第九皇女は氷華の騎士伯爵に囲われる

白霧雪。

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プロローグ

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 美しい国が燃えている。
 男も、女も、老人も子供もみんな逆らう者は殺されて、春を喜ぶ花々は赤く燃え、鉄壁を誇った白亜の城壁は崩れていく。
 洗練された統率と迷いのない指示。血と汗が混じり合い、悲鳴と轟音が響き渡った。

 城の奥、皇帝陛下の妃たちが住まう花園。麗しい妃たちを護らんと、侍女や宦官が武器を手に持ち、侵略者を待ち構えた。

 後宮には十八人の妃と、八人の皇子、そして十六人の皇女がいた。
 常であればお互いを牽制し合い、陛下の寵愛を巡って争う妃たちも、外から聞こえてくるおぞましい轟音に身を寄せ合っている。

「――!!」

 美しい意匠の扉に何かがぶつかる。
 年若い下級妃が悲鳴を上げて泣き出してしまう。そばに居た姉妃や侍女たちが宥めるが、徐々に広がっていく不安が爆発して、幼い皇子や皇女たちが涙を零し始める。

菊花ジュファ、わたくしの可愛い姫宮……わたくしが、わたくしが絶対に守りますからね……!」

 涙を溢し、ガタガタと震えながら娘を細い腕に抱く母。菊花は、序列四位の中級妃から生まれた第九皇女だった。

 固く閉ざされた扉がドンッと大きな音を立てる。
 一番広く、頑丈な造りとなっている皇貴妃宮に集まっていた妃たちは、ついに迫ってきた侵略者たちに緊張が高まる。
 気が付けば、遠くで鳴り響いていた悲鳴も轟音も聞こえなくなっていた。

 ――もう一度、ドンッと扉だけでなく部屋全体に衝撃が走り、入り口が破壊される。
 女たちは身を寄せ、体を小さくして抱きしめ合い、侵略者から目を反らした。

「これはこれは、美しき花園の名に相応しいレディばかりだね」

 艶やかな男の声だ。
 カシャン、と金属が音を奏でる。白い鎧を纏い、相貌は伺えないが声からして、まだ若い青年だ。わざわざ共通言語を用いており、彼の教養の高さが垣間見える。

「さぁ、貴方たちには二つの選択肢がある。大人しく我が帝国に下るか――国と共に散るか」

 弾んだ声音とは裏腹に、惨酷なことを告げる侵略者に息を呑む。
 彼の背後には幾人もの兵が立ち並んでいる。反抗した者から即刻切り捨てるのだろう。逃げ場などどこにもないのだと、諦めるしかない。

「っ、主上は、皇帝陛下はどうなさったのですか!!」

 健気な妃が前へと飛び出す。彼女の侍女が悲鳴を上げるが、隣にいた宦官に引き留められている。飛び出していれば今頃、容赦なく切り捨てられていただろう。
 上級妃の彼女はいつも陛下に献身的だった。もっとも皇貴妃に近いと言われていた。

「おや、父上が好きそうな顔だね」
「貴妃様になんて無礼な……! 貴妃様! こちらへ、早くこちらへお戻りくださいっ!!」

 妃の細い顎を掴んで、無理やり上を向かせる。

「父上への手土産に丁度良いな」

 嗚呼、なんて非道なんだろう。
 母の腕に閉じ込められながら、眉を顰める。陛下に、父親として何かをしてもらった記憶はゼロに等しい。けれど、妃たちがどれほど陛下のことを恋願い想っているのかを近くで見ていたから知っている。

「――皇帝の首なら、広場に落ちていたなぁ」

 誰とも知れず、ヒュッと喉が鳴った。

「勇ましい最期であったそうだよ。自ら剣を持ち、立ち向かってきたそうだ。大人しく従っていれば死にはしなかったものの。……憐れだねぇ」

 事もなく軽薄に告げる侵略者にもうひとりの上級妃が激昂する。手には護身用の短刀が握られて、美しい顔は悲哀と怒りでぐちゃまぜになっていた。

「よくもっ! よくも主上をぉぉお!!」

 皇帝陛下が死んだ。年の離れた兄君は王位継承権を放棄している。次期後継者は決定していない。実質、大雅國の崩壊だ。

 貴妃が、赤い花を散らしながら倒れ伏す。自身を抱きしめる母の腕が震える。赤に濡れた彼女は、母の従姉妹にあたる女性だった。

「よくやったねヴィニ―。あとで褒美をあげよう」
「……有り難き幸せです」

 男に顎を掴まれたままだった貴妃がスッと意識を失う。
 真っ赤な血を被り、黒い騎士が剣を構えていた。彼が。貴妃を切り捨てたのだ。黒騎士と、一瞬だけ視線が交差したように感じた。

「さぁ、さぁ、美しい君たちはどう選択する?」

 ――こんな展開を、菊花ジュファは知らない。
 も、帝国軍が攻めてきたりなんてしなかった。
 三度目の今、皇帝陛下はすでに死んでしまい、先行きはわからない。自分が頑張ってきたこれまでは無意味だったのだろうか。三回分の記憶と精神が詰め込まれたこの華奢な肢体はもう限界に近かった。それでも自我を保っていられたのは兄弟が突き放さずに支えて、愛してくれたおかげ。

 だから、あともう一度だけ頑張ろうと思った。

 こんな、異国の民が攻めてくるなんて知らない。考えていたことが何もかも全部パーになってしまった。

 絶望に、張りつめた意識が暗くなっていく。
 こうして、菊花ジュファの三度目の生は新しい展開を描き始めた。

 
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