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1章 ローヌの決闘

32.ギュネスの陰謀

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「本当に良いのですか?」

 オレの両手を縄でしばりながら、若い兵士はもう一度確認した。

「大丈夫。お願いします。」

「……。
 俺、レシーといいます。所属は秘密工作隊です。本当は所属隊も明かしてはいけない決まりなのですが…。」

「そっか、なんかよくわからないけど、君も苦労してるんだね。」

「騎士になりたくて、頑張って入隊してポイントをあげてきたつもりですが、危ない仕事は下っ端ばかりがさせられます。一緒に入隊した仲間は、数ヶ月で行方不明。今回の作戦でも、同期の仲間二人が死にました。」

「…」

「この作戦は、そもそも最初からおかしかったのです。ルカさんはしっかり任務を果たされていると思いました。でも、上層部にとってそれが気に入らなかったみたいです。
 気をつけてくださいルカさん。秘密工作隊は恐ろしいことを考えているみたいです。」

「それ…、オレにしゃべっちゃっていいの?」

「秘密工作隊はやめようと思ってます。簡単にはやめられそうにないですが、なんとか考えます。」

「そっか…。ありがとう。」

 冷静に会話していたが、実際のオレの頭の中は大混乱で沸騰寸前ふっとうすんぜんだった。
 戦争が起きようとしているというのに、人が死ぬかもしれないというのに、いったい何を考えているんだ。
 シュブドー内部で何かが起きている。ローヌ王の救援要請をシュブドーが聞き入れなかったことも関係があるような気がする。ルジュマンにも逮捕命令が出ているなんて、陰謀絡いんぼうがらみなのか?
 白い顔が脳裏によみがえる。これもあの王のせいか?

 ルジュマンもオレも、そしてこの若い兵士とその仲間も、何者かの陰謀に巻き込まれてしまったのかもしれない。
 
 不安を抱えながら、オレと兵士レシー迎賓館げいひんかんの周囲に張りめぐらされたシュブドーの陣地に足を進めた。



「何者だ!止まれ!」

「第一兵団調査隊のレシーです。罪人を捕縛しました。ギュネス隊長の命で連行しております」

「ご苦労様です。しばしお待ち下さい。」

 陣地の前でオレとレシーは衛兵ら4人に制止された。そのうち一人が陣中に駆けていった。レシーが本人かどうか知っているものを呼びに行ったのだろう。他の3人は厳しい表情のまま、オレたちを見つめている。

 しばらくして、陣中からレシーの上官らしき男がやってきて頷いた。オレたちは入場を許可された。
 レシーの上官らしき男は、オレの姿を下から上まで見やると不敵な笑みを見せた。薄汚れて破れも目立つオレの第二兵団の隊服を笑ってのかもしれない。

「レシーよくやったな。上出来じゃないか。」

 そういうと男は手を後ろに組んで、レシーを案内する気もないというような様子で、さっさと前を歩きはじめた。

 レシーは、その隙にオレを拘束していた両手の縄の結び目をナイフで切りほどいた。
 オレは拘束されたままの振りを続けながら、レシーの上官らしき男の後についていった。
 
 迎賓館げいひんかんの入り口が見えた。二人の守衛が立っていたが、外の警備よりも手薄に見えた。王に謁見えっけんするなら、あの入り口から迎賓館げいひんかんの中に入るしかない。

 レシーとオレは、陣中の中でも大きな天幕てんまくに入った。中には大きな机がえられ、主のように腰を掛けている男がいた。白髪はないが若くはない。左半分の顔がやけどのあとでただれている。丸メガネの奥からのぞく鋭い眼光が、オレをとらえていた。

「罪人を連れてきました。」

 レシーの上官らしき男が天幕てんまくの脇に真っ直ぐに立ち、報告した。
 オレは軽くレシーに膝裏ひざうらられた。振り返ると、レシーが怯えた顔で
「ひざまづけ。」と言った。

 オレが両膝を地につけると、レシーも片膝をついて顔を伏せた。

「…ようやく捕まえたか…。」

 ギュネスという男は、枯れたような声でボソボソと言った。聞き取りにくい声だった。

「…連れていき始末しろ。」

「身に覚えのない罪だ。王様に会わせろ!」

 オレは声を上げた。

 ギュネスはメガネ位置を調整して、オレを見据みすえた。そして、手元にある資料に目を通しながら言った。

「反逆罪だ。敵国の人間を治療し、助けた。潜入には必要のない行為だ。」

「まだ、同盟状態だったはずだ。それに、敵国の重要情報を入手するには、敵国に信用されるべきじゃないのか?」

「黙れ! ギュネイ様に対して何たる無礼!」

 レシーの上官がオレのあごった。不意を疲れて、オレは倒れてしまった。両手の縄が解けかけていることに気づかれないように、倒れられただろうか。ひじを使いながら身体を起こすと、床に血がこぼれた。口の中を切ってしまったようだ。
 
 それでもレシーの上官は、怒りが収まらず、腰のサーベルを抜いて、今にも切りかかってきそうな勢いだった。

「メッサー、良い。天幕てんまくを汚すな。」

 ギュネスは立ち上がって、メッサーを制止させた。

「なるほど、王様がお気に召しているだけはあるようだな。」

 ギュネスは不敵な笑みを見せた。

「なるほど、確かに潜入には敵国を信用されるのも重要だ。
 お前には潜入の能力があるのかもしれない。
 どうだろう? ルカよ。秘密工作隊で働いてみないか?」

「ギュネス様!それは…」

 ギュネスが手をメッサーに差し向けると、メッサーは再び口を閉じた。

「処罰するんじゃないのか?」

「我が同志になるなら、取り下げよう。もともと無理のある罪状だった。」

「条件はなんだ?」

「条件など何もないよ。私を隊長として信用してくれるだけでいい。」

「……」

 オレが黙っていると、ギュネスは語り初めた。

「突然の提案に悩むのも無理はない。
 実は、君のローヌへの派遣はけんを決めたのは、私なのだ。ローヌの潜入には手を焼いていてね。使える人材は何人でも欲しかった。
 だが、派遣はけんを決めたのは私でも、第一兵団からの追放を考えたのは私ではないのだよ。」

 なんとなく予想はついていたが、オレは尋ねた。

「ガラ家のものだよ。そのガラ家の代表といってもよいのがナイヤ・ガラだ。
 君がナイヤに近づきすぎたために、ナイヤは君を追放するよう私に頼んできたのだよ。」

「そうか。ナイヤか。」

「私は、功績こうせきのある君を辺境の地へ送るのはどうかと思ったのだが、国の重鎮じゅうちんたる大貴族から頼まれたとあっては断ることもできなかったのだ。すまんな。」

 最初は、ギュネスの枯れた声がノイズのように気持ちを不快にさせていた。だが、聞き続けていると不思議な強さというか魅力というか、安心感に感じるひびきがあった。

「私とガラ家には、ちょっとした因縁いんねんがあってね。あまりこのようなことは考えたくないのだが、この試合、ナイヤには負けてもらいたいと思っているのだよ。
 ナイヤが負ければ、君にとってもちょっとした復讐ふくしゅうになるのではないかね?」

「ナイヤが出場するのか?」

「そのようだよ。王様がお決めになった。
 シュブドーに価値ある情報。私としても君がローヌから入手したという情報には、強い興味があるのだが、それがガラ家に知られるのは面白くないのだよ。君ならわかるだろう?」

 ギュネスは机から離れオレに近づいてきた。

「そうだ。君を騎士に推挙すいきょしよう。ナイヤの死を一緒にここで待とうじゃないか。」」

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