魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第523話 決戦前夜

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 そこは、赤茶けた土と砂の地面に、小石や岩だけがそこらに転がっている……何もない荒野だった。
 僅かな草木も生えていない、川や湖もどこにもない、枯れた、寂しい大地。

 しかしだからこそ、特に壊すものも汚すもの何もない場所でもあった。

 それゆえだろうか、ここに住む『彼ら』にとって、この何もない荒野は、戦いの訓練をしたり、殺し合いのために思う存分暴れたり、単に大勢で集まる時などに都合のいい場所だった。

 そう……彼ら『龍』にとっては。

 『渡り星』の一角にある、この何もない荒野に、何百という龍が集まり、その中心にいる、彼らの頭目……『ジャバウォック』の言葉に耳を傾けていた。

『時は来た! 数万年の時を経て、地上への道は今一度開かれ、しかしかの地は今、我らにとってかつてとは違う意味を持って広がっている!』

 何らかの魔法を使っているのだろう。周囲数kmに渡って龍が広がっているにも関わらず、その端まではっきりと、ジャバウォックの声が届いていた。
 しかも、中心付近にいる者と、端にいるものとで、聞こえ方が違うということもなく、だ。

『かつて我が先祖達は、かの地に生きる者の営みを尊重し、関わりを最小限にするとした。その上で『渡り星』のための力を蓄えるため、一線を引いた付き合いをするという選択肢を選んだ……だがその結果どうだ! 数百年あれば終わるはずの停滞の時は、数万年を経た今も続いている! 我はここに断言しよう……かつて、先祖がした選択は間違っていたと!』

 演説でもしているかのような口調。一声一声が咆哮のように響き渡る。
 その一言一句に、集まっていた龍達は聞き入っていた。

『『渡り星』の強き龍達よ! 今より我らが歩みを進める地は、単なる『餌場』だ! 我らが母星に力をもたらすため、門の開いた先にある一切を殺して食らい、糧とせよ! 強者たる我らが力でもって未来を手に入れる、そこに何の不道理があろうか!』

 そう言って突如、翼を広げて飛翔するジャバウォック。
 それに続く形で、次々に飛び立っていく。

 かなり高いところまで飛びあがると、ジャバウォックはその場で滞空し、周囲を見回す。
 自分についてきた龍達……の後ろ、はるか遠くの位置……しかし、飛んでいけばすぐにでもついてしまいそうなところに、無数の光の柱が立ち上っている。

 しかし、その光は強さ・大きさなどは一定ではなく、天を突くほどに力強く立ち上っているものもあれば、消えかけのろうそくのように頼りないものもあった。
 その中でも、ひときわ強力な光を放っているものが……全部で『7つ』あった。

 ジャバウォックはそれらを満足そうに眺め、

『明日、夜明けと共に我らの戦いは始まる! 脆弱な人間どもの顔色をうかがうような恥知らずな真似はせぬ……堂々と全てを奪い取れ! 我らにはそれだけの力があり、資格がある! 嫌だと思うのなら防げばいい、抗えばいい……それができない弱者達が悪いのだ! 出発は明朝! 光の柱が我らをかの星に導く! 数万年の停滞に、我らの手で終止符を打つのだァ!』

 応えるように四方八方から響く、無数の龍の咆哮。

 大小さまざまな龍達が、己の志に賛同し、爪と牙を掲げている。その光景に満足したジャバウォックは、ゆっくりと地上に戻って行った。

 他の龍達もそれに続き、決起前夜の集会は解散となった。

 ……その場から離れ、ねぐらに戻ったジャバウォックだったが……ふと気配を感じ、じろりと入り口を睨む。

 そこには、1人の人間が立っていた。

 細身で長身、燕尾服に身を包み、シルクハットをかぶった、紳士然とした身なりの男。しかし、その肌は病的……を通り越して、純白と呼べるほどに白い色をしていた。対照的に目は血のように赤く、髪は黒い。

 人間かどうか疑う様相だが、そもそも龍しかいないはずのこの『渡り星』では……人間に化けられる龍の擬態という可能性を除けば、ありえない光景だ。例え『ライン』が構築され、龍が地上に降りられるようになっても、逆に人間がそれを使ってここにくることはできないのだから。

 だがジャバウォックは驚くこともなく、ふん、と鼻を鳴らして、

『貴様か……バイラス。何をしに来た?』

「いよいよジャバウォック殿の大願が果たされるという時ですからね。お祝いをと思ったのですが……皆さんを前に士気を高めている最中のようでしたので、気配を消していました。まだお忙しかったですかな?」

『ふん……調子のいい奴め。まあいい……これで貴様にとっても、望み通りというわけだな』

 ジャバウォックの鋭い目で睨みつけられながらも、バイラスはその余裕そうな態度を崩すことなく、すたすたと歩み寄り……何もない空間から、大きな宝箱のようなものを取り出して、ジャバウォックの眼前に置いた。
 ふたを開けると、中には宝玉のようなものがいくつか入っている。

『……なんだそれは?』

「我が財団の技術者達が研究の末に作り上げたマジックアイテムですよ。あなた方の目的を達成するのに有用かと思いましてね……よろしければお使いください」

 バイラスはその場で、そのアイテムの概要と使い方を説明する。
 それを聞いたジャバウォックは、ふん、とまた鼻を鳴らす。しかし、機嫌が悪くなったわけではないようだ。

『よかろう……その話通りなら、使ってやらんこともない。だが忘れるな……我らは別に、貴様と手を組んだわけではない』

 威圧するように目を細め、殺気を放つジャバウォック。

『我らは我らの目的のための有用なればこそ、貴様の提案を飲んだ。貴様が貴様の目的のために、我らに追従し、手を貸すことを容認し、その間貴様らには手を出さんという条件を付けただけだ……努々、我ら『渡り星』の龍と並び立ったなどという愚かな勘違いはせぬようにな』

「承知しておりますとも。では、私共の方でも、以前に話をした範囲でお手伝いさせていただきますゆえ……では、これにて。次に会う時は……あなた様の『龍王』就任のお祝いも合わせてお持ちする所存で……


 ――ズ ガ ン!!


 言い終わる前に、ジャバウォックの尾がバイラスのいた場所を薙ぎ払った。
 器用なもので、バイラスが置いていった『宝玉』は傷つけない軌道で。

 しかし、その瞬間にはすでにバイラスは消えていた。

 ふん、と、今度は明らかに機嫌の悪そうな鼻息の音が鳴る。

『相も変わらず、得体の知れん気持ちの悪い男よ……まあいい、使えるうちは使ってやる……せいぜい励むがよかろう』

 バイラスが残していった『宝玉』と、それらが入った宝箱を眺めながら、ジャバウォックは呟いた。

『にしても……『龍王』か……。ふん、皮肉を言いおって……』

 しかしそれでも、やはりどこか、ジャバウォックは不機嫌、ないし不満げな様子だった。

『……まあいい、けちはついたが、遅かれ早かれそうなっていたのは事実だ。それに、地上で見つかるやもしれんからな……その時殺せばいい』


 ☆☆☆


 同じ頃、アルマンド大陸の各所でも……着々と『龍』の襲撃に対する準備が進められていた。

 
 ネスティア王国王城、国王執務室。

 国王と、現在、この王城の防衛を一手に担っている元帥が、一時の休憩にと、卓を挟んで茶と茶菓子に舌鼓を打ちながら話していた。

「ザック。ドレーク達は今頃、指定した範囲に展開しているのだったか」

「ええ、どこでどのように騒乱が起ころうとも対応できるよう、準備は整っております。加えて、懇意にしている傭兵団にも声をかけて戦力を増強したとか」

「傭兵団……そうか、ならばなおのこと心配は要らんな」

「……? まあ、ここまでに随分、警戒対象となる『ライン』も減り、より効率的に守れるようになりましたからな……これよりも悪い状況を想定して準備を進めてきましたので、万全とは言わずとも限りなくそれに近いと言っていいでしょう」

 ネスティア王国にある『未完成のライン』すでに4つまで数を減らしている。しかし、そのどれもが『完成』に至ってもおかしくないものばかりだった。
 さらに、国外ではあるが、『完成』した場合にネスティア王国にまで影響をもたらしそうなラインもいくつか残されている。

 ゆえに正規軍は、それらにしぼって軍を展開し、それによって起こる可能性があるスタンピードにも合わせて対応できるように待機している状態だ。

 最大戦力であるドレークとアクィラ、それに、ドレークが傭兵として雇ったブルースは、それら全てに対応できる位置に待機し、『完成』の報告を待って急行、そこに現れるであろう、特記戦力級の龍を相手取る手はずになっている。

「王都の守りは任せたぞ、ザック」

「お任せを……老骨にこのような活躍の機会をいただけたこと、喜ばしく思いますぞ。何が起ころうとも守り切って見せましょう……ですから昔のように、曲者が出たからと言ってご自分で剣を取って出ることなどありませぬよう」

「ぬぐ……わかっているとも。やれやれ、『じいや』にはいつになっても頭が上がらんな」

「はっはっは、これはまた、懐かしい名を」

 そのまま、とりとめもないことを話して、ささやかな茶会は終わる。
 アーバレオンは執務机に戻り、残る仕事を練る前に片づけるべくペンをとった。

「……時間がない中ではあったが、打てる手は全て打った。あとは、ドレーク達を信じて任せるのみだ……頼んだぞ、皆」

 自分でも口に出しているかどうか気付いていないような、ぼそぼそとした音量ではあったが……その言葉には、彼の本心からの思いが込められているようだった。


 ☆☆☆


 ジャスニア王国、とある軍港。(水の都『ブルーベル』近傍)

「そうか……ルビスとその部下の兵士達も配置についたか」

「はっ、万事抜かりなしとのことです……しかし、エルビス殿下自ら従軍なさらずとも……」

「やむを得まい。旗印は必要だ……ただでさえ苦境といっていい状況にあるわけだからな」

 こちらはジャスニア王国正規軍。『ライン』対策に布陣する軍の陣地。
 その中心にある天幕に、この国の王子の1人であるエルビスがいた。

 軍の士気高揚のための方策として、前線で兵の鼓舞を行うのに長けている彼が、総司令官として出ることになったためだった。

「慣れている者が行った方がいいのもあるし……万が一何かあっても、私は継承順位も高くはないからな……適任だろう。これも責務というものだ」

「ご安心召されませ、何人たりとも殿下には近づかせませぬ」

「頼りにしているよ、デンゼル……今日はもうそろそろ休もうか。明日から、気の休まらない日々が続きそうだからな」

 ジャスニアには、ネスティアよりも多くの『ライン』が残っている上……そのうちの2つが、なんと洋上にあった。
 ゆえに、海から攻めてくるであろう龍に対応しなければならず、負担がかなり大きい。

 可能であれば、内陸に入られるよりも前に、文字通り『水際』でどうにか止めたいと考えていたエルビス達だったが……どう転ぶかは、今はまだわからなかった。
 だからこそ、それが『わかった』時に備えて、彼らは今は休むことにした。


 ☆☆☆


 フロギュリア連邦、港町『グラシール』。

 こちらも同様に、洋上に『ライン』が発見されており、その対策として、港湾部に兵を派遣し、洋上戦に備えて軍艦の用意もしていた。

 また幸運なことに、この町は軍としても重要な戦略拠点であるのに加え、冒険者ギルドが存在していたため、協力体制で防衛にあたることができていた。

 加えて、この町にはちょうど、軍幹部級を上回るレベルだといえる大戦力が滞在し。『強制依頼』の規則に沿って防衛に当たっていた。

「Sランク冒険者であるクレヴィア殿や、噂に名高いノウザー殿と共同戦線を張れるとなれば、兵達の士気も上がることでしょう。本当にありがたい」

「そう言ってもらえると光栄ですね……我々も全力を尽くしますので、よろしくお願いします」

「ふん……海で水遊びに興じる暇人共に心配されるいわれも感謝されるいわれもないわ。以前、冬の海でやっていたよりはましな戦いをしてくれるのだろうな? 陸が気になっていたなどと言うたわけた言い訳は聞くつもりはないゆえ、せいぜい死力を尽くすがいい」

「『こちらの心配はいらないし、自分達の意思で身を投じる戦いだから感謝も必要ない。軍艦で海に出て戦うということだけど、前みたいに冬の海じゃないのはよかったな。あなた達の背中……陸は我々が全力で守るから、気にせず存分に力を振るってくれ、あなた方の健闘を祈る』だそうです」

「……左様ですか」

 慣れた様子で通訳をこなすクレヴィアと、不遜そうな態度(態度だけ)を崩さないノウザー。
 噂に聞いてはいたが、目の前の男の、外見とはかけ離れた善人ぶりを聞いて、乾いた笑いになる軍人だった。

 一部地域で有名な、世紀末覇者のごとき見た目ながら誰よりも優しいと評判の、男の中の男は……今日も平常運転だった。

「我々も全力を尽くします。こちらも、王都より、ウィレンスタット公爵を含む歴戦の軍人が幾人も従軍しておりますゆえ、あなた方の機体を裏切らない働きをお見せできるでしょう」

「ウィレンスタット……! 王家の懐刀が……」

「猛毒の刃か……なるほど、国軍も本気のようだな」

 オリビアの生家、ウィレンスタット公爵家。
 その固有の体質、ないし魔力である『毒の魔力』は、相手にもよるがかすり傷すら致命傷に変える力を持つ。使いどころは難しいが、国軍における切り札の1つだった。

 そのいわば『伝家の宝刀』を抜くつもりだと知り、王都のファルビューナ女王達がいかに本気であるかを、改めてクレヴィアとノウザーは悟っていた。

 それならば言葉通り、心配はいらないのだろう、とも。


 ☆☆☆


 シャラムスカ皇国・聖都。
 中心部にある大聖堂の、さらに奥にある『聖女』の執務室で、聖女アエルイルシャリウスことネフィアットは、PCを開いて、遠くにいる相手と通信していた。

 相手は、念話でも到底届かない距離……『ニアキュドラ共和国』にいる、レジーナだ。
 ミナトつながりで仲良くなった2人は、時たまこうして連絡を取って愚痴を言い合ったり、励まし合ったり、色々と相談する仲になっていた。

『そっか、じゃあそっちは一応準備もできてるんだね』

「ええ、聖騎士の皆さんに加えて、各貴族の私兵も動員するかたちで、聖都や主要な都市の守りを固めています。幸い、我が国は国内に『ライン』が少ないので、配置もかなり効率的に決められたみたいで」

『うちもそうだよ。もっとも、うちは軍事力がさ……他の大国に比べてちょっと難があるから、割とミナトだよりなんだよね』

 そう言って、画面の向こうでバツが悪そうにするレジーナ。

 彼女が言った通り、ニアキュドラ共和国は軍事面でまだ不安を抱えている。
 クーデターによる傷はほぼ塞がったとはいえ、あの一件で国力が大きく減退してしまったのは事実である。

 それに加えて、それまでの暗愚な統治によって国自体がダメージを受けていたことや、領内に追おう苦存在する亜人の集落との折衝にも力を割いていた。

 そのため、少ないとはいえ『ライン』の監視と対応に割く力に不安があり……それを穴埋めするために、ミナトを頼ったのだった。

『『CPUM』……だったかな、人工モンスターって奴を都合してもらってさ。ミナトってば、自分もこの国とは無関係じゃないからって、随分性能のいいの売ってくれたんだ』

「そうなのですか……それは頼もしいですね」

『うん、数で抑え込むのはうちの軍でもどうにかなるから、ミナト印のアレらはここぞってところで使うみたい。そういえば……そっちもミナトが防衛に一枚かんでるんだっけ?』

「はい。聖都の復興の際に……どうせなら機能を強化した方がいいと思って、ミナトさんに依頼としてお願いしたんです。ソフィー達やソニアには『えー』って顔されましたけど……それでも、ミナトさんが太鼓判押してくれるだけあって、防衛能力はすごいんですよ!」

『そっかー……あーまあ、ミナトの本気とかちょっと怖いけど……うん、まあ頼もしいは頼もしいよね……いやむしろ見てみたいかも?』

「ご覧になりますか? もし襲撃が起こって、その際にレジーナさんがお手すきでしたら、テレビ通話で……」

『ちょっとちょっとよしなって、襲撃されたらなんて縁起でもないこと考えるのはさあ。何もないのが一番だよ』

「そうですね。誰も死なない、傷つかないのが一番ですよね。……でも、そうしてくれない人達が……いますから」

『それはね、もうどうしようもないよ……コレをしのげば、国も本腰入れてあの悪の秘密結社を叩きにかかるだろうから、それを信じて待とうね』

「はい」


 ☆☆☆


 そして、アルマンド大陸からは離れた……こんな場所にまでも。

「タマモ様、準備、全て整いましてございます」

「我ら一同、いつでも出られるでござる」

「そう……短い期間でよく整えてくれたわね。まだ、キリツナの一件の傷跡も深い中で」

「泣き言を言っている場合ではありませんからね。ここで下手を売ったりしたら、あの騒乱から国を守ってくれたミナトさん達にも申し訳ないですの」

「(こくり)それに、表側の人達も頑張った。あの戦争以上に得体のしれない、よくわからない事態にもかかわらず、よく動いてくれた」

「これまたミナトさん経由ですけど、迅速に情報が届きましたからね~。もともと『鳳凰』様とちょくちょく会って話してたみたいでしたし、きちんとこっちの方も気にかけてくれていたようで~」

 大陸より東、大海を挟んだ位置にある『ヤマト皇国』。

 その国において、裏の支配者と言っていい立ち位置に君臨し……さらに、この国において最強の妖怪である『八妖星』のトップである女傑・タマモ。
 そして、その5人の側近……マツリ、イヅナ、ミフユ、サキ、ヒナタ。

 彼女達もまた、訪れるかもしれない戦いを前に、備えを進めていた。
 『ライン』はアルマンド大陸のみならず、同じように地脈が通っている『ヤマト皇国』にも数本現れていたのだ。

 タマモを経由してその概要を知った『帝』は、すぐさま表側の軍を動員して対応に当たるが、裏でタマモ達も同様に動いていた。
 もし『ライン』が完成すれば、そこから出てくるのは、凡百の兵士がいくら集まろうとも相手にならないような強力な龍だ。

 そうなれば、自分達や、他の『八妖星』が出るより他にない。既に話は通してあり……少なくとも縄張りの防衛に関しては手を貸してくれる旨、確約を立ててあった。

「全く……ここ最近の短い間に、立て続けに大事件がよくもまあ起こるものね……まあ、この国を後にする前の最後の大仕事と考えれば、悪くはないけれど」

「本気でここを出るつもりなんですね~……まあ、私達はどこまでもついていきますけど~」

「『帝』も最近は、タマモ様以外の女を閨に呼ぶことも増えてますしね……恐るべし思考誘導」

「それでも、ここまで形にした国を……それこそ、あの『妖怪大戦争』……ふふっ、ミナトもよく言ったものよね。まあ、それを乗り越えた国を、今度はよそ者なんかに滅茶苦茶にされるつもりはないわ。きっちり守って、あと腐れなく……やるわよ、皆」

「「「応!」」」


 ☆☆☆


 そして、各国が準備を進める中……ミナトは、『D2ラボ』にいた。

 目の前には、巨大なガラス――に見えるが実際はもっと強固な、透明な魔法金属の類――でできた試験管のような物体があった。

 薬液で満たされたその中には……体中に管が繋がれた、黒い龍が浮いていた。

 ぴくりともしないが、口元から時折、コポポ……と気泡が漏れ出ているため、死んでいるわけではないのがわかる。

 ふっと気づいたように、その目がわずかに開かれ……試験管の前に立っているミナトと目が合う。

 ミナトはたった一言、

「明日だよ」

 とだけ告げた。

 それが聞こえたのか、黒い龍……ゼットは、再び目を閉じた。
 ミナトはしばらくの間それを見ていたが、ふぅ、と息をついて踵を返し、その一室を後にした。

 部屋を出る直前に、数日前に行った……これとは別な試験管ごしの、この龍とのやり取りを、
 そして、ここ数日のことを思い返し……



『ホントお前、とんでもない自己治癒力だね……色々いい薬使ったとはいえ、ここまで早く回復するなんてさ。この分なら本番の戦いにはギリ間に合うよ』

『しかも、案の定前より強くなってるし……』

『けど……残念だけど、聞いた話の限りじゃ……まだ、その『ジャバウォック』ってのに勝つのは……ちょっと厳しいかもね。病み上がりだってことを差し引いても……向こうは全然本気じゃなかったんだろうし』

『でも、お前は戦おうとするだろ? 負けたままだっていうのはもちろん、お前、エータちゃんのこと大好きだもんね。あの子を傷つけた奴を、絶対許さないだろ?』

『それで無理して突っ込んでいって、今度こそ死なれたりしたら……エータちゃん絶対泣くだろうし……ぶっちゃけ、僕も気分よくないんだよ。何だかんだで、お前とは変な縁もあるしさ』

『そこで、提案なんだけどさ……お前さえよければなんだけど……』





『……ちょっとばかり、悪魔に魂を売ってみる覚悟はあるかい?』





「……さすがにちょっとやり過ぎたかもなー……」




 そんなミナトの一言を最後に、ラボには静寂が戻ってきた。



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