姿をしているとは思うが、蛇みたいな目つきでジロジロと値踏みするように見られ、皇帝とは別の意味で身体に震えが走た。
……何故だか、気持ち悪い。

私の怯えに気付いたのか、単に私を弟に見せたくなかったのか、ロイアルバがスッと私を隠すように前に出た。

見上げる程大き過ぎる背中を見ながら、眉を顰める。
何故、この私に背中を向けられるのだろう。
背中から刺されるとは思わないのだろうか。

髪飾りを抜こうとして、やめた。
髪飾りの櫛の長さでは、私の力でこの筋肉に突き刺すことは到底不可能であるように思えたからだ。

狙うなら、首か。
……首、なら、いける? 本当に? やたら太いけれども……!!

座った状態ならまだしも、立っていられるとやはり無理な気がして、私は遠い目になる。


「丁度良かったガイアルン、お前からも父上に何とか言ってくれ」
「どうせまた、兄上が父上に無理を通そうとしたのでしょう?」
「いや、今回はそんな無理な話じゃないぞ。……多分」

多分なのか。
私は兄弟の会話を耳に入れながら、ロイアルバの背中に引っ付いた。

敵を知るために、ペタペタとその筋肉を触る。
そして、あ、これは短剣でも無理かも、ということを確認して内心頭を抱えた。

致命傷を与えるまでこの筋肉を刃が通る気がしない。
復讐するまでに、私が腕力を鍛えなければならないかもしれず、その道程を考えて気が遠くなる。
私の殺意を感じたのか、前を向いたままロイアルバがピク、と反応して振り向いた。

「こんな公の場で、撫で回さないでくれ」
何故か顔を赤くし、もじもじとしながら請われる。
どうやら私の殺意を感じた訳ではないらしい。
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