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第一幕 二節
駆け落ちした主様1/2
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膝の上に主様を座らせて、さらさらと筆を進めていく。真っ白い紙に墨で文字が流れていくのを見つめている主様はだんだん眠くなってきたのかしきりに目をぱちぱち瞬かせている。
「眠いのなら寝てもかまいませんよ」
「だい、じょうぶです」
小さいおててで目をこすり、くぁ、とあくびを零す様は子猫のようで愛らしい。
桐壺が書き進めている書簡は天帝へと提出をする月終わりの報告書である。本来なら主である依弦の仕事だが、まだ小さく幼い依弦には難しいから、と桐壺が代筆をしているのだ。精神年齢をかんがみれると、依弦からしてみれば「できる!」と大声で言いたいのだが如何せん、椛のように小さくぷくぷくなおててで細長い筆を握ることはなかなか難易度が高かった。
「……ぜんにん?」
前任の、主様?
ぽたり。書簡に墨が落ちる。
「きりつぼさま?」
「……主様は、」
はくり、と吐息が溢れる。
考えれば、わかることだった。体調が整い、「ここが主様のお部屋だよ」と案内されたのは塔のてっぺんに近い、雅な調度品で整えられた和室だった。今いる執務室は主の部屋の下に位置している。
気付こうと思えば、気付けたはずだ。与えられた私室も、執務室も、揃いすぎていた。依弦には大きい華やかな着物、赤色を基調とした装飾品。爪紅。花飾り。違う人がいるような居心地の悪い私室。
私が来る前に、別の人間が主をとしていた、?
「蒼の前に、主様がいらっしゃったのですか?」
蒼、とは新しい依弦の呼び名である。夢浮橋が一人称はそれにしよう、と言い、桐壺が愛らしくていいと思います、と。珍しく、とても珍しく意見の一致した二人だった。
愛称のようなもの、と依弦は思っているが、それを一人称にするというのもなんだか子供っぽくて――実際外見は子供――恥ずかしかったが、言い続けていればそれも慣れてしまった。慣れって大切。
「……その通りでございます。お気を悪くされたのでしたら申し訳ございません。わたくしが責任を持って主様を娶らせていただきます」
「えっ、いえ、責任? とかいいです、だいじょうぶです……娶らなくてだいじょうぶです…」
「おや、そうですか。責任をとって欲しいと思われましたらまずわたくしにおこえかけませ。花を贈らせていただきますね。……夢浮橋ではなく、わたくしをお選びくださいね」
柔らかい声音は有無を言わせず、硯に筆を置いた桐壺は笑みを携えて次の書簡を取り出した。まだ墨の乾いていない物は後ろのほうで乾かしていた。
さらさらさら。流れるように文字を綴る筆を追いかける。しかし頭の中は『前の主様』のことでいっぱいだ。
前の主様がいなくなったから、蒼は主としてこの広い塔の中にいなくちゃいけないんじゃないの?
どうして前の主様はいなくなってしまったの?
むぅ、と眉間に皺を寄せた依弦にクスクスと笑い声が降ってくる。
「不貞腐れないでくださいませ。せっかくの愛らしゅう顔が曇っておりますよ」
「……」
むぅ。膨らませた頬をくすぐる指先がもどかしい。むぎゅ、と尖らせた唇を抓まれる。
「……んむ」
「ふふふ、主様の唇は柔らかいですねぇ。あぁ、喰べてしまいたい柔らかさでございます」
穏やかな笑みをそのままに、ゆっくりと麗しい顔が近付いてくる。蒼い目を大きくして、微動だにせずにいると、かぷり、と唇を食べられた。
ぺろり。閉じた貝殻を割るように、境目に舌が這うとムズ痒くてきゃらきゃら声を上げてしまう。日に日に、依弦の精神は外見年齢へと近づいていた。そしてそのことに、依弦自身が気づいていない。
うっそりと笑みに目を細め、熱い口内に舌を差し込み、柔いナカを蹂躙する。歯型をなぞり、上顎を舐め上げ、唾液を送り込む。こくりこくりと喉が唾液を嚥下して、溢れた唾液が口の端からこぼれ、着物に染みを作った。
愛いなぁ。愛しいなぁ。愛らしいなぁ。
小鳥のように可愛らしい主様に、小さく柔く脆い体を抱きしめた。何処にも行かないように。飛んでいかないように籠に閉じ込めて枷を嵌めるのだ。大切なものは、大事に大事にしまっておかないと。喪くしてしまっては大変だから。
「眠いのなら寝てもかまいませんよ」
「だい、じょうぶです」
小さいおててで目をこすり、くぁ、とあくびを零す様は子猫のようで愛らしい。
桐壺が書き進めている書簡は天帝へと提出をする月終わりの報告書である。本来なら主である依弦の仕事だが、まだ小さく幼い依弦には難しいから、と桐壺が代筆をしているのだ。精神年齢をかんがみれると、依弦からしてみれば「できる!」と大声で言いたいのだが如何せん、椛のように小さくぷくぷくなおててで細長い筆を握ることはなかなか難易度が高かった。
「……ぜんにん?」
前任の、主様?
ぽたり。書簡に墨が落ちる。
「きりつぼさま?」
「……主様は、」
はくり、と吐息が溢れる。
考えれば、わかることだった。体調が整い、「ここが主様のお部屋だよ」と案内されたのは塔のてっぺんに近い、雅な調度品で整えられた和室だった。今いる執務室は主の部屋の下に位置している。
気付こうと思えば、気付けたはずだ。与えられた私室も、執務室も、揃いすぎていた。依弦には大きい華やかな着物、赤色を基調とした装飾品。爪紅。花飾り。違う人がいるような居心地の悪い私室。
私が来る前に、別の人間が主をとしていた、?
「蒼の前に、主様がいらっしゃったのですか?」
蒼、とは新しい依弦の呼び名である。夢浮橋が一人称はそれにしよう、と言い、桐壺が愛らしくていいと思います、と。珍しく、とても珍しく意見の一致した二人だった。
愛称のようなもの、と依弦は思っているが、それを一人称にするというのもなんだか子供っぽくて――実際外見は子供――恥ずかしかったが、言い続けていればそれも慣れてしまった。慣れって大切。
「……その通りでございます。お気を悪くされたのでしたら申し訳ございません。わたくしが責任を持って主様を娶らせていただきます」
「えっ、いえ、責任? とかいいです、だいじょうぶです……娶らなくてだいじょうぶです…」
「おや、そうですか。責任をとって欲しいと思われましたらまずわたくしにおこえかけませ。花を贈らせていただきますね。……夢浮橋ではなく、わたくしをお選びくださいね」
柔らかい声音は有無を言わせず、硯に筆を置いた桐壺は笑みを携えて次の書簡を取り出した。まだ墨の乾いていない物は後ろのほうで乾かしていた。
さらさらさら。流れるように文字を綴る筆を追いかける。しかし頭の中は『前の主様』のことでいっぱいだ。
前の主様がいなくなったから、蒼は主としてこの広い塔の中にいなくちゃいけないんじゃないの?
どうして前の主様はいなくなってしまったの?
むぅ、と眉間に皺を寄せた依弦にクスクスと笑い声が降ってくる。
「不貞腐れないでくださいませ。せっかくの愛らしゅう顔が曇っておりますよ」
「……」
むぅ。膨らませた頬をくすぐる指先がもどかしい。むぎゅ、と尖らせた唇を抓まれる。
「……んむ」
「ふふふ、主様の唇は柔らかいですねぇ。あぁ、喰べてしまいたい柔らかさでございます」
穏やかな笑みをそのままに、ゆっくりと麗しい顔が近付いてくる。蒼い目を大きくして、微動だにせずにいると、かぷり、と唇を食べられた。
ぺろり。閉じた貝殻を割るように、境目に舌が這うとムズ痒くてきゃらきゃら声を上げてしまう。日に日に、依弦の精神は外見年齢へと近づいていた。そしてそのことに、依弦自身が気づいていない。
うっそりと笑みに目を細め、熱い口内に舌を差し込み、柔いナカを蹂躙する。歯型をなぞり、上顎を舐め上げ、唾液を送り込む。こくりこくりと喉が唾液を嚥下して、溢れた唾液が口の端からこぼれ、着物に染みを作った。
愛いなぁ。愛しいなぁ。愛らしいなぁ。
小鳥のように可愛らしい主様に、小さく柔く脆い体を抱きしめた。何処にも行かないように。飛んでいかないように籠に閉じ込めて枷を嵌めるのだ。大切なものは、大事に大事にしまっておかないと。喪くしてしまっては大変だから。
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