魔拳のデイドリーマー

osho

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6巻

6-2

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まったくもう。寝癖ねぐせも直ってないじゃないの……ほらちょっと頭下げて、直したげるから」
「えー、いいじゃんコレくらい。どうせこれから海入るんだから……」
「い・い・の。私らのリーダーなんだから、少しは身だしなみにも気ぃ遣いなさいっての。いつどこに、どんな人の目があるかわかんないでしょ?」

 そう言うとエルクは、自分のブラシを持ち出してきて、僕の髪の毛をとかしてくれた。「しょうがないわねあんたは」とか、ぶつぶつ言いつつ。
 僕はこういうことには、前世から通していま無頓着むとんちゃくなので、正直面倒なだけなんだけどな。
 ブラシとかもほとんど使わなかったし、整髪料なんて持ってもいなかった。
 せいぜい大事な式典しきてんとか、面接の日ぐらいしか、そういうもののお世話になったことなかったし。
 転生てんせいしてからも、依頼人と会う時に少し気を遣うぐらいだったんだけど、エルクは最近『常日頃つねひごろからきちっとしときなさい』と世話焼せわや気味ぎみだ。
 まあ、かわいい女の子に気にかけてもらえるのは嬉しいので、一応言われるがままにやってる。

「さっとでいいよ、さっとで。なんなら、ブラシを貸してくれれば自分でやるし」
「あんたに任せると、ほんとに『さっ』と髪の毛でただけで終わっちゃうでしょうが……よし、できた」

 ちなみに、以前こんな感じの光景をシェリーさんに見られて、「どこの新婚夫婦よ」ってからかわれたのも、今となってはいい思い出である。


「え、ホント!? やーん、もしそんなことになっちゃったらどーしよーかしら? 一応正妻せいさいはエルクちゃんなのにーぃ」
「いや、シェリーさん? 何か展開予想が飛躍ひやくしすぎてない? 別に、具体的な個人名が出てきたわけでもないんだし……」
「ふふふっ、そうでもないかもですよ~? 結局こういうのは、最後には自分の度胸どきょうと行動がモノを言いますからね~」
「わ、やっぱそう思う? よーし、今日はお姉さんがんばっちゃおっかなー♪」

 支度を済ませて僕らが下へ降りると、さっきまで人が集まっていた場所に、椅子に腰掛けて幼女と向き合い、謎のハイテンションになっているシェリーさんと、その斜め後方こうほうに立って対応に困ってるっぽいザリーがいた。
 なんだ、アレ? いやまあ、なんとなく予想はつく……。
 こちらに気付いたらしいシェリーさんは、「あっ」と声を出して僕らの方を向くと、手を振って「こっちこっち」と呼んだ。
 シェリーさんの後ろにいるザリーと、その向かいに座っている幼女……ミュウちゃんもこっちを見る。
 シェリーさんとミュウちゃんの間にある小さめのテーブルの上には、水晶玉すいしょうだまが置いてあった。占いの道具……かな?
 どうやらシェリーさんは僕らを待つ間、暇つぶしに占ってもらっていたらしい。
 そのテンションからさっするに、何かしら好ましい結果だったんだろうけど……。

「というわけでミナト君、今日は私と一緒の部屋で寝ない?」

 一体どんな結果が出たら、朝っぱらからこんなせりふが出てくるんだコラ。
 ザリーの存在も完璧に忘れ、シェリーさんがこっちにぐいっと身を乗り出す。
 その光景に呆れたのか、はあ、とため息が後ろから聞こえてきた。

「おい、そこの色ボケ女。いきなり何を公然と卑猥ひわいなこと口走ってんのよ」
「だってだって、聞いてよエルクちゃん。わたしこれから数日、恋愛運絶好調なんだって! こりゃいつも以上に積極的に行くしかないわね!」
「あっそ、やっぱ占いか。でも意外ね? あんた、占いとか信じてるんだ?」

 エルクの言葉を聞いて、シェリーさんは一瞬、きょとんとした目になる。

「あー、うん。私の故郷こきょうって、そういうの結構大事にする風習ふうしゅうが根強かったのよねー。何だかんだいって、私もそういうの楽しんでた気もするし、そのせいかも」
「ふーん……ザリーは?」
「僕はパスしたよ。あんまりこういうのに興味ないから……っと、コレは失礼。別に、ミュウちゃんのこと否定するつもりは無いんだけど」
「いえいえ、お気になさらず。冒険者の方はほとんど皆さん、占いなんかよりも自分の経験や直感、あるいは仲間の情報を信じますからね~。占いは、女性と仲良くなるための話題づくりに利用されるのが多いくらいで」

 あ、そうなんだ?
 話題づくり云々うんぬんはともかく、まあ、理由としてはわかる気がする。冒険者は時として命がけの旅もするから、占いなんて不確かな要素を持ち込みたくはないだろうし。
 仲間の一挙手一投足いっきょしゅいちとうそくに神経をとがらせる、ザリーみたいな職業の人間なら、なおさらだ。

「ところで、いかがですか? 黒いお兄さんに緑色のお姉さん。一つ、このミュウの幼稚ようちな占い遊びに付き合ってみるというのは。今なら特別に、代金をサービスしておきますよ? 昨日の夜は、私も美味しいまかないを食べられましたからね~」

 そう言って、ミュウちゃんは僕とエルクを見て、にっこりと笑った。


 ☆☆☆


「へぇ~、それで、占ってもらったんですか?」
「ん。タダだっていうし、せっかくだから、ってことでね?」

 港でナナさんと合流し、今日も蒼海鉱石の乱獲らんかく目指して、あんまり他の冒険者がいないスポットを探して海上を驀進ばくしん中。移動中の暇つぶしがてら、今朝の出来事をナナさんに話していた。
 ちなみにさっきナナさんがいなかったのは、一足ひとあし先に港へ行って、商会のスタッフと段取だんどりを確認していたからである。ホント助かるわ。

「まあ、別に占いを鵜呑うのみにするつもりはないけどね。一応いちおう参考にするだけ」
「でしょうねー。ミナトさんって、占いとか信じて無さそうですもん」

 あれ。僕、そんな風に見える?

「ええ、なんとなくですけど。いや、信じてないっていうより……いちいち占いの結果なんて気にするのもめんどくさがる、って感じですかね?」

 おお、ご明察めいさつ。僕、占いとか全ッ然信じてない。前世から通して。
 朝、いろんなテレビ番組でやってる占いとかも、暇潰しに見る程度。その場ではテンションが上がって一喜一憂いっきいちゆうした記憶はあるけど……家を出る頃には忘却ぼうきゃく彼方かなただったっけ。
 信じてないっていうよりも、気にしないんだ、僕。そういうの。
 たとえ星座占いで最下位でも、一秒後には忘れたし。
 だから最初、僕もエルクも遠慮えんりょしたんだけど、あんまりにも熱心に、っていうかテンションMAXでシェリーさんがすすめるもんだから、やってもらうことにした。
 で、その結果が……ちょっと意外というか、予想外だったのである。


 ☆☆☆


 テーブルの上の水晶玉をはさんで、エルクとミュウちゃん(ジャンケンで僕が負けたため、こういう順番)が向かい合って座った。
 まあ、水晶玉占いというのは、おそらく一般的なイメージ通りのものなんだろう。


「……むむむむ~」

(多分)真剣な表情で、ミュウちゃんが水晶玉を至近距離しきんきょりのぞき込んでいた。
 より具体的に言うと、もうほんのちょっと前かがみになれば、鼻の頭が水晶玉の表面に触れて皮脂ひしが付いちゃうんじゃないか、ってくらい。

「むむむむむむ~……」

 本人はおそらくどこまでも真剣。しかしはたから見ると、ほぼギャグな光景。
 あの……ミュウちゃん? 本も未来も、あんまり近くで見ると目を悪くするよ?
 でもなんというか、逆に緊迫感というか、空気が張り詰めるような感じすらしてきた。
 どこまで真剣なんだこの子。
 自分の未来の視力を犠牲にしてまで、僕らの未来を明るくしようとしてくれてるのか。なんかお金払いたくなってきた。
 すると、ふいにミュウちゃんが水晶から目を離し、ついでに顔も離し……ふぅ、と一息ついた。
 疲れた目を休めるように、しばらく目を閉じて目頭めがしらを押さえたあと、数秒で元のキュートな半眼はんがんに戻り、エルクに向き直った。

「さてさて、エルクさんが占ってほしいのは、冒険者としての今後の展望でしたね~?」
「ええ、そうだけど……」
「まずですねーエルクさん。一言で言うと、今後の冒険者人生ですが~中々に前途多難ぜんとたなんというか、波乱万丈はらんばんじょうなようですね。身近にいる誰かさんのせいで」
「あ、やっぱり?」

 おい、やっぱりって何だ、やっぱりって。
 いや、具体的な個人名を出されたわけじゃないけど……ミュウちゃんを含む僕以外の全員が、その瞬間チラッとこっちに視線を寄越したのには気付いたぞコラ。

「まあ、そう感じつつも甲斐甲斐かいがいしくお世話してあげながら、ついていっちゃうエルクさんは幸せ者というか天邪鬼あまのじゃくだなあと……」
「ちょ、ちょっと!? 何言ってんのあんた!? 変な、っていうか余計よけいなこと言ってないで、結果だけ聞かせなさいよ!?」

 なんか、少し嬉しいフレーズが混ざってた気がするミュウちゃんのセリフをさえぎって、一瞬にして顔を赤くしたエルク。むぅ、なんか残念。
 ミュウちゃんは、『仕方ないなあ』って感じの表情になった。

「はいはい~。まあでも、これから先しばらくは、波乱万丈と順風満帆じゅんぷうまんぱんが混ざり合ったような感じの日々になりそうですね~。色んな理由から山あり谷ありですが、その分ためになることがたくさんあって、色々と身についていく、といった感じでしょうか~」
「へ、へー……そうなんだ」

 ふーん? なんか、最初こそツッコミどころが多かったけど、だんだんまともな感じになってきたかも?
 けど、言ってることは占いによくありがちな、誰にでもそこそこ当てはまる内容だった。

「しかしその困難も、自分の力を信じて全力で取り組めば、ほとんどは乗り越えていけるものばかりのようですね~。どうやら最近、いろんなきっかけから大きく成長なさったようですね? しかしまだ、その力を十全じゅうぜんに使いこなすための修業中、と」

 お? なんだ? 今のちょっと当たってるというか……具体的だったような?

「う~ん、これは難儀なんぎな……今まで自分が『見る側』『呆れる側』だった領域に踏み込みかねない、といった道筋みちすじも見えますねえ。けど、エルクさん自身は、そのことを自覚しつつも気にしない、むしろ悪い気もしないし肯定的こうていてき……と」

 ……ホントに、えらく具体的になってきてない?
 今まで『呆れる側』だった領域にって……もしかして最近エルクが自虐気味じぎゃくぎみに言ってる、『私もすっかりあんたにどくされてきてるわね』っていう感じの意味か?

「『むしろ望むところ』ですか……ふふふ、愛されてますねえ、パートナーさん」
「へ?」
「んなっ!?」

 いきなり話を振られてぽかんとする僕と、対照的に激しく反応するエルク。

「まあどうやら、エルクさんの未来は明るそうです。山あり谷ありですが、自分の気持ちに正直になってガンガン進めば、期待以上の結果が望めるでしょう」

 そんな感じで、顔を赤くしたままのエルクを放置ほうちして、占いは終了した。
 ……なんだか、ただのお遊び、っていう感じじゃない……かも?


 ☆☆☆


 回想、一旦終わり。
 で、僕もエルクの後に占ってもらったわけなんだけど……おっと、今日の収穫ポイントの海が近づいてきた。
 ……でも僕の占いは、あんまり当たって欲しくない結果だったなあ。簡単に振り返ると……。


『うむむむ……またかなり大変な星のもとに生まれていらっしゃいますね、お兄さん。特に女運と家族運あたりが壊滅的かいめつてきですね……いや、これはある意味、恵まれているとも言えるような……』
『……わー、すごーい、あたってるー(棒読ぼうよみ)』
生気せいきを全く感じないお言葉をどうも。その分だと心当たりがあるか、当たってはいるものの素直に喜べない、といったご様子ですね~』
『……読心術どくしんじゅつでも使えんの? 君』
『質問に質問で返すのは心苦しいのですが、性格がわかりやすい、って言われたことは?』 
『……いいや。続けて』
『はいはい。しかし本当に珍しいですね、お兄さんの運勢は。トラブルには事欠ことかかないんですが、そのほとんどを正面から踏み潰していく様子が見えます~。ある意味、順風満帆ですねえ』
『喜んでいいのかな? それ……』
『何を自分にとっての幸福と考えるかは、あなた次第ですよー。ですがまあ、ここまで強運というか、前だけ見てれば何とかなる人生をお持ちの方も珍し……ぉ?』
『? 何?』
『ほうほう……どうやらそんなお兄さんにも、近々かなり大きな壁が立ちはだかるようです。一般人には乗り越えられないどころか、目にした瞬間に挫折ざせつするか死にそうなレベルの……お兄さんの人生には珍しく、壁らしい壁になりそうですねえ』
『ほぉ……』
『しかも、その壁は一枚じゃない……小さいのが二つ、大きいのが一つ。乗り越えるための鍵は、ひらめきと……お仲間を大切にすること、ですかねぇ。まあいつも通りに、しかし気を抜かずに頑張っていくのがきちかと。こんなところですかね~』
『ふ~ん……ありがと、参考にしてみるよ。けっこう具体的だったし』
『はいはい~。お仕事、頑張ってくださいね~』



 第三話 肉食魚と海女少女


「今日も午前中上がり?」
「はい、例によってすでに積載重量ギリギリですので。いや、ホント予想の斜め上ですよ」

 前にも言ったけど、姉さんが用意したこの船は結構な大きさだ。そのため、かなりのボリューム&重量の素材を積み込むことができる。
 そして、船の前と後ろに、採取した蒼海鉱石を収めるためのかごが付いている。
 なんで前後両方にあるかっていうと、アホらしくなるほど重い蒼海鉱石を積み込むことで、前後どっちかに重心がかたよるのを防ぐためだ。
 しかし、それで船の態勢は一応安定しても、最大積載重量ってもんはある。
 姉さんおよび商会の職員の見立てでは、この大きさの船なら、僕らが一日ずっと海に出て蒼海鉱石を集めていれば、ほぼ限界重量になるはずだった。
 だから昨日は、一日海の上にいたままでも作業を続けられるようにと、ナナさんが気をかせて弁当を作ってくれたんだけど……。
 昨日も今日もその期待は裏切られた。いい意味でね。
 クリップボードに挟んだ紙に、何やら書き込んでいたナナさんが、前後両方の籠に満杯まんぱいになった戦利品を見ながら、うーん、と唸った。

「これは……逆にちょっと、まずいかな?」
「? っていうと?」
「いや、ちょっとですね……予想以上過ぎまして。収穫量としては申し分ないんですが、加工が間に合わない可能性があります。あと、この量を一気に売りに出すと……」
「……あ、もしかして値崩ねくずれ、とか?」
「ええ。そんなに一度に市場しじょうに流さず、こっちでセーブすれば大丈夫でしょうけど……一応、出荷しゅっかのペースは要検討ですね」
「なら、これまで通り採れる分は採っちゃって構わないかな? このままのペースだと僕ら、この新鉱脈の蒼海鉱石の半分以上を採るかもよ? いや、わりと本気で」
「そもそも貴重な鉱石だってことは変わらないですからね、別にいいでしょう。けどどっちみち、今日はもうおしまいですね」

 携帯式のインクびんふたを閉め、ペンについたインクをふき取ったナナさんは、商会の職員に合図あいずして船を出させる。
 動き出した船は、来た時よりもかなり遅いペースで、岸に向かって進んでいった。


 昨日も午前上がりだったせいか、今日はナナさんの弁当がなくて、ちょっとがっかりしつつ……しかしせっかくなので、『海の家』で食べることにした。
 海の家といっても、前世でよく目にした典型みたいな、観光客目当ての飲食店ではない。ここは、漁場や採掘場ではあっても、海水浴場ではないのだ。
 海に入れば水棲系すいせいけいの魔物だって出るようなところに、観光客なんかが来るはずもなかった。
 ここに来るのは傭兵ようへいや冒険者であり、『海の家』もまた、そういう客層をターゲットにした、酒場っぽい店である。
 だがそれでも、どうやら『焼きそばの法則』は適用されているらしい。異世界だというのに、そして水着の美女などどこにもいないのに、焼きそばは美味うまかった。
 まあ、美女・美少女なら周りにいくらでもいるしね。
 というか、名前は違ったけど、焼きそばっぽいめん料理が普通にあったのには驚いた。
 たっぷりの野菜や肉、そして海鮮かいせんと一緒に、焼くというかいためられたもの。香ばしくて、繰り返しになるが美味かった。
 エルク達も、思い思いの品を注文してぱくついているけど、その様子から察するに、だいたい同じ気持ちを抱いていると見てよさそうだ。
 これはでもお代わりすべきメニューだ、と僕は心の中で確信した。


「お! 誰かと思えば、昨日の宴会の立役者たてやくしゃじゃないか!」
「あ、ホントだ。どうりで見覚えのある、いい食べっぷりだと思った」

 給仕きゅうじ兼ウェイトレスの海女さん二人が、僕を見つけるなり、そんな軽い感じで声をかけてきた。なんか既視感きしかんあるな?
 まあ、無理ないか……。
 この町では、漁師宿で従業員をやってる人も含め、そこらじゅうに海女さんがいる上に、ほとんど皆さん、似たような格好してるから。
 具体的にいうと、日焼けのせいか肌は全体的に褐色かっしょくで、露出も多い。
 下半身は普通の服だけど、上半身はビキニみたいに面積の小さい服って人が大多数だいたすう。下さえ脱げば、すぐにでも海に飛び込めそうだ。
 もしかしたら、ズボンの下に水着パンツでも着けてるのかな。
 そんなセクシースタイルの海女さんが、フレンドリーに笑う。

「いやあ、昨日のマリアナ亭はすごい騒ぎだったねえ?」
「そうそう、近所って理由で、私らまでお呼ばれしちゃったもんねー♪」

 昨夜の余韻よいんがまだ続いてるかのように言う海女さん達。
 昨日の晩は、僕がってきた『スパイダークラブ』があまりに多かったので、宿の経営陣と仲のいい、近所の海女さんや漁師さんにも振る舞われたそうだ。
 当然っちゃ当然、か。
 熊以上の大きさのカニだったし……しかも生物なまものは足が早いから、その日のうちに食べようと思ったら、そういう規模のパーティになるわな、そりゃ。
 けどまあ、結果的にかなりの人数が、思いもかけないご馳走ちそうにありつけたと、今日は朝からご機嫌きげんだ(ただし、二日酔いになった人を除く)。
 それと相まって、カニを提供した僕の人気が何気なにげに上がっていると、テンション高めの海女さんから聞かされた。

「調子いいこと言わせてもらうけどさ。もしよかったら、うちの店にもなんか獲ってきて持ち込んでおくれよ。腕によりをかけて美味い料理に仕上げるからさ」
「そして、その夜の私達のまかない料理も絶品ぜっぴんになるのでしたー♪ あはは」

 昨日から思ってたことだけど、何かこう、壁を感じさせないフレンドリーな雰囲気の人が多いな、海女さんって。服装の大胆さといい、そういう性格なんだろうか?
 その時、店の入り口の扉に付けられたベルがカランコロンカラーン、という音色ねいろを響かせた。

「失礼します。店主……ラシアさんは、いらっしゃいますか?」

 その音に反応して入り口の方を見ると、そこに、一人の海女さんが立っていた。
 ただ、他の海女さんとは……ちょっと雰囲気が違う部分がある気がするけど。
 普通(?)の海女さんが露出の多い服装なのに対し、今そこに立っている少女は、上下一体の競泳きょうえい水着っぽい服で身を包んでいる。
 年の頃は、僕と同じくらいかな。
 肌は褐色。ひきしまったスレンダーな体つき。
 顔は、美女とも美少女とも言えそう。目はきりっとして鋭く、気が強そうだった。ほどいたら少し長いかもしれない、紫色の髪の毛を後ろでたばねている。
 その少女は、大きな魚籠びくのようなものを背負っていた。

「おや、シェーンちゃんじゃないか? どうしたんだい、こんな時間に?」

 ウェイトレスの海女さんがその姿に気付くと、『シェーン』と呼んだ海女少女のもとへ足早に近づいていく。

「いつもは日暮れ前になるまで戻らないのに、今日は珍しいね? 何かあったのかい?」
「はい。実は先ほど西の岩場に、潮流ちょうりゅうに乗ってこいつらが流れ着いているのを見つけまして。とりあえず獲れるだけ獲ってきましたので、おすそわけにと」
「ほぉ? おすそわけとは嬉しいね……って、こいつは……!」

 シェーンちゃんの籠を覗き込んだ途端とたん、ラシアさんというらしい海女さんは驚愕していた。
 ちなみにウエイトレスだとばかり思っていた彼女が、実はここの店主だったらしい。
 気になって僕らも、ラシアさんの後ろからそーっと覗き込む。

「……ウナギ? 蛇?」
「これ……『バイパーイール』?」
「おっ、正解だよ、緑色のお嬢ちゃん。よく知ってるね?」

『バイパーイール』。
 見た目はウナギなんだけど……色は紫色で、しかも大きい。太さは十センチ弱で、体長は一メートル以上はありそうだ。
 めにでもなっているのか、ぴくりとも動かない。
 顔がかなり凶悪きょうあくだ。蛇とウナギを足して二で割った感じで、口の中には鋭いきばがびっしりとえている。舌先なんか二つに分かれてるし、完全にこのへんは蛇寄りだな。
 そんなのが数匹籠の中にいるのを見て、ラシアさんは「はぁ~」と感心した様子だった。


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