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2章 カタハサルの決闘
20.二人の戦い
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『ラタンジュの風』旅団は、タマス王国の城壁が見える荒野に駐留することにした。
この辺りまで北上すると、東にザーザ砂漠と北には荒野が広がり、草木がまばらにしか見えなくなる。
駐留地点には、栄華を誇ったころの名残なのか、城壁の跡ようなものがあり、砂漠のほうから吹き付ける風から我々を守ってくれた。
この場所で駐留することを勧めてくれたのは、近くにいたタマスの兵士たちだった。旅人や我々のような軍隊をこの場所に案内するのが彼らの仕事だと、隠さずに明かした。
この辺では水を入手するのが難しいので、水が欲しければタマス場内から持ってくるので買うか?というのが、彼らの本当の目的のようだった。
彼らから水を購入し、タマスへの決闘の挑み方を尋ねても、タマス兵は驚くことも敵対することもなく、その方法を教えてくれた。
「まず、俺たちがタマス城に戻って、皆さんのことを王様に伝える。
王様の反応は、3種類。
決闘を受ける。面会。受け付けない。だ。
君らの場合は、面会か受け付けないだろうね。
君らが強そうなら、受けるしかないよ。戦争は嫌だから。
君らが弱いと思われれば、戦う価値がないから受け付けない。決闘だけが強いという人もダメだね。
王様がどちらか決められないと思ったなら、面会になることがある。」
オレはヴァルテリーナの代理として、決闘を申し込み、王女の手紙とお金を兵士に渡した。お金は兵士がいうには、申し込み料ということだった。水の代金を請求したり、決闘申し込み費用を求めたりと、タマスは決闘に慣れているようだった。
手紙には、
「私の名は、ヴァルテリーナ・カタサハル。カタサハルの王女です。貴国に決闘を申し込みます。
私が勝った際は、貴国を30日間、譲渡していただきます。
私が敗れた際は、10日後に30万ラーメルを差し上げます。」
と書いてあった。
オレの秘策は採用されなかった。
◇
数日前、オレは王女に
『私が敗れた際は、タマス王の妻となります。』
と宣言するように勧めたのだ。
王女は、怒った。そんな恥ずかしいことはできない。というのだ。
オレも譲らなかった。このくらいはしなければ、きれい事では家族と国を守るという難しい目的は達成できないと強く迫った。
が王女は、そういう問題ではない、と顔を抑えながら言った。ヒシャーブで見えなかったが、泣いていたようだ。
さすがにそれ以上迫ることはできなかったが、オレも怒っていた。
これまで必死に頑張ってきたのに、軍資金の工面までしたのに、オレの作戦を聞いてくれないなんて、自分のちっぽけなプライドのために、助言を拒むなんてなんてわがままで世間知らずな王女なんだと思った。
そのうちきっと恥じらいも収まり、オレのいうことを聞くだろう。
最悪、タマス王に決闘を断られ、万事休す状態になったときに、折れるだろう。
きっと、自分の竜人の女性種であるという希少価値を武器にすることを選ぶだろうと。
だが、その後、口も聞かずに険悪なムードなまま、王女の旅団は北上を続け、ついにタマス城までやってきてしまったのだ。
タマス兵の決闘の手順を聞いて、手紙の用意するように王女に告げた時も、王女は口を聞かなかった。「わかりました」と無機質に答え、手紙を用意し、オレに渡した。
王女の頑なな姿勢に、オレは王女の側近ではなくなったのかと思い、尋ねた。
「王女の代理人はオレでいいのですか? 他の者のほうかいいんじゃ?」
「いいえ、私の代理人は貴方だけです。それ以外には考えられません。」
と怒った声で答えた。
オレの心が折れそうだった。
王女は、オレが好き好んで酷い助言をしたと思っているのだろうか? すべて王女のためと思ってやってきたことなのに。
初めての王女の頑なな姿に、心が重くて押しつぶされそうだった。
更に追い打ちを掛けるように、日本でお世話になった親方の記憶が蘇ってくる。
「お客様は、障害を負ってしまったけれど、ものじゃない。故障した機械でもない。義足に取り付ける部品じゃない。私たちと同じ一人の人間なのよ。」
王女の笑顔や鈴のような声を聞けなくなって数日。
毎日、旅団のために忙しく仕事をこなしてきたが、日々追い詰められるように心が苦しかった。
オレは、王女を物語の部品のように扱ってしまったのだろうか?
自問自答するのだった。
それでも、オレには譲る気持ちは生まれなかった。他に方法がないのだ。タマス王国を得ることが、何より重要だった。国を持たないことには、ヴァルテリーナの戦いは初められないのである。
他に良い案があるなら誰か教えてくれ! 心の中で叫んでいた。
手紙を持ったタマス兵が城に向かい一日が経過した。
次の日、タマス兵は駐屯地に帰ってきた。そして「王様との面会が許された」と報告した。
◇
王女をラクダに乗せ、オレがラクダの手綱を引いて、城壁に囲まれたタマスに向かった。タマスの兵士が案内すると言ったが、王女は門で待つように指示をした。
王女はオレ以外の護衛をつけることも許さなかった。面会には、オレと二人で行く、それが無理なら面会もしないと言った。
「考えました…。」
タマスまでの道中、二人きりになると、王女は口を開いた。
考えているのは、オレも同じだった。だが、オレは何も答えなかった。
「父も兄も、ルカと同じように、私のためだ国のためだと言いました。」
オレは違う。と思ったが、果たしてそうだろうかとも思った。
「ルカは、父や兄ともちがいます。おそらく、私を守ってくれるでしょう。」
オレはやっぱり何も答えられなかった。黙って、ラクダを引っ張った。タマスまでの砂地が重く感じられた。
「でも、いやなのです。わがままだと思ってます。ルカには負担ばかりかけています。申し訳なく思ってます。
でも、私は王女ではなく、王としてルカと一緒に戦っているのです。」
そうだった……。忘れていた。
オレは一人で走っていた。王女は、仲間ではなかった。王女という置物だった。重荷や足手まといに感じることすらあった。
また、オレは失敗してしまっていたのだ。
親方に言われたじゃないか。
自分が最善と思っても、利用者の声を尊重すべきと。利用者やその家族が望まぬ支援はしてはいけないと。ただ治療すれば良いとか、自分の知識だけでこうすべきと決めるものじゃないと。
王女の希少性を利用した作戦がいけなかったのではない。王女の気持ちに寄り添わなかったオレが、王女を孤独にさせてしまったのだ。
オレはちっとも、王女を守ってなかった。
多少、戦士としても強くなったような気がしてうぬぼれていた。
護衛を増やしたからって、装具や義肢で支援できたからといって、それが本人の安心に繋がるとは限らない。物質的な支援ももちろん必要だが、心を支援することもそれ以上に大切なんだ。
「すみません。姫様。」
「私のほうこそ、ごめんなさい。」
「いや、オレが悪かったです。で、お願いがあります。」
「なんですか?」
「タマスの城門まで、反省させてください。気持ちを落ち着けないと護衛が難しそうです。すみません」
オレは情けなくて、自分に対する悔し涙が収まらなかった。
「ありがとうルカ。」
王女の美しい声が心に染みた。
この辺りまで北上すると、東にザーザ砂漠と北には荒野が広がり、草木がまばらにしか見えなくなる。
駐留地点には、栄華を誇ったころの名残なのか、城壁の跡ようなものがあり、砂漠のほうから吹き付ける風から我々を守ってくれた。
この場所で駐留することを勧めてくれたのは、近くにいたタマスの兵士たちだった。旅人や我々のような軍隊をこの場所に案内するのが彼らの仕事だと、隠さずに明かした。
この辺では水を入手するのが難しいので、水が欲しければタマス場内から持ってくるので買うか?というのが、彼らの本当の目的のようだった。
彼らから水を購入し、タマスへの決闘の挑み方を尋ねても、タマス兵は驚くことも敵対することもなく、その方法を教えてくれた。
「まず、俺たちがタマス城に戻って、皆さんのことを王様に伝える。
王様の反応は、3種類。
決闘を受ける。面会。受け付けない。だ。
君らの場合は、面会か受け付けないだろうね。
君らが強そうなら、受けるしかないよ。戦争は嫌だから。
君らが弱いと思われれば、戦う価値がないから受け付けない。決闘だけが強いという人もダメだね。
王様がどちらか決められないと思ったなら、面会になることがある。」
オレはヴァルテリーナの代理として、決闘を申し込み、王女の手紙とお金を兵士に渡した。お金は兵士がいうには、申し込み料ということだった。水の代金を請求したり、決闘申し込み費用を求めたりと、タマスは決闘に慣れているようだった。
手紙には、
「私の名は、ヴァルテリーナ・カタサハル。カタサハルの王女です。貴国に決闘を申し込みます。
私が勝った際は、貴国を30日間、譲渡していただきます。
私が敗れた際は、10日後に30万ラーメルを差し上げます。」
と書いてあった。
オレの秘策は採用されなかった。
◇
数日前、オレは王女に
『私が敗れた際は、タマス王の妻となります。』
と宣言するように勧めたのだ。
王女は、怒った。そんな恥ずかしいことはできない。というのだ。
オレも譲らなかった。このくらいはしなければ、きれい事では家族と国を守るという難しい目的は達成できないと強く迫った。
が王女は、そういう問題ではない、と顔を抑えながら言った。ヒシャーブで見えなかったが、泣いていたようだ。
さすがにそれ以上迫ることはできなかったが、オレも怒っていた。
これまで必死に頑張ってきたのに、軍資金の工面までしたのに、オレの作戦を聞いてくれないなんて、自分のちっぽけなプライドのために、助言を拒むなんてなんてわがままで世間知らずな王女なんだと思った。
そのうちきっと恥じらいも収まり、オレのいうことを聞くだろう。
最悪、タマス王に決闘を断られ、万事休す状態になったときに、折れるだろう。
きっと、自分の竜人の女性種であるという希少価値を武器にすることを選ぶだろうと。
だが、その後、口も聞かずに険悪なムードなまま、王女の旅団は北上を続け、ついにタマス城までやってきてしまったのだ。
タマス兵の決闘の手順を聞いて、手紙の用意するように王女に告げた時も、王女は口を聞かなかった。「わかりました」と無機質に答え、手紙を用意し、オレに渡した。
王女の頑なな姿勢に、オレは王女の側近ではなくなったのかと思い、尋ねた。
「王女の代理人はオレでいいのですか? 他の者のほうかいいんじゃ?」
「いいえ、私の代理人は貴方だけです。それ以外には考えられません。」
と怒った声で答えた。
オレの心が折れそうだった。
王女は、オレが好き好んで酷い助言をしたと思っているのだろうか? すべて王女のためと思ってやってきたことなのに。
初めての王女の頑なな姿に、心が重くて押しつぶされそうだった。
更に追い打ちを掛けるように、日本でお世話になった親方の記憶が蘇ってくる。
「お客様は、障害を負ってしまったけれど、ものじゃない。故障した機械でもない。義足に取り付ける部品じゃない。私たちと同じ一人の人間なのよ。」
王女の笑顔や鈴のような声を聞けなくなって数日。
毎日、旅団のために忙しく仕事をこなしてきたが、日々追い詰められるように心が苦しかった。
オレは、王女を物語の部品のように扱ってしまったのだろうか?
自問自答するのだった。
それでも、オレには譲る気持ちは生まれなかった。他に方法がないのだ。タマス王国を得ることが、何より重要だった。国を持たないことには、ヴァルテリーナの戦いは初められないのである。
他に良い案があるなら誰か教えてくれ! 心の中で叫んでいた。
手紙を持ったタマス兵が城に向かい一日が経過した。
次の日、タマス兵は駐屯地に帰ってきた。そして「王様との面会が許された」と報告した。
◇
王女をラクダに乗せ、オレがラクダの手綱を引いて、城壁に囲まれたタマスに向かった。タマスの兵士が案内すると言ったが、王女は門で待つように指示をした。
王女はオレ以外の護衛をつけることも許さなかった。面会には、オレと二人で行く、それが無理なら面会もしないと言った。
「考えました…。」
タマスまでの道中、二人きりになると、王女は口を開いた。
考えているのは、オレも同じだった。だが、オレは何も答えなかった。
「父も兄も、ルカと同じように、私のためだ国のためだと言いました。」
オレは違う。と思ったが、果たしてそうだろうかとも思った。
「ルカは、父や兄ともちがいます。おそらく、私を守ってくれるでしょう。」
オレはやっぱり何も答えられなかった。黙って、ラクダを引っ張った。タマスまでの砂地が重く感じられた。
「でも、いやなのです。わがままだと思ってます。ルカには負担ばかりかけています。申し訳なく思ってます。
でも、私は王女ではなく、王としてルカと一緒に戦っているのです。」
そうだった……。忘れていた。
オレは一人で走っていた。王女は、仲間ではなかった。王女という置物だった。重荷や足手まといに感じることすらあった。
また、オレは失敗してしまっていたのだ。
親方に言われたじゃないか。
自分が最善と思っても、利用者の声を尊重すべきと。利用者やその家族が望まぬ支援はしてはいけないと。ただ治療すれば良いとか、自分の知識だけでこうすべきと決めるものじゃないと。
王女の希少性を利用した作戦がいけなかったのではない。王女の気持ちに寄り添わなかったオレが、王女を孤独にさせてしまったのだ。
オレはちっとも、王女を守ってなかった。
多少、戦士としても強くなったような気がしてうぬぼれていた。
護衛を増やしたからって、装具や義肢で支援できたからといって、それが本人の安心に繋がるとは限らない。物質的な支援ももちろん必要だが、心を支援することもそれ以上に大切なんだ。
「すみません。姫様。」
「私のほうこそ、ごめんなさい。」
「いや、オレが悪かったです。で、お願いがあります。」
「なんですか?」
「タマスの城門まで、反省させてください。気持ちを落ち着けないと護衛が難しそうです。すみません」
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