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「今日は茄子が収穫時だよ~」
畑からこちらに向かって手を振る男性に、私は微笑んだ。
「はい、今参ります。素手でよろしいのかしら?」
「いや、傍で見ててくれるだけで良いから。また鋏で手を切られても慌てるし、熱中症で倒れられても困るし、アブラムシで昏倒されたら……」
「……わかりました、大人しくしておりますわ」
私は、ひょろりとした村人A……いや、今は私の旦那様である平々凡々な村人のクリフに対し、むっつりと答える。
……私だって、役に立ちたいのですけれど。
働いた事のない私は、毎回何かしら手伝おうと積極的に動き、その度逆にクリフの手を煩わせるという事を繰り返している。
毎回今度こそ!と思うのに、今のところそれが上手くいった試しがない。
「イヴェットは、ベンチにいてね」
「……はい」
にっこり笑う旦那様。元々細い目が更に細くなり、目尻も下がる。
私がどんなに足手まといな行動をしても、一度も怒った事のない穏和な性格。今日も、私がどんなに役立たずっぷりを発揮しても全く怒る気配がない。私が結婚指輪を外したり彼の傍を離れたりする事以外は全て容認してくれる懐の広さ。私には到底真似出来ない。
長閑な田舎村。小さなお家と、大きな畑。クリフの住まいに私が転がりこんでから、もう一年以上経つ。
畑の傍にはクリフが造ってくれた簡易ベンチが設置されており、人一人が寝転んでも大丈夫な大きさだ。そこでランチを二人で頂くのが最近の日課となっている。
ベンチには、私が熱中症で倒れてからはパラソルの設置までしてくれていた。お陰で日傘をさし続ける手間がなくなった。
ベンチの上には、クリフが敷いてくれたと思われる敷布が掛けられており、私はその上にそっと座る。レースがあしらわれたそれは、明らかに私の為の物だと語ってくれている様で、胸が温かくなる。
私の元々の名前は、イヴェット・バシェレリー。
けれども、とっくに実家である侯爵家は潰され、平民に堕ちたから単なるイヴェットだ。
私に平民の暮らしなんて無理だと思っていた。小さな頃から聖なる力を発現し、その噂が陛下のお耳に入った結果直ぐに王都に召し上げれ、蝶よ花よと育てられた私はいかんせん生活能力皆無で3日で飢え死に間違いないからだ。けれども、クリフさえいてくれれば何とかなる。というか、何とかなっている。
最初は日傘のさし方さえわからなかったのだ。今では着替えも、平民の服なら何とか一人で着られる様になってきた。
お母様やお父様はこの平民の暮らしに耐えられているのだろうか?と、家族を思って最初の頃は泣いていた。
家族がバラバラに離散してしまった今となっては、知るよしもない……のが普通だけれど、どうやって情報を手に入れたのやら、1ヶ月に一度クリフの家に二人からの手紙が届くので、無事に両親の状況を知る事が出来た。お父様の癖のある字が愛しくて懐かしくて、その時もハラハラと涙した。私からの手紙は、クリフに任せるだけで両親に届く。
二人は私の無事がわかると、「自由だ~!」と言って通訳の仕事をしながら世界各国を旅しているらしい。その近況が書き綴られた手紙を見た時には、あまりにらしくて笑ってしまった。
元々勢力争いとは無縁だった両親なのに、私が能力を開花させたせいで否応なしに巻き込んでしまった。そして、慣れない争いの中で私が足を引っ張り、庇おうとした両親もろとも見事に失墜した。
昨日まで友人だと思っていた人達が、翌日には皆冷ややかな視線を送ってくるのだ。貴族社会は怖い。二度と戻りたくはない、と思う。
……今が幸せだから。
「イヴェット、暇じゃない?」
「問題ないですわ」
お茄子を収穫しつつも、私に言葉を掛けてくれるクリフに微笑みが漏れる。
「イヴェットさえよければ、何か歌ってくれる?」
「……ええ、勿論、喜んで」
私は、口を開いて風に声をのせた。私が歌う事を躊躇わないでいられるのは、彼の前でだけ。私は元々歌うのが好きだしクリフも私が歌うのを好むけれど、私が王都を追われる原因となったのも歌だから。
瞳を閉じれば、またあの日の事が瞼の裏に甦った。
畑からこちらに向かって手を振る男性に、私は微笑んだ。
「はい、今参ります。素手でよろしいのかしら?」
「いや、傍で見ててくれるだけで良いから。また鋏で手を切られても慌てるし、熱中症で倒れられても困るし、アブラムシで昏倒されたら……」
「……わかりました、大人しくしておりますわ」
私は、ひょろりとした村人A……いや、今は私の旦那様である平々凡々な村人のクリフに対し、むっつりと答える。
……私だって、役に立ちたいのですけれど。
働いた事のない私は、毎回何かしら手伝おうと積極的に動き、その度逆にクリフの手を煩わせるという事を繰り返している。
毎回今度こそ!と思うのに、今のところそれが上手くいった試しがない。
「イヴェットは、ベンチにいてね」
「……はい」
にっこり笑う旦那様。元々細い目が更に細くなり、目尻も下がる。
私がどんなに足手まといな行動をしても、一度も怒った事のない穏和な性格。今日も、私がどんなに役立たずっぷりを発揮しても全く怒る気配がない。私が結婚指輪を外したり彼の傍を離れたりする事以外は全て容認してくれる懐の広さ。私には到底真似出来ない。
長閑な田舎村。小さなお家と、大きな畑。クリフの住まいに私が転がりこんでから、もう一年以上経つ。
畑の傍にはクリフが造ってくれた簡易ベンチが設置されており、人一人が寝転んでも大丈夫な大きさだ。そこでランチを二人で頂くのが最近の日課となっている。
ベンチには、私が熱中症で倒れてからはパラソルの設置までしてくれていた。お陰で日傘をさし続ける手間がなくなった。
ベンチの上には、クリフが敷いてくれたと思われる敷布が掛けられており、私はその上にそっと座る。レースがあしらわれたそれは、明らかに私の為の物だと語ってくれている様で、胸が温かくなる。
私の元々の名前は、イヴェット・バシェレリー。
けれども、とっくに実家である侯爵家は潰され、平民に堕ちたから単なるイヴェットだ。
私に平民の暮らしなんて無理だと思っていた。小さな頃から聖なる力を発現し、その噂が陛下のお耳に入った結果直ぐに王都に召し上げれ、蝶よ花よと育てられた私はいかんせん生活能力皆無で3日で飢え死に間違いないからだ。けれども、クリフさえいてくれれば何とかなる。というか、何とかなっている。
最初は日傘のさし方さえわからなかったのだ。今では着替えも、平民の服なら何とか一人で着られる様になってきた。
お母様やお父様はこの平民の暮らしに耐えられているのだろうか?と、家族を思って最初の頃は泣いていた。
家族がバラバラに離散してしまった今となっては、知るよしもない……のが普通だけれど、どうやって情報を手に入れたのやら、1ヶ月に一度クリフの家に二人からの手紙が届くので、無事に両親の状況を知る事が出来た。お父様の癖のある字が愛しくて懐かしくて、その時もハラハラと涙した。私からの手紙は、クリフに任せるだけで両親に届く。
二人は私の無事がわかると、「自由だ~!」と言って通訳の仕事をしながら世界各国を旅しているらしい。その近況が書き綴られた手紙を見た時には、あまりにらしくて笑ってしまった。
元々勢力争いとは無縁だった両親なのに、私が能力を開花させたせいで否応なしに巻き込んでしまった。そして、慣れない争いの中で私が足を引っ張り、庇おうとした両親もろとも見事に失墜した。
昨日まで友人だと思っていた人達が、翌日には皆冷ややかな視線を送ってくるのだ。貴族社会は怖い。二度と戻りたくはない、と思う。
……今が幸せだから。
「イヴェット、暇じゃない?」
「問題ないですわ」
お茄子を収穫しつつも、私に言葉を掛けてくれるクリフに微笑みが漏れる。
「イヴェットさえよければ、何か歌ってくれる?」
「……ええ、勿論、喜んで」
私は、口を開いて風に声をのせた。私が歌う事を躊躇わないでいられるのは、彼の前でだけ。私は元々歌うのが好きだしクリフも私が歌うのを好むけれど、私が王都を追われる原因となったのも歌だから。
瞳を閉じれば、またあの日の事が瞼の裏に甦った。
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