見習い義肢装具士ルカの決闘(デュエル)

ノバト

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1章 ローヌの決闘

36.ローヌの決闘③

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『アウェー側戦士入場門の方から闘技場を真っ直ぐ進んだところに、敵は待ち受けている。』
 というナイヤの予想は当たっていた。
 闘技場内に生えたローヌ地域原生の木々や植物、毒キノコの群生ぐんせい場所をけると、はがね色の甲冑かっちゅうを着たローヌの戦士が剣をかまえて立っていた。

 オレは科学者ではないので、これは状況証拠から推理したものなのだが。
 ローヌ毒キノコの胞子ほうしは、免疫めんえきがない生物が体内に取り込んでしまうと強い幻覚を起こす作用があった。よそ者がローヌの森に入ると死ぬという伝説は、このキノコによって作られた。幻覚作用で道に迷ったり、自分の行動がわからなくなり、最後には神経を遮断しゃだんされて永遠の眠りにつく。死ぬことはないがそのまま意識が戻らない、という恐ろしいキノコ。闘技場内でローヌの戦士の優位を作っていたのもこのキノコだった。
 実に恐ろしい毒性をもったキノコだが、ローヌの人々にはほとんど効果を発揮しない。それはローヌの人が、ローヌに自生する動植物を食していたからだった、ローヌの動植物は、長い年月をかけてキノコの毒に対して免疫めんえきを持つように進化したのだろう。免疫めんえきを持つ動植物を摂取せっしゅすることで、ローヌの人も免疫めんえきを手に入れることができた。
 中でも、ローヌの人が『毒葉どくは』と呼ぶハート型の葉をした植物から採取できるエキスは、キノコの毒性に対してもっとも免疫めんえきが高かった。高すぎてそのままのエキスを飲むと、数日間高熱が出て死に至ることもあった。だから『毒葉どくは』と呼ばれているのだろう。だが、この葉を干したものを『お茶』として飲むことで、ほどよく免疫めんえきを獲得することができた。
 ローヌの人たちは、このことを知っていたので、魔獣討伐に出かける前には必ず飲むように心がけていたのだ。なお、この薬湯には、魔物の毒に対しても免疫めんえきを持つことができた。

 せっかくルジュマン隊長が命がけで渡したというのに、ナイヤはこの『お茶』を飲んでいなかった。飲んでくれていれば、オレ一人が、ローヌの女戦士と対峙たいじしなくても済んだのに…。

 はがね色の甲冑かっちゅうの戦士は、オレを見つけると向きを変えて剣をかまえなおした。
 もう一セットあったはずの甲冑かっちゅうは片付けられている。ローヌの戦士が一人脱落だつらくしたからだ。
 そう、片付けられたのだ。この甲冑かっちゅうにも、片付けられた甲冑かっちゅうの中にも、ローヌの戦士は入っていないのである。入場門から現れ踊り場で剣を高く突き上げたときも、その中にはマルサンヌもルサンヌもいなかった。おそらくすでに闘技場内にひそんでいた。
 というんが、ナイヤの予想だった。

 そんなのルール違反いはんじゃないのか?
 
 だが、ナイヤがいうには、戦闘に参加しなければルール違反いはんにはならないらしい。
 勝手に対戦相手と間違まちがうほうが悪い。らしい。
 テニスの試合や野球の試合で見かけるボールボーイ・ガールのようなものだろう。試合を補助する係の人、お手伝いさん。という位置づけのようだ。それがローヌの闘技場では、試合を盛り上げるオブジェ役になっていた。

 決闘は、戦争を平和的に解決するための代替競技なのだ。つまりスポーツなのだ。そのスポーツのルールを最大限に利用したのが、ローヌの秘密だったのだ。

 とわかっていても、目の前に立っている甲冑かっちゅうの戦士も十分強そうに見えるので、躊躇ちゅうちょせずにはいられなかった。
 もし、甲冑かっちゅうの戦士が予想通りただのオブジェ役だったなら、オレが甲冑かっちゅうを倒そうと攻撃したときに、背後から不意ふい打ち攻撃がやってくる。
 だが、もし甲冑かっちゅうのほうが本物の対戦相手だったら、後方を警戒けいかいしてしまったオレは、その剣で斬り殺されてしまうだろう。

 どちらを警戒けいかいするにしても、オレには難問だった。ナイヤなら造作もないことだろうが、敵の不意ふい打ちを予測していたとしても、オレが対処できる自信がない。
 ローヌの女戦士の俊敏しゅんびんさは一度目にしたことがある。恐ろしく機敏きびんだ。いくつものトラップで勝利を重ねてきたとはいえ、ローヌの戦士自身にも十分な実力が備わっているのだ。
 ナイヤに破れたとはいえ、それはナイヤが凄かっただけで、オレの目には姿を追うのがやっとだった。

 そのスピードだけでも脅威きょういというのに、この上、更に恐ろしいのが、ローヌの秘槍ひそうの存在だった。
 
 ローヌの戦士は、代々、俊敏性や槍術に優れた戦士が引き継いてきた。だが、それだけに、非力で打撃力に劣っていた。だから、秘槍ひそうが生まれた。
 槍の先には、魔獣の牙や毒虫のとげが装着できるようになっていた。これを相手の急所に一突きすることで、一撃で相手に致命傷を与えることができる。
 魔獣が徘徊はいかいする地域だからこそ思いついた秘技だった。
 
 勝負は一瞬で終わるはずだ。
 その攻撃をかわすことができれば、幾分いくぶんかはオレの勝率が上がるはずである。

 ナイフを持つ手が汗でれる。背中や額からも脂汗が出てくる。

 甲冑かっちゅうの戦士は動かない。いや、動けないのかもしれない。オブジェ役ならば。

 一か八かだ。もしオレが死んだとしても、一対一の状態になれば、ローヌの戦士もナイヤを倒しに行くはず。オレが負けることは、決して無駄じゃない。

 勇気を振り絞って行くんだ。オレ!
 
「いくぞ!」

 オレは、自分のために声を上げ、甲冑かっちゅうの戦士に突進した。甲冑かっちゅうの戦士が本物なら、オレは死ぬ。だが、これはオブジェだ。攻撃はないはずだ!
 警戒すべきは、後方からの攻撃のはず!
 甲冑かっちゅうの戦士の直前でオレは振り返った。
 そこには、迷彩ペイントの顔があった。
 まだ数メートルも離れているのに、目の前に顔があるように見えた。そして、その手には、ローヌの秘槍ひそうにぎられていた。
 槍が、鋭く突き出される。どこを狙う? 身体の一番近い場所か?心臓か?頭か?
 瞬間、女戦士の驚いた顔を認識した。オレが急に振り返ったことに意表いひょうをつかれたに違いない。

 そのとき、オレの脳裏に、ナイヤの言葉が浮かんだ。
『…くせで剣をきかねない。』
 ナイヤが戦いの前に、剣を地面に置いた理由だった。

 のどだ!
 オレは、咄嗟とっさに両手の腕をクロスさせてのどを隠した。腕に装着された小型の盾、アームシールドが、オレののど隙間すきまなく守る。
 ローヌの戦士が狙うのは、敵戦士ののどが多かった。戦死者の記録からも明らかだった。考えてみれば、甲冑かっちゅうや全身リングメイルという相手も多い。のどだけが防具のすきだった。
 オレは、隊服の下にとくに防具らしい防具は付けていなかったのだが、驚いたローヌの戦士の顔を見て、くせが優先されることにけた。

 ガツ。とにぶい音がして、オレは槍をアームシールドで受け止めていた。
 槍先の毒針が粉砕ふんさいした音でもあった。

「くっ」

 女戦士は、素早く後ろに後退すると、くやしそうに歯を食いしばった。

「マルサンヌのかたきだ! お前だけは倒す!」

 ルサンヌの声だった。
 再度、森に姿を消すという戦い方もあっただろうに、ルサンヌは決戦を望んだようだ。
 いろいろと予定がくるってパニック状態になっているのかもしれない。
 
 戦いを終わらせるなら、今この瞬間しかないと思った。
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