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1章 ローヌの決闘

7.ナイヤ②

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 翌日。
 模擬戦の前にオレは、ナイヤに声をかけた。
怪我けがをしているんだろう?」

 彼女は一瞬振り向いたが、すぐに顔を背けた。

「オレに治療させてくれないか?」

 だが、ナイヤは無視を続けた。

『ガーーーン』と模擬戦開始のドラが鳴った。

 すぐに疾走するナイヤ。相変あいかわらず素晴らしいスピードだ。爆弾を抱えているとは思えない走りだった。
 だが、ナイヤの足は悲鳴を上げた。

 相手のふところに入って木剣を振り上げた瞬間、ナイヤは姿勢をくずしてしまった。
 魔獣戦の再現さいげんだった。反撃に転じた相手の足蹴あしげりをもろに受けて背中から倒れてしまう。そのとき、木剣も手放してしまった。
 すぐに立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。
 相手戦士の剣が振り下ろされる。

『バン!!!』
 木と木がぶつかり合う音が辺りに響いた。
 間に合った!

 間一髪かんいっぱつ、オレはナイヤと戦士の間に入って相手の木剣を自分の木剣で受け止めていた。すぐにその木剣を投げ捨てて、
「…降参!降参! 降参します!」
 両手を上げて叫んだ。

 オレは甲冑かっちゅうを身に着けておらず、無防備むぼうびだった。当然だ、あんなものを付けていたらナイヤのスピードに追いつけるはずがない。
 相手ペアは首をかしげて、どうしたものかと悩んでいた。
 模擬戦に降参なんてルールあったっけ?ということだろう。オレが甲冑かっちゅうを着ていないことも試合続行を迷わせる材料になった。

 だが、鬼教官の判断を仰ぐまえに激昂げきこうしたのは、ナイヤだった。

「きさま!余計よけいなことをするな!
 私は降参など認めん!」

 ナイヤはオレの胸ぐらをつかみ、片手でオレを持ち上げた。つま先で立ったような状態になる。身体も大きくないのになんというパワー。オレとは違って、彼女はチェーンメイルという重量のある装備をまとっているのに、だ。

「きさまは、私をあざわらっているのだろう!
 この国を窮地きゅうちおとしいれた元凶げんきょうだと思っているのだろう!
 私が敗れるのを待っていたのだろう!」

「…いや、ちがう…、怪我けがが悪化すると思って…」

「騎士に怪我けがはつきものだ!
 この程度怪我けがのうちに入らん!」

「…そんなことない…怪我けがは…命取り…にな…る」
 首がまってきて苦しいと思った時、突然ナイヤは手を離した。オレは地面に手をついてせきき込んだ。

「そうだ。私など死ねばよかったのだ。生きはじをさらしてしまっている。
 敗者はいさぎよく死ぬべきだ。
 怪我けが人も死ぬべきだ」

「!」
 ーー怪我けが人も死ぬべきーー
 オレは猛然もうぜんと立ち上がり、ナイヤに掴みかかっていた。

 ◇◇◇

「私、死のうと思ったことがあるんだよね」
 義足ランナー弥生やよいちゃんの告白だった。
 彼女の足に完治不能の病があると発覚したとき「絶望的!」「再起不能!」などネットにあふれた。
 それは本人には、とても残酷ざんこくな言葉だった。

 ◇◇◇

弥生やよいちゃんは、生き恥だっていうのかよ! 死ぬべきだったと言うのかよ!
 お年寄りは自分の足で歩けなくなったら死ぬべきなのか?!
 そんな人を助けている親方は恥ずかしい人だって言うのか!」

 オレの突然の怒声どせいにナイヤは驚いていた。

 すすり泣く声が聞こえた。
 さっきまでナイヤと戦っていた模擬戦の相手が、かぶとを脱いで大声で泣き出した。

「ガラ様! そんなこと言わないでください」
「我々は、ガラ様に余計なことをしたのでしょうか?」

 もうひとりは悔しげに地面につっぷして泣いていた。

 模擬戦を見学していた他の決闘デュエル隊のメンバーも飛び出してきた。

「やっぱり、怪我けがをされていたんですね」
「苦しい思いをされていたのですね、ガラ様!」
「ナイヤ・ガラ! 貴様きさまわし愚弄ぐろうする気か!」
「ごめんなさい。死んでほしくなかったんです…」

 普段は屈強くっきょうな戦士たちが、想いを吐き出していた。
 皆、ナイヤをかばい反則負けの原因となった騎士たちだった。
 降格処分こうかくしょぶんとなり、ナイヤと共に決闘デュエル隊所属になり、立場が変わったのにナイヤを見守ってきた仲間だった。
 この中には、ナイヤが生き恥をさらしていると思うものも、ナイヤが死んで良いと思っているものもいなかった。

 ナイヤは黙ったまま、空を見上げていた。
 たぶん、涙が落ちないように。
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