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聖女編
04
しおりを挟む「初めに浚われたのは、儂の孫娘でございました」
気落ちした声で語るのは町の長の老人。
次に連れ去られたのは結婚を控えた、美しい娘でございました。その次は亜麻色の髪の愛らしい娘でございました。
七日に一度、娘は連れ去られていきます。三軒隣のアーニャも、パン屋のミランダも、宿屋のハリエットも。皆連れ去られてしまいました。
「魔物の仕業、と聞きましたが」
「えぇ、えぇ! 黒く大きな蝙蝠翼に、蝋のように白い肌! にんまりと笑い上げた口角からは鋭い牙! 口元からは真っ赤な液体が滴っておりました!! きっと、娘たちは食べられてしまう……! そして今日、最後の娘が連れ去られてから七日が経ちます……」
興奮した様子の長老に引き気味になりながらも、話の続きを聞く。
被害者は十四歳から十八歳の見目のよい少女。すでに六人の少女が連れ去られており、行方知らずとなっている。
魔物の正体はすぐにわかった。――夜の王・吸血鬼だ。妙齢の女性を好み、処女の血を吸う、魔物の中でも上級貴族に値する高等知能を持っている。
手っ取り早く解決するなら、転移魔法で吸血鬼の根城へ出向き、退治してしまえばいいのだが……それだときっと勇者たちは育たない。
自身の目で世界を見る。そのついでに魔王を倒す。倒すためには、勇者の力が必要。そのためには勇者とその仲間たちの育成も必要になってくる。
聖女(魔王)が前に立ってしまえばいとも容易く敵の殲滅をできるが、勇者たちの経験にはならない。
かつて魔界で、軍の指導をしていた頃を思い出す。鬼畜将軍と呼ばれていた部下は元気にしているだろうか。また無理な訓練を課していないだろうか。
「わかりました! 魔物の件、俺たちに任せてください!」
ぼうっとしてるうちに、話がまとまったらしい。
魔物退治の間、魔物退治のお礼だと無償で宿の空いている部屋を貸してもらえることになった。
男女で部屋を分かれ、荷物の整理をしてから町で情報収集をする。
「勇者さんは任せてって言っていたけど、どうするのかしら?」
「さぁ、私にもそれはわかりません。ただ、彼、ちょっと突っ走っちゃうところがあるから、勢いで請け負ってしまったんじゃないかと思うと少し心配で」
「古い仲なの?」
「幼馴染なんです」
苦笑いを零した少女に、なんだか訳有りの雰囲気を感じた。身分違いの片想いをしているわけなのだが、そんなのクラウディアが知るわけがなければ興味もなかった。
荷物の整理をしながら、イザベルは表情の薄い聖女を見て、口を開く。
「庶民の彼と、貴族の私は同じ日に生まれて、祝福を受けました。勉強ばっかりの私を連れ出してくれたのは彼で、内緒でお菓子をくれたのも彼……ウィルなんです」
「そう」
「ウィルが勇者に選ばれたとき、私は歓喜しました。旅の仲間に立候補すれば、ずっと一緒にいられると。まぁ、ふたり旅じゃないので、仲が進展するということもないんですが……あ、だからといって、聖女様や、オズヴァルドさんが邪魔だと言っているわけじゃありませんよ!?」
「はぁ、そうなの」
ひとりで百面相をする騎士を見ながら、忙しい人だな、と思う。
魔族は、つねに享楽を求めて生きている。人間を食べるのも美味しいから。人間を殺すのは楽しいから。国を滅ぼすのは遊び感覚。クラウディアが世界統一をしたのも、遊びの延長線上だった。
もちろん、同胞を殺された報復の意味もあった。純粋に、人間を支配したら面白そう、という興味もあったのだ。
恋だ愛だなんだと、魔族には理解できない。――でも、オズヴァルドが瞳に秘めていたあの感情には興味がある。
悪戯に微笑み、しっとりと濡れて、クラウディアを映し出した薄紫色の瞳。ヴァイオレットモルガナイトのようなきらめきをした瞳はひどく甘く、美味しそうだった。
「聖女様は、誰かを好きになったことがありますか?」
「わたくしは、」
恋だなんて不確かな感情に振り回されないわ、と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。聖女として、その回答は正しくないだろう。
「……わたくしの感情は、女神様に捧げられるものよ。恋や愛に現を抜かす暇はないわ」
冷たい口調だった。人間は馴れ合いが好きな生き物だ。ここは「実はオズヴァルドが気になっているのぉ」くらい言っておいたほうが良かっただろうか。
旅を共にするからには、円満な関係を築いていきたい。
「聖女様はストイックなんですね……!」
目をキラキラと輝かせ、なぜか尊敬の念を抱かれた。
少女たちが恋バナに花を咲かせている隣の客室で、ウィルたちも荷解きをしていた。
「それで、あれだけ大見得を切って任せてくださいと言ったからには、策はあるんだろうね?」
「いや、ない!」
どさどさどさ、と手から鞄が滑り落ちた。
「!?!?」
目を見開いて、ウィルを振り返る。
にかっと太陽の笑みを浮かべる勇者に肩を落とす。やっぱり考え無しだった……!
困っている人がいれば手を差し伸べ、迷子の子供がいれば親が見つかるまで一緒に探してやり、捨て猫がいれば拾ってきてしまう。悪い子ではないのだ。むしろ、善心に溢れたとっても良い子。しかしそれは時に厄介ごとを持ち込むこともある。
クラウディアが仲間になる前に訪れた街で、望まない結婚を迫られた令嬢がいた。お家柄、婚約を拒否することもできず、しくしくと泣いていたご令嬢に、ウィルは手を差し伸べてしまったのだ。
厳しい家庭事情、望まない結婚、心が悲鳴を上げている中で、優しく手を差し伸べてくれたウィルに令嬢は一目惚れをしてしまったのである。
まぁ、なんやかんやで令嬢の結婚相手だった男の悪事が公となり、望まない婚約は流れた。そこでめでたしめでたしで終わればよかったのだが、街に滞在している間、令嬢はウィルにべったりで、イザベラは終始機嫌が悪いし、ウィルは気付かないし、とんだとばっちりをくったのだ。
「いつも言ってるでしょ、考え無しに応じるなって」
「でも、困ってる人がいたら見過ごせないだろ?」
眉を下げたウィルが、耳の垂れた子犬に見えてしまう。黒髪の短髪に、アーモンド型の目がいけない。ウィルは今年で十八になると聞いた。十八歳の青年にしては可愛らしい顔立ちで、どうにも小動物の印象が強かった。
「……はぁ、とりあえず、方法はクララたちと考えましょう」
「クララ? クラウディアのことか? ずるい! 俺も仲良くなりたい!」
「はいはい。仲良くなる前にまずは魔物をどうするか考えようね」
ウィルと接しているとそれほど歳は離れていないはずなのに、無邪気な子供を相手にしているときのような徒労感に襲われる。
まず、目下の問題は少女たちを浚う魔物の討伐だ。
大きな蝙蝠翼に蝋のように白い肌、そして鋭い牙。おそらくだが、吸血鬼で間違いないだろう。宮廷に仕える魔法使いとしては、一度相手にしてみたい魔物だった。
「――! ――!!」
遠くから、声が聞こえる。
なんだ? と首を傾げたウィルが窓から顔を覗かせると、その顔を笑みで彩った。
「マリアーナじゃないか!」
嗚呼、また問題が増えた。思わずオズヴァルドは頭を抱えた。
件のご令嬢がウィルを追いかけてきてしまったのだ。
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