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第二章

第十四話

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 街を出て、ぽかぽか陽気の街道を進んでいくルーシャたち。
 街道脇の草むらではうさぎが跳ね、蝶々が数匹パタパタと飛び回っている、そんな風景。

「いやぁ、のどかだねぇ。本当にこの先に、キマイラなんて出るのかなって思っちゃうよね」

 全身黒ずくめの少女が戯れにうさぎに忍び寄ってその頭をなでると、うさぎはびっくりして逃げて行ってしまった。
 それを目で追って、シノはあははと笑う。

 ルーシャはそれを見て、格好に似合わないなぁと思いつつ、別で疑問に思ったことを口にする。

「あの、カミラさん。キマイラってどんなモンスターですか? 私の住んでいた山にはいませんでした。強いですか?」

「ああ……キマイラはかなり強いモンスターだぜ。魔獣の中では、ドラゴンとまでは言わないけど、ワイバーンに匹敵するぐらいって言われてるな」

 前を歩くカミラが振り返って答えてくれるが、それでもルーシャには今ひとつピンとこない。

「んー、ドラゴンもワイバーンも戦ったことがないので分からないです。えっと、グリズリーとどっちのほうが強いですか?」

「あっはは、ルーシャにとって強さの基準はグリズリーか。──ま、普通の動物と魔獣ってこともあるし、キマイラのほうが何倍も上のはずだぜ。何しろライオンとヤギと大蛇が合体したようなモンスターだ。頭が三つあって、その全部がいっぺんに攻撃してくるんだよ。その上パワーとタフネス、それにスピードも普通の猛獣より数段上だな」

「おー……それは強そうです」

 ルーシャは待ち受けるカミラが抱っこしようとしてくるので、それにぴょんとしがみついた。

 カミラは力持ちだ。
 ルーシャの小さな体など軽々と抱きかかえて、持ち上げてしまう。

 そしてカミラがルーシャを抱えてまた歩き始めると、その隣ではローズマリーが「えっ、だからどうして突然そうなるんですの? ずるい……ずるい……」とショックを受けた顔をしていた。

 一方ルーシャは、カミラの体をよじ登って肩車の体勢に移行すると、続けてカミラに質問する。

「じゃあカミラさんとキマイラだったら、どっちのほうが強いですか?」

「えー、あたしと? ……うーん、どうだろうな。一対一でやり合おうとか考えたことないな。キマイラってのは、レアリティホルダーの冒険者でも普通は二、三人以上──要するにパーティ全員で一体を相手にするってモンスターなんだよ。あたしの場合、ローズマリーから援護がもらえるなら負ける気はしないかな」

「カミラさんとローズマリーさんで、キマイラ一体とですか」

「おう。ま、無理して危ない橋渡ってたら、冒険者なんて命がいくつあっても足りない仕事だしな。いつも余裕を持って戦うのは大事だぜ」

 そんな話をしながら、ルーシャを肩に乗せたカミラ、それにローズマリーとシノは街道を進んでいく。

 するとやがて、ルーシャたちの行く手の先に小さく、何台かの幌馬車と数人の人影らしきものが見えてきた。

 それが視界に入ってくるなり、シノがおでこに手をあてて目を細め、注意深く観察する。

「あれは……例のキマイラの襲撃を受けたっていう事件の現場みたいだね。クライヴたちもいるみたいだよ。立ち往生しているみたいだ」

 それを聞いたカミラが、あきれ顔で言う。

「……シノお前、よくこの距離から見えるな。あたしには豆粒ぐらいにしか見えねぇんだけど」

「ふふん、そりゃあボクはこの道のプロだからね。もっと褒めていいよ」

 シノはえへんと胸を張る。
 あまり豊かな体型ではないので、そうしたところでさほど胸部は目立たないのだが。

 その一方で──

「なんかクライヴさん、仲間の女の人に怒っているようにも見えますけど」

 カミラの肩車で見晴らしのいいルーシャが、そう付け加える。
 シノがずっこけた。

「る、ルーシャちゃん! ここボクの見せ場! 詳細はボクにしか見えないっていうシーン!」

「え……? あ、えっと……?」

「シノ、大人げねぇぞ。ルーシャ、気にしなくていいからな」

「あ……はい」

 シノに恨み言を言われて戸惑うルーシャ、それにツッコミを入れるカミラ。

 一方カミラから無碍にあしらわれたシノは、「ひぐっ」と喘いで瞳に涙をためる。

「うわぁん! ボクは本当は優秀なスカウトなのにぃっ! カミラ姐さんのバカぁっ! ローズマリーさん、ボクの傷ついた心を癒してよぉおおおおおっ!」

「あら……よしよしですわ、シノ。いい子いい子」

 シノがローズマリーの胸に飛び込むと、プリースト姿の美女はそれを嬉々として抱いてよしよしとなでた。

 そこに唐突に百合の花が咲き誇ったのを、カミラがあきれた様子のジト目で眺める。
 一方ルーシャは、それをきょとんとした様子で見る。

「あの、カミラさん。シノさんあれ、頬ずりしています……?」

「あー、気にすんな。あれはなんか、二人とも人肌が恋しいんだろ。生暖かい目で見守っといてやれ」

「はあ……。よく分からないですけど、分かりました」

 街の人たちや大人たちの世界は、まだまだ分からないことばかりだ。

 ルーシャはこれもまた勉強だと思って、その光景を脳裏に刻み込んでおくことにした。
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