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最終章 エピソード・オブ・デイドリーマーズ
第602話 歴史の中の『異物』
しおりを挟む6:4。
現時点での、僕とこいつの勝率の見込みである。
一応、まだ僕が6だ。
肉体強度は、本気で僕が身体強化すれば五分五分だし、各種アイテムも含めて引き出しの多彩さは僕が圧倒的に勝っているから、対応する手段は多い。
ただ、向こうはこうしている間にもどんどん強くなるうえ……ウェスカーやハイロックの『技』をどんどんものにしているので、その差はつめられつつある。
今はまだ、単純な肉弾戦に加えて、その合間を縫うようにウェスカーの技を使って遠距離攻撃や技と技の繋ぎに……って感じの、シンプルな戦い方しかできていない。
けど、これがどんどん応用を効かせたものになっていくまでに、そう時間はかからないだろう。
だって、数分前までは体感『7:3』だったのが、もう『6:4』になってるんだもんな……油断なんてできやしない。むしろ、今もう追い詰められつつあると見るべきだ。
スタミナ切れになる様子も全然ないし――まあそれはこっちもだが――時間は僕の敵だな。
僕の見込みでは、もう1時間、いや30分もする頃には……どんどんこいつはその肉体が持つ力に慣れていき……さっきの数字は逆転するだろう。
そうなる前に勝負をかけるべき……なのはわかってるんだけど、それはそれでリスキーなんだよな……。
今もこうして、殴りかかってきた……えーと、『M2』の手を取って投げ飛ばそうとするけど、投げるより速く、というか勢いよくM2の方から跳んで僕の頭の上を飛び越え、逆に服を掴んで僕を投げ飛ばす。
それを受け身を取って、同時に反撃の蹴りを繰り出そうとすると、出足をつぶされて横に打ち払われ、カウンターで僕のみぞおちに肘がめり込む。
が、同時に後ろに僕が飛んだので衝撃はほぼ逃がせた。
そこにさらに飛び込んで追撃して来るM2だけど、今の一瞬で僕が地面に設置していた魔力地雷に引っかかって真上に吹き飛ぶ。
そこに追撃して飛び蹴り。
M2は腕で受け止めようとするけど、直前でフェイントをかけて僕はそれを空中かかと落としに変え……しかしこれも読まれてもう片方の腕で防がれる。
が、その瞬間僕が懐から取り出した爆弾を投げつけ、僕自身はM2の体を蹴って離れる。
直後、ミサイル級の威力の大爆発が起こり、M2を飲み込んだ。
「これでかすり傷でもできていてくれれば…………無理かぁ」
十数秒後。
そこには何事もなかったかのようにたたずんでいるM2の姿が。
多少服や装備が汚れたり破損したりはしているようだけど、それだけだ。負傷らしい負傷は見られない。
少なくとも数m地面が陥没するレベルの爆炎・爆風にさらされたはずなのにも関わらずだ。
……まあ、僕もあのくらいなら無傷で耐えられるだろうから……予想はできてたが。
しかも、たとえ傷ついたとしても、あっちは再生能力持ちっぽいからな。母さんに見せてもらった『記憶』の中で、傷つけられてもあっという間に再生していく光景があったから。
けど、『傷ついた』場面があったってことは、少なくともあいつは無敵じゃないってことだ……今の僕よりも弱い、母さん達でも、負傷させられる程度には。
今こうして、ミサイル級の爆発でも無傷なのは、どんどん肉体・魔力その他の扱いが巧みになっていって、身体強化による防御力の上昇、およびその発動速度が上がってきてるから。
……逆に言えばそれは、これ以上時間をかけると、今以上に絶望的なフィジカルを手に入れられてしまう……ということでもある。
やっぱ、時間はかけられないな。イチかバチか総攻撃に出るしか……
なんてことを考えてたら……なんかM2がじっとこっちを見て来てることに気づいた。
攻撃の手を止めて、じーっと見てくる。え、何?
「……やはり、君の戦い方は参考になるね。戦ってるうちに、この体の使い方がどんどんわかってくるよ」
「!」
さっきまで無言、あるいは、ぽつりと単語だけ呟く程度だったM2が、流暢に話せるようになっていることに……さすがに驚く。
生まれて間もない程度+人工的に成長させたレベルの知能だな、って感じだったんだけど……どうやらすごいスピードで成長してるのは、戦闘能力だけじゃなかったらしい……
「ん? そんなに意外かニャ? 僕がこんニャ風にすらすらしゃべるのが」
……と思ったんだけど間違いだったかな?
「なんじゃ、どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしおって。今この瞬間に不意打ちされでもしていたらどうする気だったのかしら?」
「……えっと、何その口調?」
なんかコロコロ変わっててキャラが安定してないよ!? 何事!?
「ん? ああ……なんか上手く話せねえな……なんとなく頭に浮かんだ喋り方がそのまま出て来てる感じなんだが……寝ぼけてた間に見聞きした言葉とか口調が混じってんのかもしんねえ」
……あ、言われてみれば確かに……今ずらっと出てきたの全部、『女楼蜘蛛』の皆さんの口調だ。
混じってるんだ。一番わかりやすい『ニャ』はエレノアさんで……すましたようなアイリーンさんの口調や、テーガンさんのジジイ口調、ぶっきらぼうな師匠の口調に、女らしいのは……母さんかテレサさんだな。
睡眠学習、あるいは胎教みたいな感じで、それらを教材にして学習しちゃったせいで、さっきまで聞いてた相手の口調が移ったというか……こんがらがってるのか。
「んー、中々難しいな……まーいいか、気にしなくても内容がわかればいいでしょ。で……生まれたばかりの僕がこんな風に流ちょうに話すのが意外?」
「……まあ、正直に言えば。でも、その割にはきちんと状況とかも把握できてるみたいだけど」
「一応、なんか頭の中に最初から知識とかそのへんは詰め込まれてたみたいでね。さっきまでは寝ぼけてて、なんとなくで戦ってたけど……今は割とはっきり把握してるよ。自分が人工的に生み出された生物で、どっかのだれかの変な目的に利用されようとしてるってことも含めて」
ホントに正確に把握してるな。自分が人造人間だってことまで……けど、それで動揺とかしてる様子も何もない。
でも、それなら……
「あー、正確に把握できてるなら……ひとまず話し合ってみない? さっきまで『なんとなく』で戦ってたなら……今ここから先も僕らと戦う理由とかはないわけでしょ?」
予想よりはるかにしっかりした自我ができている。
なおかつ、自分がバイラスによって作られ、利用されようとしていることがわかってるなら……率直な話、戦わずに話し合いで解決することもできるんじゃないか、と思った。
母さんが殺されそうになってたのは、あの時はまあ『絶許』とか思ってたわけだが、よくよく考えればこいつだって、勝手に生み出された挙句バイラスに利用されようとしている被害者と言えなくも……
「あ、ごめんそれは無理」
「え、何で?」
「状況はわかってるけど……君達と仲良くするのは無理。悪いけど君も……さっき逃げた女の人や女の子達も、皆、殺さなきゃいけない」
……どストレートに僕や、エルク達や母さん達を『殺す』なんて言われれば、そりゃカチンともくる。
けど一応、理由は聞いておこうか。
「理由はね……『欲しい』から、かな」
「『欲しい』? 何が?」
「全部。あの子達も、あの女の人達も……僕の記憶の中にいる全てのもの、こと、人……それに、この世界そのものも。そして……君も」
……なんか、やたら壮大?な……どこぞの悪の大魔王みたいなこと言い出したんだけど。
え、何? 世界征服でも目指すつもりなの、この人造人間。バイラスの思惑すら離れて悪の大魔王が異世界に降臨ですか?
唐突……というか、明後日の方向すぎる。さすがに意味が分からない。
というか、エルク達や母さん達……それに、僕が欲しいって? いったい何を言ってる?
「僕はさ……全部欲しいんだ。せっかくこの世に生まれられたんだから、全部欲しい。手に入らないものも、入らなかったものも、入らないであろうものも……皆で一緒に、仲良く幸せになりたいんだよ。それに、どうせならって言うか、きっとその方が僕の生みの親も喜んでくれると思うし」
「……ごめん、さっきから何言ってるのか本気でわかんないんだけど。殺すとか、しあわせとか、仲良くとか……えっと、なぞなぞか何か?」
「いや、そのままの意味だよ。皆で幸せになれる、優しい、正しい世界を作りたい。僕の生みの親……バイラスや、そのまた生みの親である『聖女』がそう願ったように。同時に、君達とも幸せに暮らしたいし、君達以外とも……それこそ、君達とも僕らとも仲良くできなかった敵達とも仲良くなって、皆で一緒にこの世界で暮らせたら……嬉しいし、楽しいし、幸せだと思う」
「……そう思うなら、どうして僕らを『殺す』なんて話のなるの?」
「絶対邪魔されるからね、君達の信条その他的に考えて」
……つまり、具体的に『どうなりたいか』のビジョンはともかくとして……絶対に邪魔されるようなことをその過程でするつもりだと?
M2は少し『うーん』と考えて……どうやら話すことをまとめてから、
「……単純に考えて……君達とバイラスが仲良くするのって無理でしょ?」
「……まあ、それは……うん」
互いに宿敵、ないし仇敵って言ってもいいくらいに徹底的に敵対したからね。
向こうは最初、敵対しなければ何もしません的な立ち位置だった気がするけど、あまりにも看過できないレベルのことを平然と全世界規模でやろうとするから、腹決めて徹底的に戦うことを決めたんだっけ。お互いに。
それは僕ら『邪香猫』はもちろん、『女楼蜘蛛』も同じ。
そして『ダモクレス財団』を危険な集団として認知した各国も同じだ。……皆で一緒に幸せに、とは言っても、あいつらを受け入れて仲直り……はさすがに無理だろうな、と正直思う。
そう話すと、M2は『だよね』と一言。
「普通に考えて、バイラス達『ダモクレス』が世界に受け入れられるわけがない。でも僕は全部欲しいから……そうならないように動こうと思ってる。『ダモクレス』が世界の敵にならないように。それでいて、『ダモクレス』の望みをかなえられるように。そして、そのせいで犠牲になってきた人達が、犠牲にならないように」
「…………嫌な予感がするんだけど……どうやって?」
相変わらず、言葉だけ聞くなら、お手本みたいな平和思想だ。
にも関わらず、僕がさっきから嫌な予感しかしていないのは……
「簡単だよ。やり直せばいい。バイラスが時をさかのぼって、邪魔者である『女楼蜘蛛』を消そうとしたように。そして、今こうして君達が『過去』に戻ってその歴史を修正しなおそうとしているように」
……やっぱりか。
「一回だけじゃ上手くいかないかもしれない。現にこうして、バイラスがやり直そうとした時に、色々邪魔が入って上手くいっていないしね。ああ、君達のことだけじゃなくて、それ以外にも不測の事態が色々あって、当初の予定通りにすすんでないみたいなんだ。歴史を変えるなんて大仕事だからね、何がどこでどんな方向に転んでいくかわからないし、すんなり上手くいくとは思えない」
でも、だったら、と続ける。
「何度もやり直す。バイラスは、ごくごく限定された条件下ではあるけど、時間移動の方法を確立していた。それを利用して、この世界にある……色々な勢力や国家の、争いの原因を取り除く。そうすれば、正真正銘、争いのない優しい世界になる」
「……すごいこと考えるね。勤勉とも言えるし、傲慢とも言えるし……普通にこう、一個人が見据える目標じゃないよ」
「そんなのは人それぞれの価値観次第だよ。君が『ローザンパーク』の土地を自分好みに環境ごと改造したように、自分にできる、自分がやりたいスケールで考えてるだけ。僕にとってはそれが、世界丸ごとだったってだけだ。それだけの力も知識も、僕にはある」
「時間を何度もさかのぼれるからって、そんな風に無茶苦茶動いたら、結構世界が大変なことになると思うんだけど……どう考えても、そこまで思い通りに世界が変わったりなんてしないよ?」
今まさに時間遡行して歴史を変えようと……というか戻そうとしてる僕が言うこっちゃないかもだけどさ。
それでも、母さん達を助ける=バイラスによる歴史改変を阻止するっていう一点に絞ってやろうとしてる僕らと、世界そのものを思い通りに変えようとしてるこいつとじゃ、規模が違いすぎる。
さすがにこんなの、バイラスだって無理だって言うんじゃないかな……。
世界を思い通りに動かす、動かせるなんて、そんなのは……まさしく神の視点ないし考え方だ。
「だから何度だってやり直すんだよ。僕の肉体はバイラス同様、寿命が無尽蔵にあるから、何十万年だって生きていられる。何百年間を何万回だってやり直せる。何かが起こった時、皆が『仲良くできない』理由を見つけたら、過去に戻って、手段を択ばずそれをつぶす。それを繰り返せば、『今』は敵同士だとしても……いつかの『今』には笑って一緒にいられる世界になる。……でも……」
「でも?」
「そのためには……君達が邪魔なんだ。『今』の君達が」
そう言って、僕を改めて見てくるM2。
表情は……不気味なほどに、変わらない。さっきまでのまま、見てくる。
「歴史そのものを変えてしまえば……普通、それを察知することなんて誰にもできない。だから、誰も違和感を抱かず、改変された後の世界でそのまま過ごしていく……その、唯一の例外が君だ。ミナト・キャドリーユ……僕のオリジナル」
「…………」
「君達とも仲良く過ごしたいって言ったのは嘘じゃない。でも、色々と考えてはみたものの……君達が僕に協力してくれるビジョンが見えない。それどころか、歴史の改変を悟ってそれを直すために過去に飛んだり、今こうして対峙しているように邪魔される可能性が高いと見てる。そうなるようなことも、僕は選択肢として今もう色々考えてるからね」
「多分だけど、『手段を択ばず歴史を変える』のところでだよね。まあ、話し合いで全部解決できるとか、そんなおめでたいこと考えちゃいないだろうなとは思ってたけど……参考までに、具体的にどうやって?」
「最初はもちろん平和的にどうにかしようとするよ。例えば、貧困が原因で国同士の戦争が起ころうとしてるなら、他の国から食料とかを援助したり、対立する派閥の仲を取り持って仲直りさせたりね。でも、どうしてもそれが無理な場合は……」
「どうするの? 強引に殴って黙らせる?」
「まさか、それじゃ次の戦いの火種になっちゃうよ。そういうときは……『入れ替える』んだ」
「?」
「例えば……一部の腐敗した権力者が原因で起ころうとしてる悲劇がある。悪党の欲望が原因になっているわけだから、人道的なアレコレなんかじゃ解決しない。そういう時は、その原因になってる悪党や、その周辺の仲間達を消して……そこに、『代わり』を置く」
……『代わり』?
それって、もしかして……
「ああ。そいつらのクローンを作って、成り代わらせるんだ。事前に魂から記憶や人格をコピーして作った偽物をね。ただし、本物と違って汚らしい考えなんてものは取り除いて、なおかつ、僕のいうことをきちんと聞いていい子にしてくれる奴になるように、あらかじめ調整しておく」
その後は、適当な時間軸まで戻って……機を見て入れ替わらせる。
本物はそのまま処分し、そこから先は『偽物』に歴史を作らせる。これによって、人の欲望が原因で起ころうとしていた悲劇を未然に防ぐ。
『偽物』は、悲劇の原因を取り除くということと、それ以降無駄な騒乱の原因を作らないってこと以外はそのまま本人なので、それ以降の人生を、その本人として過ごし、そのまま寿命まで生きて死んでもらう。本物として。
そうして歴史は紡がれ、世界は何事もなかったかのように続いていく。起きるはずだった騒乱を、人知れず回避して。
そして、その裏で、誰かを犠牲にして……それもまた、誰にも知られることなく。
「バイラスが掲げた『試練による選別と進歩』なんかよりよっぽど効果的だと思わない? 世界を混乱に陥れるその原因を直接取り除き、なおかつ後に響く反動なんかも抑えられる……特効薬的に世界を平和に導けるだろ? もちろんそのためには、その世界を管理する者が必要になるけど……それは、寿命が存在しない僕がやればいいわけだし」
「……そんな風に場当たり的な、偽装した異物を世界のあちこちに混ぜ込むような真似、危険だと思うけどね。いつか絶対よくないことが起こるよ。生みの親の……バイラスの意図を無視して動き出そうとしてるお前みたいに」
「……君がそれを言うの? ミナト・キャドリーユ。この世界に生れ落ちた……本当は生まれるはずのなかった、まぎれもない『異物』である君が」
「……っ!?」
さすがにぎょっとしてしまった。
その言い方が……僕が、日本という国……というか、『異世界』からの転生者であることまで知られているのか……と。
でも、どうやらそういう意味じゃなかったみたいで……
「君のことは知ってる。インプットされた知識の中にあったからね。君の『最初の母』……アドリアナ・ベネビュラスカ・ベイオリウスが、妊娠中にお腹の中で死んでしまった赤ん坊を禁忌の術で蘇生し……しかしその際、死んだ赤ん坊の魂だけでなく、関係ない君の魂まで呼び寄せてしまい……『君達』は、双子として誕生した。兄であるウェスカーと、弟である君に。君はまぎれもなく……生まれるはずのなかった、いるべきではない場所にいる『異物』だ」
……あ、そっちの方ね。
まあ、それは確かに……異物と言えば異物だな。
転生者の点も一緒に考えれば、それこそ……あの時、飛行機事故で死ぬはずだった僕が、こうして異世界に転生して……こんな風に好き勝手やらせてもらってるんだ。
しかも、自分で言うのもなんだけど、色々と無茶苦茶やってる自覚もあるし……うん、『異物』なんて言われたら、否定はできないな。
「けど、別に僕はそれ自体を否定しようとは思ってないんだ。外ならぬ僕自身もそうだけど、いつ、誰が、どこに生まれるかなんて、子供は……というか、人は選べるわけがないんだからね。『異物』だろうが何だろうが、そこに生まれた以上は自分らしく生きて行けばそれでいいとは思う。そしてだからこそ……『異物』が作る歴史があったっていいじゃないかとは思う。それだって、知りさえしなければ周りの人は『本物』として扱うだろうし、世界は今まで通り回っていくんだから」
「だから、そのお前の『すり替え作戦』も悪いことじゃない、と? すり替えられる『本物』の方はたまったもんじゃないだろうけどね。そいつ自身が悪人だってことを差し引いても……周りの人からすれば、知らないところで大切な人が死んでるんだってのに」
「誰もそれに気づかなければ何も起こってないのと同じだよ。偽物だと、死んだと知るから不幸になるんだ。誰も知らなければ、誰も不幸だなんて思わない。『悲劇』が消えた以外は今までと何一つ変わらないんだから、そのまま幸せに暮らせばいい。世界は何も変わらず、問題なく回り続ける……そして、そのためには……歴史を変えても変わらない君達が邪魔なんだ」
「…………」
「ワンチャン、説明したら君達も理解して仲間になってくれないかと思ってたんだけど、やっぱりダメみたいだね。やっぱり、殺すしかない」
「そして、僕らの偽物を代わりに置くのか?」
「いや、その必要はないよ。この時間は、君達が生きていたそれの170年以上前だ……この時代を生きる『女楼蜘蛛』を殺せば、親がいなくなる君は生まれないだろうけど……他の『邪香猫』のメンバーは、これから先の時代にきちんと別個に生まれてくる。そのまま、『ミナト・キャドリーユと関わらない人生』を歩んでいくだろう。それにわざわざ関わるつもりはないよ」
関わる必要もないからね、とさらりと言うM2。
「あくまで……歴史が変わったことに気が付く、『今ここにいる君達』さえ消せばいいんだ、そうすれば……歴史を変える手段を持っている、それを認識できる僕だけが、この世界の歴史を『調整』することができるようになる。そのために死んでもらうよ、ミナト・キャドリーユ」
そう言って構えなおすM2。
僕も、それに合わせる形で構える。
「もう君に勝ち目はないよ、ミナト・キャドリーユ。さっきまでの……僕が寝ぼけている間に、僕にとどめを刺しておくべきだった。ここまで自我がはっきりすれば……完全にではないものの、僕は僕の中にある技術や能力を全て使える。肉体も、技術も、僕が上だ」
「肉体と技術だけで戦いが決着すると思ってるなら……ちょっと考えが足りてないんじゃないの? そのくらい、僕だっていくらでもひっくり返せる手札は持ってるよ」
「それは不思議なアイテムで? それとも……『ザ・デイドリーマー』で? 前者はともかく、後者は……果たして僕が使えないとでも思ってる?」
「……っ……!?」
「気づいてるんだろ? 僕が……『ザ・デイドリーマー』を使えてるって。そうじゃなきゃ、不死身すら殺す君やリリン・キャドリーユなら、僕の肉体強度や再生能力もぶち抜いて殺せてるはずだもんね。そして……『ザ・デイドリーマー』に対抗できるのは『ザ・デイドリーマー』だけだ。後は……言わなくてもわかるだろ?」
「…………」
「そして、錬度の問題ももうじき解決する。『ザ・デイドリーマー』の力は意思の力だ。自我がはっきりした僕なら、それをより十全に使える……小手先の小細工なんか蹴散らせるくらいにね。そう……ちょうど、いつも君がやってるようにね。わかったろ? 君が僕に勝ててる店が、もう1つもないことが。」
―――その程度でそこのバカのことをわかった気になってるならまだまだね、0歳児。
突然、そんな声が聞こえたかと思うと……対峙している僕とM2のちょうど中間に、突然、魔法陣が現れた。
アイリーンさんが使う、転移魔法のそれだというのが直感的に分かった。
中から出てきたのは……エルク!?
……いや、違う、本人じゃない。魔力で体が構築された分身か。けど、多分コレ、リュドネラがいつも使ってる義体と同じで……遠隔で動かしてるな。
そして、そのエルク(分身)は……手に、何かを持っていて……それを僕に渡してくる。
「はいコレ」
「……? 何これ……ダガー? 2本?」
「うん、秘密兵器」
……秘密兵器?
ぱっと見、ただのダガーナイフにしか見えないんだけど……いや、マジックアイテムっぽいっていうのは見てわかるんだけどさ。
結構な魔力を感じるから、かなりの……それこそ、一般基準で言えばものすごいレベルの品だってことはわかる。それこそ、僕が割と本気で作るアイテムに匹敵するレベルかも。
でも、この戦況を打開するアイテムになり得るかって言うと……
「…………!」
…………いや、これは……もしかして……
……なるほど。さすが僕の嫁だ。僕のこと……そして、僕の『力』のことを、きちんとわかってくれてるな。
コレを使って戦って、勝て、ってことか。
「……見たところ、それほど大した武器には見えないけど……? それが、わざわざ君が持ってきた、僕に勝利するための『秘密兵器』なのかい?」
「そうよ。まあ……知識だけで何もこいつのことをわかってないあんたじゃ、理解できないでしょうけど……ね。あ、ミナト、じゃ私もう帰るから」
「あ、うん……もう?」
「うん、ちょっとこっちはこっちで色々大変だから……っていうか、あんたも帰ってきた後大変だと思うから覚悟しときなさいね?」
「え、大変って何……行っちゃった」
なんか早口に一方的に言ったかと思うと、そのままエルクは……というか、エルクの分身は消えてしまった。
……色々と気になるけど、まあいい。せっかくの嫁の激励だ。しっかり答えないとな。
今しがた届けられた、2本のダガーを両手に持つ。
ただのダガーじゃない。さっきも言った通り、マジックアイテムだ。
というかコレ、僕の気のせいじゃなければ……片方は、エルクの『プリズムブレイザー』を改造したものだと思う。加工したのは、ネリドラと……この時代の師匠だな。
そして、このもう片方は……母さんの『プリズムブレイザー』だな。
そしてその2つを……改造したと言っても、ちょっと外見をいじっただけみたいだ。
性能の方は何も、と言っていいほど手を付けてない。せいぜい、ちょっと強度を上げたくらい? それも誤差の範囲内ってくらいのささやかさだな。
……明確に変わったのは……見た目だけ。
どちらも、透き通った水晶で形作られていた刃が……吸い込まれるような黒になってる。
黒いのに透き通ってるとわかる、不思議な色。黒真珠とか、黒水晶とか、そのへんの色に近い。
そして、その刃の部分に……魔力を込めた塗装がされている。
塗装そのものに特別な力はないだろう。せいぜい、魔力の通りが阻害されないようにするくらいのものだと思う。
問題はデザインだ。
黒いクリスタルの刀身に……エルクのダガーの方は、金色の、小さな猫と梟のシルエット。
もう1つの母さんのダガーは、蜘蛛と、蜘蛛の巣のシルエットが、それぞれ描かれていた。
他人が見たら、『何でデザイン変えただけのこれが秘密兵器なん?』ってなるだろう。
実際、M2もなってるっぽいし。頭の上に『?』が浮かんでるのが見えるようだ。
これで僕のテンションが爆上がりして『ザ・デイドリーマー』が協力になるとかならまだわかるだろうけど……いくらなんでも小道具1つで上がるなんて思ってないだろうしね。
……上がるんだなあ、これが。
まあ、気づけないのも無理はないというか……気づけなくて当然だろう。
M2は……ほんの数日前にあった、『あのこと』を知らないから。
この2本のダガーが僕にとってどんな意味を持つかなんて……うん、わからないだろう。
わからなくていい。どっちみち、やることは変わらない。
僕は、僕たちの未来を守るために……お前の思い描く世界を否定する。
お前を、倒す。
それで、十分だ。
きょとんとしたままのM2の目の前で、僕の体が……闇に包まれていく。
毎度おなじみ、『強化変身』の闇に。
『ダークジョーカー』
『アメイジングジョーカー』
『アルティメットジョーカー』
『エクリプスジョーカー』
『ナイトメアジョーカー』
その、さらに先の姿。
こんなことにならなければ生まれなかったであろう……最終形態をさらに超えた姿。
ただふざけて『こんな感じかもね』って、エルク達と笑い合いながら話していた、その姿。
未来を守るために……僕は、それを手繰り寄せた。
「ナイトメアジョーカー……“ZERO”……!!」
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