25 / 32
第24話
しおりを挟む穏やかなヒマワリ畑は、貴族のお屋敷というよりも喉かな農村をイメージさせた。
屋敷の主が穏やかな女主人だからだろうか。優しく、物静かな雰囲気になんとなく落ち着かない。
グウェンデル伯爵邸であれば、ハウスメイド三姉妹の賑やかな声や、双子騎士の喧嘩の声が響き渡っている頃だ。
ティーパーティーの開始時刻より少しばかり遅れてしまったヴィンセントと菊花は、出迎えてくれた壮年の執事によって会場へと案内される。
そよぐ風や、ささめきあう花々の香り、こちらを観察する小動物たちの声音。とても、とても静かなお屋敷だ。
蒼いドレスワンピースに身を包む菊花を一瞥して、マニュアル通りの言葉を紡ぐ執事も余計なことは言わずにただ歩みを進める。
穏やかなガーデンの、東屋に華やかなドレスに身を包んだ女性がふたり、すでにティーパーティーを始めてしまっているようだった。
「遅刻する男は嫌われますわよ」
フン、と鼻を鳴らしたスカーレットのドレスを着た彼女の側に、小さな影を見つけて菊花は目を見開く。
「小猫……!」
「おねーさま!」
下から六番目の皇女・小猫は、ヴィンセントの影に見つけた姉の姿に目を輝かせて駆け寄ろうとする。
「こら、キティ! レディが走るだなんてはしたないわ」
「うわぁん! ロゼさまぁ!」
ピンッと紐が張って、駆けだそうとした小猫を引き留めたのだ。よく見れば、ひらひらふわふわのドレスに隠れてハーネスのようなものが付けられている。まるでペットのような扱いだったが、あの小猫なので怒りよりも納得のほうが大きかった。
「一流のレディは、決して走らないのよ。何度も言っているわよね。急に走りだして転んだりしたらどうするの。あたくしのペットならそれくらいできるようになりなさいな」
「ふぇぇん……おねぇさまぁ」
大粒の涙を浮かべる姿はとても愛らしくて可哀そうだが、菊花にはどうすることもできない。だって、小猫が赤い少女のペットなら、菊花はヴィンセントのペットだった。
「あらあら。ダメよ、ロゼリッタちゃん、小さい子には優しくしないと」
「だって、言うことを聞かないんだもの」
むすっと頬を膨らませたロゼリッタ・ルペウス女公爵。
美しい若き女公爵を嗜めるのは、衰えてなお美貌を保つエリザベス・ぺディート女公爵だ。
「もう、こぉんなに小さいのに十一歳なんですって。あたくしが十一の頃は、テーブルマナーもお茶のお作法も完璧でしたのよ? なのにキティったら、マナーなんてあってないようなもので、好き嫌いが激しいから大きくなれないのよ」
ぷんぷん、と可愛らしく怒っているが、それがエリザベスにだけ見せる顔だと言うのを知っているヴィンセントは苦虫を噛み潰した。
「うふふ、あんまり怒ってはせっかくの可愛いお顔が台無しよ」
「……怒ったあたくしはブサイク?」
「まさか! どんなロゼリッタちゃんも可愛いわ」
エリザベスのたった一言で一喜一憂するロゼリッタ。
ヴィンセントは早くこの地獄のお茶会から脱したかった。せっかくの休日なのだから、菊花とショッピングデートでもしていたほうが有意義な時間の使い方のような気もする。
「遅れて申し訳ありません。ぺディート女公爵、ルペウス女公爵」
「いいのよ。来てくれて嬉しいわ。ヴィンセント君も忙しいのに、こんなおばあちゃんに付き合わせてごめんなさいね」
「いえ、女公爵と共にテーブルを囲めることを光栄に思います」
にっこりと、微笑むエリザベスに進められて席に着く。
――用意された椅子は三つ。エリザベスとロゼリッタ、そしてヴィンセントの分だ。
小猫の分はもちろん、菊花が座る椅子もなければ用意されるティーカップもない。
小猫はロゼリッタの足元にまとわりついているが、菊花もそうするわけにはいかず、大人しくヴィンセントの後ろに控えて立った。
「それじゃあまず、その子たちを紹介してもらってもいいかしら?」
ぱちん、と両手を合わせたエリザベスに嘆息する。今日のお茶会の本題と言っても過言ではなかった。
「ルペウス女公爵、お先にどうぞ」
「キティ、エリザベス様にご挨拶なさい」
「はい!」
ぴょこんっ、と芝生から立ち上がった小猫は、最後に別れたときよりも元気そうに見えた。
頬もふっくらしており、精神も健やかに見える。
「小猫です! ロゼさまのお世話になっています! 十一歳です! 甘い物と、お絵かきが大好きです!」
ふんす、と言い切った異母妹は「誉めて褒めて!」とばかりにロゼリッタを振り返る。
随分と懐いているが、反抗して酷い目に合うよりずっとよかった。ペットでもなんでも、可愛がられているのならそれでいい。
指先で顎下をくすぐられる小猫は本当にペット扱いだった。
「可愛らしい子猫ちゃんね。妹が欲しいと言っていたロゼリッタちゃんにはぴったりだわ」
「ちょっと、いえ、かなりお転婆なんですのよ。目を離したらすぐに木を登ろうとするし、手を離せば走り出していくし」
はぁ、と疲れた溜め息を吐き出したロゼリッタだが、その声音は弾んでいる。ロゼリッタなりに気に入っているのだ。
「甘い物が好きだなのね。あとでケーキを食べさせてあげるわね」
「え、エリザベス様、あんまり甘やかされては困りますわ」
「大丈夫よ、ロゼリッタちゃんもちゃんと甘やかしてあげるから」
「そ、それなら、いいですわ」
それでいいわけないだろうが。
喉先まで出かかった言葉は飲み込んだ。この二人の関係に首を突っ込むほど野暮じゃない。藪をつついて蛇が出てきたら敵わなかった。
「それじゃあ次は――ヴィンセント君の美しい人について教えてくれる?」
理智深いペリドットの瞳に射抜かれる。
「菊花。挨拶を」
「はい。お初にお目にかかります。菊花と申します。そこにおります小猫とは腹違いの姉妹でございます」
思わず、吐息が零れる美しい所作。付け焼き刃とは思えない挨拶に、ロゼリッタは眉根を釣り上げる。
こんな美しい少女が、こんないけ好かない冷徹男のモノだなんて信じられない。
少しでも不満を抱いているようなら、うちに引き取ってしまおうかしら、と口を開こうとしたロゼリッタは、次の瞬間、己の目を疑った。
「――上手だよ、菊花」
あの、あの冷血冷徹無感情男が笑みを浮かべて少女のことを褒めた。扇で顔を隠していなければ間抜け面を晒すことになっていた。
手のひらを伸ばせば、菊花がそれに頬を寄せてすり寄っている。――上手く懐柔したものだ。
さすがのエリザベスも、これには驚いた。
「……可憐で、美しいお嬢さんだわ。その子が噂の『グウェンデル伯爵の蒼い御令嬢』ね。ヴィンセント君が大事にする気持ちもわかるわ」
長い人生で、たくさんの子供たちを見てきた。
亡き夫との間に子は恵まれなかったが、慕ってくれる子供たちがたくさんいる。ヴィンセントが自身を苦手に思っているのには気付いていたけれど、可愛がるのに理由なんてない。
不愛想だけど可愛いこの子が、大切に想える宝物を見つけたのなら素直にその気持ちを応援したかった。
「それじゃあ、わたくしの番ね。お客様が来ると言ったら、あの子たち、恥ずかしがって隠れてしまったのよ。今呼ぶからすこぉし待って頂戴ね」
テーブルに置かれていた呼び鈴を、ゆっくり三回鳴らした。
0
あなたにおすすめの小説
リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした〜
ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。
イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。
8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。
※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。
【完結】ヤンデレ乙女ゲームの転生ヒロインは、囮を差し出して攻略対象を回避する。はずが、隣国の王子様にばれてしまいました(詰み)
瀬里@SMARTOON8/31公開予定
恋愛
ヤンデレだらけの乙女ゲームに転生してしまったヒロイン、アシュリー。周りには、攻略対象のヤンデレ達が勢ぞろい。
しかし、彼女は、実現したい夢のために、何としても攻略対象を回避したいのだ。
そこで彼女は、ヤンデレ攻略対象を回避する妙案を思いつく。
それは、「ヒロイン養成講座」で攻略対象好みの囮(私のコピー)を養成して、ヤンデレたちに差し出すこと。(もちろん希望者)
しかし、そこへ隣国からきた第五王子様にこの活動がばれてしまった!!
王子は、黙っている代償に、アシュリーに恋人契約を要求してきて!?
全14話です+番外編4話
大金で買われた少女、狂愛の王子の檻で宝石になる ―無自覚な天才調合師は第二王子の婚約者(虫除け)を演じることになりました―
甘塩ます☆
恋愛
「君を金貨三十枚で買ったのは、安すぎたかな」
酒浸りの父と病弱な母に売られた少女・ユナを救ったのは、国中から「放蕩王子」と蔑まれる第二王子・エルフレードだった。
「虫除けの婚約者になってほしい」というエルの言葉を受け、彼の別邸で暮らすことになったユナ。しかし、彼女には無自覚の天才調合師だった。
ユナがその才能を現すたび、エルの瞳は暗く濁り、独占欲を剥き出しにしていく。
「誰にも見せないで。君の価値に、世界が気づいてしまうから」
これは、あまりに純粋な天才少女と、彼女を救うふりをして世界から隠し、自分の檻に閉じ込めようとする「猛禽」な王子の物語。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月15日付で、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。
ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
妾に恋をした
はなまる
恋愛
ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。 そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。
早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。
実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。
だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。
ミーシャは無事ミッションを成せるのか?
それとも玉砕されて追い出されるのか?
ネイトの恋心はどうなってしまうのか?
カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる