第九皇女は氷華の騎士伯爵に囲われる

白霧雪。

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第13話

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 唐櫃の中は宝物でいっぱいだ。
 兄がくれた装飾品アクセサリーに、母のおさがりの簪。弟と一緒に探したキラキラした石。従兄弟がくれた、護身用の短剣。紅や朱色の装飾品が多いのは、母が紅に準ずる家の生まれだから。
 最近は、この中にヴィンセントからの贈り物もしまわれている。髪飾りや装飾品は藤乃によってきちんとしまわれているので、読み書きの練習用にもらった教材や小説などがしまわれていた。

『大切なものは、見つからないようにしまっておくんだ』

 そう言ったのは、一つ年上の従兄だった。兄と仲が悪くていつも喧嘩をしていたけど、菊花には優しくて、こっそり甘菓子を持ってきてくれたりした。

 今、身に着けているのは淡い蒼のワンピースだ。
 世間一般の令嬢は室内用のドレスを着るらしいが、菊花は世間一般の令嬢ではないし、腰を締め付ける帯のようなものコルセットを長時間していると吐き気がしてくるので、外に出ない菊花にヴィンセントはゆったりとしたワンピースを買い与えていた。

 髪も背中にさらさらと流し、足首までのレースワンピースに一枚羽織ものをしているだけ。世間一般のお嬢様からしてみたら考えられないほどラフな格好だ。
 基本、与えられた部屋かヴィンセントの私室に籠りきりなので藤乃以外の使用人と会うこともめったになく、別段不便ではなかった。

 唐櫃の中の物をひとつひとつ手に取って、物憂げに浸る。

 国を侵略され、家族と離れ離れになり、半年が過ぎた。サピロス家、というよりもヴィンセントの側にすっかり馴染んでいる菊花は、時折どうしようもない喪失感に襲われる。
 涙をこぼすでもなく、感情をどこかに落としてきてしまったかのように、ただぼうっとするだけ。

 菊花のこの状態を知っているのは藤乃だけだ。数時間もすればに戻るので、主人に報告をしていないが、これ以上酷くなるようならば報告をしなければいけない。

「お嬢様、ランチをお持ちいたしました」

 紅の装飾品を見つめる菊花は、声をかけられたことに気づいてすらいない。

「お嬢様、聞こえていらっしゃいますか?」
「――なぁに、依花イーファ?」
「……私は藤乃でございますよ」
「外、雨が降っているのね。母様は雨がお嫌いだから、早く晴れてくれたらいいのにね」

 窓の外を見るが雨なんて降っていない。
 帝国は一定した気候で、雨は月に一度降るか降らないかだ。菊花の母国は月の大半は雨が降っており、帝国とは真逆の気候をしていた。

「花園の八仙花が見頃だと、雛菊リュージュが教えてくれたのよ。明日、兄様とリィエンと見に行こうと思って」
「っお嬢様! ここは、グウェンデル伯爵邸です。庭園に咲いているのはユリの花でございます。お嬢様、しっかりなさってくださいませ」
「――ぁ、あ……ふじの」
「はい。藤乃ですよ。ご主人様のお名前はわかりますか?」
「……びぃさま」

 消えそうな笑みを浮かべていた菊花の焦点が藤乃に合う。カシャン、と手のひらから銀の腕輪が落ちた。

「ふじの、びぃさまはどこに?」
「ご主人様は出仕していらっしゃいます。今日は遅くなると仰っていましたよ。……朝、そう言っていたのを覚えていらっしゃらないんですか?」
「あ、あぁ……そう、そうだったわね。ごめんなさい、ちょっとだけ横になるわ。せっかく食事を用意してくれたのに……起きたら食べるから、そのままにしておいて」

 額に手をあてて、ふらつく体で立ち上がる。膝に乗せていた宝物がばらばらと床に散らばった。
 笑みを形作っているが、酷く顔色が悪い。黄金の瞳は落ち着きなく視線がさ迷い、ヴィンセントの姿を探しているのは明らかだった。

 菊花の立場は、本来であれば使用人以下だ。
 ヴィンセントに気に入られたから今の待遇なのであって、本来はそこまで気に掛けられる存在ではない。ヴィンセントに彼女の世話を任されたから側に侍っていたのに、気づいたら情が沸いてしまっていた。
 一礼をして部屋を辞し、速足で屋敷内を統括する執事長の元へ向かう。

「失礼いたします」
「フジノ? そのように慌てるなんて珍しい。お嬢様に何かありましたか?」
「その……。あの、ご主人様はやはり今日のお帰りは遅いのですよね?」
「えぇ。上役の会議があるそうですが」

 主人宛の手紙に目を通していたセバスチャンは、その場に佇み続ける藤乃に首を傾げた。

「何か?」
「お嬢様が、ご主人様の姿を探していらっしゃって」
「はい? まさか母が恋しいと泣く子供のようだとでも?」
「いえ、あの、……」
「貴女らしくない。はっきり言いなさい」

 ピシャリと飛んできた叱責に、頬の内側を噛んでのろのろと言葉を吐きだした。これ以上、彼女の容態をごまかすこともできない。いずれにしろ、知られることだったのだ。

「お嬢様は、時折、呆然自失となるときがあるんです。ご主人様が持ってきた彼女の私物入れがありますよね。その中身を見つめながら、人形のように動かなくなる時があって、……彼の国にいた頃を幻視されているようなんです。私に向かって『イーファ』と呼びかけたり、晴れているのに雨が降っていると仰られたり。一、二時間もすれば元のお嬢様に戻るのですが、今日は特に憔悴されているようで」
「……若旦那様は、お嬢様に何かあったらすぐに連絡をするようにと仰っています。しかし、名誉ある騎士としての職務と、お嬢様を天秤にかけたときどちらが重要かわかりますね」

 再び視線を手元に戻したセバスチャンにそれ以上何かを言えるわけもなく、藤乃は静かに部屋を後にした。

(――これだから頭の固い帝国人は!!)

 口をへの字にして、早足に厨房へと駆け込んだ。
 お嬢様が少しでも元気になれるように、コック長の兄にデザートを作ってもらうのだ。



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