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第23章 幻の英雄
第560話 突入準備
しおりを挟む今しがた僕が叩き壊した結界は、城だけでなく、その周囲の地面……というか、周囲のかなり広い範囲のエリアを丸ごと覆い隠して、隔絶してしまっていたようだ。
その証拠に、僕が結界を壊した直後、周囲の空気が一変した。
景色とか地形は大きくは変わらなかったけど……代わりにというか何というか、かなり『賑やか』になった。
さっきまでここのエリアは、龍も魔物もほとんどおらず、動物はいれどもやはりそこまで多くなく、かなり穏やかで住みやすそうな環境だった。
母さん達との雑談で、『確かに住みやすそうな場所だ』『追い出された龍達かわいそ』なんて話してたくらいだし。
けど、本当の姿を現したこのエリアは……動物も魔物も、あっちこっちにうじゃじゃいる。
それも、様々な種類の魔物たちが……そこら中にいる。ほぼどこ見ても何かしらいる。
そしてなんというか、食物連鎖が盛んだ。
弱い、小さい魔物や動物を、それよりも大きい魔物や動物が食らい、それをさらに大きな奴らが……という風に、あっちこっちで戦いが起こっている。
そしてそれらの頂点に立つのが……龍だ。
時折飛来する龍が、大小の魔物に襲い掛かって瞬く間に仕留め、その場で食らいついたり、ガシッと足でつかんで飛び去ってお持ち帰りしていく。巣で食べるのかな?
そんな魔物たちに見つからないように、僕らは船のステルス系機能を全開にしつつ、手早く出発の準備を進めている。
「けどまあ、一変したわね……景色から何から」
軽鎧や剣を身に着け、武装をすでに済ませたシェリーが、窓の外の景色を見ながら、感心したような呆れたような口調でそう呟いた。
その隣で、武器の状態をチェックしながら、エルクがからかうように声をかける。
「シェリーにとっては楽しそうに見える感じなんじゃない? あっちでもこっちでも戦ってばっかりだし、強そうな魔物もそこら中にいるしね」
「それはまあ、否定しないけどさ……なーんかこう、妙な感じがするのよね」
「妙、と言いますと?」
ナナがそう聞き返すと、シェリーは腕組みをして『うーん』と考えながら、
「戦いにしろ食事にしろ、すごく活発に動いてるのは見た感じわかるんだけど……どうも不自然っていうかさ? エルクちゃんって、闘技場とか見たことある?」
「闘技場、って……あの、魔物同士を戦わせたり、人間と魔物が戦ったりするあれ?」
「そうそれ」
シェリーが言ってるのは、『コロシアム』とか『コロッセオ』とも呼ばれる、ある種の娯楽施設のことだ。
ファンタジー物の漫画や小説とか見てると……いや、ファンタジーに限らず、SFや中世的な世界観の映画とかでも時々目にすることがある。それこそ、前世の世界でも、古代ローマとかでは行われていた過去があるくらいのものだ。
もちろん、この世界にもある。僕はあんまり行ったことないけど。
あらかじめ捕獲しておいた猛獣やら魔物やらと、同じ猛獣や魔物、あるいは人間を戦わせる。
人間が戦う場合は、そいつは自ら名乗りを上げた志願者だったり、無理やり戦わされる奴隷とかだったりする。
そして観客は、その戦いを見て楽しんだり、勝敗を予想して賭けを行ったりする……という感じの娯楽である。
血の気の多い奴らや、こういう言い方はなんだけど……過激なシーンが好きな奴らには好評な見世物だ。
で、なんで今シェリーは唐突にそんなものについて話題に挙げたのかというと、
「ああいう場所で戦わされる魔物ってさ、わざと凶暴になるように食事抜かれたり、無理やり興奮させるための薬とか使われてたりするじゃない? ……なんかここから見てる感じ、あの魔物達もそんな風にされてる感じがしてさ」
「薬品とかを使って、無理やり興奮させられてるってことですか?」
「んー、いや、なんとなくそう見えるってだけなんだけどさ」
本当に単なる直感みたいなもので言っているらしく、シェリーは少し自信なさげだ。
けど……その予想、多分だけど、間違ってないと思うんだよね。
なぜかって言うと、僕もなんとなく、そんな気がしてるから。
そしてもう1つ……これと同じような状況を、前にも見たことがあるから。
「薬品じゃなくて、マジックアイテムかもね」
「? ミナト、それどういうこと?」
僕がぽつりとつぶやいたそれをエルクが聞きとめて、そう聞いてきた。
他の面々も……それこそシェリーも含めて皆気になるらしく、こっちに視線を向けてきている。
「僕の方もなんとなく、なんだけどさ……なんかこのあたりの空気、『樹海』に近い気がするんだ」
「『樹海』って……ひょっとして『グラドエルの樹海』? あんたが生まれ育ったっていう」
「ああ、お義母様とミナトが幼少期を過ごしたっていう、あの?」
「危険区域としてのランクAA。そこらへんにAランク前後の魔物がゴロゴロ出てくる、訓練された軍隊でも油断すると簡単に全滅するっていう、あの?」
三段活用みたいな聞き返しをどうも。
エルクと義姉さんとザリーの、打ち合わせもしてないのに見事な質問コンボには心の中で拍手しつつ、それについては肯定しておく。そうです、その樹海です。
なお、ザリーが言ってたように、油断すると正規軍でも壊滅する、地獄みたいな場所であるが……別に油断とかしなくても全滅するけどね。
そして、そんま場所で僕は育った。乳幼児の時期から、16歳で旅立つその時まで。
そんな、懐かしい『グラドエルの樹海』に……なんとなくここは近い空気を感じるのだ。
「それって、ここら一体がそのレベルの危険区域みたいな場所だってこと?」
「いや、そうじゃなくて……あれ、コレ皆に話したことあったかな? 僕が子供の頃の『樹海』ってさ、とあるアイテムの影響で、その地獄っぷりにさらに磨きがかかった場所だったんだけど」
「は?」
エルクの『は?』に加えて、その他の皆の顔を見るに……うん、どうやらまだ話したことなかったみたいだな。
すっっっごい前に一度か二度、話したきりの話になるんだけども……あの頃母さんは、『グラドエルの樹海』の中で、僕を育てながら、とある仕事を進めていた。
その仕事とは、呪われたマジックアイテム……『魔祖の棺』の破壊である。
『魔祖の棺』は、太古の貴重なマジックアイテムがその中に封印された、行ってみれば宝箱であり、非常に頑丈に作られている。どんな武器や工具をもってしても、魔法を使ったとしても、こじ開けたり破壊することはできない。
それに加えて、『魔祖の棺』には……周囲にいる魔物を活性化させるという、呪いそのものといった感じの力があり、存在するだけでその周辺の危険度を挙げてしまう危険なアイテムだった。
母さんは周囲に迷惑をかけずにそれを破壊するために『樹海』にこもっていたわけだが……その母さんでも、破壊するには長い年月を必要とした。
そしてその間中、『魔祖の棺』の呪いによって、『樹海』の魔物達は活性化し、強化され続けていったのである。
「……そんな、地獄に輪をかけた地獄みたいな場所で育ったの、あんた?」
「うん」
呆れと恐怖がちょうどよくブレンドされたエルクのジト目に癒されつつ、話を続けます。
その時の樹海もさ、あっちにもこっちにも魔物がひしめき合ってて、ある程度以上の強さがないと散歩にも行けないっていう、物騒な場所だったんだけど……今になって思い返すと、ちょっと行き過ぎなくらいに魔物たちも凶暴だったし、縄張り争いやら何やら盛んだったな、と思う。
母さんに聞かされた『魔祖の棺』の話に、それでかって半ば納得しちゃったくらいだもの。
……その頃感じていた森の空気と、このあたりの空気が……なんとなく似てる気がするんだよね。
「つまり、何らかのマジックアイテムでこのエリア一帯の魔物が活性化させられてるかもしれないってこと? 『魔祖の棺』みたいに」
「そうだね。……というか、もしかしたらだけど、それこそ『魔祖の棺』そのものがここにあるのかもしれない。『ダモクレス』の連中、『魔祖の棺』を集めてたし」
以前ウェスカーから『いい値段で買い取るから手に入れたらぜひ譲ってほしい』と、『魔祖の棺』について買取の話を持ち掛けられたことを思い出す。
ああして集めていた『棺』を使って、あるいはそれを解析して作り上げた、魔物や動物を活性化させるマジックアイテムを使っているのかも。
……というか、それ系のアイテムについては、すでに『ダモクレス』が開発し使っていることについてはわかっている。
というか、こないだそのサンプルを手に入れたばかりだ。
エレノアさんが『リトラス山』のラインを破壊した後に持って帰ってきてくれた、金色の水晶玉みたいなやつがそれだ。
起動させると、その周囲の魔物や猛獣なんかを活性化させ、性格も攻撃的なものに変えてしまうという効果を持っていた。
もっとも、あれはどうやら使い捨てらしく、一度発動させた後はスイッチを切ることができず、効果が切れればただの水晶玉になってしまうっていうものだったけど。
アレを使って、『神域の龍』による攻撃の効果……世界の混乱をより大きなものにするっていう思惑で作ったものだったんだろうな。
そして、ここでも似たような効果を持つマジックアイテムが……それも、ずっと広範囲に、ずっと長い期間効果を生じさせるものが使われているとみて間違いなさそうだ。
その理由は多分、クローンドラゴンのえさ場としてより質の高い環境を用意するため。
魔物たちが活性化していき、生命活動そのものが活発になれば、どんどんその数も増えていき……それはつまり、ドラゴンのえさも豊富になるということだ。
それと同時に、この周囲に魔物を跋扈させることで、外敵の侵入を防ぐっていう役割もあると思う。
『カオスガーデン』の中にある僕らの拠点や、『暗黒山脈』にあった師匠の邸宅と同じで、『危険区域』の中にあるっていうのはそれだけで。外敵からの安全度が高いからな。
……もちろん、建物とかそのものが『危険区域』の中で存続していけるだけの力があるっていう点が大前提だけど。
(これを単なる餌増幅装置じゃなく、防備として考えた場合……そんなものまで用意してるとなると……いよいよここが、単なる研究施設とかじゃなくて、『ダモクレス』の心臓部だっていう可能性も高まってきたな。はてさて、何が待っているやら……?)
なんて考えているうちに、他の仲間達や、母さん達の準備も終わったみたいだった。
じゃあ、よし……いよいよ出発だ。
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