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聖女編
03
しおりを挟むクラウディアは柄にもなく、ワクワクしていた。
今までは倒される側の魔王だったが、これからは倒す側の聖女である。魔王を倒す道のりは長いだろう。けれど、この目で世界のいろんなところを見れるのだと思うと、ドキドキと心臓が高鳴った。
魔王の目に映る世界は、暗く、灰色で、荒廃していた。血の赤と、闇色に包まれた世界。木々は枯れ、果実は腐り、水は汚泥だった。
それがどうだろう! 今、この目で見ている世界は緑に溢れ、人々は活き活きとしているではないか!
世界を滅ぼすことは必然だった。人間が魔族を滅ぼそうしてくるんだ。対抗しないはずがない。この世界の魔王が、如何様な人物かはいざ知らぬが、今のクラウディアは聖女であった。
女神に選ばれた聖女として、その役目を全うし、ひよっこな勇者たちを育て上げる気すらあった。
馬車の中は妙な静けさを保っている。
「く、クラウディア!」
「なぁに?」
「その、ここに来る前のことを聞いてもいいか?」
自ずと唾を飲み込んだウィルに、イザベルもぐっと息を呑んだ。
オズヴァルドは強烈な魔力にあてられて、ぐったりと横たわりクラウディアの膝を枕にしていた。
「別に、いいわよ」
「その、ここに来る前は何をしていたんだ? ギルドハンターとか、聖教会に務めてたりとかしたのか?」
「国を治めていたわ」
「女王様、だと……!?」
国というか魔界というか、世界統一まで果たしてしまったが、そこまで言わなくても良いだろう。変に疑いを持たれても困る。
ウィルもオズヴァルドも一般階級の出だ。唯一イザベルが貴族の生まれだが、王様なんて雲の上の存在であるには違いない。
「失礼だけど、貴女は私と同年代に見えます。その歳で国を治めていた、と?」
「……生まれた時から、王であったから」
「? それはどういう?」
王として生まれ、王として育ち、王になるべくして存在を許された。王であるしかなかった。王でいるしかなかった。――クラウディアには、王以外の選択肢がなかったのだ。
かいつまんでそのことを伝えれば、ウィルは涙ぐみ、イザベルはクラウディアの細く華奢な手を掴んで「困ったことがあればなんでも言ってくださいね……!」と目を潤ませた。
オズヴァルドは柔らかな太ももを堪能していた。
なんだか勘違いされているようだが、別に魔王でいることが嫌なわけじゃなかった。人間を蹂躙するのは楽しかったし、溢れる真っ赤な色を見るたびに心がドキドキして、恍惚とした。
聖女に飽きたら、この世界の魔王をぶっ殺してまた魔王になるつもりさえあった。以前の配下たちは従順すぎるきらいがあり、少々物足りなさを感じていたのだ。反骨精神マシマシのほうが、支配する欲求が満たされ、心がウキウキした。
「わたくしのかんがえるさいきょうのせいじょさま」を実現するために、ある程度使える魔法や技を考えている。
「さいきょうのせいじょさま」は癒しができて、サポートもばっちりで、ついでに攻撃もできちゃうつよつよおんなのこである。属性的には光で、全属性使えたらさいきょうだ。
ひとりから複数人を回復させることができる”治癒”。
天から降り注ぐ光”#光の弓矢__エンジェル・アロー#”。
一定時間、攻撃力と防御力をアップさせる”加護”。
序盤はこの三つでやっていけるだろう。そのうちもう少し魔法とか技を考えて増やすつもりだ。
あんまり強すぎても、勇者たちが育たなければ意味がない。目下の目的は、聖女として勇者と旅をしながら世界をこの目で見ること、だ。魔王討伐は二の次である。
クラウディアが本気を出せば明日の夜明けと共に魔王を討ち果たせるのだから、少しくらい旅を楽しんだっていいじゃないか。
「勇者様方! 境町のジエットに着きましたよ!」
ガタン、と緩やかに馬車が止まる。
ラヴェツェニング領とシュヴァイツァ領の境にある小さな商いの町・ジエット。
普段であれば活気に溢れ、人通りが多いストリートも、近頃多発している少女誘拐事件のせいで閑散としていた。
「ラクゼインさん、ここまでありがとうございました」
「いえ、いえ。勇者様方の旅の一部となれたこと、光栄に思います。私が乗せていけるのはここまでですが、どうぞ、この先の旅路に神のご加護がありますよう」
深くお辞儀をした御者を見送ってから、町へと足を踏み入れる。
彼はシャルル大聖堂の御者だ。無事に帰れるように、魔除けの呪文をかけておいた。休むことなく馬を進めてくれたお礼だ。
いち早く町にたどり着けたのは彼が馬を走らせてくれたおかげ。なのにその帰りで不幸にあってしまっては心苦しいじゃないか。
呪文を唱えたことに気付いたのはオズヴァルドだけ。勇者と女騎士は、目新しい町に興味が移っていた。
「何の魔法を?」
「ちょっとした魔除けよ。帰りに彼が襲われないように。無事に帰れるように、祈りを込めたの」
「ずいぶんと優しいんだね」
「……聖女とは、優しいものでしょう?」
クラウディアの言葉に面食らった。
優しいだけで、聖女が務まるはずがないのに、彼女は「聖女=優しい」と信じて疑わず、そうあろうとしているのだ。
優しくて強くて美しい聖女様。まさに完璧な聖女様だが、彼女は「聖女として」今この場に立っている。慈悲深く、慈愛に満ちた聖女様。それなら、完璧な聖女となったクラウディアは一体誰を頼るのだろう。
天から降り注ぐ光の魔法を見た。見て、感じて、今の自分たちとは比べ物にならないほど強い少女だと実感した。
きっとこのままではクラウディアはウィルやイザベラたちを頼ることはないだろう。
「……聖女さん、君がいくらこのメンバーで一番強いとはいっても、無茶はしてはいけないよ」
「無茶?」
「そう。たとえば、ひとりで魔物の群れに飛び込んでいったりとか。僕たちはまだまだ弱い。勇者君も、騎士ちゃんも、圧倒的に経験が足りてない。一応、僕が一番お兄さんだからね。頼りないとは思うけど、一言くらい、相談してくれると嬉しいな、クラウディアさん」
そこでようやく、クラウディアは魔法使いの顔を認識した。
灰銀の髪を背中でひとつにまとめ、薄紫の瞳に笑みを浮かべた美青年。人間にしては整った顔立ちをしている。彫像にして飾っておきたいタイプだ。
「……オズヴァルド、だったかしら」
「長いからオズでいいよ。皆そう呼ぶ」
「じゃあ、オズ。わたくしも、クララでいいわ。それか、ディアって呼ぶ人もいる」
クラウディアにとって、人間は人間というくくりだった。かろうじて、オスとメスの違いならわかる。勇者と魔法使いがオスで、騎士がメス。わたくしもメスだ。
美醜にこだわりもないので「お美しい!」と言われても「そうですか」と答えるほかない。
「では、ディア、と呼ばせてもらおうかな」
ふんわりと、整った面立ちに笑みを咲かせたオズヴァルドに、つられて自然と微笑みが浮かんだ。
人形めいた美しい少女の、感情の端に触れたオズヴァルドはかすかに目を見開いた。少女の人間味のある表情を見ることができて嬉しいと思う反面、独り占めしたいと欲が溢れ出る。
「ディア――僕にもっと、君の笑顔を見せて欲しいな」
手袋に包まれた指先が頬を撫で、緩くウェーブを描く黒髪を掬い、毛先にキスを落とした。
「え、」
カチン、と固まったクラウディアに笑みを深めて、横を通り過ぎる。
あぁ、人形めいた表情を崩すのにハマってしまいそうだ。
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