魔拳のデイドリーマー

osho

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第23章 幻の英雄

第568話 その頃、船の上

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 時は少し遡り……ミナト達が城内に突入してから、少し経ったあたり。

「……ん! 来たみたい」

 オルトヘイム号のコントロールルームで、モニター類をチェックしていたクロエが、一番最初にそれに気づき、すぐに各種バリアの出力を引き上げる。
 同時に、同室にいたネリドラとリュドネラ、それにテオもそれに気付く。

 この分ならもうすでに、甲板にいて番をしてくれている2匹……リリンのペットである、ビィとバベルも気づいているだろう。

 船の周囲をモニターで映し出してみると、全方向からかなりの数のドラゴンが飛んで迫ってきているのが見えた。おそらくは、ミナト達が戦っていたのと同じ『クローンドラゴン』の類だろう。

 しかし中には、彼女達が見たこともない種族も混じっている。ドラゴンというよりは、巨大なトカゲのような見た目のものや、昆虫にドラゴンの爪や鱗、羽が生えたようなもの、体の一部に明らかな人工物が埋め込まれているものまで。
 最後のものに関しては、ミナトが見ていたら『サイボーグ』という表現をしていたことだろう。

 そんな魔物達の中に、異質な者が1体……ないし、1人いることに、すぐにクロエは気づいた。

「……サメ、人間?」

「ミナトが言ってた、サロンダース、って奴じゃないの? サメ系の獣人だって話だし」

 一言で言い表すなら、ネリドラが言った通り……それは、人間の形をしたサメ、とでもいうべき姿をしていた。

 頭はホオジロザメのそれで、体のそれに比して大きすぎるサイズ。それがくっついた人間の肉体はしかし、全体がサメ肌のような質感になっていて、さらにボディビルダーのような、見た目からして筋骨隆々のそれになっていた。

 あまりのバンプアップゆえに、どうやら着ている鎧は内側からはじけて壊れてしまったらしい。

 手足は大きく指は長く、サメのヒレと合わさったような奇妙な形状になっているが、そんな状態でもきちんと自分の剣を握って持てている。

 そして背中……腰のあたりからは、サメの体の後ろ半分と尾びれが、まるで尻尾のように突き出していた。

「お得意の人体改造かな? でも、なんか……」

「なんかさあ、正気失ってるように見えるんだけど」

 モニター越しで、拡大したやや粗い画像でもわかるほどに……サメ人間(推定、サロンダース)の目は、狂気に染まっているように見えた。
 完全に思考能力まで失っているわけではなさそうだが、人間ではなくモンスターの側に行ってしまったと、直感的に分かるような何かを、その目から感じ取れたのだ。

「……改造手術に失敗したとか?」

「あり得る。でもどちらかと言えば……副作用。失敗じゃなくて、必然の代償、みたいな感じだと思う」

「あるいは……無茶、って言い換えてもいいかもね。いくら連中が人体改造に一家言あってもさ、人間の体を……いや獣人だけど、短期間で大きく改造して、元になった肉体や人格に何一つ影響もなく終わらせるなんて、無茶苦茶難しいと思う。それが強力な措置であればあるほどね」

 医者として一流の知識を持つネリドラと、別人格月に彼女と同じ能力を持つリュドネラの見解に、クロエはなるほど、とうなずいた。

「ミナトに潜伏がばれて殺されかけた時点で、『このままじゃ勝てない』ってのは痛感しただろうし、そこからここに来るまでのわずかな間に、無茶な手術……する時間はいくら何でもないと思うけど……投薬とかで強化しようとしたんじゃないかな?」

「けれど、許容範囲を超えてそれを行ってしまった結果、ああなったと?」

「多分」

 クロエらがそんなことを話している間にも、どんどんドラゴン達は近づいてくる。

 もう数十秒もしないうちにこの船を完全包囲し、攻撃を加えてくるだろう。
 そして、こちらが満身創痍となったところで捕虜として捕らえ、人質としてミナト達と交渉。この星から立ち去ることと、今後自分達に敵対しないことを条件に解放……といったところか。
 誰の頭にも簡単に思い浮かぶ発想だった。

「どうしますか、皆さん? 必要でしたら、私も外に出て戦いますが。これでも……この星の龍の中でも、そこそこ闘える方である自覚はあります」

 テオはそう提案してきたが、クロエは『大丈夫』と、何でもないことのように返した。

「こうなることはわかってたから、備えはしてあるよ。テオちゃんに怪我なんかさせるわけにもいかないしね。まあ、ゆっくり座って待ってて」





 そして数十秒後。
 予想通りに到着し、船を取り囲む龍の軍団。

 それを率いている、半人半鮫の怪物となったサロンダースは……以前に比べてまとまらなくなったように感じる思考の中で、それでも己の任務を果たそうとしていた。

(今、ミナト・キャドリーユら主戦力組はこの船にはいない。城の探索に皆入っているはず。この船を守る戦力も激減しているはずだ。もう、ここ以外にチャンスはない)

 攻撃性を強化され、今か今かと出番を待っているクローンドラゴン達を制しながら、拡声効果のあるマジックアイテムを使って呼びかける。

「浮遊戦艦に乗っている、『邪香猫』関係者諸兄に告げる。君達はすでに完全に包囲されている、抵抗は無意味だ、おとなしく投稿してくれたまえ。いう通りにすれば手荒な真似はしないと約束する。抵抗するのであれば……攻撃して力ずくで捕らえさせてもらうことなる。その場合は、全員が生きた状態でとらえることができるかは、正直微妙なところだと言っておく」

『お断りします。そっちこそさっさと帰ってください。今なら見逃してあげますんで。さもないと目を覆いたくなるようなことになると思いますよ。……いやホントに』

 帰ってきたのは拒絶の意思表示。どうやら自分と同じく、拡声器を使い、船の中からこちらに声を届けているらしかった。

 サロンダースにとっては、残念ではあるが、予想できていた反応であるため、特に動揺はない。

 ならば仕方ない、とあっさりと切り替えて、船を全方位から囲むドラゴン達に指示を出す。

「あの『邪香猫』の旗艦だ、ちょっとやそっとの攻撃では壊せないだろうから、思い切り、完全破壊するつもりで攻撃しロ。ただし、中から逃げ出してきた人間がいた場合は攻撃を禁ずる」

 その指示を受けて、ドラゴン達は一斉に船に襲い掛かる。
 あるものは爪と牙で、またあるものは大きく息を吸い込んで、炎のブレスの発射準備に入り、またあるものは魔力を練り上げて魔法攻撃の準備に。

 そしてそれらが、バリアに守られているとはいえ、なぜか抵抗する様子もない……成層圏やその他の場所での戦いで見たような兵装を展開する気配がない『オルトヘイム号』に向けて、とうとう放たれた……その瞬間、
 


 船の甲板から、赤熱した岩石の弾丸と、目もくらむような光を伴った爆炎と雷撃が、全方位に、逃げる隙間もないほど無数に放たれた。
 あまりの密度と苛烈さゆえに、逆に塗り潰されて世界から音が消えるほどだった。



 たったそれだけで、戦闘は終わった。

 甲板で船の番をするために残っていた、ビィとバベル。
 それぞれ、『ソレイユタイガー始原種』と、『コアトータス』という、ランク測定不能の強さを誇る種族であり……ミナトでも『まだちょっと勝てるかどうかわかんない』とまで言う存在。

 彼らが、それも船に被害を出さないように、範囲や威力を加減して放ったその一撃で、クローンドラゴン達は全滅した。
 放った攻撃ごと食い破られ、爆炎と雷撃と火山弾の暴威の前に、なすすべもなく消し飛んだ。

 唯一残っていたのは、直前に察知して、手近にいたクローンドラゴンの1匹を盾にしつつ、全力で障壁を張って防御したサロンダースただ1人だったが……当然、彼も無事ではない。

 全身のサメ肌は焼けただれており、防ぎきれなかったのか、右側の腕と足、それに尻尾の先が消し飛んでなくなっている。剣を右手に持っていたせいで、それも吹き飛んでいた。少し離れたところに、消し炭になって崩れる寸前の柄の一部のようなものが転がっている。
 衝撃によってか。鋭く輝いていた牙も無惨に砕けている。

 かろうじて意識はあるようだが、ダメージが大きすぎて動くこともできないようだ。改造手術によって組み込まれた性質故か、徐々に再生しているようだが……動けるようになるまでに回復するだけの体力が残されているのか、そうだとしてもどれだけ時間がかかるかは微妙なところである。

 そんなサロンダースに、ふと影が差す。
 何かが自分の前に、太陽の光を遮る形で立っていた。

「さすがというか何というか……ビィちゃんもバベルちゃんもおっかないなあ。これが『ランク測定不能』の底力かあ……いや、まだ全然本気じゃなかったくさいけど」

 死屍累々――といっても『死屍』はだいたい消し飛んでそんなに多くないのだが――の戦場跡に舞い降りたのは、戦乙女のような装束に身を包んだ、リュドネラだった。
 戦闘用に作られた義体に、自分の意識をインストールして出てくるという、いつものやり方で、様子を見に飛んで外に出てきたようだ。

 ビィとバベルは、今の一発で役目は終えたと判断したのか、また甲板に寝転がってまどろみ始めている。
 戦略級の大破壊をもたらしたばかりとは思えないほどにのんびりとした様子でくつろぐ2匹に、ある意味で戦慄したような、あるいは呆れたような視線をやった後、リュドネラは『さて』とサロンダースを再び見下ろして言った。

「まさかここから逃げられるなんて思ってないわよね? こっちを殺そうとしたんだから、殺されても文句は言えないし……何か言い残すこととか、ある?」

「……ないヨ。これほど完膚なきまでにやられると……かえって諦めもつく。……ここで死力を尽くして君を1人道連れにしたところで……いや、その体は偽物か。なら、本格的に意味がないというわけカ……悪党にはお似合いの結末というわけだネ」

「……自覚あったんなら、こんなことやらなきゃよかったでしょうに。ドレークさんと一時的にとはいえ切り結ぶくらいの実力なら、他にいくらでもマシな生き方が……」

「そういうのは言いっこなしだヨ。少なくとも私は、私の意思で『財団』に入り、総裁の意思に賛同した上で、彼に仕えていた。このような結果になったとはいえ、そこに後悔はない」

「あっそう。じゃ……今まで、お疲れ様」

 手に持っていた槍……というにはあまりにメカメカしい見た目のそれを、切っ先を下に向けて……サロンダースに突き付けるようにするリュドネラ。
 その切っ先が二つに分かれ、間にバチバチと火花が散り、エネルギーが収束していく。

「随分とまあ、派手に決めてくれるようだネ」

「生憎私、そんなに強くないのよね。再生能力もある改造人間を倒せるほどには。だから、まあ……道具に頼らせてもらうわ」

「かまわないヨ。ことここに至って、死に様にこだわるつもりもないしネ」

 そして、たっぷり10秒ほどもかかったチャージの後、槍の切っ先から閃光があふれ出し……直撃したサロンダースの体は……放たれた熱戦によってきれいに焼却され、後には何も残らなかった。

 少し待って、復活したり、死んだふりをしてから奇襲して来る様子もない――少なくとも今のところは、だが――ことを確認したリュドネラは、武器を収めて船に戻っていった。



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