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7巻
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しおりを挟む第一話 長女アクィラ、来訪
港町『チャウラ』にて、なじみの面々や新たな知り合いと『幽霊船』騒動に巻き込まれた僕ことミナト。
無事にほとんどの問題を解決できたんだけど、ある日僕らが滞在している漁師宿に、一人の客人が現れた。ふらっと立ち寄ることは絶対にありえなさそうな……超ビッグネームの女性だ。
『魔法大臣』――この国、ネスティア王国における魔法部門のトップ。
魔法関連における膨大な知識と他の追随を許さない卓越した魔法技能を有し、数々の偉大な功績を挙げた者のみが到達できる頂点に君臨する、王国最強の魔法使いが、宿の部屋で僕を待ち受けていたのだ。
……見た目からはそう思えないんだけども。
「んー、面影はまあ、あるといえばありますけど……そんなに似てないですね、お母様には」
今現在、至近距離で僕の顔を覗き込んでいる彼女の名は、アクィラ・ヨーウィー。
先に説明した通り、ネスティア王国の魔法大臣にして『燻天のアクィラ』の通称で知られる、超一流の魔法使いだ。
そして同時に、キャドリーユ家『長女』、つまり僕の一番上の姉でもある。
確かにノエル姉さんに似た……奥深さでいえばノエル姉さんすら超える、実力者特有の圧力というか、存在感みたいなものがある。
……しかし、さっきからの言動が全てを台無しにしていた。
人んち(宿だけど)に来るなり居眠りするわ、自己紹介もそこそこに世間話を始めるわ、何の前触れもなく唐突に人の顔を凝視するわ……何、この状況?
何やら僕に用事があって来たらしいんだけど、今はクリーム色の髪をした少女、ミュウちゃんに興味津々だった。
ミュウちゃんをパッと見で僕の新しい仲間だと判断した姉さんに対し、ミュウちゃん自身が「私なんかが無理ですよ」とやや自虐的に否定したところ、意外そうな顔をされた。
「そうなんですか? 仲もよいようですし、てっきり新しいお仲間かと」
「そうだったら嬉しいんだけどね」
「そうなれたら嬉しいのですがね」
一緒に答える僕とミュウちゃん。
「……意見が一致しているのに仲間にならないのが、まず不思議ですね」
「というか、珍しいね。ミナト君が積極的に仲間にしたがるなんてさ」
姉さんに続いてそう言ったのは情報屋のザリー。ああ、確かにそうかも。
ザリーをはじめ、冒険者のシェリーさんも奴隷だったナナさんも、いつのまにか仲良くなってた。その後で向こうからアプローチしてきて……って感じ。断る理由も無いし僕も嬉しかったから、受け入れて仲間になったのだ。
確かに言われてみれば、今回はなんだか逆っぽく思える。
ミュウちゃんは遠慮したいって言ってるけど、僕が積極的に勧誘してる……って感じ。
宿で仲良くなって、大一番の海上決戦では力を合わせた術を使って、アイデアを出し合って共闘して……何かもう、感覚的には半分仲間みたく思ってたのかも。
あのまま自然解散となったなら、僕も何も言わずに別れたと思うんだけど、ミュウちゃん自身が仲間になることに前向きだと知って、欲が出たのかもしれない。
なかなか気を許せる人がいないこの業界。気が合う友達ってのは貴重だし、できれば近くにいていつも一緒に笑っていたいと、最近よく思う。
一方的な感情ならともかく、相手も多少なりそう思ってくれてるなら、なおさらだ。
「ふぅん……ミナト君って、初めて会った頃より積極的になった、かな?」
ザリーの言葉にシェリーさんが応じる。
「みたいね。ふふっ。でもやっぱり、ミナト君くらい優秀な男は、そのくらいがちょうどいいわよね。もうちょっと欲張ってがっついてもいいくらいよ」
「すぐそういう、甲斐性とかに結びつけるのはどうかと思いますが……まあ親しい人に、無用な遠慮をしなくなってきたのは嬉しいですね、私としても」
ナナさんにまでそう言われ、僕はため息をつく。
「それぞれ好き勝手言ってくれるなーもー。エルクも同じ感じ?」
「んー、私は別に、驚きも喜びもしないわよ。他人に迷惑かからない程度に、あんたが欲望に忠実だってことは、もともと知ってたしね」
もっとも古い付き合いとなるエルクが、横目でミュウちゃんを見た。
「あんたがこの子……ミュウを仲間にしたいって思ったんなら、ちゃんと理由もあるんでしょ。変な言い回しだけど、あんたの『思いつき』は単なる『気まぐれ』とは違う。少なくとも私達とこの子、どっちかには有益なはずよ」
「あ、それには僕も同感だね。ミナト君、仲良くする人はきちんと選ぶし」
「確かに。相手がいくらかわいくても、真面目で一生懸命でも、有益でない相手とは付き合いませんし……その逆も然り、って感じですし」
「そゆこと。結局のところこいつは、単純な思いつきで行動してるように見えて、実は結構打算的なのよ。そのミナトのお眼鏡に適ったんなら、ミュウと私達がこれからも付き合ってくのは、決して損じゃないと思うわ」
ザリーとナナさんの援護射撃も受けて、エルクはきっぱりそう言い切った。
そんな自信たっぷりの宣言に、ミュウちゃんはしばし唖然とする。
少し時間をかけて言葉の意味を咀嚼し呑み込んだ後、ゆっくりと周りを、仲良くなった僕らを見渡し、ちょっと困ったような表情を浮かべた。
「そこまで言われると……私もちょっと、欲に負けそうになってしまいます」
おっ、揺らいでる?
「困りました。そこまで言ってもらえるのなら首を縦に振りたいのが本音ですが、仲間になっても足を引っ張るだけ、というのは目に見えていますし……」
「『今は』でしょ? それ。だったら、これから訓練でも何でもすればいいじゃない。ミュウちゃん才能あるし、きっと伸びると思うよ?」
ミュウちゃんは鍛えれば強くなると言ったのは、正真正銘の本音だからね。
「……それも、打算的な『思いつき』ですか?」
「かもね。エルク風に言うならだけど」
「私も実際そんな感じだったしね。信じられる? 実は私、五ヶ月前までEランクだったのよ? こいつに関わったせいで、こうなっちゃったけどね」
エルクが自分を指差して自虐(?)ネタを語ると、ミュウちゃんは半開きの目を四分の三くらいまで開いて、驚いていた。
そこでエルクが、ふと何かを思いついた表情となり、唐突に僕にジト目を向ける。
「ただまあ、不安要素があるとすれば……それもミナト、なんだけどね」
「っていうと?」
「聞いた話じゃ、ミュウちゃんって亜人の希少種なんでしょ? それも、特殊な魔法をいくつも使いこなせる。そんな相手を前にして、果たしてこいつが好奇心を暴走させないように我慢できるか、ってことよ」
「え? いや、別に我慢するつもりはなかったけど」
「ないんかいっ!!!」
びしっと、いい角度でエルクの手刀が僕の脳天に直撃した。
「……あのー?」
「ったくやっぱりかコイツは。あー、ミュウ? さっきは仲間になるよう言っといてなんだけどさ、ちょっと待って。事前にこのバカに念入りに言い聞かせとかないと、ミュウがすぐにこいつの毒牙にかかっちゃう可能性が非常に高いわ」
「おや? お兄さんもしかして……割と肉食系で? 身内には遠慮ないとか?」
「いや、いっそそうだったら、まだやんちゃとか健全とかいうセリフで説明できる分、よかったかもしれないんだけど……」
その説明に、意味がわからないっぽいミュウちゃんが首をかしげ、それ以外のチームメンバー全員が『あー……』って感じの顔になる。
僕らの『特訓』を見たことがあったら、ミュウちゃんもこの意味がわかったかもね。
黙って話を聞いていたアクィラ姉さんは、おそらくノエル姉さんかブルース兄さんあたりから僕の発明癖を聞いてたのだろう、『あらあら』みたいな顔。
もっとも、エルクの懸念は当たりなんだけどね。自分で言うのもなんだけど。
実際ミュウちゃんを仲間にしたい理由のひとつは、彼女ら『ケルビム族』が使う異質な魔法技能の数々である。
普通の魔法使いも使う『金縛り』や『浄化』なんてものもあれば、他に類を見ない『未来予知』や『変身』、 果ては色々と試したいことが多すぎる『召喚術』なんてものまで……いかん、すでに頭の中が暴走気味だ。
ミュウちゃん自身と一緒に、学術的にも謎が多いらしいその召喚技能を磨き上げ、鍛え上げ、研ぎ澄ませていく……ああ、なんて魅力的で有意義になりそうな予感!
「ちょっとあんた、すでに目が危ない! あの、アクィラさん? いらしていただいた早々に申し訳ないんですけど、お姉さんとしてこいつ叱っていただけませんか? 私達じゃ何を言っても暖簾に腕押しなんです!」
早くも僕の心の内を察知した我が嫁が、この中で一番僕を止められそうな一番上の姉に懇願するも……。
「あらあら、ごめんなさいねエルクさん、うちの弟が。ミナト、あなたの性格はブルースから聞いていますから、彼女の能力に興味が尽きないのは仕方ないでしょう。でも、やりすぎて周りを困らせてはいけませんよ?」
「わかってるよ姉さん……ところでさ、召喚術って確か、死にかけの魔物とか精霊と『契約』すると、使えるようになるんだよね? 姉さんわかる? あと、この近くに強そうだったり、面白そうな魔物が出るところとか知らない?」
「舌の根も乾かないうちにあんたねえ!!」
「召喚術ですか? それなら私に聞かずとも、あなたが持ってる『ネクロノミコン』にも詳しいことが書いてあると思いますよ? それと面白い魔物なら、ここから東に三十キロほど行ったところに、最近確か……」
「アクィラさんも! なんで答えて火に油を注ごうとしてるんですか!? こいつにそういう情報教えると危ないから止め……」
「そっか、そんなのもいるんだ(ガリガリガリ!)。じゃあやっぱり最初に(ガリガリ!)手つけるなら『召喚術』かなー。応用も利きそうな(ガリガリガリガリ!!)感じだし……」
「あんた、どっから出したそのペンとノート!? しかもそれ、あんた愛用の、オリジナル魔法考案用ネタノートじゃないのよ!? ってわあああ!? すでに二、三個、ミュウ用の魔法のアイデア書きなぐられてるし! まさかのもう手遅れ!?」
「あらあら、生き生きしちゃってミナトったら。さっきは似てないなんて思っちゃったけど、よくよく考えればこのはしゃぎよう、獲物を見つけたときのお母様にそっくり」
「……何だか今さらになって、別な不安を感じますね」
慌てふためくエルクを見てか、額にでっかいマンガ汗を浮かべるミュウちゃん。それを尻目に、僕のテンションはどんどん上がっていった。
すると、唐突に姉さんが何か思いついたように、僕からミュウちゃんに視線を移す。
「まあ、こんなわけですのでミュウちゃん……どうでしょう? お試し的な意味ででも結構ですし、うちの愚弟と少し行動を共にしてみては? おそらく損になることはありませんし……今ならもうひとつ、あなたにとって好都合なことがあるかもしれませんよ?」
「と、言いますと?」
好都合な点? ミュウちゃんに対して? 何だろう。
姉さんは僕らからの疑問の視線を受け、再び僕を見た。
「ええとですね、盛大に脱線したせいで忘れていたんですが……私、あなたに用があったんですよ、ミナト。それをまず話さないといけませんね」
ようやく本題らしい。
「ええと、どこだったか……あったあった、これこれ。ミナト、あなたにコレを届けて、返事を聞くために私が来たんですよ」
姉さんは手提げカバンから、手紙と思しき封筒をひとつ取り出した。
上品な白色の封筒だ。いわゆる『封蝋』って奴で封をしてあるあたりが、なんだか高級かつ、ファンタジーちっくな感じがする。
そしてもうひとつ、封の部分に、何やら金色の紋章みたいなものが……。
それを見た瞬間、視界の端にいたナナさんがぎょっとしたのが見えた。えっ、何そのリアクション? どういう意味? 何がわかったの?
その答えは、ナナさんが口を開くよりも早く、アクィラ姉さんによってもたらされた。
「あなたへの『召喚状』です、ミナト。近いうちに、王都に来るように……と」
「……『召喚状』?」
「ええ。さ、どうぞ開けてください。姉さん、返事をもらって帰らなきゃいけないですから」
姉さんに急かされ、言われるままに開ける僕。
するとその中には、ふたつ折りにされた手紙が入っていた。
細かくて美麗な模様が描かれている(印刷かな?)、一発で高級品とわかるその便箋には、黒いインクで用件が簡潔に書かれていた。
『ミナト・キャドリーユ殿
突然の通達になることをお許し願いたい。
下記日程において、一度会談の場を設けたい。
了承の場合は、この手紙を持ってきた使者にその旨を伝えた上、王都ネフリムへ来られたし。
なお、かかる経費は全てこちらで負担するものとする。
アーバレオン・ネストラクタス
ドレーク・ルーテルス』
見ようによってはちょっと偉そうな――いや、実際に偉いんだろうけど――文面。その最後には二人分の連名が。判子まで押してあるし。
ドレーク……一番上の兄さんはわかるけど、一緒に名前が書いてあるこの人、誰?
僕が聞こうとしたら、それよりも早く、僕の後ろから手紙を覗き込み、珍しく驚きと動揺を前面に出したザリーが、声を震わせた。
「あ、あの……アクィラ、さん?」
「はい?」
「えっと……僕の記憶が正しければ、この、ミナト君のお兄さんの上に書かれてる名前……」
一拍。
「……ネスティア王国の、現国王様じゃ?」
……゛え!?
ちょ……何それ!? マジ!?
それってつまり、僕がこの国の王様に呼び出し食らったってこと!? なんで!?
「国王陛下と、騎士団総帥『天戟のドレーク』連名の手紙って、私でも見たことありませんよ」
ナナさんまでそんなことを。
ていうか、だからマジなんで!?
長男であるドレーク兄さんが、会っておきたいという理由で僕を呼ぶならわかるけど、なぜ一市民を国のトップが呼び出すの!?
「もしかして……また母さんがらみ?」
「まあ、率直に言えばそうですね。リリンお母様のチーム『女楼蜘蛛』は、この国でも多くの武勇伝を残してらっしゃいますから。中には、一部の権力者が必死になって隠してる話もいくつか」
「またっすか……」
ギルドマスターのアイリーンさんという前例があるから、まさかと思って聞いてみたら、ドンピシャだったよ。
尊敬はしてるけど、つくづく面倒事を呼び込むな……母さんの身内っていう立場は。
そのおかげで助かってることも多々あるから文句は無いんだけど……いつもいつも色んな大物が唐突に現れるこのパターンは、どうにかならないもんかね。
いや、今回は厳密に言えば、一応準備期間はあるのか。王様に会うまでに。
「これってさ……実質強制だよね?」
断るって選択肢が最初から無い気がするんだ。一国のトップが、わざわざこんな書面まで用意してんのに……断れるはずないじゃん、僕みたいな一市民が。
「そうですね。まあ、断ろうと思えば断れますが、心証がちょっと悪くなっちゃうかもです。お母様ぐらいの戦功と実力があれば、その辺は力尽くで無視できちゃうんですけど」
ってことはあの人は断ってたんかい。相変わらず底知れない人だ……。
「はぁ……わかったよ、行くよ」
「はい、そう伝えますね。日程はその手紙の通り、今から一ヶ月後ですので、準備はその間にお願いします」
「はいはい……でも姉さん。いくら僕が母さんの身内だからって、わざわざ王都に呼んで、王様自らが面会するなんてことあるの?」
まあその他に、王国軍の総帥の弟、っていう肩書きも一応あるけどさ。
それに、母さんの『身内』ってムダに多いはずなんだけど、もしかして全員呼んでるのかな?
「そうですね。まあ確かに、お母様の身内だから、というだけの理由ではないでしょうけど……注目されるのは仕方ないと思いますよ? そのお母様だって、冒険者になって半年経たずにAAAランクになるなんて滅茶苦茶な経歴、持ってませんでしたし」
「あ、なるほど。まさかとは思うけど……強制的に冒険者を辞めさせられて、軍に入れられたりなんてこと、ないよね? さすがに嫌なんだけど」
「その点は大丈夫でしょう。陛下は寛大な方ですから、そのような横暴はなさいません。ましてやお母様の身内に対して、反感を買うようなことは極力避けるでしょう。だからといって下手に出たり、腫れ物扱いはしないでしょうけれど」
「あ、よかった。それを聞いて安心した」
「ただ……」
ただ?
「貴族の中には、そういうことを考える人達も多少なりいます。そこは注意が必要かもしれませんね。そのあたりの対応は……」
そこで姉さんは、ナナさんに視線を向けた。
「彼女に聞けばいいでしょう。遅くなりましたが、お久しぶりですね、シェリンクス元副隊長」
「は、はいっ。ご、ご記憶いただけているとは光栄です、大臣!」
「ふふっ、そのように緊張なさらないでください。ご覧の通り、少々世間知らずで頼りない弟ですから、よろしくお願いしますね」
にこっと笑って穏やかに言う姉さんとは対照的に、ナナさんはガチガチだった。まあ、軍人時代は雲の上の上司だったんだろうし、無理ないけど。
しかしなるほど。自身も元貴族であり『直属騎士団』として日常的に貴族と接していたナナさんは、そういう面にも明るいのか。こりゃ頼りがいがある。
「まあ、そういうわけですから。観光するくらいの気持ちで来るといいですよ」
「観光って……王都の中だけならまだしも、お城までそんな気で行っちゃダメでしょ」
「そんなことはないですよ? お城の中には、見たことがないものもあるでしょうし。亜人の兵士だとか、騎獣として飼育してる珍しい魔物だとか、色々いますから」
聞けば、種族で差別しない基本方針に加え、人材に多様性を持たせてあらゆる状況に即時対応できる軍隊を作る、っていう方針が国にあるらしい。
純粋な人間が一番多いとはいえ、『獣人』『ドワーフ』『マーマン』『エルフ』、さらには『古代種族』なんかも混じってるらしい。豪華だな、そりゃ。
説明している最中、ふと姉さんが『あ』と気づいたような顔になった。
「まあでも、さすがに男の『夢魔』はいませんね。その意味では、もしかしたらミナトは興味を引かれて、軍に誘われるかもしれません。もちろん形式的にですけど」
「え?」
複数の人間の口から、そんな疑問の声が出た。
何だと思って視線を上げると、ザリー、シェリーさん、ナナさん、ミュウちゃんの四人が、きょとんとした表情でこっちを見つめている。
何だろ、その目……って、ああ、そうだ。
僕、エルク以外に話してなかったんだっけ。僕が突然変異の『雄の夢魔』だって。
「ああ、ごめん。実は……」
かくかくしかじか。
「へー、そうだったんだ? 知らなかったよ」
「まあ確かに、進んで他人に話すようなことじゃないわね。私も『ネガエルフ』だって素性を隠してたし、それはわかるわ」
そんなことを言うザリーやシェリーさんに続き、ナナさんも口を開く。
「それを私達にも話してくれたってことは……その、秘密を打ち明けるくらいに信頼していただけた、ってことでいいんでしょうか?」
「いや、ごめん。話すの忘れてただけ」
「……あ、そう」
呆れ顔になるシェリーさん。
「……気苦労の多そうなチームですねー」
「慣れるわよ、じきに」
苦笑いのミュウちゃんに、そっとエルクがつぶやいた。
そんな力の抜ける会話の中で、僕が結果的にこの数ヶ月秘密にしていた新事実は、あっさりチームメンバー全員の知るところとなった。
にしてもさあ、とシェリーさん。
「私の村の伝承にもあるけど……『夢魔』の男版って、要するに『淫魔』よね?」
「かもね。実際は、夢魔の雄ってのは伝説だけの存在で実在しないっぽいけど。僕の場合、ただの突然変異らしいし」
「だったらさあ……男とはいえ、いや男だからこそ、そんなお色気担当みたいな存在のミナト君が、身近にこんな美女がいるのに手をつけないって、間違ってると思うのよ、やっぱり」
そんなシェリーに、すかさずエルクが突っ込む。
「あんたは結局そこに帰結すんのかい、この色ボケ女」
「何とでも言ってちょうだい。お義姉さまはそのあたり、どうお考えかしら」
「あらあら、聞いてはいたけど、随分と積極的なんですね。色恋沙汰は本人の自由ですから、姉弟であれ口出しする気はありませんよ?」
姉さんはにっこりと笑いながらこっちに丸投げ。おいおい……ちょっとは助けてよ。
「まあ、元々『恋多き種族』ですからね。もしそういうことになっても、ある意味仕方ないでしょう。お母様があんな感じですし」
あんな感じって、十一男十五女のことですね、わかります。
わかりますけど、狙われている弟の現状を、「仕方ない」なんて言葉で片付けてほしくない今日この頃。
「……まあ、それだけじゃないんですけどね、夢魔の特異性は」
「何か言った、姉さん?」
「いいえ、何も?」
何かぼそっと聞こえたような気がしたんだけど……気のせいかな?
結局その後、姉さんは世間話に花を咲かせた後、おそらくは王都へ帰っていった。
会談に応じる、という僕の返事を持って。
あーもう、一難去ってまた一難、って感じだなあ。大仕事がひとつ終わったと思ったら、今度は王様から呼び出しとは。何事もなく終わるといいんだけど……。
応援ありがとうございます!
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