浮気の末に国外逃亡!

白霧雪。

文字の大きさ
6 / 32
第一幕 一節

甘い甘い蜂蜜色に溶ける2/2

しおりを挟む
 依弦、とあの耳に馴染んだ低い声音が聞こえた気がした。

「どうかした?」
「……いま、なにか声が、」
「広間の皆が騒いでいるのかもね。というか、もうすぐ着くかな。立てる? 無理そうならこのまま抱いていくけれど」

 いいえ、いいえ、と大仰なまでに首を横に振った。大勢の神様の前に出るというのに、誰が横抱きのまま入室するものか。そういうと、眉根を下げて「無理をするようだったらすぐに抱っこするからね」とスパダリさながらのことを言う紅葉賀。あぁ、どこまでも似ている、と蒼を眇めた。
 甘い顔立ち、目尻の下がった微笑み、耳に馴染む低い声、大きくて節の目立つ手のひら、当てはめれば当てはめるほど、紅葉賀は夫に似ている。無意識のうちに姿を重ねて、気を許してしまうくらい、心を乱してしまうくらい、似ていたのだ。また嗜められるのが嫌で彼の人を思い出す心に蓋をした。あぁ、なんとも未練がましい。自分から離婚だなんだと口にしておいて、心の奥では後悔している。
 そっと木目の床に下ろされた。ひんやりと冷たい床は歩くとひたひた音がした。背中に手を添えられて、と言うよりも肩を抱かれて支えられながら歩みを進める。横抱きよりはマシか、と思ったのは内緒だ。ぶっちゃけ、ぷるぷる足が震えているのだがそこはプライドでなんとかした。否、なんとかする。

「着いた」

 豪華絢爛な孔雀の描かれたら襖の前で足を止めた紅葉賀の隣に並ぶ。襖の向こうからは数え切れない、大勢の神の気を感じた。圧倒される数の多さに、喉奥に溜まった唾液を飲んだ。
 数多の神様に挨拶するのに、こんな起き抜けの格好でいいのだろうかと今更ながらに思う。そこではたと、なぜ私は挨拶をするのだ、と首を傾げた。

「準備はいいかい?」
「ぁ、まっ」

 待ってください、そう声をかけるより早く紅葉賀は襖を開けてしまう。
 孔雀の間――皆が集まる大広間を目にしてまず思ったことは「なんだこのイケメンパラダイス」であった。

「主様!」
「新しい主様!」
「お待ちしておりました」
「体調の整わぬ中、お越しいただき申し訳ございません」
「ほら、紅葉の、早う主様を上座へ」
「今日は宴会だせ、主様!」
「お酌はわたくしがいたしますね」
「こら、ニンゲンとは成人しなければ酒は呑めないんだぞ」

 それはもう、やんややんやと賑やかなこと。美少年、美青年、美丈夫と種類様々なイケメン達が好感度マックスの状態で話しかけてくる。頭お花畑じゃなければ恐怖だった。
 会ったこともないのに初対面で好感度マックスとは、これがゲームであれば逆ハーレムだと喜ぶのだが、生憎と依弦はゲーマーでなければイケメンが好きなわけでもない。容姿が整っていたほうがいいとは思うが結局は中身だよね、と同僚の巫女に言えば「容姿端麗運動神経抜群料理上手の旦那さんいるくせに!?」と逆ギレされた記憶がある。世俗に疎い、巫女の同僚たちは凄まじかったとだけ言っておく。

「え、あ、あの、私は」

 驚き戸惑い、神様に付き従ってきた依弦に彼の大勢の神様を抑えて言葉を発するのは至難の業だった。加えて言えば、コミュニケーション能力はあまり高くない。
 二の次を告げないでいる依弦に、紅葉賀が助太刀を申し出てくれる。
「主様が困ってるよ」と苦笑混じりに紅葉賀が窘めると、ざわめきが嘘のように静まり返った。これはこれで居心地が悪い。声はなくとも、視線が針の筵のように突き刺さってくる。ありがとう、と紅葉賀を伺い小さく口にすれば、なんてことないように微笑まれた。サッと頬に朱が走る。
 顔を逸らしたが、真正面にいた見目麗しい方たちには見られてしまったかもしれない。

「主様、こちらへおいでくださいまし」
「主様、御手をどうぞ」
「主様、境が段差となっております故、お気を付けくださいませ」

 するり、と手をかすめ取られる。気づけば左右に赤と青、背後に紫がいた。驚くことにうり二つ、否うり三つの彼らは寸分の狂いもなく同じ顔をしていたのだ。違うところを上げるなら、その身に纏う着物の色しかない。
 意味がわからなかった。わかりたいとも思わない。なぜこうも彼らが良くしてくれるのかわからない。ただ純粋に不思議だった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...