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第一幕 一節
甘い甘い蜂蜜色に溶ける2/2
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依弦、とあの耳に馴染んだ低い声音が聞こえた気がした。
「どうかした?」
「……いま、なにか声が、」
「広間の皆が騒いでいるのかもね。というか、もうすぐ着くかな。立てる? 無理そうならこのまま抱いていくけれど」
いいえ、いいえ、と大仰なまでに首を横に振った。大勢の神様の前に出るというのに、誰が横抱きのまま入室するものか。そういうと、眉根を下げて「無理をするようだったらすぐに抱っこするからね」とスパダリさながらのことを言う紅葉賀。あぁ、どこまでも似ている、と蒼を眇めた。
甘い顔立ち、目尻の下がった微笑み、耳に馴染む低い声、大きくて節の目立つ手のひら、当てはめれば当てはめるほど、紅葉賀は夫に似ている。無意識のうちに姿を重ねて、気を許してしまうくらい、心を乱してしまうくらい、似ていたのだ。また嗜められるのが嫌で彼の人を思い出す心に蓋をした。あぁ、なんとも未練がましい。自分から離婚だなんだと口にしておいて、心の奥では後悔している。
そっと木目の床に下ろされた。ひんやりと冷たい床は歩くとひたひた音がした。背中に手を添えられて、と言うよりも肩を抱かれて支えられながら歩みを進める。横抱きよりはマシか、と思ったのは内緒だ。ぶっちゃけ、ぷるぷる足が震えているのだがそこはプライドでなんとかした。否、なんとかする。
「着いた」
豪華絢爛な孔雀の描かれたら襖の前で足を止めた紅葉賀の隣に並ぶ。襖の向こうからは数え切れない、大勢の神の気を感じた。圧倒される数の多さに、喉奥に溜まった唾液を飲んだ。
数多の神様に挨拶するのに、こんな起き抜けの格好でいいのだろうかと今更ながらに思う。そこではたと、なぜ私は挨拶をするのだ、と首を傾げた。
「準備はいいかい?」
「ぁ、まっ」
待ってください、そう声をかけるより早く紅葉賀は襖を開けてしまう。
孔雀の間――皆が集まる大広間を目にしてまず思ったことは「なんだこのイケメンパラダイス」であった。
「主様!」
「新しい主様!」
「お待ちしておりました」
「体調の整わぬ中、お越しいただき申し訳ございません」
「ほら、紅葉の、早う主様を上座へ」
「今日は宴会だせ、主様!」
「お酌はわたくしがいたしますね」
「こら、ニンゲンとは成人しなければ酒は呑めないんだぞ」
それはもう、やんややんやと賑やかなこと。美少年、美青年、美丈夫と種類様々なイケメン達が好感度マックスの状態で話しかけてくる。頭お花畑じゃなければ恐怖だった。
会ったこともないのに初対面で好感度マックスとは、これがゲームであれば逆ハーレムだと喜ぶのだが、生憎と依弦はゲーマーでなければイケメンが好きなわけでもない。容姿が整っていたほうがいいとは思うが結局は中身だよね、と同僚の巫女に言えば「容姿端麗運動神経抜群料理上手の旦那さんいるくせに!?」と逆ギレされた記憶がある。世俗に疎い、巫女の同僚たちは凄まじかったとだけ言っておく。
「え、あ、あの、私は」
驚き戸惑い、神様に付き従ってきた依弦に彼の大勢の神様を抑えて言葉を発するのは至難の業だった。加えて言えば、コミュニケーション能力はあまり高くない。
二の次を告げないでいる依弦に、紅葉賀が助太刀を申し出てくれる。
「主様が困ってるよ」と苦笑混じりに紅葉賀が窘めると、ざわめきが嘘のように静まり返った。これはこれで居心地が悪い。声はなくとも、視線が針の筵のように突き刺さってくる。ありがとう、と紅葉賀を伺い小さく口にすれば、なんてことないように微笑まれた。サッと頬に朱が走る。
顔を逸らしたが、真正面にいた見目麗しい方たちには見られてしまったかもしれない。
「主様、こちらへおいでくださいまし」
「主様、御手をどうぞ」
「主様、境が段差となっております故、お気を付けくださいませ」
するり、と手をかすめ取られる。気づけば左右に赤と青、背後に紫がいた。驚くことにうり二つ、否うり三つの彼らは寸分の狂いもなく同じ顔をしていたのだ。違うところを上げるなら、その身に纏う着物の色しかない。
意味がわからなかった。わかりたいとも思わない。なぜこうも彼らが良くしてくれるのかわからない。ただ純粋に不思議だった。
「どうかした?」
「……いま、なにか声が、」
「広間の皆が騒いでいるのかもね。というか、もうすぐ着くかな。立てる? 無理そうならこのまま抱いていくけれど」
いいえ、いいえ、と大仰なまでに首を横に振った。大勢の神様の前に出るというのに、誰が横抱きのまま入室するものか。そういうと、眉根を下げて「無理をするようだったらすぐに抱っこするからね」とスパダリさながらのことを言う紅葉賀。あぁ、どこまでも似ている、と蒼を眇めた。
甘い顔立ち、目尻の下がった微笑み、耳に馴染む低い声、大きくて節の目立つ手のひら、当てはめれば当てはめるほど、紅葉賀は夫に似ている。無意識のうちに姿を重ねて、気を許してしまうくらい、心を乱してしまうくらい、似ていたのだ。また嗜められるのが嫌で彼の人を思い出す心に蓋をした。あぁ、なんとも未練がましい。自分から離婚だなんだと口にしておいて、心の奥では後悔している。
そっと木目の床に下ろされた。ひんやりと冷たい床は歩くとひたひた音がした。背中に手を添えられて、と言うよりも肩を抱かれて支えられながら歩みを進める。横抱きよりはマシか、と思ったのは内緒だ。ぶっちゃけ、ぷるぷる足が震えているのだがそこはプライドでなんとかした。否、なんとかする。
「着いた」
豪華絢爛な孔雀の描かれたら襖の前で足を止めた紅葉賀の隣に並ぶ。襖の向こうからは数え切れない、大勢の神の気を感じた。圧倒される数の多さに、喉奥に溜まった唾液を飲んだ。
数多の神様に挨拶するのに、こんな起き抜けの格好でいいのだろうかと今更ながらに思う。そこではたと、なぜ私は挨拶をするのだ、と首を傾げた。
「準備はいいかい?」
「ぁ、まっ」
待ってください、そう声をかけるより早く紅葉賀は襖を開けてしまう。
孔雀の間――皆が集まる大広間を目にしてまず思ったことは「なんだこのイケメンパラダイス」であった。
「主様!」
「新しい主様!」
「お待ちしておりました」
「体調の整わぬ中、お越しいただき申し訳ございません」
「ほら、紅葉の、早う主様を上座へ」
「今日は宴会だせ、主様!」
「お酌はわたくしがいたしますね」
「こら、ニンゲンとは成人しなければ酒は呑めないんだぞ」
それはもう、やんややんやと賑やかなこと。美少年、美青年、美丈夫と種類様々なイケメン達が好感度マックスの状態で話しかけてくる。頭お花畑じゃなければ恐怖だった。
会ったこともないのに初対面で好感度マックスとは、これがゲームであれば逆ハーレムだと喜ぶのだが、生憎と依弦はゲーマーでなければイケメンが好きなわけでもない。容姿が整っていたほうがいいとは思うが結局は中身だよね、と同僚の巫女に言えば「容姿端麗運動神経抜群料理上手の旦那さんいるくせに!?」と逆ギレされた記憶がある。世俗に疎い、巫女の同僚たちは凄まじかったとだけ言っておく。
「え、あ、あの、私は」
驚き戸惑い、神様に付き従ってきた依弦に彼の大勢の神様を抑えて言葉を発するのは至難の業だった。加えて言えば、コミュニケーション能力はあまり高くない。
二の次を告げないでいる依弦に、紅葉賀が助太刀を申し出てくれる。
「主様が困ってるよ」と苦笑混じりに紅葉賀が窘めると、ざわめきが嘘のように静まり返った。これはこれで居心地が悪い。声はなくとも、視線が針の筵のように突き刺さってくる。ありがとう、と紅葉賀を伺い小さく口にすれば、なんてことないように微笑まれた。サッと頬に朱が走る。
顔を逸らしたが、真正面にいた見目麗しい方たちには見られてしまったかもしれない。
「主様、こちらへおいでくださいまし」
「主様、御手をどうぞ」
「主様、境が段差となっております故、お気を付けくださいませ」
するり、と手をかすめ取られる。気づけば左右に赤と青、背後に紫がいた。驚くことにうり二つ、否うり三つの彼らは寸分の狂いもなく同じ顔をしていたのだ。違うところを上げるなら、その身に纏う着物の色しかない。
意味がわからなかった。わかりたいとも思わない。なぜこうも彼らが良くしてくれるのかわからない。ただ純粋に不思議だった。
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