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2章 カタハサルの決闘
2.トーチとの決闘
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◇
トーチは短剣を構えた。
ルカが作った秘槍の刃の短剣。すでに何度も魔獣討伐での実践で使用している。
槍より獲物に近接しなければならない分、最初は恐怖感がつのっていたが、慣れてくるとこんなに使いやすい武器はなかった。戦い方はルカを真似た。左手の盾で魔獣を押さえつけて、短剣の針を刺すだけだ。
短剣を使う戦い方は自分にあっているようだ。槍術では「上達しない」と父親に叱られてばかりだったが、ルカに出会ってから人生が変わったかのようにうまく言っている。父親に褒められる回数も増えた。
本音を言えば、ルカとは戦いたくない。戦うべき相手でもない。この麻痺針で指してもルカが死ぬことはないと思う。だとしても、父親の命の恩人でもあり、自分の人生の恩人でもあるルカに、刃物を向けるなんてしたくなかった。しかも、今ルカの左手は骨折しているのだ。
だが、自分が勝てば、ルカを自由にできる!
「ルカ! 許せ!」
トーチは、ルカに切りかかっていった。ルカに左手の盾でぶつかれば、勝負は決まる。
◇
トーチは、オレに飛びかかってきた。
トーチの得意な戦法だ。盾で相手を抑えて短剣の針で蜂のように仕留める。動きが機敏で腕力も強いトーチだからこそできる戦法だった。
オレは今、武器を持っていない。装具も付けてない。
布マスクの男に支配されているとしても、トーチに勝てるわけがないと思った。
だが、予想に反して、オレの身体はよく動いた。
トーチの突進を軽い足運びで躱すと、折れてない右手でトーチの喉を掌で突いたのである。勢いのついたトーチの体重と相まって、その威力は大きくなった。
喉を突かれたトーチは激しく咳き込み、しばらく起き上がれなかった。
ヘンファで黒袋をかぶった貴族の言葉を思い出した。
「…拒むことも、戦いで手の抜くことも、コールにはできない。」
乾いた拍手が聞こえた。腕についた金属もじゃらじゃらと鳴った。
「素晴らしい。やはりよい買い物をしたようだ。いいですねー。ルカさんあなたなら高く売れそうです。」
布マスクの男の表情は見えない。目だけで判断するしかないが、目は笑っているようには感じられなかった。
「お前は、王なのか?」
「いえ、私はただの商人です。ただし、主の資格を持っているので、その気になれば王を目指すこともできますが、
ま、そんな窮屈なものに興味ありませんけどね。」
布マスクに隠れた表情は読み取れないが、手はよく動いた。やれやれというように手のひらをこちらに見せ、興味がないという仕草をしてみせる。
咳き込んでいたトーチ立ち上がった。
「ルカをどうする気だ。」
「トーチさん、心配ならあなたも私のコールになりませんか?誰かが買ってくれるかもしれませんよ?こんな辺境の地で退屈でしょう?一緒に旅しましょうよ、」
「いや、必要ない。」
オレは話を遮った。トーチのことだ、本当についてくると言いかねない。トーチはコールじゃない。自由の身だ。オレのようになる必要はない。
「みんな騒がせてしまったな。帰ってくれ。
これはシュブドー王国の問題で、ローヌの住民には関係のない話だ。
わかったら、帰ってくれ。オレは大丈夫だから。」
トーチはオレを睨んで動こうとしなかった。
「トーチを連れて行ってくれ。さっきの戦いも痛かったんだ。トーチに絡まれるとオレの腕がまた折れてしまう。迷惑だから連れて行ってくれ。」
ため息を付きながら言うと、パニシエの顔なじみたちがトーチの両手をとって連れて行った。
オレは布マスク男に続いて自分の家に戻った。従者の男は、巨漢過ぎて家の中にはの入れない。突っ立ったまま、背中をボリボリと掻いていた。
「準備するからちょっと待ってくれ。そのくらいの時間はあるんだろう?」
「やけに素直ですね。もっと抵抗されるかと思ってましたよ。」
答える気にもなれなかった。
すでに何度か身体の自由を奪われている。マルサンヌとルサンヌが魔王の意思に支配されたのも間近に見てきた。
アルという存在は、この世界では絶対なのだ。疑いようがなかった。
オレは、身支度を初めた。
コールが人身売買にも活用できるというのは初耳だったが、今現実にオレはこの布マスクの男に逆らえないでいる。
コールに選択の自由はないことはわかっている。馴染んできたローヌを離れるのはもちろん寂しかったが、地球に留学するときも心細かったし、地球からこの世界に引き戻されるときも辛かった。決して慣れたわけじゃないが、それがコールとして生きなければならない自分の運命だと理解していた。
ただ、本物の奴隷のようにすべての自由を奪われているわけではない。決闘の命令には従うしかないが、それ以外の時間は自由に活動できる。その時間は、義肢装具士であることも許されるはずだった。
バックパックに、装具や装具作りの材料、工具を詰め込む。キエリが集めてくれたアメクモの糸は貴重品だ。大事に束ねて袋に入れて、パックパックに詰め込んだ。ローヌの毒葉のお茶も必要だ。狩った魔獣の素材は大量にあるので、入れられる分だけ詰め込んだ。
時折、布マスクが監視しているように見えたが、男は何も言わなかった。
椅子に腰を掛けて静かに待っていた。
「さあ行こう」
オレはパックパックを背負った。
「すぐ出立しなくてもいいのですよ?」
布マスクが言った。優しい口調だが、人の運命を振り回すことに楽しみを感じているようにも聞こえる。
「いや、すぐに行こう。」
「そうですね。村の連中が戻ってきて血が流れるのも嫌ですよね。」
オレの考えを見透かすように男は言った。
「それで?どこに行くんだ?」
「南です。あなたのような風変わりな戦士を欲しがっている国があるんですよ。」
「南方連合か…。」
「連合ね。その名前は少し前のものですねー。」
オレと布マスクは外に出た。
巨大男は待ってましたとばかりに、両腕を上げた。
そして大きく叫ぶと、腰の棍棒を一本抜いてオレの家の壁を叩いた。壁が敗れ、柱が軋んだ。
「なにする!」
オレが叫ぶと、布マスクの男が答えた。
「さあ? 暇だったんでしょうね。」
巨大男はもう一度棍棒を振り上げ、今度は扉を叩いた。扉は家の中に吹っ飛び、窓ガラスが割れる音がした。
男は意味不明な言葉を吐きながら、楽しそうに口を開けていた。
巨大男は棍棒を腰に戻すと、両手で布マスクの男を慎重に持ち上げ、肩に載せた。
布マスクの男は巨大男の首に掛かっていたクッションのようなものを手繰り寄せると、その上に腰を下ろした。
「さあ、行きましょうか。長旅になりますよ。」
巨大男は歩き出した。軽い地響きがする。
オレも後から続いた。
パニシエの人々が物陰から恐る恐るこちらを見ていることに気づいた。男衆は武器を手にしていたが、黙って道を開けた。
オレは自分のことがどうなるかということよりも、すぐにでもこの者たちをローヌから連れ出したかった。
トーチは短剣を構えた。
ルカが作った秘槍の刃の短剣。すでに何度も魔獣討伐での実践で使用している。
槍より獲物に近接しなければならない分、最初は恐怖感がつのっていたが、慣れてくるとこんなに使いやすい武器はなかった。戦い方はルカを真似た。左手の盾で魔獣を押さえつけて、短剣の針を刺すだけだ。
短剣を使う戦い方は自分にあっているようだ。槍術では「上達しない」と父親に叱られてばかりだったが、ルカに出会ってから人生が変わったかのようにうまく言っている。父親に褒められる回数も増えた。
本音を言えば、ルカとは戦いたくない。戦うべき相手でもない。この麻痺針で指してもルカが死ぬことはないと思う。だとしても、父親の命の恩人でもあり、自分の人生の恩人でもあるルカに、刃物を向けるなんてしたくなかった。しかも、今ルカの左手は骨折しているのだ。
だが、自分が勝てば、ルカを自由にできる!
「ルカ! 許せ!」
トーチは、ルカに切りかかっていった。ルカに左手の盾でぶつかれば、勝負は決まる。
◇
トーチは、オレに飛びかかってきた。
トーチの得意な戦法だ。盾で相手を抑えて短剣の針で蜂のように仕留める。動きが機敏で腕力も強いトーチだからこそできる戦法だった。
オレは今、武器を持っていない。装具も付けてない。
布マスクの男に支配されているとしても、トーチに勝てるわけがないと思った。
だが、予想に反して、オレの身体はよく動いた。
トーチの突進を軽い足運びで躱すと、折れてない右手でトーチの喉を掌で突いたのである。勢いのついたトーチの体重と相まって、その威力は大きくなった。
喉を突かれたトーチは激しく咳き込み、しばらく起き上がれなかった。
ヘンファで黒袋をかぶった貴族の言葉を思い出した。
「…拒むことも、戦いで手の抜くことも、コールにはできない。」
乾いた拍手が聞こえた。腕についた金属もじゃらじゃらと鳴った。
「素晴らしい。やはりよい買い物をしたようだ。いいですねー。ルカさんあなたなら高く売れそうです。」
布マスクの男の表情は見えない。目だけで判断するしかないが、目は笑っているようには感じられなかった。
「お前は、王なのか?」
「いえ、私はただの商人です。ただし、主の資格を持っているので、その気になれば王を目指すこともできますが、
ま、そんな窮屈なものに興味ありませんけどね。」
布マスクに隠れた表情は読み取れないが、手はよく動いた。やれやれというように手のひらをこちらに見せ、興味がないという仕草をしてみせる。
咳き込んでいたトーチ立ち上がった。
「ルカをどうする気だ。」
「トーチさん、心配ならあなたも私のコールになりませんか?誰かが買ってくれるかもしれませんよ?こんな辺境の地で退屈でしょう?一緒に旅しましょうよ、」
「いや、必要ない。」
オレは話を遮った。トーチのことだ、本当についてくると言いかねない。トーチはコールじゃない。自由の身だ。オレのようになる必要はない。
「みんな騒がせてしまったな。帰ってくれ。
これはシュブドー王国の問題で、ローヌの住民には関係のない話だ。
わかったら、帰ってくれ。オレは大丈夫だから。」
トーチはオレを睨んで動こうとしなかった。
「トーチを連れて行ってくれ。さっきの戦いも痛かったんだ。トーチに絡まれるとオレの腕がまた折れてしまう。迷惑だから連れて行ってくれ。」
ため息を付きながら言うと、パニシエの顔なじみたちがトーチの両手をとって連れて行った。
オレは布マスク男に続いて自分の家に戻った。従者の男は、巨漢過ぎて家の中にはの入れない。突っ立ったまま、背中をボリボリと掻いていた。
「準備するからちょっと待ってくれ。そのくらいの時間はあるんだろう?」
「やけに素直ですね。もっと抵抗されるかと思ってましたよ。」
答える気にもなれなかった。
すでに何度か身体の自由を奪われている。マルサンヌとルサンヌが魔王の意思に支配されたのも間近に見てきた。
アルという存在は、この世界では絶対なのだ。疑いようがなかった。
オレは、身支度を初めた。
コールが人身売買にも活用できるというのは初耳だったが、今現実にオレはこの布マスクの男に逆らえないでいる。
コールに選択の自由はないことはわかっている。馴染んできたローヌを離れるのはもちろん寂しかったが、地球に留学するときも心細かったし、地球からこの世界に引き戻されるときも辛かった。決して慣れたわけじゃないが、それがコールとして生きなければならない自分の運命だと理解していた。
ただ、本物の奴隷のようにすべての自由を奪われているわけではない。決闘の命令には従うしかないが、それ以外の時間は自由に活動できる。その時間は、義肢装具士であることも許されるはずだった。
バックパックに、装具や装具作りの材料、工具を詰め込む。キエリが集めてくれたアメクモの糸は貴重品だ。大事に束ねて袋に入れて、パックパックに詰め込んだ。ローヌの毒葉のお茶も必要だ。狩った魔獣の素材は大量にあるので、入れられる分だけ詰め込んだ。
時折、布マスクが監視しているように見えたが、男は何も言わなかった。
椅子に腰を掛けて静かに待っていた。
「さあ行こう」
オレはパックパックを背負った。
「すぐ出立しなくてもいいのですよ?」
布マスクが言った。優しい口調だが、人の運命を振り回すことに楽しみを感じているようにも聞こえる。
「いや、すぐに行こう。」
「そうですね。村の連中が戻ってきて血が流れるのも嫌ですよね。」
オレの考えを見透かすように男は言った。
「それで?どこに行くんだ?」
「南です。あなたのような風変わりな戦士を欲しがっている国があるんですよ。」
「南方連合か…。」
「連合ね。その名前は少し前のものですねー。」
オレと布マスクは外に出た。
巨大男は待ってましたとばかりに、両腕を上げた。
そして大きく叫ぶと、腰の棍棒を一本抜いてオレの家の壁を叩いた。壁が敗れ、柱が軋んだ。
「なにする!」
オレが叫ぶと、布マスクの男が答えた。
「さあ? 暇だったんでしょうね。」
巨大男はもう一度棍棒を振り上げ、今度は扉を叩いた。扉は家の中に吹っ飛び、窓ガラスが割れる音がした。
男は意味不明な言葉を吐きながら、楽しそうに口を開けていた。
巨大男は棍棒を腰に戻すと、両手で布マスクの男を慎重に持ち上げ、肩に載せた。
布マスクの男は巨大男の首に掛かっていたクッションのようなものを手繰り寄せると、その上に腰を下ろした。
「さあ、行きましょうか。長旅になりますよ。」
巨大男は歩き出した。軽い地響きがする。
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