悪役令嬢は傍観に徹したい!

白霧雪。

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闇堕ちイベントとか求めてないです!

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 ちゃぽん、たぷん。

 水音が耳のすぐそばで鳴る。薄い桃色の視界は目を閉じているのか開いているのかわからなかった。
 ただ漠然と、母の腹の中だと脳が理解する。

「リージュ、ここにいたのか」

 低い声だ。艶があり、すこし嗄れている。

「嗚呼、貴方様。やや子に歌を歌っていたのです」
「そうか……きっと、そなたに似て美しい子だろう」
「わたくしよりも、貴方様に似てほしいですわ」

 穏やかな空気が流れていた。
 大きな手のひらが腹を撫でる。

 きっと、この声の主が父親だ。勝手に、暴虐無人なクソ野郎を想像していたが、声だけでも母を大切にしているのがわかる。

 顔を見てみたい。ふ、と意識を浮上させれば、ジュキアは窓辺にぽつんと佇んでいた。
 ハッとして、自身の身体を見下ろせば深緋色の絨毯が透けて見える。ああ、夢か、それにしてはリアルの夢だ。

 大きな窓からは城下町が見下ろせ、空は美しい青色をしている。

 揺り椅子に腰掛けた、腹が大きく膨らんだ女性は記憶にある母より若い、少女めいた見目をしていた。
 華美すぎる衣服を好まない母にしては、フリルやレースがふんだんにあしらわれたワンピースを身にまとっているからだろうか。

 母の横に立つ男性は、全身を黒い装束で固めていた。
 漆黒のローブが大きな身体をすっぽりと覆い、芸術品のように整った見目。彫りの深い顔立ちに、緑の瞳。美しい銀髪が映えて見える。
 口元に笑みを浮かべ、愛おしげに母を見つめている。

「――父上」

 澄んだ甘く幼い声がする。

「スヴェンか。どうした」
「母上がお探しです。……リージュ様、お加減はどうですか?」

 美しい少年だった。瞳と同じ、緑のリボンタイに翡翠のタイピンをした褐色の少年だ。
 艶やかな黒髪に、褐色の肌。アリスの姉の横にいる先輩、スヴェンにそっくりだった。

(まさか、夢ではなく、過去の記憶か? 闇が見せているとでも言うのかよ)

 場面は流れ、早送りのように物事が進んでいく。
 母は子を産み、あやしている隣にスヴェンが並ぶようになった。

「ねぇ、スヴェン。星読み様が、この子は抗う運命にあると言ったわ」
「抗うとは? 何にですか?」
「全て、よ。運命から、この子のお父様から、あなたから」

 ――闇を背負う、魔界の王から。

 耳を疑った。ドクドクと血液が流れる音が耳元でする。

 父が魔界の王? 人間だと思い生きてきたのに、この身は魔物と人間の合いの子だと。

 時が流れる。
 豪奢な部屋が燃えていた。子を胸の中に抱き、母は走っている。

「リージュ!」

 足元を崩した母を抱きとめた父は、黒い装束を赤色に濡らし、抜き身の剣からは鮮血が滴った。

「貴方様……!」
「お前を巻き込むつもりはなかった……リージュ、お前はこの国から出ろ。いつ、追っ手が迫るともしれん」
「イヤですッ! わたくしは、最期まで貴方様の隣に沿うと、」
「子もろとも心中する気か。お前がなんと言おうと、この国から出て行ってもらう。――すまない、リージュ、愛してる」

 血色を失った唇に口付けを落とす。ずる、脱力して崩れ落ちた母に愛の言葉を囁いた。

 地獄であった。

 叛乱を起こした魔族と、魔王軍の全面戦争。
 父は魔王として前線で指揮をとり、逆賊を処刑していく。血生臭い、戦争だった。

 鋭く光る緑の目。魔法で逆賊を焼き払い、剣で手足を切り落とす。

 微塵も情を感じさせない非道な行いに、底無しの闇が降り積もる。
 アレと同じ血が、この身体にも流れているのかと思うと怖気が走った。

「お前は悪逆非道の情もない魔王の落胤なんだよ」

 声がした。

 嗄れ声のようにも、女性の声にも、子供の声にも聞こえた。

「お前には魔王の血が流れてる。悪魔の血だ。日の光を浴びて生きていけると思うか? いますぐにでも、恨みをもった魔族がお前を殺しにいくぞ!」
「なんだよ、なんだってんだよ!?」

 気づけば、周囲は闇に囲まれていた。

 白い面が黒に浮かび上がり、嘲笑する。幾重にも声が重なって、責め立てる言葉を吐き続ける。

「いずれ闇に飲み込まれてお前という自我は消え失せるだろう!!」

 バツンッ、と意識を刈り取られた。

 
 
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