魔拳のデイドリーマー

osho

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第16章 摩天楼の聖女

第292話 黒、黒、また黒

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時は少しさかのぼり……ミナト達が、まだバイラスから『試練』について説明を受けていた頃。

「いたぞ、こっちだ!」

「くそっ……ちょこまかと!」

場所は、『シャルム・レル・ナーヴァ』の式典会場。
教会の関係者だけが集められた、今宵の儀式の場は……今、突然の侵入者の襲撃によって騒然としていた。

その侵入者は、音もなく忍び込んで会場の中にいた。
正確には、会場になっている神殿の中に、いつの間にか紛れ込み……そして、突如としてその牙をむいた。

「しかし……なぜ、噂の『義賊』とやらが神殿に!?」

「本物なのか!?」

「わ、私はあれを見たことがある……間違いない、あの装束……本物の『義賊』だ!」

その者は、まるで自らの存在を誇示するかのように……明るい月光をバックに背負い、衆目の面前に姿をさらしていた。高い位置にあるバルコニーの手すりに危なげなく立ち、わずかもぐらついたりする様子はない。

まるで、意図して注目を集めるようにそこに立つ『義賊』。
その姿は……世間に噂され、その被害にあった一部の貴族や商人たちの間でささやかれているそれと同じであった。

夜風を受けてたなびく、長い髪。
細身のシルエットは、体のラインがぴったりと出るような装束に覆われていて……しかし、露出している個所はごくごく少なく、顔の下半分や首回りくらいのように見えた。

顔にも仮面が付けられており、大部分がそれで隠されている。こちらは体とは逆で、輪郭もろくに分からないものだった。恐らくは正体を悟らせないためのものであろうと予想できる。

煽情的とも思えるようなそのいでたちに、しかしこの場で情欲を感じている者などいなかった。
ほとんどの者が困惑に心中を支配され、わずかにいらだちや怒りを感じている者が混じっていた。主に、義賊によって自分の家や、参加の貴族や商人を襲われた者達だが。

そして、彼らの大多数が覚えている『困惑』の理由というのは……他でもない。この女義賊が、盗みの標的にする者達に共通する、ある特徴についてだ。

女義賊・フーリーは、『義賊』の名の通り……簡単に言えば、『悪者』からしか奪わない。
今までは、法を犯し、民を泣かせ、不当に利益を上げているような者達のみをターゲットとし、その拠点に殴り込みをかけて、財を強奪していっていた。

私兵や罠などのセキュリティをものともせず、力ずくで粉砕・突破。いっそ関心すら覚えるほどに、堂々と強奪。そのまま、その身体能力で追っ手を振り切り、闇夜に姿を消す。

それを考えると……気になる点が1つあった。

「し、しかし……女義賊は、悪徳商人や、汚職に手を染めた貴族しか狙わないのでは!?」

「ここに出席している誰かが標的なのか? それとも……ここそのものが……」

「バカな! ここは神殿だぞ!? 義賊に狙われるような悪行など、あってたまるか!」

自分達が、そして義賊が今いるここは……『シャルム教』の神殿。貴族の屋敷でも、大商人の店舗でもない。れっきとした宗教施設なのだ。
しかし、ここに『フーリー』は侵入してきて……こうして暴れている。

今までの法則にのっとれば、それが意味することは1つだが……ここにそろっている面々の大半は、それを信じることなどできなかった。

「何かの間違いに決まっている! この神殿に、悪行によってなされた財など、あるわけがない」

「大方義賊が間違えたか……あるいは、ただ単に金に目がくらんで盗みにきただけだ! 衛兵、何をしている! 早くその不届き者を捉えろ!」

それに合わせたわけではないだろうが、誰かの叫び声にも似た命令と同時に……何人もの私兵が、バルコニーの入り口から殺到して『フーリー』に迫る。

すると、フーリーはその場から飛び降り……むしろさらに多くの兵たちがいる広場に降り立った。十数メートルもの高さから飛び降りたにも関わらず、足を痛めた様子もなく……ごく自然に。

驚愕から生まれた一瞬の沈黙の後、当然のようにそこに兵士たちが殺到するが……それに対してのフーリーの反応は、いたってシンプルなものだった。
ただ単に……いつもと同じようにする。それだけだ。

やることはただ1つ。
正面から粉砕する。それだけだ。

比喩表現でも何でもなく……フーリーは、真正面から、兵士たちを返り討ちにしていた。

正面から切りかかってきた兵士の剣を、横凪に拳を振るって真っ二つにへし折る。
返す刀で、その兵士の腹にも拳を入れ……ドゴォン!! という轟音と共に、兵士は神殿の塀の向こう側まで飛んでいった。

また別な兵士には、盾と鎧を粉砕して蹴りを叩き込んで気絶させ、

後ろから奇襲をかけて来た兵士には、後ろ回し蹴りで水平に吹き飛ばし、

時には兵士をつかんで別な兵士めがけて投げ飛ばしたり、一度の蹴りで数人を一度になぎ倒して戦闘不能にさせたり、十数人の包囲網を飛び越え、バリケードを真正面から押し返したりもした。

フーリーを『義賊』として、貴族達に恐れさせる……その、財を奪われること以上に大きな要素が、この戦闘能力だった。
武器も使わず、徒手空拳だけで……武装した貴族の私兵を、いともたやすく蹴散らす。

剣も、魔法も、罠も……何も効かない。全てかわされ、あるいは拳で粉砕される。

今日この場においてもそれは同様で、剣も、槍も、矢も、魔法さえも、ことごとく撃ち落とされ、無力化されていた。文字通り砕かれて力なく転がる残骸の数々……そして、その持ち主も、現状死人こそ出てはいないものの、死屍累々と言った様子で転がっている。

神殿の衛兵に加え、数多くの私兵に守られていることで安心していた参加者達も、苦も無くそれらを蹴散らすフーリーの強さに、不安と恐怖を覚え始めていた。

何かを盗む様子もなく、ただ兵士たちを叩きのめし続けるこの女は、一体何が目的でここにきているのか。
ひょっとすると、自分達を害することがその目的なのではないか。もしそうだとしたら、自分達はどうすればいいのか。

そんな疑問を誰もが心に抱く中、フーリーは周囲を見回しながら何かを探すような仕草をする。
先程から何度も繰り返されるこの行動に、焦って状況が見えなくなっているお偉方の一部以外は皆、この女義賊が何かを探している――ように見える――ということに気づいていた。

式典会場を縦横無尽に、しかし無作為にも見えるほどに端から端まで飛び回り、しかし何も盗んだり、襲ったりする様子も――向かって来た衛兵を返り討ちにしたのは除くが――ない。

……皆がそう思っていた、その時。

ふいに、何かに目を止めたフーリーは、方向転換して会場の一角……式典の中の、宗教儀式に使われる祭具が置かれているスペースに足を運んだ。
そして、その中の1つ。石製の、縦横2mほどの大きさがある祭壇を見据え……次の瞬間、突き出した拳で木っ端微塵に粉砕した。

細腕から繰り出された拳の一撃で、かなりの大きさの石の祭壇が砕かれたのに驚いて……あるいは、貴重かつ重要な宗教的遺産が破壊されたことにショックを受けて、会場のあちこちから悲鳴が上がる。

しかし、その数秒後……悲鳴の代わりに、困惑から来るどよめきが会場を支配した。

破壊された祭壇の内側に、謎の空洞があり……そこに手を突っ込んだフーリーが、両手でも一抱えあるような大きさの、頑丈そうな革製の袋を持ち上げて引っ張り出した。
その中から……入っていたらしいものを、雑に、無造作につかみ出した。

黄金色に輝きを放つ、何本もの金の延べ棒を。

夜の闇を押しのける照明設備の光に照らされ、その場にいた参加者達の視線にさらされたそれらは……この女義賊が何を狙ってここに忍び込んだのかをその場で知らしめた。

フーリーはさらに、その祭壇を見回すように調べると……砕かれず無事だった部分に、開閉する仕掛けのようなものを見つけて、パカパカと開け閉めする。

「手の込んだことを……おかげで余計に手間がかかった。それに……まだあるな」

そしてフーリーは、おそらくは金塊がぎっしり詰まっているのであろう袋を肩に担ぐようにすると、その場で跳躍し……会場を囲む塀の上に立った。

あの量の黄金となれば、重さも相応になる。そんな荷物を持ちながら、ただでさえ高く、常人ではどれだけ跳ねても手の指先すらかすりもしないであろう場所に跳び乗ったことに、その場にいた全員が驚く中、

「……残りは後日、家まで直接取りに行かせてもらう。あえて誰にとは言わないが……心当たりのある者は、せいぜい注意しておくことだ」

覆面越しのくぐもった声でそう言い残して、塀の上から跳び去った。

唖然としてその様子を見送った彼ら、彼女らが……悲鳴や怒号を飛びかわせ、今まで押さえつけられていた分のパニックがその場に噴き出すまで、数秒ほどだった。

この夜の出来事は、すぐに各界に知れ渡ることとなる。

どこかの誰かが、罰当たりにも儀式用の祭壇に隠していた……おそらくは汚れた部類の宝を、嗅ぎつけて来た『義賊』が奪い去った。去り際に、次の犯行予告まで残して。

それは最初から最後まで、式典参加者の目の前で行われた。
にも関わらず、参加者の護衛たちや、神殿警護の衛兵たちは、それを止められず一蹴された。

そんな話が……翌日の昼前までに、全体に蔓延することとなる。



……しかし、

『その後』の話までは……ごく限られた面々の耳に入ったのみであった。



「…………っ!?」

「……あり? 今の……え、ちょっと今の人!? ストップちょっと!」



夜の闇の中、そこに溶け込むような、黒を基調とした装束で、屋根から屋根へ跳び回り、疾駆していた女義賊・フーリー。

遮るものなど何もないはずの、道なき道を走っていたその途中に……彼女は、同じく黒メインの装束で空を駆ける、1人の少年とすれ違っていた。



☆☆☆

「……あり? 今の……え、ちょっと今の人!? ストップちょっと!」

屋根の上を走っていたら、女の子とすれ違った。

…………いやいやいや、どういう状況だよ?
けど、今実際に女の子(っぽい奴)とすれ違っ…………あ、そっか今の『義賊』か!

よく思い出してみたら、今の人……こないだ僕がみたあのシルエットと一緒だった。夜、空飛んで(跳んで?)逃げる途中だった、あの『義賊』とやらと。

ていうか、今まさに空飛んで……うん、来た方角から見ても間違いない。

慌てて方向転換して追いかけ……って速!? もうあんなに小さくなってる!? この不安定な足場をどんなスピードで走ってんだよ!? 僕が言えたことじゃないけども。

予想外の逃げ足の速さに、下手すると見失いそうだったので、こっちも加速する。

ただし、僕が本気で走ると、足場にする屋根とか踏み抜くか、蹴った勢いで粉砕すること間違いなしなので……空気を蹴って走る。
魔力食うけど、この方がスピードが出せる。

コレでも多少、空気蹴った勢いで衝撃波とか出るんだけど……まあ、そのへんは仕方あるまい。

とか思ってたら、多少距離を詰めたところでその『義賊』が振り向いて……追いかけてくる僕を見て驚いたように目を見開き、加速した。
おお、まだ早くなるのか……ならこっちも加速するまでだが。

あんまり早くすると、その分移動時の衝撃波とかきつくなるのが難点だけど……逃がすわけにもいかないしな。テレサさんと師匠から『とっ捕まえろ』って指示出てるし。

さっき追加で連絡あった内容だと、式典会場で、どっかのバカが持ち込んだ財宝が強奪されたようで……義賊はそれを狙って現れた、それが済んだから退散した、っていう感じだったそうだ。

出席者への被害がなかったのはよかったものの、衛兵とかは大勢やられてるし、色々ぶっ壊されてるし、何より神殿その他の面子とか色々アレだから、一応捕まえてきて……って言われて自分、今追いかけてるんだけど。

……案外取り逃がしても怒られなそうだけどな。テレサさんも師匠も、そこまでモチベーション高そうじゃなかったし。

師匠は言わずもがな……テレサさんも、彼女自身が大事に思う部分だけどうにかなりさえすれば、後のことは別に……って感じだったし。

教会所属でも、宗教そのものを大事にしたり、妄信してるとかじゃなく、その魅力的な面、好きな面だけを見て活動してる感じの人だから。貧しい人への炊き出しとか、貧困層の救済とか。
それらにしたって、無差別にただただ救うとかいうのが好きな人でもないし。

けれども……残念なことに、僕は個人的にこの『義賊』に恨みがあるので、ちょっと力が入る。

楽しみにしていた本の入荷を、よくもまあ邪魔してくれたな……という感じに。

そんなことを考えながら追跡していると、途中、何度か振り返っていた義賊……『フーリー』とかいう名前なんだっけ? そのフーリーが、突然、ある建物の上で立ち止まった。

そして、そのまま……その下の、細い路地の中に飛び降りた。

見失うわけには行かないので、僕もそれを追いかけようとして……しかし、やめる。
視界の端に、僕に追いついてきてくれたアルバが映ったから。

「ナイスタイミング! アルバ、『サテライト』頼む」

「ぴーっ!!」

そう鳴いて、直後に僕の頭の中に……今や『邪香猫』の伝家の宝刀の1つにまでなっている探知魔法『マジックサテライト』の脳内地図が浮かび上がる。

……やっぱり、相当に入り組んでるな、ここ。
フィジカルで負ける気はしないけど、もしあの女義賊がここらへんのつくりを熟知してるとかだったら……さすがにそのへんの経験の差はいかんともしがたい。間にいくつも障害物を挟まれて、撤かれることにもなりかねない。

……何より、最近そういうパターンもなくなったから僕自身忘れがちだったけど……僕、かなりの方向音痴だから。

だから、こうして相手のフィールドに飛び込むことなしに追跡できるような手段があるのはホントにありがたい。『サテライト』なら……地図に映ってるフーリーのマーカーを見失わないようにしつつ、上から走って追跡していけばいいだけだし。

しばらくそのまま――ついでなので足音とか気配も極力消して――追跡すると、次第にフーリーの走るスピードも緩やかになっていった。間に何度か、止まったり動いたりを繰り返してるけど。
どうやら、僕を撤いたかどうか確認しながら逃げてるらしい。

そして、一向に追ってくる気配がないと見たのか……逃げるような動きは完全に止まる。
そのタイミングで、僕はそこからすぐの裏路地に飛び降り、気配を消したまま忍び寄る。

曲がり角の向こうに……発見。
恐らくは報道通り女性であろう、そのぴったりとした……ちょっとエロいシルエットを捉える。

あたりをきょろきょろと見回し、追ってくる者がいなくなったことを確認して…………ほっと気を抜いた…………今!

―――ビシィッ!!

音もなく飛び出した僕は、一撃で気絶させて捕獲するため、首元に手刀を叩き込んだ――

「……がっ……!?」

「……んぇ!?」

――が、その一撃でフーリーは、体勢を少し崩しただけで……気絶せず、踏みとどまってすぐにこっちを振り向いた。

え、マジで? 今ので気絶しないの!?
確実に意識飛ばすように、結構強めにいった上に、打撃の瞬間に電撃まで上乗せしたのに!?

効いてないわけじゃなさそうだったんだけども、その足取りは危なげなく、身構えてこっちの様子をうかがっていた。……一瞬だけ。

その一瞬の間に考えて結論を出したらしい。
逃げるのは無理だと思ったのか……一直線にこっちに突っ込んできて……って疾いな!?

その勢いのまま、僕の腹めがけて拳を繰り出す。
それを僕は左手で受け止めたんだけども……ここで僕はもう1つ驚かされた。

この女義賊……強い。
フィジカルとか、打たれ強さもそうだけど……単純に、腕力が強い。

今の受け止めた拳の感触……普通の成人男性なんかとは比べ物にならないレベルの腕力だった。それこそ、普通の人がコレ腹に食らったら、装備つけてても一撃で戦闘不能になるくらいに。鋼の鎧くらいなら、ぶち抜けるんじゃなかろうか?

まあ、師匠からの連絡で、さっき式典会場で、拳の一撃で大きな石製の祭壇だか何だかを破壊したって言ってたから、それなりだとは思ってたけど……

そして、それを受け止められた向こうも驚いていたものの、すぐさま拳を引っ込め……ようとして、しかし僕がその手をつかんだまま離さないので、作戦を変更してきた。

どうやらかなり柔軟な関節をしているようで……そのまま体をひねって足を振り上げ、飛び蹴りのようなハイキックのような一撃を僕の首めがけて放つ……

……と見せかけて、それを受け止めようと僕が足の方に意識を向けた瞬間、これまた強引に体をひねって無理やり方向転換し、つかんだままの僕の腕に、両足を絡みつかせた。

一瞬の間に、調子近距離でアクロバティックに動く女義賊。ぴったりのシルエットと、動きに合わせて乱れる長髪が、どこか奇麗なような、艶めかしいような印象を与える。
セクシーな女スパイ系のアクション映画に近いものを感じる。

そして、その一瞬で……僕の左腕に関節技がかかった。
そのまま容赦なく、両足で力を加えて僕の肘を破壊しにかかる女義賊。

これも普通なら、一瞬で間違いなく肘関節が逆に曲がって折れる……どころか、勢いあまって左腕が引きちぎれてもおかしくないレベルの威力だ。

改めて思うんだけども……この腕力なら、手加減なしでやったら一瞬で波の大人は木っ端みじんになって死ぬだろう。今まで、女義賊の事件の中で死人が出てないのは、相当に手加減してやってたからなんだろうな、とわかる。
けど、ケガまでは躊躇しないのか……はたまた、このくらいしないと僕から逃げることはできない、と思ったのか。今回はかなり容赦なくやるつもりのようだ。

……惜しむらくは、そうしたところで僕には及ばない、ってところか。

「…………バカな!?」

女義賊の驚愕する声が聞こえた。ふーん、こんな声なんだ。

てこの原理的な力の加え方で、抵抗を許さずに僕の腕を破壊しにかかっている、女義賊の関節技だが……僕はこれに、筋力で強引に抵抗して曲がるのを防いでいる。

自分の身体能力に自信があったからだろう。目の前で起こっていることに、女義賊は相当に驚いていた。

……ところで、生身の人間が僕に密着するというのは……非常に危険です。

―――バリバリバリバリバリバリィ!!

「……っ、がぁぁああっ!?」

再び腕から放電。さっき受け止めた拳に加えて……もう片方の手で、関節技かけてる足もがしっとつかんで、さっきより強めの電流を流す。

びくぅっ、と大きく体全体をはねさせるフーリー。
中型~大型の魔物も気絶させるレベルの電流だ。これで今度こそ気絶…………

――がしっ!

…………しないのかよ。

フーリーは、自由な方の腕を伸ばして僕の頭を、アイアンクローをかけるようにわしづかみにしてきた。というか、かけてるなコレ、アイアンクロー。効かないけど。
しかしコレの本当の目的は……自分の体に流れてる電撃を、僕にも食らわせることのようだ。

「……っ……やはり、しびれて怯んではくれないということか」

「そりゃ、自分の電撃で自分がビリッてたんじゃ間抜けどころじゃないでしょ。っていうか……あんたこそなんで平気なの?」

さっきも言ったように、魔物相手にするにも不足ない威力の……人相手に使うのはちょっと過分じゃないかってレベルの電圧だよ? それも、継続して流してるんだけど。
効いたように見えたの最初だけで、全然普通に耐えてらっしゃる?

……これはちょっと予想外だ。
この女盗賊……ひょっとして、とんでもなく打たれ強い?

スピードやパワーなんかのフィジカルが優れてる相手なら、今まで何人も見てきたけど……ただ単に『頑丈』な相手ってのは珍しい。魔物はともかく、人間には。

……いや、こうして覆面や黒装束で体全体を隠してるんだから、人間とは限らないのか……噂の中にも、『フーリー』は亜人だっていう説もあったし。

それにしたって、人間と変わらないサイズでこの打たれ強さはちょっと……師匠とか以外に見た覚えないぞ? 多分。

と、その時……どうやら、フーリーの手が汗をかいて滑ったのか、僕の手からすり抜けた。

すぐさまフーリーは、また体をひねって……大きく背を反らせ、地面に両手をついて、逆立ちするような姿勢になる。

「はぁぁああ!!」

「おわ!?」

そしてそのまま、体のばねと足の力だけで……足をつかんでいる僕ごと足を振るって、まるでカポエラのようにその場で回転。そのまま、足ごと僕を周囲の廃屋の壁に叩きつけた。

その衝撃で手が離れた瞬間、素早く足を引っ込め、僕が起き上がるより先にそのまま走り去ろうとして……

「ピィーッ!」

「なっ!? な……何だ、この……鳥!?」

「ナイス、アルバ!」

進行方向に回り込んでいたアルバが、風魔法で起こした暴風に押し戻されてたたらを踏んだ。

その一瞬の間に僕も復帰し……アルバと挟み撃ちにする形でその場に立つ。

僕とアルバの両方を何度も振り向いて見ながら、女義賊は、覆面ごしでもわかるぐらいに焦りを見せ始めていた。
しかし、今度も彼女は一瞬で考えをまとめたらしい。

アルバの方に向けて……再び巻き起こる突風を、身体能力に任せ、無視して強引に走る。
僕と戦うよりはマシと考えたらしい。こっちなら突破できるだろう、と。

姿勢を低くして、スライディングでアルバの下を潜り抜けるようにやりすごそうとして……しかし残念。その瞬間を狙ってアルバが氷属性の魔法を発動させた。
地面ごと氷漬けにされ、その場に固定されてしまう女義賊。

……めっちゃびっくりしてる。顎が外れそうなほどに口をあんぐり開けて。

「なんなんだ、この鳥はっ……!?」

が、その直後、今度は僕らがびっくりする番だった。

アルバの魔力が練り込まれ、けっこうな硬度だったはずの氷の枷を、女義賊はいとも簡単に砕いて抜け出し、再び地面を蹴ってアルバを抜こうとした。

しかし、こういう無茶ができるほどの身体能力だ、とさっきの攻防で僕も把握していたから、今度はこっちも反応は早い。
僕も地面を蹴り……周囲の建物の壁を蹴って、三角飛びの要領でその後を追った。

アルバはあえて女義賊を抜かせ、逆に後ろの逃げ道を塞ぐ。
そして、スライディング後の彼女の目の前には、僕が降り立って再度挟み撃ちに。

しかし、それも予想していたらしい彼女は、そのまま……どうやら強行突破する気らしい。拳を構えて突っ込んでくる。

僕もそれを迎え撃とうと構えた……その時。


―――ドォォオオン!!


「「っっ!?」」

突如、僕と女義賊の中間あたりで……爆発が起こった。
しかも、結構な威力の……あたりの建物の壁とかが一部崩れるほどの規模で。

突然のことで、さすがに思考が一瞬停止する僕。

しかし、次の瞬間はっとして……

「やべっ!? まさか逃げ……アルバ!」

煙の中から、女義賊がいつまでも出てくる様子がない。
僕の呼びかけに応じて、アルバが『サテライト』を発動し……しかし、

(は!? 何だコレ!? ……サテライトが、映らない!?)

さっきまで何の問題もなく動作していたはずの『マジックサテライト』が……突如として、おかしくなった。酷いノイズ交じりで、何ていうか……画像が全然繊細じゃなくなって……こないだ母さんが使った時よりひどい状態だ。何も見えない。

これじゃ、周囲の地形のスキャンや生命反応の探知もできない……まずい、こうなったら足で探すか!

匂いで追おうとして……しかし、気づく。
今の爆発と同時に……その場に残っていたはずの女義賊の匂いが、消えてしまっていることに。

しかも、何か妙な匂いが……火薬? いや、違う……けど、何かの魔法薬だ。
コレのせいで、女義賊の匂いが消されて……っていうか、まさか『サテライト』の動作不良もコレが原因か!? 何か、魔法薬を媒介に、周囲に魔力の波動が拡散してるのを感じるぞ!?

そして、その事実に気づいて……困惑して硬直した数秒の間に、僕は、女義賊を完全に見失っていた。

代わりに……

「あぁ、悪ィ、悪ィ……暗くてよく見えなかったんで、手が滑っちまってよ?」

上の方から……そんな声をかけてくる者がいた。
今の爆発で、ちょっと倒壊しかかっている建物の上から、こちらを見下ろしながら。

夜で暗い上に、月光を背負っていて逆光で見えづらいものの……それでも僕の目は、その姿をはっきりととらえることができた。

「……っ!? お前、さっきの……」

「よぉ、色男。また会ったな……まあ、さっきは別に、何を会話したわけでもねぇが」

風にはためく、マント型の黒い外套。

その下に……ワイシャツとスーツ風の黒いズボンという、妙にちぐはぐな、釣り合いの取れていない服装だ。まるで……着替える手間を横着して、スーツのジャケットを脱いで、代わりにさっと外套だけ着て来た、みたいな感じに見える。

そして、実際そうなのかもしれない。
……さっきまで、外套以外の服装は身に着けていた状態で、会っていた相手だから。

……いや、もう1つあるな。さっきと違う点。

両腕に……黒光りする重厚な手甲をつけている。

体格的にやせ型であろう装備者自身の腕よりも、明らかに……でかい。
いや、中に手を入れるんだし、手甲が腕より太く、大きくなるのは当たり前っちゃそうだけど、それにしたって……直径で30cmくらいあるんじゃないか? 例えるのが難しいけど……Mサイズがぴったりの体格の人が、XLの服を着てるみたいな違和感が……。

デザインも妙にゴツいし、あれじゃ最早鈍器だと思うんだが……大真面目に装備しているところを見ると、きちんとアレでも戦いになるんだろう。見た目で判断しちゃダメだな。

そして、装備している当の本人は……こちらを小馬鹿にするような笑みを顔に張り付けて、こっちを見下ろしてきていた。
なぜだかわからないが……その視線や、漂う気配の中に、僕への敵意をたぎらせて。

「えーと……名前聞いてないよね? 何つーの、あんた?」

「さて、どうすっかね……名乗ってもいいが、それじゃ面白くねーし……すっとぼけさせてもらうか」

そこにいたのは……さっきの『ダモクレス』との話し合いの席で、スーツを気崩し、なぜかやたらこっちを睨みつけていた……童顔だが目つきの悪い、黒髪の少年だった。



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とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

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